128話 ラティルはクラインに酒を飲もうと誘われました。
◇新郎に振られた人◇
ラティルは
アイニ皇后と初めて会った日、
彼女が、自分のお気に入りだと言って
渡してくれた酒のことを
思い出しました。
その日、酒に酔ったラティルは
クラインに会いましたが。
カリセンの銘酒とは、
その酒のことだろうか、
クラインがそれを持ってきたら
どうしようと
ラティルは心配しましたが
彼女の予想は当たりました。
クラインがテーブルの上に置いた
酒瓶を見て、ラティルは
どうして、カリセンでは、
強いお酒を飲むのかと
ぶつぶつ不平を言いました。
クラインは平気を装って自信満々に
このくらいの酒なら
強いとは言えないと豪語しましたが、
ラティルは、
お酒を飲んで、酔いつぶれて
ぐっすり眠っていた人が
どうして急に酒豪になったのかと
尋ねました。
すると、クラインは
やはりラティルはあの時のことを
憶えていたと
彼女をやりこめたので、
ラティルは「しまった」と思いました。
クラインは、ラティルに
何を恥ずかしがっているのかと
からかったので、彼女は
使節団の代表が
酒を飲んで寝てしまったことは
自慢できないと答えました。
皇女ではなく、一般貴族であっても
恥ずかしいことなので、
そんなことをして、
堂々としていられるはずがないと
ラティルは思いました。
すると、クラインは
一緒に酔いつぶれて
寝てしまった皇子が
ラティルの男になったと言いました。
当時は、自分の男ではなかったと
ラティルが反論すると
あの時のことは
2人だけの思い出になったと
クラインは言いました。
ラティルは鼻で笑い、酒瓶の栓を抜くと
クラインは
自然にグラスを差し出しました。
初めてお会いした時は
すでに酔っぱらっていました。
この酔っ払いが
誰に向かって酔っ払いと言うの?
先に酔っぱらったのは陛下です。
先に起きたのは私です。
ラティルは、
グラスから溢れるほど
酒を注ぐと、
クラインは彼女の手から
酒瓶を抜き取り、
一滴もこぼすことなく、
自分の空のグラスに酒を注ぎました。
ラティルは
クラインのグラスを取ろうとして
手を伸ばしましたが、
ラティルの手が届く前に
クラインは自分のグラスを
持って行ってしまいました。
ラティルが呆れて見ていると、
クラインは、にっこり笑い
少し動かせば、
酒が溢れそうなグラスを
ラティルの前に置いて、
陛下はこれ。
と言って、
自分が酒を注いだきれいなグラスは
自分の前に置き、
俺のはこれ。
と言いました。
ラティルは、クラインに
何をしているのか尋ねました。
クラインは、
ラティルが酒をたくさん飲みたいので
グラスにたっぷり
注いだのではないかと指摘し、
自分は、
このくらいがぴったりだと言って、
グラスに半分ほど注いだ酒を
飲んでしまいました。
ラティルは呆気に取られて、
今日は、互いに相手のお酒を
注ぎ合っているのではなかったのかと
尋ねました。
すると、クラインは、
今日は例外にしたかったのではないかと
ラティルに聞いたので、
彼女は失笑しました。
クラインは、ひどく心配そうな顔で
酒を飲み過ぎると、
肝臓と体面に良くないと
ラティルに忠告しました。
それは私の言いたいことだ。
私よりもお酒が弱いくせに。
俺は、たとえ酔っていても
酔いません。
私も酔わないよ。
陛下はたくさん酔います。
酔いません。
そんなはずはありません。
まだ記憶に残っています。
陛下が酔っぱらって
俺にしがみついていたことを。
誰がしがみついていたって?
ラティルが、かっとなって尋ねると
クラインは軽い足取りで
ラティルに近づき、
腰を少し曲げて囁きました。
陛下が俺に。
泣きながら、どれだけ俺に
しがみついてきたことか。
記憶にない。
一体、いつから
俺のことがそんなに好きなんですか?
誰が誰を好きだったと言うんだ?
