204話 ギルゴールに戦えと言われた相手はヘウン皇子でした。
◇同情心◇
ヘウンもラティルに気づいたのか、
捕らえられた獲物のような目で
ラティルを見ていました。
彼女は、ギルゴールに
カリセン皇子の食餌鬼が
なぜ、ここにいるのかと
尋ねました。
彼は、
食餌鬼も国境を越えられると
返事をしました。
ラティルは、
そのような意味で聞いたのではなく
カリセンにいた食餌鬼が、
なぜ、いきなり
ギルゴールの邸宅に現れたのか
不思議だっただけでした。
しかし、戸惑っているのも束の間で
ラティルはすぐに剣を上げて
体勢を整えました。
最初に会った時は、
ヘウンが一方的に逃げた。
2度目は、
互いに相手を殺す勢いで戦った。
その上、
ヘウンが反乱を起こしたせいで
ラティルとヒュアツィンテの間も
おかしくなってしまった。
彼を知っているからといって
大目に見る必要はありませんでした。
ラティルはギルゴールに
首を切ってもだめなら、
心臓を突けばいいのかと尋ねると、
ギルゴールは、
自分でやってみるように。
分からなければ教えると答えました。
ヘウンの表情が
恐怖に染まりましたが
ラティルは気にしませんでした。
これが反対の状況でも、
ヘウンはラティルを
気にかけないと思いました。
ところが、ラティルが
ヘウンの心臓を突き刺す直前、
1人で余裕で
お茶の準備をしていたギルゴールが、
消えたと言って、
探していた恋人は見つかったのか?
と尋ねました。
その言葉を聞いたラティルは、
刺そうとしていた剣を
後ろに引きました。
ラティルは
彼の恋人が誰なのか知っていたし、
消えた点でも一致する人が
1人いたからでした。
なぜ、カリセンにいたヘウンが
タリウムに来ているのかと
思っていたけれど、
アイニがタリウムに
来ているということなのだろうか。
ラティルの頭の中に
赤い髪の偽ドミスが思い浮かびました。
最近、会っていないけれど
彼女もタリウムへ来ていました。
ラティルはヘウンに、
もしかして皇后の話かと尋ねましたが
ヘウンは返事をしませんでした。
ラティルはギルゴールに
食餌鬼になっても、
人間の時の気持ちが、
そのまま残るのかと尋ねました。
彼は、肩をすくめて、
やったことがないから
分からないと答えました。
ラティルは納得して、
剣を握り直してヘウンを見ました。
青白い顔、怯えた瞳。
彼が反乱を起こしたせいで、
ヒュアツィンテは自分から
去ることになった。
そのおかげで
側室が6人もできたけれど
何年かは彼のせいで苦しんだ。
ラティルが考えていた時、
ヘウンが、
私は死ぬんだ。
と口を開いたので、
ラティルは眉をひそめました。
彼の恐怖で怯えた瞳は
青い色をしていました。
そして、
アイニに知らせないでと言うと、
彼は死を覚悟したかのように
目を閉じました。
後ろではギルゴールが
お茶の用意をしていました。
ヘウンは目を閉じて震えていました。
ラティルの頭の中に
何かが浮かびました。
その場で、しばらく
いくつかのことを考えたラティルは
すぐに悲しい表情をして、
剣を下ろしました。
剣先が床に着く音がすると、
ヘウンは薄目を開き、
ギルゴールは首を傾げました。
彼はラティルに
どうしたのかと尋ねると、
彼女は、
殺そうとする気が弱くなったと
答えました。
その言葉を聞いたギルゴールは
首を傾げて、
疑っているような顔をしました。
ヘウンも、
自分を助けてくれると聞いたのに、
渋い顔をしていました。
ラティルは剣を鞘に戻すと、
ヘウンは理性があるし、
誰も傷つけていない。
殺したら可哀そうだから
このまま、放してあげようと
言いました。
そして、ギルゴールに近づき、
彼の腕をつかんで振ると、
愛の物語が好きなの。
恋人を探しているって
言ったじゃない。
