278話 捜査官のアニャは、ドミスを妹のように思っています。
◇姉妹のように◇
ドミスが枕を抱きしめて
ベッドの上に寝転がっていると
両手いっぱいに紙袋を抱えたアニャが
足で扉を開け、
部屋の中へ入ってきながら
ドミスの義妹が来たそうだけれど、
まさか会っていないよねと
尋ねました。
アニャは紙袋を部屋の隅に置くと
ゾンビのように歩いてきて、
ドミスの横に倒れました。
頭痛を訴えるアニャからは、
酒の匂いがしました。
この部屋は、
王室の下女として働く
ドミスの部屋でしたが
1人部屋なので、
アニャは自分の家に帰りたくない時、
ドミスの部屋へ来て、
1-2日、泊まることがありました。
アニャは、飲み屋の客のふりをして
潜入捜査をし、
5時間続けて酒を飲んだので
頭が粉々になりそうだと
訴えました。
そのアニャに、ドミスは
今日、変な話を聞いたと言いました。
アニャは目を閉じて、
半分、夢うつつで
どんな話かと尋ねました。
ドミスが、
義妹のアニャの名前を口にすると
もう1人のアニャは、
義妹がまた何かを言ったのか。
彼女とドミスは、
悪縁で繋がっているのではないか
と言いました。
ドミスは、義妹のアニャが
クレレンド大公の
後継者ではないかもしれないと
言いました。
アニャは、パッと顔を上げると
本当なのかと尋ねました。
ドミスは、
それを話してくれた人も
はっきり言ったわけではないと
答えました。
アニャは、
しばらく首を傾げると、
クスクス笑い出して、
後継者でなければいいと
言いました。
ドミスは、
自分を不快そうに見下ろしていた
アニャと、
自分が彼女の未来の邪魔になると
言っていた養母。
近づくなと叫んでいた養父を
思い出しました。
ドミスも頷き、
後継者でなければいいと
言いました。
◇言い争いの果て◇
場面が変わりました。
ドミスは片手に
洗濯物がいっぱい入った籠を、
もう片方の手には、
優しい香りのする水が
いっぱい入ったバケツを持って
歩いていました。
そして、ドミスは、
上り階段と下り階段のある
廊下の端で立ち止まり、
上を見上げました。
斜めになっている階段の
手すりの近くで、
2人のアニャが言い争っているのを
見ました。
内容は分かりませんでしたが、
2人とも、きつい口調で
何かを話していました。
そうこうしているうちに、
捜査官のアニャが背を向けながら
何かを言い放った瞬間、
やはり背を向けて、
その場を離れようとした
義妹アニャが突然目を光らせ、
捜査官のアニャの方に体を回し、
彼女の肩をつかみました。
状況から、義妹のアニャは、
「ちょっと待って」と
言っているようでしたが、
捜査官のアニャは、
義妹のアニャの腕を振り切りました。
ところが、
2人とも力を入れていたので、
捜査官のアニャの身体が傾き、
階段の下に落ちてしまいました。
ラティルは、
ドミスの頭が真っ白になるのを
感じました。
彼女が、どれだけ驚いたのか、
悲鳴も考えも完全に消えていました。
ラティルは、
ドミスの感情を共有しながらも、
人格は別なので、義妹のアニャが、
少し戸惑った顔をして
振り向く場面をはっきり見ました。
ギルゴールが
義妹のアニャのそばにいましたが
「ああ、やっちゃった」というような
顔をしていました。
そして、欠伸をしていた彼は、
義妹のアニャが何か言うと、笑い、
彼女を連れて、
どこかへ行ってしまいました。
先ほど、落ちた人には、
何の関心もなさそうでした。
ラティルの目に
彼らが見えるということは、
ドミスの目も、
そちらへ向いているということでした。
次第に、
ドミスの真っ白になった頭の中は
ギルゴールの笑顔でいっぱいになり
パンと破裂したと同時に、
ドミスの心と声が
アニャさん!
