43話 カルレインが嫉妬していると聞いたラティルでしたが・・・
◇嫉妬◇
カルレインの髪の毛が
首筋をくすぐったせいで、
反射的に身を震わせたラティルは、
あなたも嫉妬するの?
と尋ねました。
彼は、
いつも嫉妬しています。
ご主人様。
あなたが私のことを
考えていない瞬間も。
と答えました。
◇慈悲深い皇帝◇
カルレインが
思ったより元気そうなので
彼をなだめた後、
ラティルは地下監獄へ向かいました。
一緒に入ろうとするサーナット卿に
ラティルは、シャレー侯爵と
外で待っているように指示し、
一人で降りて行きました。
地下監獄には、
ラティルの指示通り
ぎゅっと縛られた襲撃者だけが
別々に、閉じ込められていて、
他の囚人や看守すらいませんでした。
彼らは、地面を掘ろうとしたり
鉄格子の間をすり抜けようと
唸っていましたが
ラティルが現れると
彼女を睨みつけました。
捕まった時は怖がっていましたが、
今は、怒りの方が
大きくなっているようでした。
ラティルは舌打ちをして
鉄格子を蹴ると、
そこにいた襲撃者の目が
ようやく柔順になりましたが
他の牢に入っている
襲撃者たちの視線は、
依然として厳しいものがありました。
ラティルは椅子を持ってきて座ると
本格的に取り調べを始める前に、
提案を一つしよう。
私は慈愛に満ちた皇帝だから。
自白する者はいるか?
と言って、手を上げました。
ラティルの予想通り
襲撃者たちは黙り込みました。
それでも、
ラティルは寂しそうに手を振りながら、
なぜ、私の祝賀パーティで
あの男を襲ったの?
何か釈明する人はいない?
と再び尋ねました。
続いてラティルは、
皆、分かっているだろうけれど、
私は慈しみ深くて善良な君主だから
もっともらしい弁明を
一つでもすれば
見逃してあげることができる。
自白すれば加算点が付く。
と言って
優しい笑顔を見せましたが、
誰も転びませんでした。
しばらく待ってから
ラティルは肩をすくめて
手を下しました。
あまりにも頻繁に使う手には、
皆騙されないのかと思いましたが
それでも構いませんでした。
自分が楽になるために
聞いただけでしたから。
そんなラティルを襲撃者の一人が
いくら取り調べたところで
私たちは誰も口を開かない。
と笑いながら嘲りました。
しかし、ラティルはそれを否定し
取り調べをすれば
10人中10人は口を開くことになる。
やってみる?
じゃあ、耐えてみて。
もしも頑張れたら・・・
と言いました。
頑張れたら、
大目に見てくれるとでも
言うのだろうかと
考えていた襲撃者たちは、
ラティルがどこかへ行き、
正体不明の黒い箱の蓋を
開けるのを見て固唾を飲みました。
ラティルは、
そこから薬瓶を取り出すと
にやりと笑い、
その次に閉じ込められた犯人には
10人中9人が口を開いたと
言うよ。
と告げました。
◇生きていたトゥーラ◇
イライラしながら待っていた
サーナット卿と侍従長は、
ラティルが外へ出てくると、
すぐに近づきました。
大丈夫かと心配するシャレー侯爵に
ラティルは、
自分の血ではないと答えました。
引き続き、シャレー侯爵は
襲撃者たちは口を開いたかと
尋ねましたが、
ラティルは、満足する程度に
と返事をしました。
こんなことは
直接陛下がやらなくても
良かったのに・・・
とサーナット卿が呟くのを聞いて
ラティルは唸り声を上げました。
自分だって、
直接やりたくなかった。
けれども、
彼らが襲撃しようとしたのは
大神官であることを、
知っているのは
ラティルと大神官だけ。
だから、ラティル自ら
事情聴取するしかなかった。
そもそも、人に取り調べをさせるなら、
パーティが終わる前に
口を開かせろと命じれば
済むことでした。
ラティルは
それよりも
すごいことを聞きました。
と言って、ハンカチを取り出し
血まみれの顔を拭くと、
サーナット卿に渡し、
彼は、それを侍従長に渡しました。
自然にゴミを渡すんだから・・・
と侍従長は当惑しながら
濡れたハンカチを受取りましたが、
ラティルの前なので
何も言えませんでした。