と告げました。
ギルゴールは
不思議そうな顔をしていましたが
ヘウンを横目で見ると、
怪物たちに同情していたら、
まともな対抗者になれないと
忠告しました。
しかし、ラティルは
考えていたことがあるので
少しも動揺しませんでした。
彼女は、
相手が食餌鬼だからという理由で
殺すのではなく、
人をむやみに害さない食餌鬼は
食餌鬼でも助けるし、
人をむやみに害する人は、
人でも処断する。
それが、自分の同情心だと
話しました。
ヘウンはようやく緊張が解けたのか
ため息をつきました。
しかし、ギルゴールは
ラティルを鋭い目で見つめました。
彼がいつもと違うので、ラティルは
自分が、なぜこうなのかと
彼が気づいたのかと思い、
少しゾッとしました。
しかし、そんな素振りを見せずに
悲しいふりをして
ギルゴールを見つめました。
彼は、ラティルのことを
少しおかしいと言いました。
彼女は返事をせずに、
ヘウンを縛っている縄を解きました。
彼はギルゴールの顔色を窺いましたが
彼が捕まえに来そうにないので、
素早く身を翻して、
外へ飛び出しました。
扉がバタンと閉まる音がしたけれど
ギルゴールは注意深く
ラティルを見つめるだけで
ヘウンを
捕まえに行きませんでした。
ラティルと目が合うと、
彼は、
ゆっくりと彼女に近づきました。
その姿がいつもと違うので、
ラティルは反射的に
警戒心を抱きました。
しかし、ギルゴールには
それを見せずに、
思いやりのある対抗者のように
彼を凝視しました。
ギルゴールは、
ラティルの髪の中に指を入れて
頭皮を優しく擦りながら、
彼女の額に手を当てると、
ラティルは対抗者なのに、
なぜ、彼女のように話すのかと
言いました。
◇新居◇
大きなテーブルの上座に
キツネの仮面が座っていました。
他の席は全て空いていましたが
キツネの仮面の前に置かれた
鐘を鳴らすと
あっという間に、
他の動物の仮面たちで
いっぱいになりました。
全ての席が埋まると、
キツネの仮面は彼らに
新居の居心地はどうかと尋ねました。
他の動物仮面たちから、
良い。でも狭い。
それでも良い。日がよく当たる。
など、声が上がり
食堂の中が騒がしくなりましたが
ネズミの仮面が手を上げると、
皆、あっという間に
静かになりました。
ネズミの仮面は、
対抗者とギルゴールを防ぐために
身代わりを立てたせいか、
ロードの覚醒に
時間がかかっているのではないかと
尋ねました。
その質問に何人かの動物の仮面は
頷きましたが、ウサギの仮面は
あのロードはもっと長くかかった。
あの時は、半分ほど世の中が
闇に覆われた後に
ロードが覚醒したと言いました。
ネズミの仮面は納得をしたふりをして
手を下ろしましたが、
他の仮面たちは、
ウサギの仮面の説明を聞いても
何か気に入らないことがあるのか
しきりに、ひそひそ話していました。
そのせいで、
対抗者の自慢の百花繚乱が
ロードが覚醒する前に
先に集結してしまった。
そのために、失敗したから
今回は、そうならないように
自分たちが
先に団結しなければならない。
それに、大神官が
ロードのそばにいれば
ロードが疑われないように
防御壁になってくれるけれど、
彼のせいで、
自分たちがロードに近づくのが
難しい。
他の動物の仮面が1人2人と、
納得し始めると
キツネの仮面は鐘を鳴らして
自分の方へ
視線が集まるようにしました。
動物の仮面たちは静かになり、
彼を見ると、
キツネの仮面はにっこり笑いながら
ロードはまだ覚醒していないけれど
今回は、
自分たちも備えているから大丈夫。
そして、彼らがすることは、
ゾンビたちを、よく管理することだと
話しました。
すると、動物の仮面たちは、
私もロードに会いたい。
ロードが、私の顔を忘れていたら
どうしよう?