と悲鳴を上げました。
ドミスは、
持っていた籠とバケツを投げ捨て
階段を駆け下りました。
転がるのではないかと思うくらい
早いスピードでした。
悲鳴を聞いた何人かの警備兵や
女官たちも駆けつけてきました。
ドミスは、階段の一番下で
身体が折れたように横たわっている
友人のアニャを発見しました。
彼女の口からは、
血が流れていました。
ドミスは泣きながら、
アニャの名前を叫びましたが、
彼女の意識はありませんでした。
隣に来た警備兵が、
アニャの脈を取った後、
まだ生きているので、
医者を呼ぶようにと、
同僚に頼みました。
そして、ドミスに、
首の骨が折れているかもしれないので
アニャに触れないようにと
忠告しました。
ドミスは渋々、
アニャから手を離しましたが、
その手は震えていました。
何があったのかと尋ねる警備兵に
ドミスは、
あの人が!
と叫びました。
彼女の目に、
強い熱気が感じられました。
ドミスは、
先ほど、義妹のアニャが
立っていた方を見ました。
彼女は眉を顰めて、
ドミスたちのいる方を見下ろし、
ギルゴールは、
少し戸惑った顔をしていました。
◇怒りと悲しみ◇
再び、場面が代わり、
ドミスはベッドに横たわっている
友人のアニャの手を握っていました。
幸い、まだ死んでいないようでしたが
意識は戻っていないようで、
ドミスはアニャに、
目を覚ましてと呼びかけていました。
悲しんでいたドミスは、
アニャから手を離すと、
拳を握りしめて、息を荒げました。
クレレンド大公の後継者だから、
どうにもできないって?
アニャさんが、
勝手に足を踏み外したって?
アニャさんのミスだから、
クレレンド大公の後継者に
無礼に振舞ってはいけないって?
あり得ない!
アニャがアニャさんの肩を
つかもうとしなかったら。
アニャさんが
足を踏み外すわけないのに!
義妹のアニャが、
友達のアニャを押さなかったことは
分かっているけれど、
義妹のアニャが
肩をつかもうとしなかったら、
こんなことにならなかったと
ドミスは怒りを鎮めることが
できませんでした。
その時、誰かが扉を叩きました。
ドミスが振り向くと、
ギルゴールが扉から身体半分を
のぞかせました。
ドミスは怒って
顔も見たくないと言ったのに。
来ないで!
謝る必要はない!
と叫びました。
ラティルは、
ギルゴールが何回かドミスの所へ
来たのだと思いました。
慌てているギルゴールの顔を見て
ラティルは、舌打ちしました。
そして、ドミスの頭の中に
義妹のアニャを見て、
笑っていたギルゴールの横顔が
浮かび上がってきたので
それにも舌打ちしました。
ドミスは、あの場面に
衝撃を受けたようでした。
ギルゴールは躊躇いながら、
外へ出ていきました。
ドミスは閉まっている扉を睨みつけ
友達のアニャを見下ろしながら、
唇を噛み締めました。
◇約束を守ったギルゴール◇
意識的に、
素早く瞬きをしているかの如く、
目の前に、明るい画面と暗い画面が
交互に出て来たので、
ラティルは、
ドミスに話しかけられないことを
知りながらも、彼女を呼び、
どうしたのかと尋ねました。
ドミスは衝撃を受けたせいで、
おかしくなったのかと思い、
ラティルは慌ててドミスの名前を
叫んでいたら、
画面の変化は収まりました。
ドミスは、いつの間にか
外に立っていました。
宮殿の内部にある広い野原のようで
稲妻が光り、
雷がゴロゴロ鳴っていました。
雨ではっきりと見えませんでしたが、
ドミスの向かいに、
ギルゴールが
何かを持って立っていました。
彼女は、まだ怒っているようで
ギルゴールに、
まだ会いたくないと言いました。
しかし、
彼はドミスの前に迫って来ました。
雨と暗い空のせいで見えなかった、
彼の持っているものが
明らかになりました。
それは、
切り裂かれた人の首でした。
首の先からは、
まだ血が流れ出ていて
雨に混じって
芝生の上に落ちていました。
ドミスの顔から血の気が引きました。
それは義父の首でした。
再び、視界が、
ものすごいスピードで点滅しました。
ドミスが瞬くのを止めた時、
彼女の目の前にギルゴールがいました。
彼は笑いながら義父の首を突き出し、
これ、あげるよお嬢さん。
気が晴れた?
