46話 ラティルはスパイを特定することができました。
◇隠し事◇
割と平凡な印象。
埋もれやすい雰囲気。
これといって目立たず
誠実に見える。
スパイになる最も良い条件でした。
ラティルは
怪しい考えをした者を
しっかり覚えましたが、
その場ですぐに連行はしませんでした。
1人で、そんな行動はしなかったはず。
ラティルが望んでいるのは、
父の墓を汚し、
変な手紙を落としていった者の
背後を知ることでした。
トゥーラ、
あなたでないことを祈っている。
そうでなければ、
本当のゴミだから。
ラティルの顔が冷ややかになったので
サーナット卿が心配しました。
急遽、警備兵たちを集め、
気合を入れた後、
突然、スパイの話をして
怖い顔になったので、
当惑しているようでした。
ラティルは、
とてもいい気分だと返事をしました。
怪しい人を見つけたのかと
サーナット卿が尋ねると、
ラティルは、そんな感じだと
答えました。
それは誰なのかという問いかけに
ラティルは、答える代わりに
指を唇の前に当てて
シーッというジェスチャーをして、
これは秘密です。
後で話すので今は我慢してください。
と言いました。
サーナット卿は
ラティルが話してくれなかったことに
驚きました。
これまでの2人の信頼関係を考えれば
当然の反応でした。
しかも、ラティルが
サーナット卿に任せた仕事も
いくつかありました。
ラティルは、
念のためです。
確実になったらお話します。
と伝えました。
ラティルがサーナット卿に
スパイのことを教えなかった理由は
何を根拠にして
スパイを突き止めたのか
教えたくなかったからでした。
他の人には適当に言い繕えても
いつもそばにぴったり張り付いている
サーナット卿には、
それが通じませんでした。
もちろん、素直に言えば
解決されることだけれど、
それは嫌でした。
ラティルは、自分の能力を
世間に知らせる気はありませんでした。
人の心を読む能力は、
怪しい奴や未来の反逆者を捕まえるのに
ぴったりの能力でしたが、
相手に忌まわしく思われる能力でした。
サーナット卿は、
自分がラティルの側近から
遠ざかったような気がして
残念だと言いました。
ラティルは笑いながら
サーナット卿の背中を叩き
彼が自分と兄の間で迷っていたので
引き分けだと言いました。
◇タッシールへの命令◇
ラティルはサーナット卿の代わりに
タッシールに仕事を
手伝ってもらうことにしました。
ラティルが突然訪れると
部屋の中で
侍従と一緒に奇妙な図案を書いていた
タッシールは
笑いながら、急いで腰を上げて、
ラティルに会えて
嬉しいと言いました。
ラティルは、それは何かと尋ねると
彼女が一度触れただけで
ヒラヒラと床に落ちる
衣装のデザインだと答えました。
(そんなもの作らないでよ。)
ラティルは目と口を四角にして
タッシールを見上げましたが
彼は瞬きもせず、
椅子に座るよう勧めました。
そして、
一度ご覧になりますか?
陛下の好みも反映させていただきます。
どちらを露出するのがお好きですか?
ヒントをさし上げますと、
私は肩が
とても格好いいと思います。
と言いました。
ラティルは使い物にならないくらい
専門的に描かれた図案を見下ろし
こういうことをするなら、
こっそりやるわけには
いかないのかしら?
