208話 ラティルは、ゲスターがグリフィンと話しているのを聞いてしまいました。
◇心臓の音◇
ラティルは、
グリフィンの口から出る言葉が
すでに、恐ろしくなっていました。
どれほど、緊張したのか、
自分の心臓の音が大き過ぎて、
皆に聞こえるのではないかと
心配する程でしたが、グリフィンが
お前の正体は何?
慈しみ深い振りをしているけれど、
皇帝が作ってくれた飴さえくれない、
心の狭い奴!
と言ったので、
一瞬、戸惑い、
ぎこちなく笑いました。
まさか、これで終わりではないだろうと
考えていると、ゲスターは、
良く知っているね。
と答えた後、
何の声も聞こえてきませんでした。
その時、ゲスターは
ラティルの方をちらっと見ました。
そして、
グリフィンの首筋をつかんで持ち上げ
「さよなら」と言うと、
泣いているグリフィンを
窓の外へ放り投げ、窓を閉めて、
しっかりと鍵をかけました。
ゲスターがベッドに近づいて
横になると、
ベッドが上下したので、
それに合わせてラティルの心臓も
ドキドキしました。
それでも、
背を向けたままのラティルを
ゲスターは笑いながら見て、
腕を伸ばして、
彼女の腰を包み込み、
自分に引き寄せると、
ラティルの背中に額を当てて、
彼女の心地よい心臓の音を
鑑賞しました。
◇泥棒◇
再び、ドミスの記憶の中でした。
しかし、ラティルは
ゲスターのことを考えていて、
周りの景色が目に入りませんでした。
ゲスターは、どうして、
あんなに自然にグリフィンと
会話をするのか。
もしかして、ゲスターも
吸血鬼なのか。
けれどもゲスターは
血色も良く、暖かい。
けれども、グリフィンと
話をしているところを見ると
何か怪しい点があるのだけれど。
もしかしたら、ゲスターが
大神官のお守りを掘り起こした
内部の敵だろうか。
しかし、クラインも
グリフィンを見ているし・・・
それに、グリフィンは
私のことを皇帝と呼んでいた。
ロードではなく。
ゲスターは、
ロードの勢力ではないかもしれない。
けれども、グリフィンと
あまりにも自然に話をしていたし・・・
しばらく、
ラティルが考えに耽っていた時、
下女のアニャが、
ドミスの義妹のアニャが
彼女の部屋で騒いでいると
叫びながら走って来ました。
ドミスの正体と
以前の事情を知るためには、
ドミスの記憶を見ることも
重要になっていたので
ラティルはゲスターについて
考えるのを止めて、
夢の内容に集中しました。
ドミスは戸惑いながらも、
下女のアニャに付いて行き、
自分の部屋へ駆けつけました。
義理の妹のアニャは
腕を組んだまま、冷たい顔で
部屋の前に立っていましたが、
走って来たドミスと目が合うと、
無表情で彼女に近づき、
手のひらを広げると、
これは何かと尋ねました。
アニャの手の中には、
養母がくれた宝石がありました。
ドミスは、「宝石だ。」と答えると
アニャは、ふざけているのかと
呆れて笑いました。
訳が分からず、
変な雰囲気を感じたドミスは
後ろへ下がると、
アニャは「泥棒!」と叫びました。
驚いたドミスが、
アニャを見つめると、
彼女は、
宝石をドミスの目の前に突きつけて
これは、自分の15歳の誕生日の時に
貰った宝石だと言いました。
ドミスは、慌てて、
それは自分の宝石だと反論しました。
すると、アニャから合図を受けた
彼女の個人の下女が
ドミスを睨みながら、
アニャに巾着を渡しました。
彼女はそれを裏返すと、
床の上に、数多くの宝石が
こぼれ落ちました。
ドミスは慌てて、
何をしているのかと叫びましたが
アニャは、
自分の母親の物など、
見覚えのある宝石があると、
落ち着いて説明し、
なぜ、ドミスが
それを持っているのか、
やはり、泥棒だからかと
