73話 下女になるための面接会場に偽皇帝がいました。
◇面接◇
まるで鏡を見ているようでした。
自分とそっくりな人が
自分をじっと見ているなんて、
こんなおかしなことは
ないと思いました。
鏡を通して見るのではなく、
自分の目では
絶対に見ることのできない自分の顔を
実際にラティルは見ていました。
しかし、不思議だからといって
顔ばかり見ているわけにもいかないので
ラティルは照れ臭そうに
にっこり笑うと、
わざと一番最初に偽皇帝に、
次に担当官吏、助手の順に
挨拶をしました。
すると偽皇帝は頬杖をつき、
なぜ自分に一番先に挨拶をするのか、
自分が誰だか知っているのかと
尋ねました。
ラティルは、
彼女が自分を試すつもりで
その質問をしたことが分かりました。
しかし、それを聞いたラティルは
自分が本物の皇帝であることを
彼女が気づいていないと感じました。
わざわざ、人を挑発するような
質問をするということは、
調べたいことがあるということでした。
知っていると答えるべきか、
知らないと答えるべきか、
平民の大多数は
皇帝の顔を知らないし・・・
ラティルはしばらく悩んだ後、
素早く決断し、
皇帝陛下ではございませんか?
と答えました。
偽皇帝の口の端が引きつりました。
彼女は、
なぜ自分の顔を知っているのかと
尋ねました。
ラティルは、
面接官が一番の上座を空けているし
もう1人は
全く席に座っていないので、
普通の官吏や貴族なら、
ここまでしないと思ったと
平然と答えました。
偽者は、ラティルの顔を
じっと見ました。
彼女は、
その視線に負担を感じている
振りをするために
わざと頭を下げて、
偽者の足元だけを見ました。
偽者は、それ以上、
ラティルに
不思議な点を見つけられなかったのか
それ以降は何も言わず、
面接官が普通の質問を
いくつか投げかけました。
面接の結果は、翌日の午後2時に
官庁に来て確認するように
言われたラティルは、
面接が終わった後、
慎重に面接室を出ました。
しかし、扉を閉めると
緊張はすっかり消えて
今度は心臓が凍ってしまうような
気がしました。
その姿を見た志願者たちは、
一体、部屋の中で
何が起こっているのかという表情で
ラティルを見ましたが、
誰も彼女と
言葉を交わしていないので
面接はどうだったかと
聞くことができませんでした。
ラティルも、あえて
彼女たちと言葉を交わさずに
面接会場を後にしました。
そうしないと、
偽者野郎。
全く恥知らずだ!
と悪口と怒りが飛び出しそうでした。
◇配属先◇
当然のことながら、
ラティルは面接に受かりました。
そもそも、下女の採用試験の
本当の関門は1次の書類審査で、
2次試験では、
緊張しすぎて失敗しないか、
高位貴族の前で失言しないかを
見る程度だったので、
落ちるわけがありませんでした。
そこに偽皇帝が現れたとしても
彼女は、ラティルを探すために
入って来ただけなので、
審査には
大して影響を及ぼしませんでした。
レアンに会う必要がある。
下女の服装をしていれば、
大抵の場所は回ることができる。
担当区域を外れても、
新入りだから、
道に迷ったと言えばいい。
初出勤を控えたラティルは、
身なりを整えながら
レアンに会う方法を数十個
思い浮かべました。
新人を最初から
重要な場所に配置しない。
最初は先輩下女が連れて行きながら
雑用をすることになる。
そんな風に考えていた
ラティルでしたが
いざ出勤すると、
皇帝の部屋に配置されるという
予想外の出来事が起こりました。
困惑したラティルは、
皇帝の部屋?と思わず聞き返すと、
官吏は恐ろしい顔で、
どうして、
そんなうんざりした顔を
しているのか、
陛下の前では、
そんな顔をしてはいけないと
注意しました。
ラティルは内心、舌打ちしましたが
表面は恐れているふりをして、
自分は宮殿で働く方法を
何も学んでいないのに
いきなり陛下のそばに配属されて
間違いをするのではないかと
心配していると言い繕いました。
官吏はラティルの言葉に
納得したものの
陛下の指示を変えることはできない、
顔色をうかがいながら、
気楽にやるしかないと言いました。
ラティルは、
見つからないと思ったのに、
バレたのか?
