16話 アナッチャが呼んでいると報告を受けたラティルは・・・
◇一番嫌いな側室◇
ラティルは眉間にシワを寄せて
騎士を見ました。
アナッチャが自分を呼ぶのが
面倒だと思いました。
彼女が5日間飢えようが
6日間飢えようが
何の関係もないと思いました。
ラティルは、
父親の全ての側室が
好きではありませんでしたが
彼女たちに、慣例に従った
待遇をしていました。
けれども、アナッチャは一番嫌いで
トゥーラのことで
さらに嫌いになりました。
率直に言えば
彼女が飢え死にしても
訪ねて行きたくありませんでした。
けれども、
異母兄のトゥーラを
ためらうことなく殺したために
皆、驚きました。
まだ、その余韻が残っているので
あまり血を見ない方が
良いと思いました。
強いて冷酷な印象を与えながら
トゥーラの母親まで
殺す必要はありませんでした。
殺すのは、いつでも密かにできました。
ラティルはアナッチャの所へ
行くことにしました。
◇側室との闘い◇
ラティルが覚えている
アナッチャの最初の姿は
「華麗」でした。
彼女は皇后である母親より
大きなダイヤモンドの首飾りをして
頭には優雅な王冠を乗せて
父親と腕を組んでいた
華やかな女性でした。
アナッチャは満開の桜の花のように
父親を虜にしていました。
彼女が笑う度に
父親は口が耳にかかるほど笑い
その隣に座っていたチビは
釣りに行こうと呟きました。
ラティルは母親の膝の上に座ったまま
その姿を見つめながら
考えました。
あの女は
どうして私のお父様のそばにいるの?
お父様は、
どうして、お母様をここに置いて
あちらにいるの?
当時、幼過ぎたので
腹が立つよりも
これはおかしいと思いました。
母はピクニックを終えて
家に帰るや否や
泣き出しました。
2番目に覚えているのは
アナッチャが
怒っている姿でした。
ラティルにとって
兄はレアンだけなのに
ある日、聞いたこともない子供が
やって来て
自分は、ラティルの兄だと
言い張りました。
そして、自分の言うことを
よく聞かなければならないと
忠告したので
ラティルは無礼だと言って
その子の向こう脛を蹴りました。
チビはわあわあ泣きながら
母親を探しました。
弱虫野郎と思い、
また蹴ろうとすると
アナッチャが走って来ました。
彼女は、
気性の激しい性格が
皇后陛下にそっくりですわね。
ひどい!ひどいです!
まだ幼いのにあくどいです!
と金切り声を上げて
ラティルを押しました。
彼女が後方の池に落ちると
しばらくアナッチャは
戸惑っていたようでしたが
すぐに息子だけ連れて
行ってしまいました。
誰があなたを押したの?
びしょぬれの服を見て怒る母親に
ラティルはアナッチャがやったと
言いませんでした。
言いたかったとしても、
彼女の名前を知らなかったので
言えなかったかもしれませんが
母親の気に障ると思い
ラティルは沈黙を守りました。
その代わり、
アナッチャがとても大事にしていて
自分の兄だと主張しているチビに
再び会った時、
もっと強く向う脛を3回蹴りました。
3回目に会った時、
アナッチャはラティルを
噛みつきそうな勢いで
睨んでいました。
ラティルは、彼女と向き合い
初めて笑いました。
母を泣かせた女は
笑っているより、
歪んだ顔をしている方が似合うと
思いました。
こうしていると、
昔を思い出しますね。
アナッチャは、あの時のように
ラティルを睨んでいました。
ラティルは鉄格子越しに
アナッチャをじっと見つめました。
来いと言われた時は
面倒だと思いましたが
アナッチャの姿が痛快だったので
来て良かったと思いました。
ラティルは
母親が神殿に入ったことを
残念に思いましたが
彼女に手紙を送ることにしました。
母親も、アナッチャが
落ちぶれた姿を見たいはず。
この姿を母親に見せてあげたら
もっと喜ぶだろうと考えました。
ラティルはその表情と
沈黙を守ることで、
さらに殺伐とした雰囲気を
作り出していました。
アナッチャは、唇を噛みしめ
殿下は、幼い頃から
抜け目なく、悪賢い子でした。
私も昔を思い出します。
と、言いました。
ラティルは、
今は殿下ではなく陛下。
称号を直さなければなりません。
と言いました。
しかし、アナッチャは
自分にとっての陛下は
夫と息子だけだと反論しました。
ラティルは、
片方の口の端を上げて、
この座に就くと、
かなり寛大になれる。
以前は、あなたから
酷いことを言われるたびに
腹を立てていましたが
今は、
悪足掻きをしているようにしか
見えない。