俺を手に入れておいて
知らんぷりするなんて、
陛下はプライドが高いですね。
クラインがため息をつきました。
彼はグラス2杯で
完全に酔っぱらったのかと思い
ラティルは驚きました。
そして、クラインが
誰かが見たら、
新郎に振られた人だと
思うかもしれない。
と、いたずらっぽく言って、
再び酒を飲むと、
ラティルは手を伸ばして、
ずっと飲まないように、
我慢していた
酒が溢れそうなグラスをつかみ、
一度にぐいぐいと酒を
流し込みました。
ラティルが慌てて酒を飲んだので、
クラインは、急いで飲むと
すぐに酔ってしまうと忠告しました。
実はラティルは、
とても驚いていました。
だから、
全然酔っぱらっていないのに、
酔いが回って来たと、わざと呟いて
クラインの顔色を窺いました。
彼は首を傾げていましたが
ラティルは、クラインが
新郎に振られた人という言葉を
思い返しているのか、
それとも、
急にラティルが酒を飲んだことを
おかしいと思っているのか、
どちらか分からず、
訳もなく不安になりました。
ラティルは、
後者であることを願いながら
ベッドへ行って、
枕にもたれかかり、
酔っぱらったと呟きました。
クラインは
不審そうな顔をしていましたが、
グラスを置いて、
ラティルに近づくと、
彼女のお腹に蒲団をかけてあげました。
陛下は酒に弱いと言うクラインに、
違うと返事をしたかったものの、
この状況を乗り切りたいという
気持ちの方が強く
ラティルはクラインの言葉を認めて、
少し暑いので、
窓を開けてくれるように頼みました。
クラインが窓を開けに行った隙に、
ラティルは目を閉じて
眠ったふりをしました。
戻って来たクラインは、
ラティルが
眠っていないようだと言って
笑いましたが、
彼女は決して目を開けませんでした。
ラティルは、
クラインが1/3くらいの
真実を知ってしまったことが
とても気になりました。
彼女は、このことについて
どうするべきか、
手紙でヒュアツィンテと話をしようと
思いました。
◇湖畔の刺客◇
一週間も離れていたら、
大神官はハーレムが恋しくなったので
すぐに眠る代わりに、
クーベルを連れて
夜の散歩に出かけました。
15分程歩いたところで、
大神官はラナムンを見つけたので、
彼の名前を大声で叫ぶと、
ラナムンの方へ走って行きました。
クーベルは、渋々、
その後を付いて行きました。
ラナムンは、
庭園の東区域にある
湖のほとりのガゼボの縁に立ち、
湖を眺めていました。
周りが騒がしくなると、
ラナムンは少し眉をしかめて
大神官の方を見ました。
ラナムンは誰が見ても、
大神官たちを歓迎しているようには
見えませんでしたが、
大神官は構わず、
こんなに夜遅く、何をしているのか。
泳ぐつもりかと
黒く見える湖を眺めながら
尋ねました。
真夜中に湖で泳ぐ趣味はない。
とラナムン。
どうやって人は
やって来たことだけをやって
生きるのですか?