ドミスをあざ笑いながら尋ねました。
ドミスは、かっとなって
アニャの母親がくれたものだと
答えました。
しかし、アニャは、
それは、あり得ないことだと
言いました。
けれども、ドミスは
本当だと、主張しました。
養母との約束で、
自分と養母の関係を話すことができず
ドミスは悔しくて、
顔が赤くなりました。
アニャが連れて来た下女だけでなく、
邸宅で働く他の下女たちも、
アニャを眺めて、
ひそひそ話をし始めました。
ラティルは、自分の目元に
熱気が上がって来るのを
感じました。
アニャは、
そのように話をごまかしても、
事は解決しないと言いました。
それに対して、ドミスは
アニャの母親に聞けばいいと
訴えました。
アニャは、「そうする」と言って
ドミスを押しのけて、
歩いて行こうとすると、
ちょうど養母がやって来ました。
事情を聞いていたのか、
戸惑った表情をしていました。
ドミスは切実な目で養母を見ました。
ここで、
彼女が知らないふりをすれば
ドミスは、あっという間に
泥棒の濡れ衣を
着せされることになります。
ドミスは泣きながら
養母を見ましたが、
妹のために
正体を明かさないで欲しいと
言っていた養母が、
自分の味方になってくれるとは思えず
すでにドミスは落胆していました。
その上、
カルレインとギルゴールまで
やって来たので、
ドミスは顔に熱が上がって来て、
拳を握りました。
カルレインの視線を受けたドミスの
恥ずかしくて死にそうな気持ちを
ラティルは切実に感じました。
彼らまで現れたので、
アニャは声高に、
ドミスが、母親の宝石を持っている。
その中に、自分の宝石も含まれている。
どうして盗んだのかと尋ねたところ、
母親がくれたと主張している。
それは本当なのかと母親に尋ねました。
アニャは、
母親が一緒に怒ってくれるものと
確信しているようでしたが、
意外にも養母はドミスの肩を持ち、
アニャの宝石は、
彼女が気に入らないと言って、
自分に寄こしたものだと
言いました。
それでも、アニャは、
ドミスにあげたわけではないのではと
尋ねましたが、母親は
ドミスにあげたのは正しいと
仕方なく答えたので、
アニャは顔をしかめました。
彼女は、その理由を尋ねると
母親は答える前に人払いをしました。
彼女は、
カルレインとギルゴールにも
席を外すように合図をしましたが、
彼らは、出て行くことなく、
ギルゴールは面白がって、
笑いながら、
話を続けるように勧めました。
養母はため息をつきましたが、
結局、淡々とした声で、
ドミスが自分の義理の娘だったこと。
アニャの義理の姉だったことを
説明しました。
予想もしていなかった答えに、
アニャの顔が固まりました。
養母は、
アニャは覚えていないだろうけれど、
ドミスと一緒に暮らしたこともあると
話を続けました。
アニャは、
そんな話は初めて聞いたと言いました。
養母は、ドミスの顔色を窺いながら
彼女が、家出をしたこと。
拾って来た子供であること。
養子縁組の手続きをしていなかったので
それで縁が切れたと説明しました。
ラティルは、
ドミスが真実を明らかにすることを
望んでいましたが、
彼女は、養母が自分を泥棒ではないと
庇ってくれただけでも
ありがたいのか、
ぼんやりとしていました。
しかしアニャは嫌な気分になり
それなら、ドミスは
ただの下女だと思ったのに、
自分の姉で、母親を裏切り、
恩を忘れた人なのか。
母親は人が良すぎる。
どうして、こんな人に
宝石を与えるのかと言いました。
アニャが騒いでいたことを
最初にドミスに知らせた
下女のアニャは、
ずっと静かにしていましたが、
ドミスが一方的に窮地に陥ると
行こう、ドミス。
どうして、言われるままに
なっているの?