と言いました。
すると、アナッチャの顔が
歪みました。
それを見てラティルは
痛快に笑いました。
ラティルは客観的に
アナッチャの立場を理解できました。
彼女にとって皇后の子供たちは
自分の息子トゥーラのライバルでした。
そして愛をかけた競争で
彼女はいつも勝利していました。
しかし、皇位をかけた競争で
彼女の息子は敗北し、
その代価として、
20年以上、贅沢な生活を送っていたのに
今は、塔に幽閉されていました。
アナッチャは、ラティルのことを
おそらく
気に食わないと思っているけれど
彼女の立場を理解することと、
彼女の立場を受け入れることとは
別でした。
逆に、皇位を勝ち取ったのが
トゥーラだったら、
アナッチャも皇后とラティルを
放っておかなかったはずだと
ラティルは思いました。
とにかく、敗北した敵と
いざこざを起こすのは滑稽なので
ラティルは
彼女をもっと傷つける代わりに
なぜ、自分に会おうとしたのかと
傲慢に尋ねました。
先程まで凄まじかったアナッチャが
気弱になり、もじもじして
答えられませんでした。
ラティルはじっと返事を待っていると
アナッチャは震える声で
息子がどこにいるのか尋ねました。
まだ知らないのかと
ラティルは思いました。
トゥーラの処刑を命じる場に
アナッチャはいませんでした。
最初はトゥーラも
刑務所に閉じ込められ、
その後、処刑されました。
アナッチャも、
息子がどうなったか知らされないまま
連れてこられ、閉じ込められました。
けれども、1か月以上も経ったので
看守か誰かが話したのではと思い
ラティルはアナッチャを担当する
近衛騎士を見つめると
彼は頭を下げました。
ラティルはアナッチャを見ると
彼女は恐怖の表情で
ラティルを見上げていました。
ラティルは何と言おうか
しばらく考えました。
一生、ここに閉じ込められて
生きていくアナッチャが
希望を抱けるように
嘘をついても構わない、
トゥーラが生きていると聞けば
いつか彼が助けに来てくれると
信じて生きて行けるだろうと
ラティルは思いました。
心を楽にしてあげようか?
話すのを止めようか?
しかし、ラティルは
アナッチャを苦しめる道を選び、
息子さんは死んでいます。
私が処刑しろと命じました。
と軽く笑いながら
アナッチャに伝えました。
彼女は信じられないというような顔で
ラティルを見ました。
唇がブルブルと震えて
顔色が白くなってきました。
そんな、まさか!
トゥーラはあなたのお兄さんです。
あなたの息子です。
私を殺そうとし、
私の物を奪おうとし、
母上を泣かせました。
ひどい!
衝撃の次は怒りでした。
アナッチャは鉄格子を
鷲掴みしながら、
自分の兄弟の見分けもつかないの?
トゥーラが皇帝になっていたら
あなたを殺さなかったはずよ!
と叫びました。
ラティルが
外国勢力を引き入れてまで、
皇帝の座を狙っていたトゥーラが
一生目障りな私を、
放っておくとでも?
と皮肉ると、
トゥーラはラティルのように、
冷血漢ではないと
アナッチャが言い返したので、
ラティルは、
自分の母親に対しては
冷血ではないと言いました。
話が終わるや否や
アナッチャが唾を吐き、
ラティルの顔に飛びました。
周囲にいた人たちが同時に
ぎくりとしました。
ラティルが手を差し出すと
サーナット卿はハンカチを渡しました。
ラティルは、唾を拭きながら
ますます、忍耐強くなる。
と呟きました。
サーナット卿は、剣を抜くと
鉄格子の間から剣を入れて
アナッチャの喉元に突き付けました。
アナッチャは、
サーナット卿を裏切り者と呼び、
陛下の騎士でありながら、
陛下の最愛の息子を殺すのに
一役買った。
お前は反逆者だ!奸臣だ!
と叫びましたが、
サーナット卿は無表情でした。
ラティルはにっこり笑いながら
殺すとしても、
剣で殺してはいけません。
と重要な秘密を教えるように
囁きました。
サーナット卿は剣を戻しました。
アナッチャは、
剣が届かない位置に下がっていましたが
ラティルのぞっとするような言葉は
避けられませんでした。
聞きたいことがそれだけなら
もう行くというラティルに、
アナッチャは、
冷血であくどいと非難しました。
ラティルは、
自分はあくどいから
アナッチャが断食をして
飢え死にしても構わない、
だから無駄なことはしないようにと
忠告しました。
脅迫も哀願も通じないと思ったのか
アナッチャは静かになりましたが、
ラティルが刑務所から出ようとした時に
今は、あなたが勝ったと
思っているでしょう?
