279話 カルレインは何を言おうとしたのでしょうか?
◇逆転◇
再び場面が変り、
ドミスは洗濯物を干していました。
その後ろで、ギルゴールは、
階段から落ちた女性が、
ドミスにとって大切な人だとは
知らなかったと言い訳をし、
ドミスに許しを請い、
どうすれば怒りを
鎮めてくれるのかと尋ねました。
ドミスは返事をすることなく
洗濯物をはたいていました。
すると、今度は洗濯物の向こうに、
カルレインが
見えたり消えたりしました。
彼は、
一体何をどうすればいいのか
分からないという思いを
全身から漂わせ、
洗濯場の周りを
うろうろしていました。
ドミスは、
洗濯物をはたくのを止めて、
カルレインを睨みました。
彼は、ゆっくりと近づいて、
ドミスから、
洗濯物を受取ろうとしましたが、
彼女は自分がやると言いました。
友達のアニャが死にそうになった時、
ギルゴールが義妹のアニャと一緒に
くすくす笑っていたせいで、
カルレインへの怒りは
少し収まったものの、
足を骨折した自分の前で、
義妹のアニャをかばったことを
忘れられませんでした。
それに、ドミスは
カルレインの態度が急変したことに
混乱していました。
彼は、自分に
良くしてくれなかったわけではなく、
自分を助けてくれたり、
別荘でも、一緒にいてくれたし、
ランスター伯爵家で、
他の下女と使用人に
殺されそうになった時も、
彼が助けてくれたと
聞いていました。
けれども、何か魂胆があると
思いました。
彼は、決して、自分に、
公然と危害を加えたことはないし、
初めて会った時から
彼のことが密かに気になっていました。
けれども、足を骨折した自分の前で、
アニャをかばったことが、
しこりになっていました。
ドミスは、
自分の心は狭いと思いましたが、
それが正直な気持ちでした。
ところが、
義妹のアニャに付き添っていた人が
突然、自分を全身で気遣っているので
ドミスは彼を疑いました。
カルレインが言おうとしたことは
何だったのだろうか。
もしかして、自分が
クレレンド大公の後継者なのかと
考えましたが、
そんなはずはないと、
すぐに否定しました。
ドミスが
ギルゴールとカルレインを
ずっと無視し続けると、
ギルゴールは、躊躇いながら
戻って行き、カルレインは
近くに来ることもできず、
遠くでうろうろしていました。
ドミスは、いつもよりも速く
洗濯物を干し終えると、
今度は、
カルレインとギルゴール以上に嫌いな
義妹のアニャがやって来るのが
見えました。
彼女の表情は冷たく、
戦闘意欲がありありと見えたので、
ドミスは、空の洗濯籠を持って、
素早く、別の方向へ
行こうとしましたが、
アニャは彼女を呼び止めました。
ドミスはため息をついて振り返り、
何の用かと尋ねました。
アニャは、父親をどうしたのかと
尋ねました。
ドミスは、自分が義父を
殺したわけではないけれど
自分に関連があるのは事実なので
ほんの少しビクビクしました。
義妹のアニャは
観察眼が鋭いのか、
それを見ると恐ろしい目つきで
ドミスの方へ走って行き、
彼女の肩をつかみ、
何をしたのかと叫びました。
その力のせいで、
ドミスは洗濯籠を落としました。
ドミスは、
アニャの手を振り切りました。
アニャは狂暴な態度で、
父親はどこにいるのか。
はっきり話せと迫りました。
ドミスは、
なぜ、
真面目に働いている人の所へ来て
大騒ぎするのか。
父親が行方不明なら、
他の人に聞けばいい。
自分は、アニャも義父も
大嫌いだからと叫びました。
しかし、アニャは鼻で笑うだけで
騙されませんでした。
彼女は、
父親がドミスに会いに行くと言って
出かけたまま消えてしまった。
こんなに何日も
帰って来ない人ではない。
ドミスは何をしたのかと
問い詰めました。
彼女は、
知らないと言っている。
なぜ、アニャはいつも
おとなしくしている人の所へ来て
文句を言うのかと抗議しました。
すると、アニャは、
ドミスがランスター伯爵家で、
人を殺したことと、
罪のない下女が死んだことを
口にしました。
アニャの目は冷たく、
嫌悪感でいっぱいでした。
そして、もしもドミスが
父親を殺したなら、
彼女は本当にゴミだ。
ドミスを姉とは認めていないけれど
彼女のような人を、養女として、
一時でも育てた親を殺すなんて
ゴミだと非難しました。
ラティルは、ドミスが、
義父を殺したのはギルゴールだと
話すかと思いましたが、
意外にも彼女は話しませんでした。
ただ、アニャを睨みつけるだけでした。
その時、カルレインが
どんどん近づいて来たので、
ドミスは、
「思った通りだと」と思い
洗濯籠を拾いました。
アニャは、元気のない声で
カルレインを呼びながら、
