281話 ドミスは捜査官のアニャを抱いたまま、義妹のアニャに近づきました。
◇娘たちへの愛情◇
義妹のアニャは躊躇いました。
ドミスの頭の中は黒いだけで
何も考えていませんでした。
ラティルは、
ガラスが消えた大きな窓枠越しに
養母が走って来るのが見えました。
窓と壁が吹き飛んでしまった
テラスの様子を
見に来た人たちの中には、
カルレインとギルゴールも
いました。
義妹のアニャは、
怖がっているにも関わらず、
やはりドミスは怪物だったと
悪口を浴びせました。
しかし、ドミスは挑発に乗らず、
表情も変化せず、
ゆっくりと頭を義妹のアニャの方へ
傾けるだけでした。
ドミスは手を動かさなかったものの
急に義妹のアニャの目が充血し
咳込み始めました。
彼女は自分の首をつかんで、
足をバタバタさせました。
目に見えない巨大な力が
義妹のアニャの首を
つかんで持ち上げるように
彼女の身体が少しずつ、
宙に浮いて行きました。
その時、養母は泣きながら
ドミスを止めました。
彼女はドミスに近づくと、
自分は、
これからずっとドミスと一緒にいて
アニャではなく、
ドミスの母親になる。
ドミスが、おぶって抱っこし、
泣いていても、ドミスを見ると
泣き止んだ妹を
助けて欲しいと哀願しました。
養母はアニャに近づくと、
嫉妬心から、ドミスが
本当にアニャを殺すことを心配し
彼女には近づけませんでした。
すると、
ドミスの口元が上がったので
養母は彼女に合わせて、
無理矢理微笑みましたが、
ドミスは、
お母さんはアニャのお母さんだ。
と冷たく言い放ちました。
養母の表情が固まりました。
空中に浮かんでいたアニャの身体が
下に落ちました。
養母はアニャとドミスの顔を
交互に見ました。
ラティルは、養母の顔に
罪悪感が浮かんでいるのを
感じました。
彼女は、
養父がドミスを殺そうとして
斧を振り上げた時、
危険を冒してまでも
ドミスを庇ったくらい、
彼女のことを愛していました。
ただ、それ以上に、
実の娘を愛しただけでした。
養母は
アニャの身体を抱き締めるように
自分の身体で覆いました。
アニャを殺すなら
自分も殺せという意味でした。
ラティルは、
真っ黒なドミスの心の向こうから
かすかに悲鳴を聞きました。
ドミスは一度も振り返らない
母親の背中と、
その下から見えるアニャの額を
長い間、見つめた後、
ゆっくりと身体を回しました。
黒い霧は、パーティ会場全体に
広がっていました。
人々は逃げ、
ドミスに乱暴に接していた
兵士たちと王は、
爆発に巻き込まれ、
死んでいるのか気絶しているのか
動いていませんでした。
その時、ドミスに剣を教えた
ミクス卿が、
恐怖で手を震わせながら
ドミスの方へ手を伸ばし、
兵士たちが皆集まって来ると
抜け出すのが大変だと言って
近道を案内しました。
ドミスは捜査官のアニャを抱えたまま
後を付いて行きました。
ミクス卿を
信じているわけではないけれど、
彼が裏切っても、
打撃を受けることがないことを
知っていたからでした。
カルレインとギルゴールも
ドミスの後を付いて行きました。
ふとドミスは立ち止まり、
ギルゴールをちらっと見ました。
ドミスの冷たい視線を浴びた
ギルゴールは、
彼女に付いて行ってもいいのか
行かないの方がいいのか尋ねました。
◇不吉なオーラ◇
ラティルは天井を見ながら
瞬きをしました。
しばらくして、
自分が夢から覚めたことが
分かりました。
ギルゴールが付いて行ったのか
行かなかったのか、
確認できなかったので、
こんなところで目が覚めるなんて!
