605話 最後はゲスターですが・・・
ゲスターは目を固く閉じ、
泣きそうな顔で堪えていました。
ラティルは途方に暮れ、
知らず知らずのうちに
ゲスターの脇腹に
手を触れました。
筋肉がついている脇腹は
ラティルの手を跳ね返しました。
ラティルは再び脇腹に触れると、
ゲスターが目を固く閉じて
弱々しくうめき声を上げたので
驚きました。
ラティルは、ゲスターが
具合が悪いのかと尋ねました。
ゲスターはそれを否定しましたが
不思議な感じがすると答えました。
ゲスターの声は、
蜜に浸ったような、
ひそやかな甘さがありました。
ラティルは顔を赤らめて
唾を飲み込みました。
ゲスターは、我慢できなくなり、
両腕を広げると、
ラティルの身体は一瞬にして
彼の懐に入り込みました。
ゲスターはラティルの耳元で
「陛下」と切々と囁き、
恥ずかしい。どうか教えて欲しいと
訴えました。
ラティルは、
目の前が真っ暗になるのを感じました。
とにかく、
ゲスターはラティルの側室であり、
生涯連れ添うべき夫の一人でした。
そんな夫が、
こんなにも顔を真っ赤にして、
懇願しているのだから、
困らせるわけにはいかないと、
自分を正当化しました。
ラティルは、
目の前の長く柔らかい首筋を
少し噛み、
教えてあげると呟きました。
そして、ゲスターを抱き上げて
壁際のソファーまで
連れて行きました。
ソファーは、
ベッドほど大きくはありませんが、
二人が一緒に横になるには
十分な幅と長さがありました。
ラティルに抱き上げられたゲスターは
しばらく、おとなしくして、
身を固くしていましたが、
身体がソファーに触れると、
ラティルを引っ張り、
瞬く間にラティルの背中が
ソファーに触れました。
ゲスターを寝かせるつもりで
ソファーに運んできたのに、
なぜ、天井が見えて、
上にはゲスターがいるのか、
ラティルは訳が分からず、
目をパチパチさせました。
その状態でぼんやりしていると、
ゲスターが恥ずかしそうに
ラティルのボタンを外しながら、
自分は慣れていないので、
興奮すると、自分を
抑えられなくなるかもしれない。
それでも構わないかと尋ねました。
ゲスターの息を
胸に感じながら、ラティルは
素早く頷きました。
自分をコントロールできないのは、
クラインではないか。
経験が少ないのであれば、
ラティルはどうしようもできないし、
それはそれで可愛いので、
構わないけれど、
なぜ、こんなにボタンを外すのが
上手いのだろうと、
不審に思いました。
その途端、
ウサギのような弱々しい声で、
ゲスターがラティルを呼びました。
彼は照れくさそうに
ラティルを見ていました。
ゲスターが服を脱がしたのに、
なぜ、照れているのか。
ラティルは少し気になりましたが、
涙で目が潤んでいる
ゲスターの表情に魅かれ、
彼の顔を両手で包み込み、
頭を上げてキスをしました。
思っていたのと、
少し構図が違いましたが、
構いませんでした、
ゲスターは経験がないので、
このようは構図しか
知らないかもしれないと思いました。
冷たい吸血鬼とばかり、
キスをしてきたラティルは、
彼の温かい唇と熱に
ますます興奮しましたが、
恥ずかしがる彼とは裏腹に、
ゲスターのキスは、
大胆かつ激しいものでした。
あまりの息苦しさに、ラティルは、
しばらくゲスターの胸を押して
息をしなければならない程でした。
ゲスターは、
慣れていないと言い訳をして
謝りました。
ラティルは、
大丈夫だと返事をしましたが、
続けて話そうとする前に、
彼女の唇は、
再び彼に飲み込まれてしまいました。
彼女は胸に大きな手を感じました。
慎重に近づいてくる側室たちとは違い、
慣れていないと言っている
ゲスターの手は驚くほど乱暴でした。
痛くはないけれど、
正気に戻るのが難しいほど、
彼の手は、
ラティルの身体を攻撃しました。
そして、ラティルが
再び呼吸をするために唇を離すと、