あの女は、やはり怪しい。
彼女が父親に
何かしたのかもしれない。
あの女を、よく調べて欲しい。
もしも、
あの女が関わっているなら、
報告しなければならないと
言いました。
ドミスは彼らを無視して、
籠を持って行こうとしましたが、
後ろから、
「ドミスではない」と、
カルレインが彼女を庇う声が
聞こえてきました。
ドミスは立ち止まって、
首を傾げました。
カルレインがアニャの前に
立っていました。
アニャは眉を顰め、
当惑した様子で、
自分は、彼女が犯人だと
言っていない。
犯人かもしれないから、
調べて欲しいと言っただけだと
主張しました。
しかし、カルレインは、
もう一度、
「ドミスではない」と話すと、
彼女の方を振り返りました。
ドミスは、慌てて
背を向けようとしましたが、
それよりも先に、
カルレインがやって来て、
ドミスの持っていた籠を持ちながら
一緒に行こうと、
慎重に提案しました。
アニャは、
いつも自分の味方をしてくれた
カルレインが、
自分がいるのに、ドミスの所へ行き
全然重くない空の籠を
持ってやったことに驚きました。
ドミスも、
カルレインにどんな魂胆があるのかと
驚きました。
ドミスは、依然として、
カルレインに不信感を抱いていたので
断ろうとしました。
ところが、初めて、
アニャの慌てた顔、
何かを奪われたような表情を見て
ドミスの内面の悪い心が
快感を覚えました。
ラティルは、ドミスが
同時に色々な事を考えたので、
何を考えていたか、
分かりませんでしたが、
彼女の考えがとても明るく、
喜びに満ちていることが分かりました。
ドミスは、カルレインに
助けられたことだけでなく、
義妹の呆然とした顔を見て
嬉しそうでした。
その一方で、そんな自分に対する
罪悪感も覚えていたようでしたが、
友達のアニャのことを思い出すと
罪悪感は消えました。
ドミスは、
籠を返してと頼む代わりに
彼の腕をギュっと握り、
「行きましょう。」と言いました。
その声は震えていましたが、
義妹のアニャは衝撃を受け、
よろめきました。
カルレインは、
しばらくそちらを向きましたが、
ドミスに付いて行きました。
◇親切?残忍?◇
また、場面が変りました。
ドミスは、
まだ意識を取り戻していない
捜査官のアニャの枕元に座り
手を握ると、自分は、
だんだん悪くなっている気がする。
初めて義妹から、
何かを奪ってきた感じがした。
いつも奪われてばかりいたけれど
それが良かった。
こんなはずではなかったと
呟きました。
誰かが扉を叩く音がしましたが、
ドミスは、
わざと返事をしないでいると、
そっと扉が開き、
その人は頭だけを中へ入れ、
「お嬢さん」と声をかけました。
ギルゴールでした。
ドミスは、彼だと思ったのか、
そちらを見ることもなく、
唇をギュッと噛み締め、
アニャの手を握っていました。
ギルゴールは、
部屋の中へ入ることができないまま
どうすれば、ドミスの怒りを
静めることができるのかと
尋ねました。
ちょうど、ドミスは、
自分が悪くなっていくようだと
罪悪感を覚えていたので、
今度は完全に彼を無視することなく
必ずしも怒りを静める必要はない。
ギルゴールがこのまま立ち去れば
一生会わずに暮らせるからと
答えました。
しかし、ギルゴールは
どうしてもドミスの怒りを静めたい。
自分はドミスの
唯一の友達だったと訴えました。
ラティルは、「難しい」と呟き
舌打ちしました。
苦しい時に、唯一、手を差し伸べ、
一緒に暮らそうと言ってくれた友達が
死にかけているのを見て笑ったので
ドミスは、
本当に困っているだろうと思いました。
彼女は、ギルゴールを見る度に
捜査官のアニャが死にかけている時、
義妹のアニャと一緒に
笑っていたことを思い出すので
来ないで欲しい。
時間が必要だと答えました。
ギルゴールは、
いつまでなのかと尋ねました。
ドミスは、しばらく考えた後、
捜査官のアニャが目覚めるまでと
答えました。
ドミスは、パーティ会場で
ギルゴールが、
自分を助けてくれた時のことを
思い出しました。
あの時、ペアを組んでいた下女が
悲鳴を上げたのに、
彼は、ドミスだけを連れて行ったので、
彼女は同僚を1人にして、
逃げた人になってしまいました。
扉が閉まる音を聞きながら、ドミスは
ギルゴールが親切なのか残酷なのか
分からないと思いました。
◇怖い人◇
その後、何が起こったのか
分かりませんでしたが、
再び場面が変った時、
ドミスは自分の部屋にいて、
その前には、
車椅子に縛られた養母がいました。
養母は恐怖のあまり、
目を見開いているのに、
ギルゴールは、
車椅子のハンドルを握ったまま、
笑いながら、
これならどう?