と小さく悲鳴を上げました。
最終的にギルゴールは、
対抗者の味方をするので
ドミスに付いて行ったとしても
後で拗れることになると思いました。
それでも、
ラティルは再び寝るために、
寝返りを打ち、布団をかけましたが
もう寝ることはできませんでした。
ラティルはため息をつくと、
上半身を起こし、その状態で
気楽にしていようと思いましたが
その後のことが気になる瞬間に
目覚めてしまったため、
今さらながら不気味さを感じ、
腕に鳥肌が立って、
産毛が立ち上がりました。
ラティルは手で腕を擦りながら
震えました。
実際に血管が
黒くなったかは分かりませんが
血管が、
ものすごいスピードで黒くなり、
全身が、
闇に満たされるような感じが
生々しく思い出されました。
そして、ドミスの性格が
少し変わったような気がしました。
覚醒すると、
自分も変わるのだろうか。
覚醒前に、
窮地の窮地まで追い込まれた苦しみ。
目の前で捜査官のアニャが死に、
彼女の血を見た時の衝動と
爆発的な喪失感。
覚醒する条件が、
大切な人が死に、
その人を吸血鬼にすることであれば
自分は絶対に経験したくないと
思いました。
自分の人たちを
よく守らなければならないと
思いました。
ありがたいことに、ラティルは
ドミスよりも環境が良い方で、
自分が大切にしている人たちは、
各自で数多くの護衛と、
自らを守る力を持っていました。
カルレインとサーナット卿は
すでに吸血鬼。
ラナムンは対抗者なので、
敵は彼を守り、
殺すことはないので除外。
大神官は強いし、
大抵の傷は自分で治せる。
それに、
聖騎士団たちもいるので除外。
ゲスターは、
か弱そうに見えるけれど
カルレインとギルゴールの戦いを
阻止した時の腕前を見れば、
簡単に死んだりしないようなので
除外。
タッシールは、
彼自身の実力もさることながら
手足のような暗殺者の部下を
備えている優れた実力者なので除外。
ヒュアツィンテは、
すでに倒れているけれど、
アイニが
皇后の座に留まるためには、
ヒュアツィンテは
生きている必要があるので、
彼は殺されない。
レアンが死んだら悲しいけれど
覚醒する程、喪失感は大きくない。
最後にラティルは
神殿で暮らしている
母親のことを思い浮かべました。
ラティルは、
母親をとても愛していました。
彼女は威厳があり、
カリスマ性もあるけれど、
剣術を学んでいませんでした。
もしも、敵が母親に手を出したり
人質にしたらどうしようかと思い、
神殿の護衛を増やすか、
母親を自分の所へ
連れて来なければならないと
思いました。
しばらく、ラティルが
部屋の中をぐるぐる回りながら
考え込んでいると、
まだ、朝の5時なのに、
侍女が大神官の来訪を告げました。
彼が部屋の中へ入って来ると、
ラティルは、
彼がやって来た理由を尋ねました。
大神官は、
運動をしようと思って早起きをし、
演武場を走ろうとしたところ、
こちらの方角に、
不吉なオーラを感じたと、
躊躇いながら打ち明けました。
以前も、同じような理由で
大神官が来たことがあったので
ラティルは眉を顰めました。
その時も、普段よりも乱暴で
力が発揮される夢を見ました。
ラティルは、
大神官が自分の表情を見ないように
後ろから彼の腰を抱き締め、
背中に頬を当てました。
彼女は、彼がビクッとするのを
生々しく感じました。
ラティルは、大神官に
自分のことが心配で
来てくれたのかと、
わざと気持ちよさそうに尋ねると
彼は頷き、
すぐに走って来たと答えました。
ラティルは大神官の背中に
頬を擦り付けながら、
緊張感で胸がドキドキしました。
夢の中で、
ドミスがロードの力を使う度に
大神官が不吉なオーラを感じて
走って来るなら、
自分がロードに
覚醒することになれば
彼はロードのそばに
いないかもしれないと思いました。
ラティルがしばらく黙っていると
大神官は心配そうに
ラティルを呼びました。
彼女は、
大神官の背中が暖かいので
うとうとしてしまったと
言い繕いました。
彼は、腰を包んだままの
ラティルの腕に自分の腕を重ね、
浄化作業を早く進めた方がいいと
勧めました。
ラティルは、
お客さんが帰ったらやると
返事をしました。
そして、大神官の腰から腕を離し、
彼の背中を軽く撫でると、
ヒュアツィンテを
直接、治療しに行ったり、
彼をこちらへ
連れて来ることはできないので、
神聖力を薬の形にできるか
研究するように。
それならば、
こっそりカリセンへ行き
飲ませることができると話しました。
◇関係ない◇
ラティルと話を終えて、
外へ出た大神官は
廊下を歩いている途中で立ち止まり
ラティルの部屋の
固く閉ざされた扉を見ました。
以前もラティルの部屋の付近で
不吉なオーラを感じたことを
思い出しました。
そして、ラティルが
「邪悪な存在を感知する」石を
握った時に、
色は変わらなかったけれど、
細かく砕けたことも
思い出しました。
大丈夫だろうかと、
不安な気持ちと緊張感が
大神官を満たしました。
しばらく扉を眺めていると、
扉が開いて、
ラティルが出て来ました。
彼と目が合うと、
彼女は驚いた顔をしましたが、
ニッコリ笑いながら手を振りました。
大神官も一緒に笑うと、
慌てて向きを変えて、
階段を降りました。
皇帝は対抗者の剣を抜いたし、
自分の治療も平気で受けたので、
彼女は不吉なオーラとは
絶対に関係がないだろうと
大神官は考えました。
ラティルだけでなく、
私も、ギルゴールのその後が
とても気になりますし、
今は、
あまり良い関係とは言えない
ドミスとカルレインが
どうして
愛し合うようになったのかが
気になります。
前回のお話から、ドミスは
初めて会った時から
カルレインのことを
愛していたことを認めましたし、
カルレインは、
ドミスがロードであることを
はっきり分かったので
彼がドミスに尽くすことで、
2人の距離が縮まっていくのかなと
思います。
愛していたカルレインに
勘違いだと言われて、
自分の元から彼が去り、
ドミスの所へ
行ってしまっただけでなく、
ドミスのせいで父親は死んでしまい
アニャ自身も
ドミスに殺されそうになったので、
アニャのドミスへの恨みは
相当なものだと思います。
その感情をギルゴールは利用して
アニャが全力で
対抗者としての訓練をするよう
仕向けるのかと思いました。
ラティルは、
母親と兄に裏切られても、
家族への愛情は
失われていませんでした。
そのラティルを、
二度とレアンは
裏切って欲しくないです。