ロードにお金を借りて、
まだ返していないことも
忘れてたよね?
と、ひそひそ話し始めたので
キツネの仮面は
再び鐘を鳴らしました。
そして、
動物の仮面たちが静かになると
ゾンビたちは理性がなくて
統制しにくいので、
管理に気を使って欲しいと頼みました。
会議が終わり、
皆が退席しようとしている時、
キツネの仮面は
鹿の仮面を呼び止めました。
彼が戻って来ると、
キツネの仮面は心配そうに
ショードポリに
空洞が現れたようだけれど、
大丈夫だったかと尋ねました。
鹿の仮面は
中に何かあるのかと思い、
入ってみたと答えました。
◇あの女◇
ギルゴールの表情は、
いつもの親切そうに花を摘む
変り者らしくなく、
少しぞっとしました。
ラティルは、
彼女は誰なのかと尋ねました。
すると、ギルゴールは、
三度自分を裏切っても
三度自分の所へ来てくれたことに
感謝する女。
四度裏切ってもいいから、
もう一度来てくれるのを
待っている女だと答えました。
ぞっとする表情とは裏腹に
ギルゴールの口にした言葉は
涙が滲み出ていて、切実でした。
もしかして、あの女とは
ドミスのことかと思いましたが
彼女は自分を捨てた里親さえ
嫌っている気配がなかったので
ドミスは
誰かを裏切るような人ではないと
思いました。
しばらく、ギルゴールは
ラティルの顔を隅々まで
見ていましたが、
彼の口元に、いつもの笑顔が戻ると
今日の授業はここまでにしよう。
お嬢さんが、私達の授業の教材を
逃がしてしまったから。
と言いました。
◇愛の物語◇
サディが帰ってしまうと、
ギルゴールは庭にしゃがみこみ、
土の上に、
指で誰かの名前を書きました。
3分程、そうした後、
ギルゴールの目が狂暴になり、
名前を一気に消した後、
どこかへ飛び出しました。
そして、彼が再び姿を現したのは
逃げるヘウンの前でした。
彼は、ギルゴールに
一体、いつ来たのかと尋ねる前に
ギルゴールはヘウンに飛びかかり
彼の首を、
そのままちぎってしまいました。
そして、両手でその頭を支えて
見上げると、にっこり笑いながら
私は愛の物語が大好きです。
だから、気になります。
坊っちゃんの恋人は
助けてくれるでしょうか?
と尋ねました。
話を終えたギルゴールは、
頭を木の上に放り投げて、
頭を失って、
ふらふら歩き回っている身体を
ちらっと見た後、
その場を離れました。
5時間後、
宮殿に戻って来たラティルに
首のない身体の知らせが入りました。
狩人が見て、驚いて通報し、
兵士たちが駆けつけて捕まえた。
伝説によれば、
食餌鬼だと思うけれど、
どうするべきかと、
ラティルは聞かれました。
ラティルはヘウンのことを
思い出しましたが、
彼はラティルが逃がしたし、
頭と身体が付いていたので、
彼女は「殺さなければならない」と
指示しました。
ヘウンがカリセンのパーティで
騒ぎを起こしたことは、
むやみに人を害することに
ならないのでしょうか?
あの一件のせいで、
何人かの人が
ゾンビになってしまったのに、
ラティルは、
それを忘れてしまったのでしょうか?
ヘウンのせいで、
ラティルはヒュアツィンテとの仲が
ダメになってしまったけれど、
ヘウンは、
ヒュアツィンテとクラインの
兄弟なので、
どこかしら似ているところがあって、
同情してしまったのか、
ラティルの考えていることが
よく分かりません。
それよりも、ラティルの言葉で
何かを思い出したような
ギルゴールが気になります。
今のギルゴールの性格の悪さは
以前、誰かに裏切られたことが
原因なのかなと思いました。