ラティルはそれを知らずに
別のハンカチを取り出し、
残りの血を拭うと、
宮殿の方へ歩きながら、
襲撃者たちの言葉です。
背後にトゥーラがいるそうです。
と小声で話しました。
血の付いたハンカチを
指でつまんでいた侍従長は
驚いて、
ハンカチを落としてしまいました。
サーナット卿も驚いて
ラティルの顔を見ました。
嘘だと言う侍従長に
サーナット卿も
生きているわけがないと
同意しました。
トゥーラは皇族である上、
母親が違っても
ラティルの兄だったので、
最低限の礼儀を尽くして
公開処刑はしませんでした。
けれども、
トゥーラ側の人間がいたとしても
処刑そのものを防ぐことが
できないくらい、
参加者がいました。
死んだトゥーラが
ラティルの襲撃を指示したとは、
お話になりませんでした。
侍従長はしばらく考えてから、
トゥーラが生前に下した
命令ではないかと言いましたが、
ラティルは、
最近の命令だと言いました。
侍従長とサーナット卿は
顔を見合わせ、
ラティルが敵の戯言に
引っかかったのではないかと
心配しました。
しかし、ラティルは
彼らが本当のことを言ったことを
確信していました。
彼らの口から出る言葉ではなく、
心の声を聞いたので。
彼らは、ラティルの予告通り、
取り調べを始めると
あらゆる話を素直に
全て口にしました。
トゥーラが背後にいることと、
多くの人の中から、
大神官を探す方法まで。
彼らの話では、
トゥーラの知恵袋役の
狐様という者がいて、
その者が、
彼らの頭の中に変な玉を入れて
それを持っていれば
大神官が誰なのか反応すると言った。
彼らは、狐様の言葉を聞いても
半信半疑だったが、
実際にその玉を持っていると、
ある人のそばで、
頭がとてもズキズキしたとのこと。
ラティルが、彼らの本音を
聞いていなければ、
取り調べの結果を
信じられなかったほど、
全てがとんでもない話だけれど、
不思議なことに、
ラティルは彼らの本心を
聞くことができたので
彼らの信じられない話が、
少なくとも彼らにとって
真実であることがわかりました。
侍従長は、専門家たちに
もう一度、調べさせることを
提案しましたが、
ラティルは、彼らに
話ができなくなる薬を飲ませたから
無理だと言いました。
侍従長は、
どうしてそんなことをしたのかと
尋ねました。
ラティルはうるさいからと
返事をしましたが
実は彼らに
大神官の話をさせないためでした。
ラティルは大丈夫だと
繰り返し言った後、
寝室の浴槽に入り
頭の端まで
お湯に浸かるようにしました。
トゥーラが生きている?
黒魔術を利用して生き返ったのか?
それとも、最初から黒魔術師だった?
いずれにせよ、トゥーラの生存は
慎重に扱うべき事でした。
このようなこと程、
慎重に調査しなければならないのに、
内部に敵がいる。
問題は、その敵が誰だか
わからないこと。
トゥーラについての調査は、
黒魔術師を調べるより
もっと気を付けなければならないのに、
誰に、この仕事を
任せられるだろうか?
本音を読む能力が
ずっと出てくれれば、
誰が忠臣で誰が裏切り者なのか、
直ぐに調べて、
トゥーラについて指示できるのに。
なぜかはわかりませんが、
本音を聞ける能力は
出たり消えたりを繰り返すので、
襲撃者たちの本音は聞けたのに、
サーナット卿と侍従長の本音は
聞けませんでした。
大賢者が悪魔祓いの方法を
知っているかもしれないので、
ラティルは、
まずは、兄に人を送り、
大賢者と共に
訪問してもらいたいと
頼むことにしました。
◇ハーレムへ◇
翌日、ラティルが
兄のもとへ使いを送るように
頼んだその時刻、
大神官は、侍従長の案内で
ハーレムに入りました。
腕の筋肉を丸出しにした大神官の姿は
日差しの下で
戦争の神のように眩しく
凛としていましたが、
ハーレムで働く宮廷人たちは、
VVIP相手の
カジノのディーラーだったって。
すごい、一気に身分が上がったね。
人生はギャンブルと言うけれど
大当たりだ。
わざと陛下の気を引こうとして
変なダンスを踊ったって?