と言いました。
実際にドミスが
瞬きをしているわけではないけれど
点滅するスピードが、
さらに速くなりました。
稲妻が光り、ギルゴールの顔が、
さらに白く見えました。
光を受けた部分は天使のように、
それ以外の部分は、
暗鬱な悪魔のように見えました。
手に持っているものには、
ぞっとするけれど、
光を浴びたギルゴールの顔は、
神殿の壁の彫刻のように、
美しくきれいで、
見る人をゾクゾクさせました。
彼の赤い瞳が、
さらに妖しく見えました。
彼の表情を見て、ラティルは、
彼の精神が崩壊しそうな時に
出てくる表情であることに
気がつきました。
しかし、
そんなことを知らないドミスは、
後ろに下がって悲鳴を上げました。
近づいて来た誰かが、大きな手で
ドミスを後ろに引き寄せ、
自分の後ろに彼女を送りながら
低くて断固とした口調で
他に移してと言いました。
それは、ドミスに対して
言ったのでは、ありませんでした。
彼女は、自分を押し退けたのが
誰だか分からず、
その人の服の背中を
しっかりつかんでいました。
手はブルブル震えていました。
嫌いな人でも、
長い間、父と呼んだ人の首を
急に目の前に突き出された衝撃が
大きかったようでした。
どのくらい、そうしていたのか。
ギルゴールが見えないように
ドミスの前に立っていた人が
彼女の代わりに傘をさして、
ドミスの名前を呼びました。
彼女は動揺し、
羊のように震えていたので
カルレインは、
大丈夫かと尋ねました。
ドミスは、
突然現われたカルレインを見つめ
泣き顔で彼を押しのけると、
カルレインも消えて!
2人とも消えて!
何をしているんですか!
と叫びました。
足を折られたドミスの前で、
アニャを庇っていたカルレインが
突然、現れて、
ドミスの肩を持ったので、
彼女は彼に感謝するよりも、
警戒しているようでした。
カルレインは消える代わりに
震えるドミスを抱き締めて
背中を叩きました。
そして、何回も、
大丈夫だと言い続けると、
ドミスの震えが収まってきました。
しかし、震えが止まっても、
その場から動けませんでした。
ドミスは、
まだ後ろにギルゴールがいるのかと
小声で尋ねました。
カルレインは、後ろを振り返ると、
誰かと視線を交わし、
「いいえ」と答えました。
ドミスが首のことを尋ねると、
カルレインは、
ギルゴールが持って行ったと
答えました。
ドミスは、その時になり、
ようやく、
カルレインの手を離しました。
そして、恐怖心と驚きが消えると、
カルレインに対する怒りが沸き起こり
彼もアニャの味方なので、
ギルゴールと一緒に行ってしまってと
言いました。
しかし、カルレインは去る代わりに
以前とは全く違う
異質で弱々しい目で、
ドミスを見つめ続けました。
しばらくして、彼は、
もしかしたら、あなたが・・
と言いました。
ギルゴールは、
義父がいなくなったら、
泣かなくなるかと
ドミスに尋ねた時に、
ラティルは、まさか彼は
義父を殺したりはしないだろうと
思いましたが、
やはり、ギルゴールは、
そのようなことをする 吸血鬼でした。
ドミスが
いつまでも泣き止まないので
彼女との約束を
果たしただけなのでしょうけれど、
義父の首をドミスに突き付けるなんて
まともな精神を持っているとは
思えません。
このことがきっかけで、
ドミスとギルゴールの関係が
悪化したのでしょうか。
現時点でギクシャクしている関係の
ドミスとカルレインが、
どのような過程を経て、
愛し合うようになるのか
先が楽しみです。