413話 アガシャに、サーナット卿はザビ(ラティル)のことが好きだと言われました。
ラティルは困惑した様子で
アガシャを見ました。
一体、どういうことなのか。
誰が誰のことを
好きなのかと思いました。
ラティルは、
レストランの大きな窓を思い浮かべ
アガシャに、レストランで
サーナット卿と自分が話しているのを
聞いていたのかと尋ねました。
彼女は、違うと答えました。
ラティルは、
あの時のサーナット卿の言葉を聞いて
彼の心を少し誤解し、
サーナット卿は
自分のことが好きなのかと思いました。
けれども、サーナット卿が
自分に気を使っているのは、
自分が彼の上司であり、
主君であり、皇帝だからだと、
昨日の会話で分かりました。
サーナット卿は
ラティルの気持ちを知って、
少し負担に感じているようでした。
しかし、ラティルは
誤解しているのは自分だけではない。
誰の目にも、サーナット卿の言葉は
少し変に映ったようだったと
言いました。
しかし、ラティルが否定しても
アガシャは引き下がりませんでした。
彼女は、サーナット卿が
ザビを愛していることを
確信している。
けれども、ギルゴールが
ザビを愛しているので、
仕方がないと言いました。
ラティルは、
そうではないと言いましたが、
アガシャは、
自分のことを気にしているのなら
何も心配することはない。
自分は、本気で
サーナット卿と
付き合っていたのではない。
自分はショードポリへ行って
結婚するつもりだ。
応援していると言いました。
ラティルは、
ぎこちなく微笑みました。
自分とサーナット卿の
どちらを応援するつもりなのか。
自分だけで、
それができるとは思わないと
ラティルは感じました。
その時、アガシャは
ラティルの背後を見て
突然、走り出しました。
ラティルも振り返ると、
サーナット卿を見つけたので、
石のように固まりました。
いつの間にか、
テラスのカーテンの間に
サーナット卿が立っていました。
ラティルは、
どこから話を聞いていたのかと
尋ねました。
返事はありませんでした。
彼は、カーテンの間に入っているので
その表情は、よく見えませんでした。
ラティルは動揺していました。
サーナット卿が
自分のことを好きだと、
アガシャに言われて、
サーナット卿本人に会うのは
恥ずかしいと思いました。
サーナット卿に
自分への気持ちがないことを
確認した翌日なだけに、
こんなところで、
二度も彼の気持ちを確認するのは
嫌だと思いました。
ラティルは、
サーナット卿と以前と同じように
過ごすために来たのであって、
またあのような曖昧な感情の
ぶつけ合いをするためでは
ありませんでした。
しかし、サーナット卿は
ただラティルを見つめていました。
その視線は甘く苦く感じられたので
ラティルは躊躇いながらも、
アガシャの言っていたことは
本当かと尋ねました。
状況から判断して、
彼は全て聞いているようだったので
素直に聞いた方がいい。
そうすれば、
また昨日のように逃げ出すだろうと
ラティルは考えました。
しかし、サーナット卿は
そうです。
と答えました。
ラティルはサーナット卿が
一日で答えを変えるとは
思いもしませんでした。
ラティルは目を大きく見開き、
サーナット卿を見つめました。
ラティルは、
今、答えましたよね?
と尋ねました。
昨日は違うと言ったのに。
だから、聞いたのに。
なぜ「そうだ」と言ったのか。
なぜ一日で答えが逆転したのかと
ラティルは、
訳が分かりませんでしたが、
サーナット卿は、再び
そうです。
と答えました。
彼が、また同じ返事をしたので、
ラティルは
目を白黒させました。
ラティルは唖然として、
サーナット卿の目を見つめました。
彼は、
そのように見つめるのが
正しいと言いました。
するとラティルは、
朦朧とした気分から解放されました。
しかし、サーナット卿は、
ラティルが正気に戻る時間を
与えたくないのか、すぐに
ラティルのことが好きだと言って
彼女の心を揺さぶりました。
ラティルは固唾を飲み、
目を伏せました。
訳もなく、
サーナット卿が立っている
カーテンを見つめていると、
彼はカーテンの中から出て来て、
ラティルに謝った後、
その場を去ろうとしました。
しかし、ラティルは手を伸ばし、
彼の服の裾をつかみました。
サーナット卿は、
ラティルの方を見ました。
ラティルはサーナット卿の裾を
掴んだまま、立ち続けた後、
それなら、昨日は、
どうしてあんなことを言ったのかと
尋ねました。
サーナット卿は
ラティルの方を振り返ると、
ため息をつき、
ラティルが、自分の気持ちを
重荷に感じているのは明らかだった。
あの状況では、
話し続けることはできなかったと
低い声で話しました。
ラティルは、
いつ自分が重荷に感じたというのかと
怒ったように尋ねました。
サーナット卿は、