と心から尋ねると、
タッシールは
できないことはないと言って
図案を折りました。
ずっと顔を赤くしていた
タッシールの侍従は
慌てて図案を持って
外へ逃げて行きました。
厚かましいタッシールと違い
侍従は、
皇帝にこの計略を見られたのが
とても恥ずかしいようでした。
しかし、自分の分の羞恥心まで
侍従に持って行かせたタッシールは、
微笑みながら
ラティルに、そっと身を寄せて
コーヒーにするか、
お茶にするか、
自分にするか尋ねました。
ラティルはコーヒーと答えると、
タッシールは、
即答したラティルのことを、
冷たいと言いました。
すると、ラティルは
冷たい物が好きだからと言って
アイスコーヒーを頼みました。
それに対して、タッシールは
アイスタッシールはダメかと
尋ねたので、
ラティルはダメと答え、
クリームも入れるように頼みました。
それに負けじとタッシールは
アイスタッシールにも
クリームを乗せることができると
提案しましたが、
ラティルは真顔でコーヒーを頼みと
タッシールは、部屋の隅にある
簡易テーブルの方へ歩いて行きました。
彼が、ガサゴソ音を立てて、
コーヒーの粉を選んでいる間、
ラティルは声を押し殺して
笑いました。
しかし、タッシールがコーヒーに
氷を入れてきた時、
ラティルの口元から
満面の笑みが消えていました。
ラティルは礼を言うと、
タッシールは、
気が変わったら、
いつでもおっしゃってください。
アイスタッシールから
ホットタッシールはもちろん、
クリーム、蜂蜜、砂糖まで
全てのオプションを追加できます。
と言いましたが、
ラティルは、
コーヒーが美味しいとだけ
言ったので、
タッシールは無視するのかと
尋ねましたが、
ラティルは、にっこり笑って
違うと答えました。
そして、タッシールがコーヒーを
一口飲むのを待ってから、
頼み事があると言いました。
それに対してタッシールは、
頼みごとをする人の態度ではないと
言ったので、ラティルは、
命令することがあると言い直し、
身を隠すのが得意な黒林に
第1警備団にいる、
怪しい警備兵の尾行を命じました。
ラティルが、その警備兵の人相と
顔だちを詳しく説明すると、
タッシールは、それは
ポールではないかと尋ねました。
ラティルは、
名前はわからないと答えました。
彼を指差せば、
名前は分かっただろうけれど、
そうすることで、
ラティルが彼を注視していたことを
彼も含めたすべての人に、
知られることになるので、
それを望まなかったラティルは、
その不審人物の顔を記憶し、
わざと名前を聞きませんでした。
タッシールは、
きっとポールだと断言したので、
ラティルは、人を配置して
彼を監視させるように命じました。
タッシールは
いつまで監視させるのか、
長期戦に持ち込むのなら、
2人か3人でいいと思うと尋ねると、
ラティルは、
そんなに長くはかかりません。
すぐに首謀者の所へ行くから。
見張っていて、
彼が兵舎の外へ出たら、
私に知らせなさい。
直接、追跡するから。
と答えました。
◇追跡◇
墓を毀損したのは、
ポールという警備兵だけでは
ないだろう。
墓に接近するのに
容易な位置にいたとしても、
他の人々の視線は避けられない。
それに、建物一面を覆っていた
大きな落書きを
交代時間の間に
1人で描くのはありえない。
けれども、他の警備兵は
誰が犯人なのか、不安がるだけで、
誰も反応しなかった。
そうだとすれば、
共犯者は、他の警備兵ではなく
他の内部の人間の可能性もある。
このため、ラティルは、
自ら犯人を追跡することにしました。
このような状況であれば、
自分が乗り出すのが
手っ取り早いと思いました。
ただ問題は、
タッシールを連れて来たことでした。
私たちデートをするのでしょうか?
いいえ。
ラティルと腕を組み、
目をキラキラさせながら、
尋ねるタッシールを見ないため、
ラティルはわざと別の方向を見ながら
ため息をつきました。
タッシールは、
先帝の墓のこと、手紙のこと、
トゥーラのことを知っていました。
大神官のことは知らないけれど、
多くのことを知っているし、
悪名高い暗殺集団の頭なので、
隠れるのも得意なはず。
ラティルはタッシールが
役に立つと思い、連れて来ました。
しかし、追跡している間、
ラティルがうるさいと言うほど
横からタッシールが
声をかけてくるので
ラティルは集中力が落ち、
タッシールを連れてきたことを
少し後悔しました。
タッシールは、
話をしながら移動するのが
より怪しくないと言いました。
そして、万が一に備えて、
ポールを見張っていた黒林の暗殺者が、
彼らよりも先に、
隠れながらポールを追跡し、
ラティルとタッシールは
普段着姿で、通行人の振りをして
追跡をしていました。
しかし、タッシールが話を終えて
5分も経たないうちに、
早足で歩いていたポールが立ち止まり
後ろを振り返ったので、
ラティルとタッシールは
同時に身体を横に避けました。
息を整えてから、顔を出すと
ポールは再び歩き始めました。
けれども、
しきりに後ろをチラチラ見るので、
誰かに後をつけられていると
推測しているようでした。
直ぐに追いかけたら、
たちまちばれるでしょう。
タッシールは舌打ちしながら呟き
ラティルも同意しました。
隠れ身の術は
タッシールの方が
専門家だと思ったラティルは
ここで少し時間を潰すか、
先回りをした方がいいか
尋ねました。
タッシールは、
しばらく考えた振りをした後、
親指でどこかを指さし、
あそこで時間を潰すのはどうですか?
