282話 ラティルは朝食を取りながら、夢で見たシーンを思い出していました。
◇怒り<愛◇
ラティルは、
前回、カルレインが
ロードを間違えた経験を利用して、
今回、偽物のロードを
故意に作ったことに気付きました。
ラティルはドミスの苦労を思い出し、
もしもカルレインがドミスを
ちょうどよい時に見つけていたら
義妹のアニャのように
クレレンド大公の後継者として
豊かに暮らしていただろうと
思いました。
ドミスが初めてカルレインに会った時
すでに彼女は
養父にいじめられながら育ち、
斧で殺されそうになっていましたが
それでも、その時、ドミスを
泥沼から救い出していたらと
思いました。
改めて、自分を探してくれた
サーナット卿に感謝しました。
彼は、ラティルの斜め後ろに立ち
彼女をじっと見つめていました。
そして視線が合うと
ニヤリと悪戯っぽく笑いました。
彼が本当のことを
話してくれなかったことには
腹が立ちましたが、
ラティルは手を伸ばし
彼の背中を叩くと、
自分を見つけてくれたことに
お礼を言いました。
サーナット卿は、笑いながら
どうして急に
そんな話をするのかと尋ねたので
ラティル、
最初、カルレインは
とんでもない人を
ロードだと思ったからだと
答えました。
ラティルが前世の記憶を
思い出していることを知らない
サーナット卿は、
笑いを爆発させながら、
急にそれを思い出したのかと
尋ねました。
ラティルは、
夢や前世、
ドミスの話をする代わりに頷き、
急に、そのことが思い浮かんで来て
胸が張り裂けそうになったと
話しました。
サーナット卿は、
再び笑い出しましたが、
話そうかどうしようか迷った末、
当時、対抗者とロードが
同じ家に住んでいたので
きちんと感知できなかったと
カルレインが言っていたと
話しました。
ラティルは、
それは確かなのか。
関係があるのかと尋ねましたが、
サーナット卿は、
カルレインはそのように
推測しているようだと答えました。
ラティルは頷きましたが、
自分が、
ラナムンとアイニと一緒にいる時も
感知しにくくなるのだろうか。
けれども、サーナット卿は
ラナムンが対抗者であることに
気づかなかった。
ラナムンに会う前に、
結婚式でアイニに会ったけれど、
気づかなかった。
すでに自分がロードであることを
知っていたから、
他の人を注意深く
見ていなかったのだろうか。
いや、騎士なら、
すでに対抗者を探しているはず。
気分が悪くなっても、
気づくほどではないのかと
ラティルは考えました。
食事を終えた後、
ラティルは執務室へ行くと、
シャレー侯爵に、
母親のいる神殿に人を送り、
世の中が不穏なので、
彼女にこちらへ来てもらって
保護した方がいいか、
神殿に、もっと人を送った方がいいか
決めさせるようにと指示しました。
侍従長は、
まだ母親に会いづらいのではないかと
心配そうに尋ねましたが、
ラティルは、
一生、母親と会わない訳には行かないし
彼女は、土壇場で
自分を庇ってくれたからと答えました。
ラティルが母親と喧嘩していることと
彼女を守ることは
関係ありませんでした。
そして、ラティルは
まだ母親のことを怒っていても、
彼女を愛していました。
だから、ラティルは
自分が覚醒しないために、
まだ彼女のことを怒っていても
母親を
保護しなければなりませんでした。
◇サーナット卿は弱い◇
夕方まで仕事をし、
席を立ったラティルに
侍従長は、
ラナムンとラティルは
運命で結びつけられているので、
食事をしながら、
話をしたらどうかと提案しました。
それに対して、ラティルは
運命だと言うなら
アイニも入れるようにと言うと
侍従長は憂鬱そうな顔をしました。
ラティルは、笑いながら
冗談だと言って、
しばらく考えた後、
侍従長に、
早く帰って休むようにと告げました。
ラティルは、ギルゴールに会うために
月楼から来た客たちが
泊まっている宮殿へ向かいました。
ギルゴールは、
ロードである自分が人々を集め、
対抗者のいる国が悪い国だと
追い込んだのを、全て見ていました。
それに口を挟まなかったけれど
手で8の字を作って見せたので
その意味を聞く必要がありました。
それを知らないサーナット卿は
ラティルに
月楼の王子に会いに行くのかと
尋ねました。
彼女は、ギルゴールに会いに行くと
答えました。
それを聞いたサーナット卿は
ビクッとしました。
ラティルは、1人で行くので
サーナット卿に
休むように言いました。
ギルゴールの所へ大勢で行けば、