と怒って、彼女の腕をつかみました。
その言葉に妹のアニャは
下女のアニャを睨みつけました。
ドミスは、
慌てて下女のアニャを呼ぶと
妹のアニャは、
自分の名前を人に付けて
姉妹ごっこまでしているのかと
呆れて笑いました。
下女のアニャは、
元からアニャという名前だと
反論しましたが、
養母は、
ランスター伯爵家では
きちんと下女の教育をしていないと
批判しました。
ドミスには罪悪感と愛情があり、
優しくしてあげようとしたけれど
他の下女が実の娘に
無礼に振舞うのは、
許せないようでした。
事が大きくなり、
下女のアニャにまで
火の粉が飛びそうになったので、
ドミスは
もういいです、アニャさん。
と言って、
彼女を引っ張って行きました。
カルレインとギルゴールの横を
通り過ぎましたが、
ドミスはどうしても、
彼らの顔を見られず、
頭を下げました。
ごめんなさい、お母様。
考えてみたら、
可哀そうな人なのに。
私がかっとなりました。
最初は泥棒だと思って。
次は、お母様を裏切ったと思って
怒ってしまいました。
後ろから聞こえてくる、
同情心と後悔に満ちた
妹のアニャの声が、
むしろ、
ドミスを、さらに苦しめました。
◇提案◇
ラティルが、
ドミスの代わりに腹を立てている間に
いつのまにか風景が変わり、
ドミスは洗濯場にしゃがみこみ、
ぼんやりと、
流れる水を眺めていました。
その時、ギルゴールがやって来て
どかっと横に座りました。
慌てたドミスは立ち上がりましたが
ギルゴールは、
行っちゃうの?
と、笑いながら尋ねたので、
ドミスは途方に暮れました。
彼はドミスを捕まえることも、
別れの挨拶もすることなく、
ただ笑っていたので、
ドミスは躊躇いながらも
戻ってきました。
ラティルは、ギルゴールが、
どんな戯言を言うかと
考えていましたが、
彼は、何も言わずに
水気の付いた石で
ジャグリングをして遊んでいました。
ラティルは、なぜギルゴールが
あえて、この場で
ジャグリングをするのか
訳が分かりませんでしたが、
むしろ、ドミスはそれが楽なのか
膝を抱えて、ぼんやりと
ギルゴールを眺めていました。
かなり長い間、
そのようにしていた後、ドミスは
下女のアニャは、
初めて会った時から
アニャという名前だったと
話しました。
ギルゴールは、石を置いて、
ちらっとドミスを見ると、
それは分かっているし、
あの子は、わがままが過ぎていると
返事をしました。
ギルゴールの反応に、
ドミスは思わず笑いました。
そして、緊張が少し解けたのか、
彼女は、
義妹のアニャは、
自分が欲しかったものを
全て持っている。
そのことを考えると、
少し悲しくなるので泣いていた。
彼女が持っているだけで、
羨ましくなる。
それに、
あの子が何かを手に入れる度に
自分は必ず何かを失うと
話しました。
ギルゴールは、その例について
説明を求めると、ドミスは、
家族はアニャを守るために、
自分を捨てた。
自分が死ぬほど苦労していた時に、
アニャは幸せに暮らしていた。
自分が
ギルゴールとカルレインに
付いて行きたかったのに、
自分を見捨てて、
アニャに会ったと答えました。
しかし、話をした後で、
ドミスは、顔を赤くして、
もちろん、家族も、あなたたちも
私のものではなく、
アニャのものだけれど、
ただ、そのように感じただけです。
と付け加えて、涙をこぼしました。
ギルゴールは、ドミスの顔を
じっと見ました。
彼女は、訳もなく、
このような話をしたことを
後悔しました。
その瞬間、ギルゴールは、
ドミスが義妹に
奪われないようにしようかと
提案しました。
カルレインが義妹のアニャに
何かを感じたので、
ギルゴールは、
ドミスの義理の家族の近くで
暮すことにしましたが、
彼らが裕福になったのは、
ギルゴールが陰で
何かをしたのではないかと思います。
義母は黒魔術師だと疑われていて
それを義父は、
ドミスのせいにしていたようですが
どのような経緯で、
義母が疑われるようになったのか
説明がないので、
モヤモヤしています。
元々、義母が
ドミスを拾って来たのを
義父は気に入らなかった上に、
実の娘が生まれたことで、
さらにドミスを嫌うようになり、
すべての不幸の責任を
ドミスに
押し付けていたように感じます。
義父は、
ドミスがいなくなったから、
幸せが舞い込んできたと
絶対に思っているのではないかと
思います。