76話 なんと、偽皇帝の正体はラティルの母親でした。
ラティルの唇は
ブルブル震えました。
あまりにも大きな衝撃を受けて
後頭部がヒリヒリしました。
亡くなった父親が
あそこから出て来ても、
これ程、驚くことはないと
思いましたが、
その場合、驚きに恐怖が加わるので
もっと怖いと思い、
その考えを否定しました。
しかし、これも手に負えないので
ラティルは、よろめきました。
倒れそうな娘を心配した母親は、
少し座ったらどうかと尋ねました。
いつもと同じ優しい声でしたが
ラティルは嬉しくありませんでした。
彼女は、
ネックレスが2つあるのではないかと
尋ねました。
ネックレスを外したら、
もう1つ別の顔が出て来る・・
その方がましだと思いましたが、
そんなはずはないと考え直しました。
母親は「一つ」と答えて笑いました。
兄に続いて母親にまで
裏切られたラティルは、
左右の頬を殴られ、
後頭部まで殴られても
これ程の痛みは感じないと思いました。
母親は、
足が震えているラティルを見て
とりあえず、座った方がいいと
勧めましたが、
ラティルは、
座ると床がひっくり返って
落とし穴が出て来そうな気がするので
安心して座れないと言いました。
母親は複雑な表情をしていました。
母親と一緒に暮らしていた時、
彼女がそのような顔をすると、
ラティルはいつもうろたえ、
母親の気持ちが晴れるように
戯言を言いました。
すると、彼女は
ラティルをしっかり抱き締め、
私のきれいな娘と、歌を歌いながら
額にキスをしてくれました。
そのことを思い出し、
ラティルは涙が出そうになりました。
ラティルは、
母親は自分にとって
天であり地なので、
彼女がこんなことをしたら
自分の世界が
ひっくり返ると言いました。
しかし母親は、
ラティルの世界では、
ラティルが天で地なので、
他の人に傷つけられたと言って
ひっくり返るなと叱責しました。
ラティルは、
それは、
そんなに簡単なことなのかと尋ね、
他の人とは母親のことだと
反論しました。
すると、母親は
簡単でなくても、そうするべき。
ラティルが簡単に
ひっくり返ったら、
彼女1人を信じて頼る国民は
どうなるのかと
ラティルを戒めました。
彼女は、その国民を
母親が奪ったと非難しました。
母親は、奪ったのではなく借りたと
反論しました。
ラティルは拳を握りしめて
母親を睨みながら
どういう意味かと尋ねました。
カルレインはラティルと母親を
交互に眺めました。
彼は感情を表に出さないけれど
かなり困った瞳をしていました。
些細なことで、
妻と義理の母親が喧嘩をしても
出しゃばってはいけないのだから、
このようなひどいことには、
猶更、口出しできませんでした。
母親はため息をつき、
ラティルもレアンも
自分の子供だから、
2人を生かすためには、
こうするしかなかったと
話しました。
どうして、ここで
兄の話が出て来るのか。
彼は、大賢者に付いて行って
元気に過ごしていたのに。
しばらく国務を見て欲しいと
頼んだけれど、数日間だけで、
全く危険なことではなかったのに。
それだけで、
兄が過労死でもすると思ったのかと
ラティルは尋ねました。
母親はラティルに深呼吸するように
勧めました。
そして、彼女が吸血鬼ロードの
生まれ変わりかもしれないと
告げました。
仲良しの母親と兄が
どうして自分を裏切ったのか、
なぜ、母親がこんな残忍なことを
自分にしたのか、
悲しいけれど
現実的な話をしていたのに、
突然飛び出した非現実的な話に
ラティルは、
え?何ですか?
と同じ質問を繰り返しました。
母親は、はっきりと
もう一度、「ロード」と言いました。
あまりにも荒唐無稽な話に、
ラティルは笑い出しました。
どういう意味なのかと
ラティルは尋ねると、
母親は先程脱がされた自分の靴を
指差しました。
カルレインが靴を持って来ると、
彼女は靴を履きながら、
ラティルも調査中だった、
黒魔術師、吸血鬼、ゾンビ、
500年周期で復活するロードなど。
ラティルが、そのロードである
可能性があること、
正確に言えば、
ラティルがロード候補の1人であると
説明しました。
ラティルは呆れて、
何を言っているのですか?
私は母上が産んだでしょう?
もしかしてお父様が
ロードの子孫ですか?