自分をからかうために、
わざとそばに呼んだのかと思いました。
もちろん、偽者の所へ行けば
相手を殺す機会は増えるけれど、
レアンが先手を打って、
ラティルの側近たちに、
偽者が本物だと騙した状況なので、
それは慎重にすべきことでした。
それでも、
一つ一つ話を合わせれば
偽者と本物を
区別することができるけれど、
レアンはその機会を与えないはず。
それに対抗するためには、
ラティルも自分が本物であると
直ぐに確認できる
最側近が必要でした。
そのような準備もせず、
むやみに偽者の首を切れば
皇帝殺害犯として追い込まれ
抗弁する間もないまま
レアンにやられるかもしれないので
行動に気を付ける必要がありました。
◇知らなかった仕事◇
皇帝の部屋に配置されたものの、
偽者を見る時間は
ほとんどありませんでした。
ラティルは一番初めに
自分がいない間、
部屋の片づけが
どのように進んでいるのか
知ることができました。
皇帝が来る前に部屋をきれいにして、
一時間単位で換気をする。
水は沸かし続けて
冷めないように注意する。
歩哨に立つ近衛兵に
2時間ごとに、
おやつと飲み物を持って行く。
侍女たちが応接間の物を使ったら
直ぐに入って、元の位置に戻す。
ラティルは、
仕事を一つずつ教えてもらいながら
「はい」と返事をしました。
そして、下女長は
まずは先輩たちに
付いて行けばいいと話した後、
数日前に、黒魔術師が
皇帝の姿になって入ろうとしたので
注意するように言いました。
ラティルは、下女長に
「わかりました」とさりげなく答え、
下女長は、
いきなり自分の下に
新人が入って来たことを
信じられないと思いながらも
それ以上、小言を言いませんでした。
その後、ラティルは
下女の後に付いて回りながら、
部屋の中に、
何か変わった物はないか、
偽者の忘れ物はないか
注意深く調べましたが、
そのような物は何もありませんでした。
偽者は徹底して、部屋の中にある物しか
使っていませんでした。
ラティルは
もしかしたら、レアンに
会えるかもしれないと思っていましたが
うまく行きませんでした。
レアンと偽者は
どこかで会ったようだけれど、
レアンは、あえて
皇帝の部屋まで来ませんでした。
そして、どこでも好きなように
歩き回れると思っていたラティルは、
配置されたのが皇帝の寝室なので、
他の所へ行くこともできず、
他の下女たちに、
いつも、くっ付いていなければ
なりませんでした。
◇気づいたカルレイン◇
思ったように事が順調に進まず、
ラティルは、忍耐しながら
過ごしていましたが、
皇帝の部屋に配置されてから2日後、
ラティルは偽者を
しっかり見ることができました。
偽者が頭が痛いと言って
国務を見に行かず、
部屋に閉じこもったおかげでした。
侍女たちは、
具合の悪い皇帝の世話をし、
下女たちは、
侍女たちが使うお湯と
温かいタオルを用意し続けました。
新入りのラティルは使い走りをして
手伝っていただけでしたが、
午後6時頃、
偽者と一緒に部屋にいる
機会ができました。
侍女たちは皆、応接室へ出ていて、
偽者はベッドに横になり
目を閉じていました。
ひょっとして偽者も、
自分のように
魔法の仮面を
かぶっているのではないかと
確認したくて
ラティルは
窓や浴室を行き来する度に
目を細めて偽者を見つめました。
そばに行って顔を見れば
答えが出るかもしれない。
偽者から、
外見だけ剥がすことができたら、
レアンが何を企てていても、
形勢は逆転する。探してみよう。
そのうち、
偽者が完全に眠ったように見えると
ラティルは、彼女のそばに
忍び寄りました。
近くに行っても、
ラティルは、すぐに行動に移さず
偽者の反応を確認し、
眠りについていると確信すると、
慎重に、ゆっくりと
偽者の顔に手を伸ばしました。
ところが、
偽者の顔に触ろうとした瞬間、
ベッドに吊るしてある鐘が鳴りました。
偽皇帝が目を開けると同時に、
ラティルは素早く手を引っ込め、
横に置かれたタオルを水に浸し、
絞る振りをしました。
偽ラティルが、
どうしたのかと尋ねると、
カルレインが来たとのこと。
ラティルは、
タオルの水気がなくなると、
熱気を冷ますかのように、
タオルを手のひらに当てて、
パタパタと叩きました。
偽者はラティルを見ましたが、
彼女はそちらを見ませんでした。
そうしているうちに、
ついにカルレインが
中に入ってきました。
ラティルは、
そういえば、自分の側室たちは
どうしているだろうか。
偽者が来たと聞いて驚いただろう。
クラインはひっくり返ったようだが
と考えました。
ふとラティルは、
偽者は、自分の側室たちに
手を出しただろうかと考えました。
レアンの頭なら、
それは止めたと思いました。
ラティルのためではなく、
側室たちのそばへ行けば
偽者が偽者だと
ばれるかもしれないからでした。
カルレインは
