118話 カリセンの代理公使の手の中にクラインのマントのポンポンが・・・
◇人の気配と顔の傷◇
なぜ、死んだ代理公使が
クラインのマントのポンポンを
握っていたのか。
しかし、
同じようなマントを持っている人は
他にもいるかもしれないので、
必ずしも、
クラインの物とは限らないと
ラティルは思いました。
彼女を見守っていたサーナット卿は、
小声で、見覚えがあるのですねと
確認しました。
ラティルは頷きました。
彼女は眉を顰めて
無意識に貴族たちの方を見ました。
マントを着た貴族たちは、
自分たちだけ、
執拗にラティルに見つめられたので
躊躇いがちに後ろに下がりました。
サーナット卿はラティルに
誰か探しているのかと尋ねましたが
ラティルは、否定しました。
けれども、彼女は
クラインを探していました。
彼を見れば、このポンポンが
クラインの物かどうか
すぐに分かる。
訳もなく、ポンポンが
クラインの物ではないかと
心配しているより、
その方が、
ずっとましだと思いました。
しかし、探しても、
どこにもいなかったクラインが
急に見つかるがはずがないと
思っていたところ、
いきなり彼が現れました。
ラティルはクラインの上着を見ました。
先ほど、ラティルは
バニルが持ってきたマントを
クラインに着せて
紐を結んであげましたが
彼はマントを着ていませんでした。
ラティルは思わず
クラインをじっと見ました。
いつもの彼は
ラティルに見つめられると
自信満々の視線を返してくるのに
今回、彼は目をそらしました。
ラティルは、
本当にクラインが犯人なのかと
疑いましたが、
それを否定しました。
クラインは、
タリウムとカリセンの戦争を
望んでもいないのに、
パーティで自国の代理公使を
殺すはずがないと思いました、
クラインの顔は青くなっていましたが
今までのクラインを見れば
十分信頼できました。
それでも、クラインは
カッとなって
問題を起こしたことがあるので、
ひとまず呼んで
話を聞いてみることにしました。
ラティルは、サーナット卿に
警察に連絡するように命じました。
それは、皇帝としての指示でした。
サーナット卿も、
いつもより堅苦しく返事をしました。
ラティルは、いつものような口調で
クラインを呼びました。
ラティルに怒った気配はなかったのに、
彼は反射的に肩をすくめました。
そして、いつもより
自信の無い返事をしたので
ラティルは心の中で
いつものように振る舞うように。
そうでないと、
クラインを疑っていない人にまで
疑われると、彼に訴えました。
いずれにせよ、ラティルは、
クラインを
追求するつもりはなかったので
彼のことをずっと探していたのに
どこへ行っていたのか。
今日は、そばにいて欲しいのにと
わざと愛人を探し回っていた
皇帝のように、
怒った振りをしました。
クラインは緊張し、
きまり悪そうにラティルを見ました。
ラティルがクラインの腕をつかんで
内側に引き寄せると
彼は、先程まで
震えていたことを忘れたのか
すぐに顔色がよくなりました。
その姿を見てラティルは、
クラインが、
どのように絡んでいるか
わからないけれど、
彼が何か悪い手を使って
自国の公使を殺したとは
思えませんでした。
ラティルは、
カリセンの代理公使の話を
持ち出しました。
彼の表情が急に暗くなりました。
表情管理をするようにとなだめれば
他の人たちの視線を引くのは
明らかなので
ラティルは貴族たちがダンスをしていて
足が痛くなったら
座って休めるように作った部屋へ
入りました。
ラティルはソファーに座りながら
隣の席を叩きました。
クラインは並んて座ったものの、
気が気でない様子でした。
ラティルは、
彼は少しつつかれただけで
本音を吐くのを知っていたので
あの代理公使、
あなたの国の人ではないの?
