123話 ラティルは側室たちと共に離宮で過ごしています。
◇温室で◇
ラティルが外へ出ると、
サーナット卿が後を付いて来ました。
彼女が知らんぷりをして
歩いていても、
サーナット卿は気にすることなく、
ラティルの後を、
ずっと付いて行きました。
彼女は温室の前に到着し
扉を押そうとすると、
サーナット卿は手を伸ばして、
扉を開けることで、
自分の存在感を知らしめました。
相変わらず、ラティルは
この温室が好きだと
指摘するサーナット卿を
ラティルは鼻で笑うと
温室の中に入り、
キョロキョロ周りを見回しました。
真夏の温室は、蒸し暑くて、
空気まで重く感じられるので
散歩をするのに快適ではないけれど
それでも、この中に入ったのは、
幼い頃、離宮へやって来ると
いつも温室に来ていたからでした。
ラティルは温室の中を歩きながら
花木の間のあちこちで、
サーナット卿の痕跡を見つけたので
サーナット卿とも、
よく一緒に来ました。
と、ようやく口を開きました。
サーナット卿は、
ラティルがずっと
自分を無視していたのは、
自分があまりにも美しいので
花と区別できないのではと
思っていたと言いました。
ラティルが当惑して
サーナット卿を見つめると、
彼はにっこり笑い、
花木の横に跪いて、
自分と花を並ばせると、
区別がつきませんよね?
と尋ねました。
ラティルが区別がつくと答えると、
サーナット卿は、
相変わらず彼女は見る目がないと
言いました。
サーナット卿が古だぬきのように、
さりげなく境界線を越えてくると
ラティルは、やたらと腹が立ち
彼の足を
ぎゅっと踏みたくなりましたが、
さっと蹴っただけで
ボールのように飛んで行った
酔っ払いのことを思い出し、
サーナット卿の足の骨が折れるのを
見たくないので、止めました。
その代わり、
自分に見る目がないのなら、
大神官の治療を受ければいい。
自分は、誰かと違って
大神官のことを気にしないからと
皮肉を言いました。
ふざけた言い方をしましたが、
大神官の治療を拒否した、
サーナット卿の不審な行動を
遠回しに表現していました。
まだラティルには
サーナット卿への疑いが
残っていました。
気が利くなら、
全て分かっているはずなのに、
サーナット卿は知らん振りをして
笑いながら、
ラティルの顔に何か付いていると
話題を変えました。
ラティルは、
そんな手に乗らない。
言い訳も誠意がないと非難しましたが、
サーナット卿は、
ラティルの額の辺りを見て、
花粉が付いていると指摘しました。
ラティルは、
花に顔を擦り付けていたのは
サーナット卿なのに、
なぜ自分に花粉が付いているのか。
本当に付いているのか、
からかっているのか。
サーナット卿の言葉が
本当かどうかわからなくなり、
ラティルは訳もなく
額の辺りをゴシゴシ擦りましたが
花粉どころか、
埃も付いていませんでした。
ラティルは眉を顰めて
サーナット卿に抗議すると、
彼は、もう少しラティルに近づき
彼女の額を見つめながら、
そこではないと呟きました。
それでは、どこなのかと
ラティルは聞こうとしましたが、
サーナット卿の息遣いが
頭の上で感じられ、
ラティルは反射的にたじろぎました。
そして、目の前に
サーナット卿の広い胸が広がり、
ラティルは視線を落としました。
しかし、
このようにくっついてる時は、
視線を下にすることも、
あまり良い選択では
ありませんでした。
ラティルは驚いて頭を上げ、
サーナット卿と目が合うと、
顔が熱くなり、大声で叫びました。
その姿がおかしかったのか、
サーナット卿は唇を噛みながら
口元を上げたので、
ラティルは極まりが悪くなり、
彼の脛を軽く叩きました。
サーナット卿は
悲鳴を上げながらよろけたので、
ラティルは驚きましたが、
いたずらだったのか、
すぐに元気になり大笑いしました。
腹が立ったラティルが息巻いても、
サーナット卿は
笑いを堪えることができず、
腸が煮えくり返ったような表情で
自分を見上げる彼女を見て、
花粉だけ落とすと言って
慎重に手を伸ばしました。
彼の手がラティルの額に
届きそうなくらい近づき、
彼女はサーナット卿の首を
見つめていると、
扉が開く音がして、
クラインが現れました。
サーナット卿を見たクラインは
顔が強張りましたが
すぐに意気揚々と微笑むと
2人のそばへ近寄り、
サーナット卿に何をしているのかと
尋ねました。
彼は、ラティルに付いた
花粉を落とそうとしていたと
平然と答えると、
クラインは、かなり寛大な表情で
頷きましたが、
それは、
陛下の恋人の俺がすべきことで、
護衛の君がすべきことは、
陛下に何かが付いているのを
調べることではなく、
しっかり護衛をすることだ。
と棘に満ちた口調で言って、
温室の入口を指差しました。
サーナット卿はすんなり承知して
引き下がりましたが、
そんなことを言われて
気分の良い人がいるわけがないので、
ラティルは思わず、
サーナット卿の方を見続けました。