重荷という言葉は使わなかったけれど
遠回しに言っていなかったかと
尋ねました。
ラティルは、
なぜ、自分が言っていないことを
持ち出すのか。
自分は重荷に感じたことはないと
答えました。
そして、彼のことを
自分が重荷に感じていると思って
サーナット卿が、
自分を避けたというのは
言い訳ではないのかと尋ねました。
サーナット卿は、
ラティルが自分のことを
重荷に感じていると
思っていたけれど、
どうして、以前のように
自分に付いて来るのかと
尋ねました。
ラティルは、サーナット卿のことを
重荷に感じたことはない。
自分もサーナット卿のことが好きだ。
逆にサーナット卿が
自分を避けているのは、
負担に感じているからだと
思っていと話しました。
サーナット卿は、
そんなことは、あり得ないと
返事をしました。
でも、サーナット卿はそうしたと
ラティルが反論すると、
サーナット卿は、
重荷に感じて、
ラティルを避けたのではなく
重荷に感じなかったから避けたと
言い訳をしました。
しかし、ラティルは、
とにかく彼は自分を避けたと
主張しました。
ラティルとサーナット卿は、
しばらく喧嘩を続けていましたが、
パーティ会場の1階から流れてくる音楽が
ダンス曲から静かな曲に変わったので、
話を止めました。
大きな声で喧嘩をすると、
下に声が聞こえそうだからでした。
しかし、ラティルは
不思議と心が乱れ、
じっとしていることが
難しくなりました。
サーナット卿と
言い争いをしている時は、
何も考えなかったのに、
並んで顔を見合わせると、
色々な思いが湧いて来ました。
ラティルは、
口が達者で、
いつも自分をからかってくる悪戯っ子が
本当に自分のことが好きなのだろうかと
疑問に思いました。
サーナット卿は、
ラティルの気持ちはどうなのかと
尋ねました。
ラティルは、
自分もサーナット卿が好き。
自分を避けているのを見るのは
とても辛かったと答えました。
長い間黙っていたラティルは、
サーナット卿の口角が
上がっていることに気がつきました。
瞳は、生気を帯びていました。
やがて、彼は
堪えきれなくなり、
明るい笑顔を浮かべました。
そして、躊躇いながらも両手を広げ、
ラティルをしっかりと抱きしめました。
ぎこちなく彼の腕に寄りかかると、
慣れ親しんだ心地よい香水の香りを
感じました。
彼の心臓が、
ゆっくりと鼓動しているのを
感じました。
それは、彼の心の動きと同じでした。
一体どうして、
こんなことになったのかと、
ラティルはそっと囁きました。
自分は初めから
サーナット卿のことが
好きではなかった。
ヒュアツィンテに傷つけられた時は、
こんなことになるなんて
想像もしなかったと思いました。
サーナット卿のことを好きだと
認識していたものの、
それがいつから、
このような心境に変わってしまったのか
ラティルには見当もつきませんでした。
一緒に、あれこれ行動しているうちに
愛情が積み重ねられていったのか。
仲間意識が愛になったのだろうかと
考えました。
サーナット卿はラティルの耳元で、
今まで一度も自分の気持ちを
伝えようとしたことはなかったと
囁きました。
ラティルは、その理由を尋ねると
サーナット卿は、
色々な状況があるからだと
答えました。
ラティルは、それについて尋ねましたが
サーナット卿は返事をしなかったので
ラティルは、
また答えを避けていると抗議しました。
ラティルは意味もなく
彼の硬い腕を数回擦ると、
以前、サーナット卿が
自分の寝室で着替えた時のことを
思い出し、
急に顔が熱くなったので、
彼の手を離しながら、
これから、自分の側室になるかと
尋ねました。
ラティルは笑い声を上げながら、
サーナット卿を側室に迎えたいと
メロシーへ頼みに行くシーンを
一瞬想像しました。
まさか本当にそうなるとは
思ってもいませんでした。
こんなことになるとわかっていたら
レアンを助けたのにと、
メロシーの領主が怒ったらどうしよう。
彼は、サーナット卿を
側室にしたいとは
思っていなかっただろうと思いました。
しかし、サーナット卿は
ラティルの側室になるつもりはないと
答えました。
ラティルは、予想外の拒絶に
顔をしかめて顔を上げました。
ラティルは、
やはり、サーナット卿は、
自分のことが好きではないと
言いましたが、
サーナット卿は、それを否定し、
ずっと前から好きだった。
だから、
ラティルが水合戦をした時、
バケツで汲んだ水を
全部ラティルにあげたと
言いました。
一体、自分を好きになってから
何年経ったのか。
ラティルは目を大きく見開きましたが、
その事は、
もう考えないことにしました。
それでは、サーナット卿が
自分のことを好きになったのは、
ヒュアツィンテと別れてからではなく、
それ以前からだったのか。
いつでも自分をからかえるよう、
そばにいたのではなかったのかと