と皮肉を言いました。
母親は、血筋ではなく
転生だと言いましたが、
ラティルは、
いきなり自分の全てが
否定された気分になり、
声を張り上げて否定しました。
あまりに腹が立って
息が急いていました。
けれども、部屋の前には
母親が連れて来た
近衛兵がいるはずなので、
声を荒げている場合ではないことに
気がつきました。
それでも、
何も話をしないわけにはいかず、
私は母上の娘です。
と声を低くして、すすり泣くように
小さく叫びました。
母親は、わかっている、
誰の生まれ変わりであれ、
ラティルは、
自分のお腹を痛めて産んだ子だ、
そのことは気にしていないと
言いました。
それなのに、どうして?
とラティルが尋ねると、母親は、
吸血鬼ロードは、
その存在だけで、
世の中の全ての悪を目覚めさせると
答えました。
ラティルは、それならば、なぜ
自分は皇太女になったのかと
尋ねると、母親は
自分は神殿にいたと答えました。
ラティルは、母親は最初から
自分のそばにいなかった、
自分がロードであると
馬鹿げたことを言ったのは誰か、
レアンなのか、
それなら、なぜ自分は
皇太女になったのか、
自分が皇太女になるように
後押ししたのはレアンだ、
あの時から、こんなことを
企てていたのかと
母親を非難しました。
彼女は否定しましたが、
ラティルは、母親と兄の話は
一つも信じられないと言いました。
レアンは、
ラティルが皇太女の座に就く前は
ロード候補だと確信できなかった、
彼が大賢者の弟子となって、
神殿に行ってから、
ロードの予兆が何なのか
しっかり聞いて
ラティルがロードである可能性が
高いと思うようになったと、
母親は説明しました。
ラティルは息を切らしながら
とめどなく母親を眺めました。
彼女に、この状況を
説明して欲しいと思いました。
何も言わずに、
全てが嘘だと言って欲しいと思いつつ
この部屋の中の物全てを
壊したいとう衝動に駆られました。
ラティルは、
自分が皇太女だった時に
その可能性を知ったのなら、
どうして、その時、
止めなかったのかと尋ねました。
母親は、
娘だし、妹だし、
ロードの生まれ変わりだと知って
突き放すことはできない、
ラティルが
どれだけ清い子か知っているから、
生まれ変わりでも、
ラティルは違うと信じていたと
言い訳をしました。
しかし、ラティルは、
でも、違っていたの?
と尋ねました。
母親は、大賢者が話していたように
ラティルが血を流して
皇位に上がったからだと
言いました。
ラティルは、即位の日に、
自分と同じくらい
トゥーラを嫌っていたレアンが
腹違いの兄を殺すのはひどいと
自分を非難したことを
思い出しました。
このことも、関連しているのかと
思いました。
母親は、
ラティルは、しっかり統治して、
国務もよく見ているけれど、
彼女が
いくら良い皇帝になろうとしても
暗い気がどんどん押し寄せて来て、
辺境の村の人々が全員いなくなるなど
奇異なことが起こり始めていると
言いました。
しかし、ラティルは
自分のせいではない、
自分はロードではないからと
主張しました。
母親は、
このまま放っておくわけには
いかなかったので
行動に出たと言いましたが、
ラティルは、かっとなって、
自分に話してくれれば良かったと
叫びました。
しかし、母親は
ラティルのせいで、
世の中が滅びていくから
皇帝の座から降りた方がいいと
言っても、
ラティルは信じなかっただろうし
レアンの頭がおかしいと言って
彼を近づけないようにしただろうと
主張しました。
ラティルは、
後で調査をして、
自分がロードではないと知ったら、
どうするつもりだったのか。
自分の調査では、
ほぼ確実に、
ロードはトゥーラだと言いました。
母親は、
あくまでラティルは候補者で
トゥーラかもしれないと弁解しました。
ラティルは、
自分が皇位に上がる時、血を見たと
母親は言ったけれど、
トゥーラも同じではないか。
自分は黒魔術について
何も知らないけれど、
トゥーラは死んだのに生き返って、
あらゆる奇妙なことをしていると
話しました。
母親は、
トゥーラが生き返ったのは
確かなのかと尋ねました。
ラティルは、自分の目で見たと
きっぱりと叫びました。
母親は、
死者が復活したのか、
それとも、
ラティルが死者を見たのか、
どちらなのか、
本当に確信できるのかと、
尋ねました。
その言葉を聞いたラティルは
言葉に詰まりした。
ラティルがトゥーラを見たのは
曖昧な状況で
夢か現実か区別ができませんでした。
トゥーラが生き返ったのなら
ロードの可能性が高いけれど、
ラティルが死んだ人を
闇の力とみなしたのなら、
ラティルがロードである可能性が
高い。
