669話 ゲスターのせいでサーナット卿は怪物退治をすることになりました。
巨大な人間サイズの蛆が
サーナット卿の前で
蠢いていました。
彼は、そこら中にいる蛆を
できるだけ見ないようにしながら、
素早く動きました。
廊下の横の狭い溝から、
死体が腐ったような臭いが
漂って来ました。
一体、自分は
どこに送られて来たのか。
急にサーナット卿は
ゲスターの陰謀ではないかと
疑うようになりました。
ゲスターがラティルに
悪いことをするとは
思いたくありませんでしたが、
サーナット卿はゲスターのことを
腐った性格の
黒魔術師だと思い続けていました。
しかし、
そこまでひどくはないだろうと
考えを否定すると、
鼻をふさいで内側に移動しました。
そしてまた鼻から手を離すと、
先ほどより、
少し臭いが軽くなっていました。
サーナット卿は道を曲がり、
別の方向に歩きました。
臭い匂いのする場所を
どのくらい歩いたのか。
今度は蛆のようなものではなく、
巨大なハエのような怪物が
徐々に現れてきました。
蛆とは違い、その怪物は
サーナット卿に興味をもって
近づいてきました。
彼は剣を抜きながら、
ゲスターを呪いました。
そのハエを何とか切り倒すと、
別の怪物が現れました。
それは、蛆やハエとは違い、
とても美しい姿をしていました。
白い翼は鳥の翼に似ていて、
その下から見えるまっすぐな脚は
人間の脚のようでした。
カールしたプラチナ色の髪が
翼の上に広がって揺れていました。
ゲスターは、
後ろから見ると、
天使のようだと言っていたので、
それだと思いました。
サーナット卿は剣の柄に手をかけ、
ゆっくりと近づきました。
三歩、四歩と歩くと、
怪物はゆっくりと背を向け、
ゆっくりと首を傾げました。
彼は吐き気を催しましたが、
歯を食いしばり、
怪物に飛びかかりました。
しかし、
怪物の羽は巨大な唇のように広がり、
彼を飲み込もうとしました。
予想以上に長い戦いの後、
サーナット卿の剣は、
ついに怪物の首を切り落としました。
首が落ちると、
怪物の翼は元の場所に戻り、
だらんと伸びました。
サーナット卿が
服についた血を拭った瞬間、
不気味な寒気が走りました。
そして、遅まきながら、
これをどうやって運べばいいのかと
考えました。
幸いなことに、それから約30分後、
ゲスターが現れて、
サーナット卿と怪物を、
怪物倉庫として使われている建物に
移動させました。
コーヒーを飲んでいた吸血鬼たちは、
恐ろしい怪物を見て、
驚いて後ずさりしました。
ゲスターは吸血鬼に、
この怪物は
「中空の天使」と言って、
人を食べるために、
天使の真似をしていると
説明しました。
そして、死んだ怪物を見下ろすと、
思い出したかのように、
サーナット卿に労いの言葉をかけ、
ラティルの元へは行かないのかと
尋ねました。
彼は、仕事が休みなので、
行かなくていいと、
自然な口調で答え、
まだ、捕まえるべき怪物はいるのかと
尋ねました。
ゲスターは「いる」と答えると、
サーナット卿は、
それでは行って来ると言って、
首を傾げながら、
そのまま外へ出て行きました。
何人かの吸血鬼が
サーナット卿をからかうように
すぐに追いかけました。
ゲスタは後ろから彼を見て、
目だけで微笑みました。
それを見たグリフィンは、
どうして、
そんなにいやらしい顔を
しているのかと言って、
舌打ちしましたが、
ゲスターは口笛を吹きながら
別室へ歩いて行きました。
グリフィンは、
どうしたんだ。
もっと不愉快になるじゃないかと
思いました。
翌日の早朝、ラティルは
コーヒーカップを机の上に置き
サーナット卿を見ました。
昨日、ラティルと
側室の話をした人とは思えないほど
穏やかな表情でした。
彼は傷ついているところを
見せたくないのだと、
彼の表情から察しました。
こんな時は、
彼の心の声を
聞いてみたいと思いました。
ラティルは一晩で提出された
書類を次々と机に積み上げ、
机の上に置かれた鏡を通して
頻繁にサーナット卿の顔を
覗き込みました。
彼の表情は絵に描いたように、
何の変化もありませんでした。
ラティルは、コーヒーを飲みながら
我慢できなくなり、
自分の方から、
昨日の、
側室になるという話ですが・・
と切り出しました、サーナット卿は
ラティルが言い終わる前に、
取り消して欲しいと答えました。