露骨に陛下にハートを送り、
陛下はそれに騙されたって。
陛下はそんなものが
お好きなんだ。
宮廷人たちのひそひそ話は、
大神官一行の耳にも入り、
一緒に入宮することになった
神殿の司祭は恥ずかしくて、
首筋まで赤くしながら
頭を下げました。
この方は、
あなた方の考えているような
方ではない!
と叫びたかったけれども、
大神官の正体は機密なので、
決して口外することは
できませんでした。
そのために、露骨な噂を
甘んじて受け入れなければ
ならなかったものの、
彼は、世間の人々が考える
典型的な司祭だったので、
この状況に、
いっそう当惑しました。
大神官様が
カジノディーラーをされる時も
考えたけれど、
なぜ、いつもこのような方向へ・・・
と司祭が考えていると、
侍従長が、
新しい側室の部屋の前で立ち止まり
こちらです。
と案内しました。
そして、これからは
ここでいいことばかりあるように
と言って、笑いました。
大神官は頷くと、
部屋の中へ入りました。
部屋は1日で作ったにしては
清潔で華やかな装飾が施されており
最低限の家具しか
置かれていませんでしたが、
それらは高価な上に艶々していて、
すっきりしていました。
彼が大神官であることを
念頭に置いたラティルは
いたずら半分に
わざと白一色にするよう指示したため
部屋はより明るく見えました。
侍従長が去ると、
司祭はカバンを2つ持って入って来て、
私はとても怖いです。
カジノも怖かったけれど
ハーレムだなんて、
これでいいのでしょうか?
と尋ねました。
大神官は、
敵を避けるためには、
大きな陰に入る必要がある。
あの方の懐は広くて黒くて
強力です。
十分に私を守ってくれるだろう。
と答えました。
それでも、ハーレムはと
口を濁す司祭に、大神官は
得たいの知れない敵に
狙われているので
仕方がないと告げました。
それでも、
ハーレムはよくないと
再び司祭が言おうとした時に、
突然扉が開いたので、
司祭は急いで座ってカバンを開き
荷物の整理をするふりをしました。
入って来たのは侍従長でした。
彼は、突然やって来たことを
謝罪しましたが、
大神官は大丈夫だと答えました。
彼のダンスは
めちゃくちゃだったけれど
思っていたより真面目だと
侍従長は考えながら、
ラティルが、今夜来ることを
伝えました。
司祭は驚いて目を見開きました。
侍従長が出て行くや否や、
司祭は恐る恐る、
まさか、
あれまでなさるつもりでは
ありませんよね?
と尋ねました。
◇堕落する準備◇
ハーレムに隠れているとは
言ったけれど、
本当に側室の役割はしないだろう。
ラティルは、大神官が言ったことを
すっかり理解していると思いながら
彼の部屋を訪れました。
手には小さな本を持っていましたが
それはカモフラージュで、中には、
急に人に変な能力が
出現することがあるのか。
大神官には、
内密に動かせて信頼できる
情報源がいるのか。
死んだ人が蘇るのも黒魔術なのか。
など、大神官に聞きたいことが
書かれたいくつかのメモが
入っていました。
ところが寝室に入った途端、
ラティルは驚いて
持ってきた本を落としたので、
挟んでいたメモが
床に散らばりましたが
ラティルはそれを
気にすることもできませんでした。
大神官は服を脱いだまま
ベッドに横になり
ラティルを待っていました。
服はどうしたのかと尋ねるラティルに
大神官は、
お出でくださいませ、陛下。
私は堕落する準備が
できております。
と答えました。
聖職者は一生純潔を守るもの。
まさか、ラティルは
大神官が、
あれまでする覚悟だったとは
想像もしていなかったのでしょうね。
自分の身を守るために
ハーレムに入った大神官は
堕落も覚悟の上
だったのでしょうけれど、
そうすることで、
神聖な力が失われることはないのかなと
ふと思いました。