お嬢さんに母親をあげる。
今回は生きている。
生きているお母さんならいいよね?
と自慢げに言いました。
ラティルは、
ギルゴールに呆れてしまい、
花でもちぎって食べなさいと呟き、
心の中で、バカ、間抜けと
彼を罵り、舌打ちをしました。
一方、ドミスは、
家族の中で唯一、
愛情を抱いていた養母を
拉致して来たので嬉しいだろうと、
ギルゴールが笑っているので、
血圧が一気に上がりました。
養母は、ギルゴールの
「今回は生きている」という言葉から
夫がどのようにして死んだのか気づき
彼が彼女の口を塞いでいた
猿轡を外すと、養母は、
夫の言っていた通り、
ドミスは呪われた存在だ。
彼をどうしたのか。
殺して、どこへやったのか。
恩を仇で返すなんてと、
歯ぎしりしながら叫びました。
養母の言葉に、
ドミスはポロポロと涙を流すと
ギルゴールは歯ぎしりをしながら
養母を見下ろしました。
パッと見ただけで、
養母を殺しそうな勢いだったので
ドミスは、
やめて!解いてやって!
と叫びました。
ギルゴールは、
ドミスが泣いているのにと
主張しましたが、
ドミスは、お願いだから
やめて欲しいと叫びました。
ギルゴールは指で
養母を縛っていた紐を切りました。
彼女はよろめきながら、
車椅子から立ち上がり、
怒ったように、車椅子を
壁に投げつけると、
慌てて逃げました。
彼女はアニャの名前を叫びながら
走って行くと、ドミスは、
両手で顔を覆ってすすり泣きました。
ギルゴールは躊躇いながら
ドミスに近づくと、
慎重に腕を伸ばしましたが、
それに気づいたドミスは
慌てて後ろに下がりました。
彼女の瞳は恐怖と涙で揺れていたので
ラティルは、ギルゴールの表情を、
まともに見ることが
できませんでした。
ドミスは、
ギルゴールが怖い。
彼は正気ではないようだと訴えました。
ギルゴールは、
自分たちは、
友達になることにしたのにと、
訴えましたが、ドミスは、
もう行って欲しいと頼みました。
ラティルは、
ギルゴールが躊躇いながら、
伸ばした手を下げるのを見ました。
ドミスの目は涙でいっぱいで
目のまえがぼやけていたので、
ギルゴールを
よく見ることができませんでした。
自分は怖くないと、
低い声で囁くのが聞こえると、
あっという間に、目の前から
彼の姿が消えました。
ドミスは膝を抱えたまま
すすり泣き続けました。
その時、半開きの扉越しに、
誰かが慌てて入って来て、
アニャが目を覚ましたと叫びました。
どうして、ドミスは養父に
呪われた子と呼ばれていたのか
その理由を知りたいのですが
それは明らかにされないままに
なるのでしょうか・・・
ドミスは、足が折れているのに
走ることができ、
怪物が飛びかかって来ても
楽々払い退けた。
一方、手を骨折したアニャは
助けてもらわなければ
食事も一人でできなかった。
その点から、カルレインは
ドミスがロードだと
気づいたのではないかと思いました。
アニャがロードではないと
気づいたので、カルレインが
彼女に冷たくなったとしたら、
カルレインはアニャに
特別な感情はなかったという
ことなのでしょうね。
今まで優しくて、
自分を大事にしてくれたカルレインが
急に自分を
邪険にするようになったら
アニャでなくても戸惑うと思います。
もしも、ギルゴールが
養父を殺さなかったら、
またドミスが
ひどい目に遭ったかと思うと
恐ろしいです。
次回のタイトルが「覚醒」なので
いよいよドミスが
覚醒するかもしれません。