その方が、
もっと自然かもしれません。
と提案しました。
ラティルは、
タッシールが指し示す方向を見ました。
ほぼ3階くらいの高さの豪華な建物で、
その前には、
アンジェス商団と書かれた銀色の看板が
ピカピカ光っていました。
◇よく似た親子◇
ラティルは皇太女の頃、謁見で
何度かアンジェス商団の頭と
会ったことがありました。
タッシールが側室に入る時、
誓約式と、その後の食事会でも
会いました。
しかし、ラティルの位置が位置なので、
アンジェス商団の頭は
ラティルの顔をはっきりと
見たことがなかったのか、
帽子を目深にかぶったラティルに
全く気付いていないようでした。
タッシールを見て
喜んでやって来た彼は、
ラティルには目もくれず、
どうしたのか?
外出しても大丈夫なのか?
何か問題でも起したのか?
など、色々、質問をしました。
その間、ラティルは周りを見回すと、
さすが、国で一番うまくいっている
商団のせいか、
そこら中、ピカピカしていました。
ラティルは改めて、
タッシールが
商団の後継者であることを
思い出しました。
そのことを知ってはいるものの
タッシールが
黒林の頭であることを知って以来、
元々、麻薬商の雰囲気もあったので、
商団の後継者よりも
暗殺集団の頭のイメージが
強くなりました。
タッシールの父親は
息子と30分程、立ち話をしてから、
ようやくラティルの方を見て
あれは誰かと尋ねました。
タッシールは、
ラティルが自分に付けてくれた侍従で
ヘイレン一人では
仕事ができないと答えました。
けれども、商団の頭は
それだけしか
ラティルに関心を持ちませんでした。
彼は息子が来たついでに
好きな物を
食べていくようにと言って
ラティルと共に
彼を大きな食堂へ連れて行きましたが
ラティルを見ることもなく、
タッシールにだけ、
あらゆる話を浴びせました。
それでも、ラティルに
食べ物まで
与えないわけではないので、
ラティルは青りんごのゼリーと
卵菓子を食べながら、
商団の頭の話を楽しく聞いていました。
タッシール、
お前は陛下と一夜を
一度も過ごしたことが
ないというではないか?
どうして、
それを知っているのですか?
ヘイレンから聞いた。
口が軽い・・
一体、その顔は
何に使っているのか?
誓約式の時に見たけれど、
お前ほど、男前な者は
1人もいなかった。
それは父親の贔屓目だと
タッシールは言いましたが、
商団の頭は、
母親も同意見だと反論しました。
けれども、タッシールは
それも母親の贔屓目だと
主張しました。
しかし、父親は
独特な魅力を持つ息子が
ラティルと
一夜を共にできないことを
情けないと言って嘆きました。
ラティルは、お菓子を食べながら
父親のタッシールへの小言を聞いて
笑いました。
私の前では、
いつもぶうぶう言っているのに
お父さんの前では
手も足も出ないのね。
と考えていると、
タッシールは、
ラティルとよくデートをする、
つい最近もデートしたと
言ったので、
彼は嘘つきだと思いました。
しかし、彼は
リンゴジュースを飲むふりをして、
ラティルにウィンクしたので、
最近のデートは、
今のことを言っているのだと
分かりました。
ラティルは、
タッシールが父親の言葉に
反論もできないという考えを取り消し、
お菓子を口の中へ入れました。
それでも自分は心配だと言う父親に
タッシールは、
燃えるような愛は
すぐに消えてしまいます。
陛下と私は、
少しずつ愛を育んでいるので
すぐに恩寵を受けるでしょう。
と返事をしました。
そんなタッシールに父親は、
肌を真珠のようにしてくれる
粉があるので、
3日に1度、
ヘイレンに塗ってもらうように。
脱ぐよりも派手に見える服があるので、
それを着て、陛下を訪ねなさい。
と指示しました。
タッシールは、
曖昧な表情で返事をしたので、
ラティルは口を手で覆い、
笑いを我慢するために
唇を噛みました。
そして、父親が、
服の縫い目を解いておいて
適当な時に
ずり落ちるようにしたどうか?
と提案すると、
タッシールは曖昧な受け答えをした後
再びラティルの顔色をうかがいました。
ラティルは耐えきれなくなり
食堂の外へ出て、座り込みました。
笑いたくないのに、
肩が激しく震えました。
商団の頭は、
タッシールと考えが
全く同じだと思いました。
タッシールが実際に
ラティルの恩寵を受けるかどうかは
さておき、
燃えるような愛は
すぐに消えてしまうという言葉は
名言だと思いました。
それを聞いて、ラティルは
どう思ったのか。
今のところ、ラティルは、
タッシールを
夫や恋人というよりも
良き仲間、友達、部下として
見ているような気がするので、
現時点で2人が愛を育むのは
難しそうです。