母親は、それを指摘していました。
ラティルは、
自分に何を望んでいるのか、
自分がロードかもしれないから、
自分を殺して、
母親が一生自分のふりをして
皇帝として過ごすのかと尋ねました。
母親は、
ラティルがロードでないことが
確実になるまで神殿に入り、
神官たちに準備をさせておいたので、
彼らの気を受けながら
ラティルの気を抑えながら過ごすことを
提案しました。
ラティルは、
母親が神殿に行ったのは、
彼女の心の治療をするためと
言っていたけれど、
ラティル自身の
治療をするためだったのかと
言いました。
母親は、
ラティルがロードでないことが
確実になれば、
また戻ってくればいい。
だから、自分が
ラティルの真似をしていると
言いました。
ラティルは、手を握ったり
開いたりを繰り返しました。
聞きたいことがありましたが、
どんな答えが返ってくるか分からず
恐怖を感じていました。
しかし、この渦中に
どんな返事が返ってきても
もっと悪いことはないのではと思い、
ついにラティルは、
自分がロードだったら、
自分を殺すのかと尋ねました。
母親は立ち上がり、
そんなことはないと答えましたが、
ラティルは信じられないと言いました。
すると、母親は、
ラティルが世の中に
害を与えないようにしないと
いけないと言いました。
ラティルは、
自分が危険かもしれないから、
レアンが自分を
押さえつけようとしていると、
正直に言ったらどうかと
言いました。
母親は、正直に言うなら、
レアンがいなければ、
ラティルがロードであろうと、
世の中が危険であろうと関係ない、
自分はラティルだけを
守ればいいから。
けれども、自分の子供は2人だから、
レアンもラティルも守るべきだと
と答えました。
ラティルは下唇を噛みました。
悔しくて、苦しくて、悲しくて、
目頭が熱くなりました。
あらゆる否定的な感情が
目元から、こぼれようとしていました。
続けて母親は、
他の人がロード候補だったら、
皆殺しにした。
それが一番確実で安全だから。
でも、ラティルが候補だったから
娘を守りたくて、
事が複雑に拗れたと話しました。
母親は手でラティルの頬を
包み込もうとしましたが、
彼女は、自分が
仮面をかぶっていることを思い出し、
母親の手が触れる前に
後ろに下がりました。
自分の顔を変えた魔法の仮面のことを
母親が知っているかどうか、
まだ、はっきりしていませんでした。
窮地に追い込まれているラティルは
自分に残された数少ない手札を
全て見せたくありませんでした。
けれども、母親は
ラティルに拒否されたと思い
瞳が揺れました。
その姿を見たラティルは、
心が痛みました。
母親を恨みながらも
彼女に苦しんで欲しくないと
思いました。
母親は、
お願いだから、神殿に行こう。
あなたがその過程で
ケガをするのを見たくない。
事が安定すれば、また元に戻れる。
どんな風に国務が遂行されているか
1週間に1度伝えるし
毎日、どんなことが起こっているかも
伝える。
ちょっと休憩を
取っていると思えばいい。
と言いました。
ラティルは考え込んだ後、頷き、
両手を広げました。
そして、母親がしたことは
許せないけれど、
自分のためにしてくれたことは
分かったから、
一応、母親の言うことは受け入れる。
自分も兄が安全であることを
望んでいるからと、言いました。
ラティルの言葉に
母親は悲しそうな顔をし、
ラティルが幼かった時にしたように
彼女を抱き締め、
あなたのためだけれど、
ごめんなさい、ラティル。
と言いました。
ラティルは母親を抱き締めると
嘘をついてごめんなさい。
と耳打ちしました。
母親の言う通り、
あらかじめ、母親と兄が
ラティルに事情を話して、
神殿へ行くように勧めても
彼女は素直に言うことを
聞いたとは思えません。
けれども、
ラティルのいない隙を狙って
騙し打ちをしたのは、
あまりにもひどいと思います。
ラティルは、
自分がロード候補と聞かされるより
母親と兄に裏切られたことに
深く傷ついていると思います。
ラティルが下女に化けていることを
見抜いて、
彼女に罠をかけることができるほど、
ラティルのことを
とてもよく分かっている
母親と兄なので、
このような行動に
出たのでしょうけれど、
それだけ、頭が働くなら、
他に方法はなかったのかと思います。
母親は、
ラティルとレアンのためだと言って
一生懸命ラティルに
事情を説明していますが
しっくりきません。
レアンとラティルのためと
言っていますが、
ラティルが傷つくことまで、
考えていなかったし、
ラティルよりもレアンを
優先しているように思えます。
このことは、ラティルに
一生消えない傷を残したと思います。