全く予想外の返事でしたが、
彼は、100年来の平穏を
取り戻したかのように、
穏やかでした。
ラティルは、困惑しながら
その理由を尋ねました。
サーナット卿は、数ヶ月間の
延期をお願いされたからだと、
顔をしかめて答えました。
確かに、ラティルは
数ヶ月の延期を提案しましたが、
サーナット卿は、
それを冷静に受け止めたので、
どうしてこんなに不機嫌なのか
不思議でした。
ラティルは、
数ヶ月延期したいと言っただけで
中止とは言っていないと話しました。
サーナット卿は、
それは分かっているけれど、
完全に取り消ししてもいいと
冷静に答えました。
子供の頃、
頑固だったラティルに対して、
サーナット卿は忍耐強く、
余裕で接していましたが、
今の彼はまさにそんな感じでした。
ラティルは、
取消す理由を尋ねました。
彼は、自分はラティルの騎士で、
近衛騎士団の司令官だと答えました。
ラティルは、
それが何の関係があるのかと
尋ねました。
サーナット卿は、
ラティルにはすでに
何人も恋人がいるので、
自分を含めなくていいと答えました。
ラティルは
サーナット卿に叩かれたような
衝撃を感じました。
ラティルは、呆れながら
どうしてなのかと尋ねると、
サーナット卿は眉をひそめて、
当たり前ではないか。
どうせ、ラティルは
自分を側室にするのは
気まずい立場だったのではないか。
考えてみれば、自分は、
ラティルの側室になる必要はない。
だから、取消すと答えました。
彼女は、
彼が怒っているのかと尋ねました。
サーナット卿は否定しましたが、
ラティルは、そのように見えると
言いました。
けれども、それは嘘で
サーナット卿は、
全く怒っているように
見えませんでした。
ラティルは、
サーナット卿の答えというより、
その沈んだ瞳に困惑しました。
彼は、
とても怒っているのではないかと
思いました。
昼頃、ゲスターは
ラティルに怪物倉庫に来るようと
言いました。
彼女は、まだぼんやりとしたまま
倉庫に向かいました。
その中に入った彼女が見たものは、
広く低い台の上に置かれた
奇妙な怪物の死体でした。
ラティルは、
これは何なのかと尋ねました。
ゲスターは、
自分が捕まえた新しい怪物で
「中空の天使」と呼ばれている。
ラナムンを襲ったダークリッチを
調査した時に、
この怪物の成分が見つかったので、
きちんと比較するために、
もう一度手に入れたと答えました。
ラティルは、
何かわかったのかと尋ねました。
ゲスターは隣の部屋に移動し、
ラナムンを襲った怪物を見せました。
怪物の横にあるガラスの箱の中には、
一握りの土が入っていました。
彼は、成分を分析したところ、
この怪物を作るために、
多く使われていたのは
ミロの特産物で、
先ほど、見せた新しい怪物は、
いつもミロに現れると
答えました。
ミロと聞いて、ラティルは
王女であり、聖騎士団の団長である
ザリポルシのことを思い出しました。
彼女とミロの王と王妃は
タリウムに恨みを抱いていました。
もしかして、彼らは悪の勢力に
恨みを抱いているのだろうか。
ここにも黒魔術師がいるしと
思いました。
ザリポルシとミロのことを考えていると
ラティルは、一瞬だけ
サーナット卿のことを
忘れることができました。
ラティルは執務室に戻ると、
コーヒーを飲みました。
黒魔術師のイメージが最悪な状況で、
公然と彼らの力を借りるのは、
愚かなことだったので、
ラティルは黒魔術師のイメージを
変えるために、
怪物と黒魔術師を戦わせることを
計画しました。
しかし、その計画が
立ち行かなくなるかもしれないと
考えた時、彼女は言葉を失いました。
昼過ぎにサーナット卿がやってくると
彼は、昨日、怪物を捕まえたと、
ラティルの机の上に
置かれたままのケーキを見ながら
話しました。
ラティルは、
サーナット卿が捕まえたのかと
尋ねました。
彼は、「はい」と返事をしました。
ラティルは、サーナット卿に
ミロ王とザリポルシ姫に
何か関係があると思うかと、
フォークでケーキを少し切りながら
尋ねました。
サーナット卿は、
そうかもしれないし、
そうでないかもしれない。
いずれにせよ、
もし自分たちが傷つけられたら、
それに立ち向かって勝つしかないと
自信満々で答えました。
ラティルは明るい笑顔を浮かべ、
我らがサーナット卿は素晴らしい。
これはご褒美です!