思いました。
ラティルは、
なぜ側室にならないのかと
尋ねました。
サーナット卿は、
ラティルをとても愛しているからだと
答えました。
ラティルは、
理解できないと返事をしましたが
サーナット卿は、
ラティルが宮中に山積している男たちを
すべて捨て去るまでは
そのような形で
ラティルと絡まるつもりはない。
たとえ一生、
ラティルと二人きりで
暮らさなければならないとしてもと
返事をしました。
屋敷の中では、
まだ音楽が聞こえていましたが、
ラティルは中に入らず、
ベンチに座って、
リボン付きの風船を揺らしていました。
サーナット卿が、
自分を好きなことは分かったし、
自分も彼を好きなことが分かった。
けれども、二人の間に、
変化はありませんでした。
サーナット卿のために
他の側室たちを全部捨てるとは
言えませんでした。
他の側室たちは誓約書を書いて、
正式にハーレムに入って来ました。
彼らが自分の夫であることは、
もう全国民が知っているし、
もしかしたら、
外国人も知っているかも
しれませんでした。
そのような状況下で
彼らは追い出されることを
望んでいませんでした。
自分自身や家族の恥になるし、
関係する家族や国との関係も
悪くなるからでした。
彼ら自ら出て行くと言えば、
わかりませんが。
それに、彼らはラティルのものなので
彼女は手放したくありませんでした。
彼らの間では喧嘩が絶えないので、
彼女が怒ることもありますが、
本当に手放したくないと思いました。
深い愛ではないけれど、
ラティルは、タッシール、ゲスター、
ラナムン、カルレイン、クラインが
好きでした。
ザイシン、メラディム、ギルゴールは
一種の取引で入ってきましたが
そばに抱えているだけで、
ラティルの役に立っていました。
ラティルは、
自分に良心がないことを
知っているだろうと、
サーナット卿に確認しました。
ラティルは意味もなく
足で土を押しのけました。
とにかく、サーナット卿は
側室になるつもりはなかったし、
ラティルも、自分の力を使って
彼を無理矢理、側室に、
するつもりはありませんでした。
それならば、
このままサーナット卿と
付き合う必要があるのだろうか。
お互いに好きだと分かっていても、
所詮は騎士とロードではないかと
思いました。
新米黒魔術師は城を持ってくるまで
ここには来ない。
また、キツネの仮面が
どこに行ったかわからなくなった。
アニャドミスは、
洞窟の中を歩き回り、
歯ぎしりをしていました。
ドミスの身体を手に入れたけれど、
カルレインは、
どこかの人間の女のせいで来ないし、
ロードの身体は
いつ倒れるかわからない状況でした。
ドミスのそばにいる時は
頼もしく思えたアニャも、
500年も経つと、
寛容になり過ぎたようでした。
気絶さえしなければ、
カルレインを
連れ戻すことができたと、
ずっと考えていたアニャドミスは
身を隠して、
カルレインを探したらどうか。
今のままでは、
カルレインを連れてくることは
できないけれど、
後で状況が好転したときに、
カルレインを連れてくるのは
簡単ではないかと思いました。
決断すると同時に、
アニャドミスは姿を消して
タリウムへ走りました。
姿を隠していれば、気絶しても、
大きな問題はないと思いました。
以前、カルレインに会うために
隠れていたこともあったので、
ハーレムを見つけるのは
難しくありませんでした。
アニャドミスは、
奇妙な盾のような男がいないか
確認しながら、
ゆっくりとカルレインの部屋へ
歩いて行きました。
すると、
何だ?
と、誰かが声を上げました。
アニャドミスは、
自分に向けられたものではないと
思いましたが、
自分に向けられたものであることに
気づきました。
その人は、
ここには皇帝以外の女性はいないと
言いました。
サーナット卿は、かなり前から、
遠回しにラティルが好きだと
言っていたのに、
彼女は、
それに気づかなかった。
子供の時に、サーナット卿が
態度で示しても、
彼の気持ちに気づかなかった。
けれども、面と向かって
愛の言葉を囁かれても
冗談だと思ったこともある。
このような鈍感な人を
好きになってしまった
サーナット卿に同情します。
それに、ラティルは
サーナット卿を好きだと
自覚したけれど、現時点では、
他の側室たちよりも、
少し好きなだけで、
彼がいなかったら
生きていけないというほどの、
強い愛なのではないと思いました。
それに比べて、
サーナット卿の愛は
かなり激しい。
2人の恋の行方は、
前途多難な気がします。
奇妙な盾のような男は、
大神官でしょうか。
姿を隠しているので、
他の人には見えないはずの
アニャドミスに気付いたのは
クラインだと思います。
今さらながら、
ハーレムには、
女性はいなかったのですね。
側室たちが使用人と浮気をしたら
困るからなのでしょうね。