より、ややこしくなるだけでした。
しかし、まだギルゴールの顔を
見たことがないサーナット卿は、
彼の顔を
確認しておきたいと言いました。
サーナット卿は、
月楼の使節団の中に
ギルゴールがいたことを聞きましたが
あの時は、血人魚たちに
気を取られていました。
ラティルは頷くと歩き続けました。
なるべく、ギルゴールと
ぶつからないようにする
必要はあるけれど、
サーナット卿も、
ギルゴールの顔が分かれば、
後で対峙するなり、避けるなり
ぶつかったりするだろうと
思いました。
ラティルは、
サーナット卿は弱いので、
ギルゴールと会っても、
すぐに戦ってはいけないと
言いました。
すると、サーナット卿は
自分は弱くないと反論しました。
しかし、ラティルは
カルレインより弱いと言いました。
サーナット卿は、
カルレインは例外だと言いました。
ラティルは、
ギルゴールよりも弱いと言いました。
サーナット卿は、
ギルゴールも例外だと言いました。
ラティルは、
以前、自分にも負けたと言いました。
サーナット卿は、
ラティルも例外だと言いました。
ラティルは、
ゲスターと戦ったら、
どちらが勝つかと尋ねました。
サーナット卿は、
戦ったことがないから、
分からないと答えました。
ラティルは、大神官と戦ったら
どちらが勝つかと尋ねました。
サーナット卿は、
自分と彼の力は相反すると答えました。
ラティルが口をポカンと開けて
サーナット卿を眺めると、
彼は恥ずかしいのか、
彼女の視線を避けました。
ラティルは、きっぱりと、
サーナット卿は弱いと言いました。
彼女は、
肩を落とすサーナット卿の背中を
軽く叩き、
再び歩き始めました。
◇餅みたいな顔◇
客用の宮殿へ行くと、
月楼の王子が入口付近にいました。
自分の部下たちと、
真剣に話をしていた王子は、
ラティルを見ると、
顔をしかめました。
王子が、とりわけラティルを
嫌っているせいなのか、
それとも、
ラティルの調子が良いせいなのか、
畜生!
あの皇帝は何でよりによって・・・
と、彼の本音が聞こえて来ました。
王子は、無理矢理、
笑顔を作ってはいるものの
心の中で悪口を言っていました。
隣でラティルに挨拶をする
彼の部下たちの本音は
聞こえて来ないので、
ラティルが、最初に、
本音を聞けるようになった時のように
いくつかの本音を
断片的に聞ける状態のようでした。
それなのに、聞こえてきたのが
自分への悪口だったので、
怒ったラティルは、
作り笑いをしました。
それを見た王子は、ビクビクし、
警戒しながら、
なぜ、自分を見ながら
笑っているのか。
本当に自分に関心があるようだと
心の中で言いました。
ラティルは、
絶対に違うと心の中で叫びました。
続いて王子は、心の中で
ギルゴールは言い訳で、
自分に関心があるようだ。
あの皇帝は、
暴悪な性格だというから、
自分が嫌だと言っても、
捕まえて、縛って、
強制的に側室にするかもしれないと
言いました。
ラティルは、
王子は自分の側室たちを
見ていないのか。
餅みたいな顔をして
何を言っているのかと思いました。
ラティルは額に青筋を立てたまま
月楼の王子を見て笑っているので
サーナット卿は物悲しそうな声で
ラティルを呼びました。
サーナット卿が
何か誤解をしているようなので
ラティルは、
言い訳をしようとしましたが、
止めました。
そして、
ハリネズミのように棘を立てて、
自分を警戒している王子に、
ラティルは慈しみ深く笑いながら、
そのような熱い目で自分を見ると
誤解してしまう。
永遠に自分のそばで、
留学生活を送りたいようだ。
自分が仕事をする時は、
勉強になるように、
横に縛って置こうかと脅迫しました。
王子が、絶対に嫌だと言うと、
ラティルは、
横へ退くように命じました。
王子は急いで部下たちを
横に退けると、
ラティルとサーナット卿は
威風堂々とその間を歩きました。
依然としてサーナット卿は
何が何だか分からないかのように
首を傾げていましたが、
ラティルの後を付いて行きました。
まもなく、ラティルは
ギルゴールの部屋の前に到着しました。
少し緊張し、不安でしたが
扉を叩いて、彼の名前を呼びました。
返事がないので、
ゆっくりと扉を開けると、
ギルゴールより先に、
部屋を埋め尽くした
花の植木鉢が見えました。
ギルゴールは、その間を
ジョウロを持って歩き回り、
植木鉢ごとに
水をやっていました。
その光景に驚いたのか、
あの自然に優しい吸血鬼が
裏切り者のギルゴールなの?