と、わざと刺激的な言葉を使いました。
そして、
代理公使が自殺したようだけれど
殺されたかもしれないと
言った後で、
代理公使が握っていたポンポンを
クラインに見せて、
先程、クラインが着ていたマントに
付いていたものではないかと
尋ねました。
それを見るや否や
クラインはパッと立ち上がりましたが、
ラティルは彼の手を握って
座るように言いました。
彼は手を振り解きませんでしたが
座ることもできずに
ラティルを見下ろしていました。
瞳はひどく揺れていて、
唇を苛立たしく噛み締めていました。
(俺が犯人だと疑っているのか?
俺じゃないのに。
急に現れて、勝手に死んだのに。)
クラインの心の中を読めたので、
ラティルは、
彼を信じていると言って
優しくなだめました。
クラインは、
自分が追及されると思っていたので
彼女の言葉に驚きました。
ラティルは、
クラインのことを信じている。
彼はパーティ会場で
人を傷つけるような人ではないことを
知っている。
ただ、なぜ、代理公使が
クラインのポンポンを握っていたのか
それが不思議だから、話を聞きたいと
説明しました。
クラインは、
ようやくラティルの隣に座りました。
彼女が、もう一度、
どうしたのかと尋ねると、
彼は悔しそうな声で、
自分の身に起こったことを
一つ残さず話してくれました。
ラティルが自分のことを
信じてくれるのが嬉しくて
最大限、
ありのままに話そうとしていることが
分かりました。
ラティルは頷きながら
アクシアンが登場するところまで
話を聞いていると
どこからか人の気配を感じました。
ラティルがクラインの口を塞いで
周囲を見回すと、
驚いた彼は
目をキョロキョロさせました。
休憩室は狭くはないけれど
隠れる所があるほど
広くはありませんでした。
それなのに人の気配がしました。
ラティルはクラインの口から手を離すと
扉の外へ出てみましたが
誰もいませんでした。
扉の外ではなく、
確かに中で人の気配を感じたと
ラティルが考えていると
クラインが、どうしたのかと
尋ねました。
ラティルは、
人の気配を感じなかっかと尋ねると
クラインは、
よくわからなかったと答えました。
クラインも、
人の気配を感じる方なのに、
気付かなかったということは
自分の勘違いかと
ラティルは言いました。
クラインは、
どこから人の気配がしたのかと
尋ねました。
彼は全く分からないという
顔をしていたので、
ラティルはしばらく考えた後、
「していない」と言って、
ソファーに腰かけました。
クラインが
ラティルの隣に座ろうとした時、
突然、「あー!」と
叫び声を上げました。
ラティルは、クラインが、
人の気配をする場所を発見したと思い
飛び上がって剣をつかみました
しかし、彼は、
最初の襲撃者のことを
思い出していました。
クラインは、小枝の多い木の枝で
襲撃者の顔を強く叩きつけたので
大神官が治療しない限り
傷跡が残っていると言いました。
その言葉を聞くや否や、
ラティルは慌てて休憩室を出ました。
彼女に付いてきたクラインに
ラティルは、
よく思い出してくれたと
彼を褒めました。
ラティルがサーナット卿を
探していると思ったクラインは
方向が違うと指摘しましたが、
彼女が探していたのは大神官でした。
彼は体格のいい貴族たちと、
今回のことについて
真剣に話しあっていましたが
ラティルを見ると、
にっこり笑いました。
ラティルは大神官を
人気のない所まで引っ張って行き
誰も周りにいないのを
しっかり確認した後、
顔にケガをした人がいたら、
その人が犯人だから
絶対に治療をしないようにと
言いました。
ラティルはクラインが経験したことを
大神官に話すと、
彼はすぐに信じてくれました。
大神官が、
「わかりました」と答えると、
ラティルは彼の肩を軽く叩いて
立ち去りました。
大神官はラティルの後を