しかし、
クラインに名前を呼ばれたラティルは、
今は、サーナット卿のことを
考えている場合ではないことに
気づきました。
アトラクシー公爵とロルド宰相の
板挟みになり
困っている中立貴族たちが
クラインに力を貸すように、
彼が、2人に対抗できるように
育てる必要がありました。
それには、ラティルが
クラインを寵愛していると
彼自身に信じ込ませれなければ
なりませんでした。
ラティルは素早く判断を終えると
クラインに、
言葉を和らげるように注意した後、
半分目を閉じました。
すると、クラインが慎重に
彼女の額に
手を置くのが感じられました。
肌を包み込む温かい手に、
ラティルは思わずため息をつき
目を開きました。
嬉しそうに笑っている
クラインの燦爛としている顔が
見えました。
顔で有名なのが理解できるくらい
眩しい笑顔でした。
しばらくラティルは我を忘れて
クラインの顔に感嘆していると
彼は、自然に腕で
ラティルを包み込みました。
顔に硬い筋肉を感じて、
ラティルは、思わず、
彼のお腹と胸に手を上げました。
クラインは上着をきちんと
閉めていなかったので、
手のひらには、
弾力があり柔らかい肌の感触が、
指の先には、
ネックレスの冷たくて硬い感触を
得ました。
ラティルは、慌てて
クラインを見上げました。
「今日はこれ以上、
先に進むつもりはない。」と
言おうとしましたが、
クラインは、
手に持っていた平たい箱を持ち上げ
これが何か知っているかと
囁きました。
ラティルは無言で首を振りました。
しかし、
このような雰囲気でくれるのなら、
花のように、
何かロマンティックな贈り物だと
ラティルは考えました。
彼女は、花以外、
ロマンティックな物を
思いつきませんでした。
私にくれるの?
と尋ねるラティルに、
クラインは当然のように笑い、
雪りんごだと囁きました。
◇兄の付き合った人◇
2人はテラスに移動し、
そこに、小さなテーブルを用意して、
クラインが作ったという雪りんごを
食べました。
クラインは、
ラティルが口元に白い粉を付けて
口をモグモグさせているのを見て
嬉しそうに笑いました。
美味しいですか?
と尋ねるクラインに、
ラティルは素直に「うん」と
答えました。
本当にクラインが作ったのかと
疑うほど美味しいものでした。
ラティルが疑っていても、
クラインは気を悪くせず、
笑っていました。
ラティルは、
料理を作ってあげるのが、
カリセン皇族の間に伝わる
誘惑方法なのかと考えました。
ヒュアツィンテも留学していた頃、
カリセン料理を作って持って来て
ラティルが食べるのを
面白そうに見ていました。
顔も性格も違うのに、
無駄にこういう点が
似ていると思いました。
ヒュアツィンテへの当てつけで
クラインを連れて来たので、
以前は、
ヒュアツィンテとクラインを
1セットとして考えていたけれど、
カリセンの皇子ということ以外、
おそらく共通点はほとんどなく、
クラインは特に明るい性質なので、
最近は、2人を
別々に見るようになりました。
クラインが手を伸ばして、
ラティルの唇に付いた
白い粉を落とすと、
唇のあたりに
クラインの体温が残っていて
ラティルは、
やたらとりんごをかき回しました。
砂糖が付いたのは唇なのに、
不思議なことに、甘味は
心の奥から感じられました。
ところで、クラインは、
ラティルに
一つ聞きたいことがあると言ったので
彼女は許可しました。
すると、クラインは
ヒュアツィンテの話を切り出したので
ラティルは急に後悔して
フォークを下しました。
心臓に
塩を振りかけた気分になりました。
よりによって、クラインは、
なぜヒュアツィンテの話をするのか。
ここでやめろと言うのは変なので、
ラティルは努めて
いつものような表情をして、
話を続けるようにと手を振りました。
するとクラインは、
ヒュアツィンテが留学していた時に
誰と付き合っていたか、
知っているかと尋ねました。
その言葉を聞くや否や、
ラティルは
何も聞かないでと言えば良かったと
すぐに後悔しました。
ラティルは表情を隠すために、
わざとハンカチを取り出し、
口元に撫でつけました。
後から様子を窺っていた
サーナット卿も、
微妙に表情を歪めました。
クラインは、
知らなかったけれど、
兄上が留学していた時に
知り合った女性がいたらしい。
陛下は、その令嬢が誰か
ご存知でしょうか?
と尋ねました。
ラティルは、返事ができないまま、
手の中でハンカチを転がしました。
どうしたらいいのか、
分かりませんでした。
サーナット卿とラティルが
ぴったりくっついている時に
視線を落としたところ、
後悔してしまったラティル。
おそらく、
サーナット卿の下半身が
ラティルに反応していたのかなと
思いました。
ラティルとサーナット卿が
とても良い雰囲気だったのに、
お邪魔虫になってしまったクライン。
サーナット卿とクラインは、
互いに、相手の恋路を
邪魔している感じがします。