と言って、
ケーキを刺したフォークを
口元に差し出しました。
しかし、彼は食べずに、
黙ってラティルを見下ろしました。
彼女は、フォークも使ってないし
ケーキにも触れていないと、
決まり悪そうに
説明しましたが、
サーナット卿は首を横に振り、
ラティルの手を
テーブルに押し付けました。
そして、ラティルと自分は今、
主と騎士の間柄だ。
私はラティルの騎士だけれど、
恋人ではないので、
距離を置くべきだ。
その方が、
ラティルの名声のためになると
言いました。
サーナット卿は、
単に「側室にならない」と
宣言していたわけではなく、
ラティルと自分は
「恋人にならない」という
話をしたので、
ラティルは驚きました。
彼女は、フォークを置いて、
本気なのかと尋ねました。
彼は、「そうです」と
答えました。
ラティルは瞼が、訳もなく
ピクピクしているのを
感じましたが、
それを見て顔をしかめた
サーナット卿は
動揺する必要はない。
これは当然のことだと言いました。
サーナット卿が変わってしまったと
ラティルは思いました。
仕事を終えて、
部屋に戻ったラティルでしたが、
ここ数日間続けていた
夜の仕事ができないほど、
苛立っていました。
書類を見ていると、
サーナット卿の冷たい顔が思い出され
怒りがこみ上げてきました。
耐えかねたラティルは、
上着を持って宮殿を抜け出し、
サーナット卿の
屋敷に向かいました。
邸宅の壁を越え、
玄関の扉を叩くと、
扉の内側から、
寝ぼけた声が聞こえてきました。
「どちらさまですか?」と
聞かれたので、ラティルは
「皇帝だ」と答えました。
しかし、いたずらだと思われ、
「あっちへ行け」と、
手ひどく言われました。
扉から遠ざかる足音を
聞いたラティルは
再び扉を叩きました。
今度は、問答無用で扉が開き、
怒った執事の顔が現れましたが、
ラティルがいるのを見て、
慌てました。
ラティルは、
サーナット卿はどうしているのかと
尋ねました。
執事は挨拶するべきか、
答えるべきか決めかねて
左右に体を揺らしていましたが、
彼は部屋にいると答えました。
ラティルは、
サーナット卿を呼んで欲しいと
命じました。
執事は急いで階段へ向かうと、
物音を聞きつけたのか、
サーナット卿が階段を下りてきました。
ガウンを脱いでいるように
見えましたが
騎士のように降りて来ました。
サーナット卿は、顔をしかめて、
何の用なのかと尋ねました。
人間サイズの蛆虫なんて
想像するだけで気持ち悪いです。
マンガでは、
あまり露骨に書いて欲しくないです。
ダークリッチは、
トゥーラがラナムンを殺そうとして
宮殿に送り込んだ怪物のことだと
思います。
あの時、大神官が怪物を
退治したと思われていましたが
おそらく、
対抗者であるラナムンが
自分でも知らないうちに
退治したのではないかと思います。
ゲスターは、
本当にひどいことをしましたが、
それだけ、ラティルのことを
愛しているのだと思います。
悪いことをする時の彼は、
ランスター伯爵なのでしょうか。
最終的に、
彼の愛は報われない気がしますが
それに気づいたランスター伯爵が
何をしでかすか怖いです。
サーナット卿のラティルへの愛が
失われてしまい、
ラティルは焦っていますが、
今まで、サーナット卿の気持ちを
踏みにじるようなことを
してきたので、
これで、少しは
サーナット卿の愛の有り難みと
他の側室たちからの愛に
気づくことを期待します。
愛の反対は憎しみではなく
無関心だとおっしゃいましたが、
サーナット卿も、
ラティルへの愛を失ったことで
まさに彼女に
無関心になったと思います。