付いて行こうとしましたが、
クラインがラティルの近くへ寄ったので
立ち止まりました。
次にラティルはサーナット卿の所へ行き、
顔に新しく傷の付いた人を
探していると告げました。
サーナット卿は
クラインをちらっと見ましたが、
すぐに席を外しました。
ずっとラティルの後を
黙って付いてきたクラインは、
皇帝に捕まると思った犯人が
遠くに逃げてしまうのではないかと
心配して、このように
公に探しても大丈夫なのかと
尋ねました。
ラティルは、
自分の国のことなら
処理しやすいけれど、
自分たちの国で
カリセンの代理公使が亡くなったので、
カリセンに
示せるような犯人が必要だと
答えました。
クラインは、
自分が徹底的に処理すべきだったと
ラティルに謝りました。
意気消沈したクラインの背中と肩を
ラティルはトントン叩いて慰めた後、
侍従長の所へ行きました。
しかし、クラインは、
心臓がざわざわする感じがして、
今度は彼女に付いて行けませんでした。
彼はラティルの触れた場所に
そっと手を上げました。
◇顔に傷のある人◇
パーティが終わり、
貴族たちが帰った後も
ラティルはパーティ会場に残り
仕事を指揮し続けました。
命令を下せば、
サーナット卿と侍従長が
うまく処理すると思いましたが、
ラティルは、
代理公使と関係があると思われる
最初の襲撃者を、自ら追及して
犯人と目星を付けたら
刑務所へ閉じ込めるつもりでした。
他国の外交官を殺した犯人なら、
すぐにカリセンへ送るべきだけれど、
先にヒュアツィンテに話してから
犯人を送るつもりだったので
捜査を続けて、
自分の統制下におくつもりでした。
クラインとダガ公爵が
絡んでいることなので
ヒュアツィンテも承知してくれると
思いました。
侍従長は、そんなラティルが心配で
何度も休むように言いましたが、
彼女は重い瞼を押さえて
大丈夫だと答えました。
午前2時頃、警備団長と、
警備兵たちがやって来ました。
彼らは、両手を縛られ、
顔を隠した誰かを
強く引っ張って来ました。
警備団長は、
顔に傷のある者を
捕まえたと報告しました。
よくやったと
警備団長を褒めたラティルは
犯人の所へ行きました。
その人は、警備兵たちに
跪かされていました。
ラティルが目配せすると、
警備団長は急いで
犯人を覆っていた布を
はぎ取りました。
ところが、現れた顔は
見覚えのある顔でした。
◇肖像画の人物◇
トゥーラは、
狐の仮面の下で見つけた
肖像画を手にしたまま、
部屋の中をウロウロしていました。
いくら考えても、
この肖像画がなぜここにあるのか
分からないし、
この肖像画の人物を
よく知りませんでした。
なぜなら、彼は公爵家出身で、
社交界で人気が高いけれども、
本人は社交界に
ほとんど出入りを
していなかったからでした。
トゥーラも、彼の弟と
髪のつかみ合いをして
喧嘩をしなければ、
顔を知らなかったほどでした。
肖像画の人物はラナムンでした。
ラティルが夢か現か、
わからない状態で
トゥーラの潜んでいる地下城へ行き、
彼に見つかりそうになった時に
キツネの仮面が自分の着ている上着を
ラティルの頭の上にかけたところ
トゥーラに見つかりませんでした。
もしも、この上着が
姿を消すことのできる
魔法物品だとしたら
誰もいないのに、
バニルが足を引っ張られたり
誰もいないのに、
ラティルが人の気配を感じたのは
この魔法物品を使ったからかも。
105話で、ゲスターが
ラティルとトゥーラの喧嘩のシーンを
思い出していましたが、
あの時、ゲスターは
あの場にいなかったのではと
ラティルは疑問に思いました。
この時も、姿が消える
魔法物品を使っていたら。
そして、キツネの仮面の下から出てきた
ラナムンの肖像画。
以前から、キツネの仮面の正体は
ゲスターかもしれないと
思っていましたが、
今回の話を読んで、その気持ちが
より強くなりました。