ゲスターの顔が、
彼女の心臓の近くに落ちました。
ラティルは大きく目を見開きました。
彼は、ラティルの身体を
パン生地か何かのように
みなしているのではないかと
思いました。
ラティルは、ゲスターが
胸に吸い付くのを恐れ、
必死で彼の名前を呼びましたが、
彼の指が、
彼女の口の中に入って来たので、
目を見開きました。
彼の手は彼女の口を揺すり、
ラティルの舌をこすりました。
片手でラティルの唇を覆った
ゲスターのもう片方の手は、
まだラティルの上を彷徨っていました。
ソファーの横で、
衣服が落ちる音がしました。
暖かい気候とは裏腹に、
ラティルはかすかに寒気を感じました。
手で口を塞がれていたため、
ゲスターを呼ぶことができないので、
ラティルが弱々しく首を振ると、
ずっと別のことに集中していた
ゲスターがチラリと顔を上げました。
目が合うとゲスターは頭を上げ、
ラティルの口元を塞いだまま、
ラティルに気をつけるように。
自分も気をつけると囁きました。
一体、何を注意しているのか、
ラティルはゲスタの言葉を
理解できませんでしたが、
彼に口を塞がれていることが
我慢できなくなり、
彼の指をわずかに噛みました。
すると、ゲスタの目が半月型に曲がり
何、それ?可愛いね。
もっとやって。
と言いました。
ラティルは、
ゲスターの口数が少なくなっていると
指摘しましたが、
彼は否定しました。
けれども、ラティルは、
言葉が短くなったと指摘しました。
ラティルは、
ゲスターにキスされながら
頭を上げたり下げたりしました。
ゲスターの手に負えないキスは
再びラティルを振り回しました。
ラティルが忙しく呼吸をしている間に
彼は下りていきました。
ラティルは目を大きく見開き、
両手で目を覆いました。
明るいうちから、
ゲスターが何をしているのか
信じられませんでした。
衝撃のあまり、
ラティルはゲスタの顔を、
蹴りそうになりましたが
彼の美しい顔を、
蹴ることはできないので、
ラティルは仕方なく彼の肩に
手を置きました。
そうこうしているうちに、
ゲスターが「恥ずかしい」と
呟いたので、
一体、誰が
そんなことを言っているのだと
ラティルは、
悲鳴を上げそうになりました。
しかし、ゲスターは
言葉を短く言うことで
羞恥心を克服したのか、
再びラティルを羞恥心に
陥れ始めました。
ラティルの耳は、
熱で破裂しそうでした。
彼はキスをする時、
休む時間を与えませんでした。
我慢に我慢を重ねたラティルの手が
ゲスタの頭に触れると、
ゲスターは動きを止め、
ラティルのお腹に口づけをし、
もっと恥ずかしくしてもいいのかと
尋ねました。
今すぐ止めたいと言うのなら、
それはそれで厄介なことでした。
しかし、この状況では、
堂々と「どうぞ!」とは言えないので
頷いて顔をゲスターの方へ向けると、
ゲスターはラティルの手を掴み、
自分は、本当にわからない、
辛いことがあったら、
すぐに言って欲しいと、
彼女の話を遮るように、
小声で言いました。
もし、いつものゲスターが
こんなことを言ったなら、
可愛いハッタリだと思いましたが
ラティルはすでに、
「ゲスターとは違う人 」が
出て来るのを体験しているので、
彼女は、すぐに頷くと、
自分がやめろと言ったら、
やめるよう指示しました。
ゲスターは分かったと返事をして、
いつもと違う笑みを浮かべた途端、
ラティルは慌てて
彼の体を抱きしめました。
そして、彼の肩にわずかに噛みつき、
離しました。
長い禁欲生活のせいで、
どうしようもなく、
変な気分になっていました。
ラティルは、
ゆっくりやって欲しいと、
彼を宥めるように囁き、
彼の頬にキスをしました。
ゲスターが「ゆっくり」と
ラティルの言葉を繰り返すと
彼女は彼を強く抱き締めました。
そして、ラティルは
徐々に蓄積された喜びに酔い、
ゲスターを抱き締める腕の力を
少しずつ抜いていきました。