悪名高い?
あんなに花を愛しているのに?
とサーナット卿の心の声が
聞こえて来ました。
自然を愛する人は善良だと
サーナット卿は思っているようでした。
扉が開いたので、
ギルゴールは水をやるのを止めて
ラティルをじっと見つめました。
ゆっくりと彼が微笑むと、
夢の中で、
ドミスの冷遇に当惑していた
ギルゴールの姿が一瞬重なり、
通り過ぎました。
そして、ギルゴールの瞳が、
ラティルの肩越しに移る瞬間、
ラティルはサーナット卿に
外へ出るように命じました。
彼は素直に従いました。
ラティルは、
どこに座ったらいいかと尋ねると
ギルゴールは隣の部屋でと答えました。
隣の部屋は、
他の人が使っているのではないかと
尋ねると、
ギルゴールはしらばっくれたので、
ラティルは、追い出したのだと
思いました。
ラティルはギルゴールに近づくと、
彼はジョウロを下ろし、
ラティルを持ち上げて、
窓枠に座らせました。
そしてカーテンを広げて
ラティルに被せると、
満足そうに笑いました。
彼女は彼が何をしているのか
分かりませんでした。
ギルゴールは、
いい夢を見た。
ラティルが自分を殺して、
とても悲しくて泣いている夢だと
話しました。
彼女は、それがいい夢なのかと
尋ねましたが、
ギルゴールは、
その夢が好きだと答えました。
ラティルは、どういう意味かと
考えていると、
ギルゴールはジョウロを持って来て
ラティルの頭の上に
水をかけてもいいかと尋ねたので
彼女は断固として拒絶しました。
ギルゴールがジョウロを下ろすと、
ラティルは、
なぜ、こんなに植木鉢が多いのかと
尋ねました。
ギルゴールは、ラティルの来ない日に、
温室と花園から、
1つずつ持って来たと答えました。
彼女は、温室と花園の担当者が
悲鳴を上げると思いました。
ラティルは
部屋を埋め尽くした花を見回しながら
隙間がなくなる前に来られたのは
ちょうど良かったと言うと、
ギルゴールはにっこり笑いました。
狂っているようだけれど
頭の中はぐらついていないようでした。
ギルゴールはラティルの隣に座ると
ラティルの耳元の髪を
指に絡めながら、
何の用事で会いに来たのかと
尋ねました。
ラティルは、
会議室で、手で8の数字を示したのは
どういう意味だったのかと尋ねました。
ギルゴールは
裏切り者の吸血鬼で、
残酷だし、
何をしでかすか分からない
危険な男ですが、
花を愛したり、
ラティルに花を送ったり、
ラティルとデートをして、
丘の上でサンドイッチを食べたり
今回のお話のように、
花でいっぱいの部屋の中で
ラティルを持ち上げて窓枠に座らせて
隣に座ったりと、
ロマンを感じさせてくれます。
サーナット卿と他の側室たちからは
ギルゴールほどロマンを
掻き立てられないのと、
時折、ギルゴールが見せる
物悲しさから、
ギルゴールは敵だけれど、
結構好きです。