ベッドのそばへ近づくと
偽者は上体を起こして座りながら
力ない声で、カルレインに
何の用事かと尋ねました。
その話し方を聞いたラティルは、
レアン1人で、
これを企てたのではないと
確信しました。
偽者の話し方は、
ラティルが側室たちに接する時と
かなり似ていました。
誰かが教えなければ、
言葉遣いまで、
真似することはできませんでした。
ラティルはタオルを絞りながら
カルレインを見回し、
彼は騙されないよねと願いつつも、
理性的に考えれば
騙されるのではないかと思いました。
ラティルは、
側室たちを内輪揉めさせるために、
わざと彼らにあまり会わなかったし
深い会話をする回数も
多くありませんでした。
一緒に不法競売場へ行き、
死にそうになったり
追われたりしたことのある
タッシールならともかく、
わずか数回会話しただけの
カルレインは
騙されても当然でした。
彼がラティルに目を向けないので
その確信は、さらに強くなりました。
ラティルは仏頂面をして
タオルを絞り続けました。
陛下の体調が悪いと聞いたと言って
彼女の身体を気遣うカルレイン。
頭がずっと痛いと言う偽皇帝。
数日前に現れた
黒魔術師のせいかと尋ねるカルレイン。
そうかもしれないけれど、
どう処理すればよいかわからない。
記録も残っていないし。
大神官をそばい置いて良かったと
カルレインに同意を求める偽皇帝。
陛下の先見の明が
このような時に役に立ったと答える
カルレイン。
カルレインは低くて優しい声で
偽皇帝を慰め、
蒲団を膝まで掛けてやりました。
苦しい時は、
このカルレインを頼ってください。
私はいつでも、陛下の味方です。
と言うカルレイン。
偽者は、
カルレインの思いやりが気に入ったのか
笑いながら頷きました。
ラティルは、
タオルをかきむしりそうになるのを
辛うじてこらえました。
タオルにたっぷり水を付けて
カルレインの背中を
バシバシ叩きたいと思いました。
あなたの妻は、ここにいるのよ!
最後までカルレインは
自分には目も向けず、
偽者に優しくしているのが気に障り
ラティルは、
おしぼりの入ったたらいを持って
寝室の外へ出ました。
カルレインと
とても仲良しだった訳では
ないけれど、
あんな風に他の人を気遣うのを見て
ラティルは訳もなく、
寂しさを感じました。
ラティルは、寝室の近くの庭に
残りの水を捨てながら、
カルレインはバカだと叫びました。
偽者に陛下、陛下と言うなんて
本当にバカだと思いましたが、
ラティルは、異常に気づきました。
カルレインはラティルのことを
「ご主人様」と呼んでいました。
呼ばないように言っても、
「ご主人様」と言うのを
止めませんでした。
それなのに、カルレインは
偽者を「陛下」と呼んでいました。
しかも、首筋お化けが
偽者の首筋に
こだわっていませんでした。
気づいたのだろうか?
驚いたラティルがぱっと首を回すと
茂みの間にカルレインが立っていて、
彼女を見ていることに気づきました。
偽者に気づいただけでなく
私のことも気づいたのだろうか?
彼は犬?
首筋に執着していたから、
狼のような嗅覚を
しているのだろうか。
ラティルは彼に近づき、
聞いてみたいと思いましたが、
彼女がいる場所は、
彼女の部屋の窓から
見えることを思い出し、
無理矢理カルレインに背を向けました。
そして、やっていた作業を終え
何事もなかったかのように
寝室に戻りました。
そして、おしぼりを物干しざおに掛け
パタパタと叩いていると、
下女長が近づいて、
何かひどい問題を
起こしたのかとでも言いたげに、
陛下がラティルを探していると
言われました。
もしかして、
カルレインと目を合わせていたのを
見られたのか。
ラティルは心臓がドキドキしましたが、
嫌とは言えないので、
やむを得ず部屋に入りました。
驚いたことに、そこには、
偽者だけでなく、レアンもいました。
胸倉をつかみたい2人が寄り添っている。
これは頭突きをせよという
神のお告げかと思いましたが、
ラティルは、平然と偽者に近寄り、
何の御用かと尋ねました。
しかし、
脱いでごらん。
という返事に、
ラティルは表情を平静に保つことが
できませんでした。
偽者に優しくしていたカルレインに
腹を立てたラティル。
原作の挿絵では、
そんなカルレインを
後から、ラティルが青筋立てて
すごい形相で睨みつけています。
しかし、カルレインが
偽者を陛下と呼んでいたことで
彼が偽者を見破っていたのではと
気づいたラティル。
そして、後ろを振り返ると、
カルレインがラティルを見つめていた。
それまで、ラティルの心の中に
嵐が吹き荒れていたのに、
一瞬にして、
そよ風に変わってしまったような感じ。
この場面を頭の中で思い描きながら、
すごくいいな、
ロマンティックだなと思いました。
マンガでどんな風に描かれるのか
今から、とても楽しみにしています。