そして、
彼女が少し背中を起こした瞬間、
ゲスターはいつもより低い声で
キスしてもいいかと尋ねました。
なぜ急に、
許可を得ようとしたのか、
わかりませんでしたが
ラティルは可愛いと思い、
頷くと、
ゲスターの温かい唇が
迫ってきました。
軽いキスをしながらの
ゆっくりとした動きに、
ラティルは、
すっかり安心していましたが、
雰囲気が急変しました。
ラティルは驚き、
再び、ゲスタを強く抱きしめ、
「待つように」と
言おうとしましたが、
ゲスターと口が重なってしまい、
声を出すことができませんでした。
ラティルは、
口を離さないゲスターを
鬱陶しく感じました。
ゲスターは、
愛しているよ、ラトラシル。
と告げました。
混乱している中、自分の名を呼ぶ
甲高い声が聞こえました。
ラティルはようやく自分の唇が
自由を得たことに気がつきました。
長い荒行を終えたラティルは、
良かったこととは別に、
すっかり彼に振り回されたことが
腹立たしくなり、
彼の前腕を叩き、
話が違うのではないかと
ゲスターに抗議しました。
彼は、
どういうことかと尋ねました。
ラティルは、
自分が止めろと言ったら
止めると言ったと、抗議しました。
しかし、ゲスターは
何も聞いてないと返事をしました。
ラティルは驚いて、
ゲスターを見つめました。
ゲスターは、
彼女の唇に軽く唇をつけ、
鼻にそってキスをし、
額にキスをしました。
キスの音に苛立ったラティルは
これはできない。
もう一度やり直してと命じました。
普段が冷静だからといって、
夜も冷静とは限らない。
窓の向こうに広がる赤い空を見て、
ラティルはぼんやりと考えていました。
数ヶ月、苦労した後、
禁欲は一気に崩壊し、
ラティルは数ヶ月分の喜びを
一度に手に入れることができました。
禁欲の期間はとても楽しくて
無駄ではなかったけれど、
その代償として、
ラティルは少しも動けませんでした。
むしろ、弱いゲスターが
まだ、これほど元気なことに
驚かされました。
大きな手で、
ラティルの脚を揉み続けるゲスターを
彼女は、ぼんやりと
見つめていましたが、
やがて我慢できなくなり、
ゲスターは弱いと言っていたのに、
本当は違うのではないか。
正直に話して欲しいと言いました。
獣のように突進していたゲスターは
再びウサギのような顔をして
「はい?」と、とぼけました。
ラティルは、上体を起こして
ゲスターの頬を引っ張り、
私のウサギはどこだ?
と唸りました。
ゲスターは爆笑し、
そのウサギは自分のことかと
尋ねました。
105話で、ラティルは
ゲスターの心の中の
美化された自分を見て、
恥ずかしくなったことと、
ラティルがトゥーラを
階段から落とした時、
ゲスターは、
あの場所にいなかったのではと
疑問に思いますが、
当時、ランスター伯爵が
まだ、ゲスターの中に
入り込んでいなくて
魂の状態で、
ラティルの周りにいたのではないかと
思いました。
そして、ラティルが読んだのは
ゲスターではなく、
ランスター伯爵の心なのではないかと
思います。
何はともあれ、
今回のお話は、読んでいて、
あまり気分の良いものでは
ありませんでした。
ゲスターが乱暴な態度を取る時は、
ランスター伯爵が
表に出ていたのでしょうけれど、
ロマンの欠片もなくて、
ラティルもランスター伯爵も
ただ、欲望を
満たしているだけのように
感じました。
ゲスターが出て来た時は、
少し違うようにも感じましたが・・・
ラティルは、ゲスターの中に
ランスター伯爵がいることを
まだ知らないと思いますが、
それ以前に、
ゲスターから別の人格が
出て来たのは気付いているようです。
ウサギだと思っていたゲスターが
実は野獣だった。
ラティルには
青天の霹靂だったと思います。
もしも、ラティルが、
再び、ゲスターと寝ることがあり
同じようなシーンが出てきたら、
正直、もう読みたくないです。