新しいことをしないと
新しい趣味も生まれません。
と大神官。
大きなプールがあるのに、
あえて湖で泳ぐ趣味を
持ちたいとは思わない。
と冷たい声でラナムン。
ラナムンさんも
良い筋肉をしているので
上手にトレーニングをすれば
筋肉が大きくなるはずです。
と大神官。
あまりにもおせっかいな大神官に
クーベルは心の中で
ため息をつきました。
大神官もラナムンのように、
もう少し静かにして、
鷹揚な雰囲気が出るといいのにと
思いました。
しかし、ラナムンが
私は、この身体で完璧です。
と堂々と言うのを聞いて、
考えを変えました。
自分で自分のことを
完璧だと言うなんて。
元々、貴族たちは
そんなことを平然と言うものなのか。
合っているとは思うけれど、
自分の口から、あんなことを言って
恥ずかしくないのか。
クーベルは気まずくなって
ラナムンをちらっと見ました。
しかし、大神官は
腕と胸と足の筋肉を大きくすれば
完璧だ。今は細すぎると
言いました。
大神官に悪意はないけれど
機転も利きませんでした。
ラナムンは、自分が完璧だと
本心から言ったのか、
手足が細いと言われ、
彼の表情が冷ややかになりました。
クーベルは、
大神官の基準が高いだけで
ラナムンは完璧だと
2人の会話に割り込みました。
実際、ラナムンは肩幅が広くて
姿勢も良く、
画家たちが好みそうな
適度な筋肉を持っていました。
しかし、大神官はクーベルに
自分の基準が正しいと
気兼ねせずに言って
豪快に笑ったので、
クーベルは、大神官のセンスが
筋肉になったようだと嘆き、
横目でラナムンを見ました。
幸いなことに、ラナムンは
これ以上、大神官のことを
気にかけたくないかのように
再び湖を眺めていました。
クーベルは、その瞬間、
ラナムンの姿が
あまりにも美しすぎて
恐いと思いました。
自然にため息が出る外見。
その雰囲気は本当に涼やかで、
湖畔に立つラナムンは
湖の精霊のように見えました。
いつか皇帝が
ラナムンに溺れるかどうか
賭けをしようと言われれば、
クーベルはお金を追加して、
溺れる方に賭けると思いました。
その反面、大神官は
顔ではラナムンに負けていないのに
月の光よ!
神が作り出した、この完璧な世界。
と両手を広げて
月に向かって叫ぶと、
クーベルは恥ずかしくなって
手で顔を覆いました。
ラナムンとは雰囲気が全く違いました。
大神官は、
神様の好みに合っているけれど
皇帝の好みに合っているだろうか。
今は、新鮮に感じて、
そばに置いて寵愛しているけれど、
後で、恥ずかしくなって
遠ざけてしまうのではないだろうか。
クーベルはそれが心配でした。
皇帝が大神官を寵愛すれば
それはそれで心配で
寵愛しなければ、
不安で仕方がないなんて、
頭の痛くなったクーベルは
側室は大変だと思いました。
しかし、クーベルは
ラナムンの横顔や
月明かりに酔いしれている
大神官のことを
気にしている場合では
ありませんでした。
湖の底で、
湖底に固定された
ガゼボの土台へ向かって
何かが、もぞもぞと這っていました。
ガゼボに立っている3人には
その姿が見えず、
闇に紛れて、
それはガゼボの土台にたどり着きました。
ガゼボの土台を上って、
徐々にその姿を現した何かは
とても奇怪でした。
一見すると
巨大な青大将のようだけれど、
その胴体から、
人の手の形のようなものが
現れたり消えたりを
繰り返していました。
その上、普通の大蛇のように
どこが頭で尾なのか区別もなく
一度ずつ胴体から出た手が
四方を見計らうように
手探りしていました。
ゆっくりとガゼボへ上って来た怪物は
こっそり胴体の端だけを
ガゼボの上に乗せて状況を探りました。
幸い、3人はガゼボの下の方に
視線を向けないので、
怪物は、すぐに姿を現す代わりに
徐々に、誰が自分の攻撃対象なのか
確認しました。
3人共、似たところがなかったので、
怪物はトゥーラに言われた攻撃対象を
すぐに見分けることができました。
その瞬間、大神官は
邪悪なオーラを感じて頭を下げ、
怪物を発見しました。
相手が自分を見たと判断するや否や、
怪物は隠していた足を出して
ラナムンに飛びかかりました。
ヒュアツィンテの結婚式直前、
ラティルとクラインが庭で
一緒に酔いつぶれた日の彼女が
新郎に振られた人みたいだったと
クラインが言った時点で、
冷静に考えれば
ヒュアツィンテの初恋の人が
ラティルだと気づきそうなものなのに、
彼女は自分のことを愛していると
思い込んでいるし、
他の人たちの言葉に
惑わされているので、
クラインが真実を知るのに
もう少し時間がかかりそうです。
東屋に現れた怪物。
どんな姿をしているのか。
想像すると気持ち悪いのですが
ついつい、
思い浮かべてしまいます。