と叫びました。
ラティルは振り返って
アナッチャを見ると、
彼女は鉄格子を握りしめ
夢にまで出てきそうな恐ろしい目で
ラティルを睨んでいました。
しかし、違います。
この悪徳で冷血な悪魔よ!
あなたは、一番大切な人に
裏切られるでしょう。
あなたが一番信じている人に
気を付けた方がいいですよ。
と言って、大笑いしました。
息子が処刑されたという衝撃は
思ったより大きそうだと
ラティルは思いました。
アナッチャは
私は呪いをかけているのではない。
頭がおかしくなったわけでもない。
私の話はすべて真実だ。
後に、その日が来たら、
私の言っていた言葉を思い出すだろう。
と言いました。
◇呪いが気になる◇
嫌いな人の唾を顔にかけられた上、
真っ青に目を剥き、
呪いを浴びせられたので
ラティルは恐くはないものの
食欲がガタっと落ち、
夕食の後は、自分の部屋へ戻りました。
心配したサーナット卿が
寝室まで付いて来て
不安そうな目で見つめながら、
大丈夫ですか?
と尋ねました。
ラティルは、
意味深な言葉だったので
少し気持ちが悪い。
と素直に答えました。
サーナット卿は、
ラティルの気分を悪くさせるために
放った言葉だから
気にすることはないと言って
ラティルを慰めました。
ラティルは、
単なる罵りだと思うけれど
まだ、手紙泥棒と
暗殺犯が捕まっていないので
気になると言いました。
この2つがなければ、
むしろ悪口を聞きながら
アナッチャをからかえるのに、
どうしても、この2つが
気がかりでした。
サーナット卿は、
何日も徹夜をしてでも、
メロシーから持って来た書類を
すべて確認しなければならないと
深刻な表情で呟きました。
手伝いましょうか?
というラティルにサーナット卿は
陛下と一緒に夜勤をするのは
嬉しいけれど、
陛下に夜勤をさせれば
侍従長が私の首を
へし折りたがると思う。
と言いました。
侍従長はやりかねないので
それはそうですね。
と答えて、ラティルは笑いました。
けれども、
鉄格子をつかんで目を輝かせていた
アナッチャの目つきが
不快にも脳裏に残っていて
依然として気分は
すっきりしませんでした。
ラティルは、
アナッチャの監視を増やし、
身元の確かな者たち何人かが
同時に監視しなければならないと
サーナット卿に命じました。
そして、しばらく考え事をした後、
翌日、潜行に行くと
サーナット卿に告げました。
そして、
ゲスターとは親しくないけれど、
どんな人か知っている。
けれども、商人のタッシールと
傭兵王のカルレインについては
何も知りません。
と話すと、
サーナット卿の顔が強張りました。
直接、側室候補に会ってみるのかと
問いかけるサーナット卿に
ラティルは、
直接会っても、近くで見ても、
側室になる前に
見ておくのが良いと思う。
と答えました。
彼らは、これから
ラティルの男になる人々で、
もしかしたら、彼女と同じベッドで
横になるかもしれませんでした。
どんなに強い近衛騎士たちを
そばに置いても
彼らが騎士をしている以上、
絶対に近付けいない距離がありました。
けれども、側室たちは、
その範囲内に入って来て
2人だけでいられる
数少ない人たちでした。
彼らを私の元へ置く前に、
確認したいと思います。
アナッチャに会ってから、
あらかじめ判断しておくのが
良いと思いました。
どんな人なのか、
側室にしても良いのか、
役に立つのか、危険になるのか・・・
ラティルは無意識のうちに
結んでいた髪をほどきましたが、
サーナット卿が
まだ、そばにいることを思い出し、
ぎこちなく笑いました。
ああ、そうだサーナット卿。
とラティルが声をかけると、
彼は、
私が解いて差し上げましょうか?
と尋ねました。
ラティルは、
アナッチャが唾を吐いた時の
ハンカチを、
どうしましょうか?
返しましょうか?
と尋ねました。
そばにいることを忘れて、
リラックスできるほど、
ラティルにとってサーナット卿は
気を遣わなくても良い存在なのだと
思います。
急にハンカチのことを言い出したのは
ラティルの照れ隠しかなと思いました。
ラティルの母親が
どのような性格かわかりませんが、
アナッチャもかなり、
気性が激しく、
あくどいと思います。
トゥーラを皇帝にして欲しいと
幾度となく、皇帝に
話していたような気もします。
一番寵愛していた側室の頼みでも
聞かなかったラティルの父親は、
皇帝として、
的確な判断ができる人だったのだと
思います。