310話 アナッチャは、もう一度、ラティルを呼ぶようダガ公爵を促しました。
◇1人で行く◇
ラティルが部屋に戻って間もなく、
ゲスターとタッシールと
話をしていると、下女がやって来て
公爵がサビを呼んでいると伝えました。
ラティルは、
後で会いに行くと答えましたが
下女は、今すぐ来いと言っていると
伝えました。
ラティルは、着替えたら行くと
返事をしました。
下女は、部屋の中で二人の男が
お茶を飲んでいるのをチラリと見て
眉を顰めながら扉を閉めました。
男二人がいる部屋で
着替えるはずがないので、
ラティルが
時間稼ぎしようといていることに、
気づいたようでした。
ラティルはソファーに近づくと
タッシールは
ゆっくりと立ち上がり
危ないので一緒に行くと
笑いながら言って、
自然にラティルの腕に
自分の腕を通しましたが、
ラティルが他の所を見ている間に
ゲスターが
タッシールの襟足をつかんで
引っ張ったので、彼は後退しました。
タッシールは眉を吊り上げながら、
笑って彼を見ると、
ゲスターは素早く手を下ろし、
震える子犬のように、
自分と一緒に行こう。
タッシールは、見た目が怖いので
警戒されるけれど、
自分はおとなしいので、
警戒されないと言いました。
タッシールは、
自分は、
怖そうな顔をしているのではなく、
魅惑的な顔をしている。
ゲスターが、
そうではないからといって
妬んではいけないと非難しました。
ゲスターは、
魅惑的な顔をしていなくても、
プライドがあるので
堂々と暮らしていると反論しました。
ニヤニヤ笑いながら
相手をからかうタッシールと、
震えながらも、
言うことは言うゲスターを
両手でソファーに座らせ、
ラティルは一人で行くと言いました。
◇フードの下の顔◇
ゲスターとタッシールは
危ないと言いましたが、
ラティルは、
ダガ公爵と会って来るだけなので
大丈夫だと、
二人をなだめました。
ラティルは、ヘウンと戦ったことで
食屍鬼を相手にするのに
自信がありました。
彼は、剣術の実力が
かなり高かったようだけれど、
結局、ラティルに負けたし、
食屍鬼は彼女を見ると委縮するので、
生前、どんなに強かったとしても、
実力を発揮できないと思いました。
それに、食屍鬼になると、
力が強くなるというけれど、
力が強くなったのは、
ラティルも同じでした。
ラティルは、
本当に自分のことが心配なら
外の様子を見張っていろと言って
部屋の外に出ました。
服を着替えると言っていたラティルが
先ほどと同じ服装なので、
下女は顔をしかめましたが、
何も言わずに、
ラティルを案内しました。
ダガ公爵の部屋の前には
護衛が何人も立っていましたが、
下女がラティルを案内すると、
今度は彼女を捕まえませんでした。
そして、下女は扉を開いて
ラティルを中に入れると、
すぐに扉を閉めてしまいました。
ダガ公爵はベッドに座って
ラティルを眺めていましたが、
彼のそばに、
あのフードをかぶった女がいました。
一体、あの女は誰なのか。
なぜ、ずっとそばにいるのか。
本当にアナッチャだろうか。
気になるなら調べればいい。
ラティルは、
ダガ公爵が自分を呼んだ理由を
尋ねると、
わざと知らないふりをして、
フードをかぶった女性を
公爵夫人と呼んで近づきました。
ダガ公爵は、
フードをかぶった女性が
妻と間違われたのが不快なのか
眉をしかめました。
ラティルは、
あの女がアナッチャである確率が
さらに高くなったと思いました。
ダガ公爵は、
この人は、公爵夫人ではないと
否定しました。
ラティルは、ニヤニヤしながら、
二人がずっとくっついているので
誤解したと、
すぐに謝るふりをした後、
もう一度、
なぜ、自分を呼んだのか尋ねました。
しかし、公爵は返事をせず、
代わりに、フードをかぶった女が
ラティルの前に近づくと、
顔を注意深く見るように、じっと立ち
ラティルに、
商団で何をしているのかと尋ねました。
ラティルは、仕事をしている。
いろいろ学びながら
あれこれ身に着けていると
答えました。
アナッチャは、このような場所に
訓練中の人を連れてこないと思うと
疑いましたが、ラティルは、
訓練生も、
このような場に付いて来てこそ、
訓練が可能だ。
簡単な場所にだけ、付いて来ても
訓練にならないと返事をしました。
フードを被った女性は
もう少し質問を続け、
その度に、
ラティルは優しく答えました。
その一方で、
ダガ公爵の顔色を窺いました。
彼はラティルが難なく答える度に
首を少しずつ振っていました。
そうこうするうちに、
ついにフードをかぶった女性が
質問を止め、
ダガ公爵の方を振り向いた瞬間、
ラティルは転ぶふりをして
女性のローブの裾を引っ張ると、
ローブが半分後ろに下がり、
フードが脱げて、顔がむき出しになり
ピンク色の髪が一部現れましたが、
女性は素早くローブを引っ張りました。
ラティルは、女性のローブが長すぎて
踏んでしまったと、
ひどく申し訳なさそうなふりをして、
素早く謝りました。
しかし、顔の一部と
あの変わった髪の色を見ただけで、
すでに、あの女性がアナッチャだと
確信しました。
アナッチャが
ダガ公爵を蘇らせたので、
そのために、彼は
アナッチャを邪険にできないようだと
ラティルは考えました。
アナッチャは怒っているように
ダガ公爵のそばに行き、
ラティルを見つめました。
目が隠れて見えないものの、
自分を恐ろしい目で
睨んでいるに違いないと
ラティルは思いました。
彼女は、
ひどく申し訳ないふりをして
公爵の方を見ると、
なぜ、自分が呼ばれたのか、
まだよく分からないと言いました。
ダガ公爵は眉をひそめましたが、
意外にも、アナッチャに
しばらく席を外すよう指示しました。
アナッチャは肩をすくめましたが、
言われた通り、
素直に部屋の外に出ました。
アナッチャが出て行くと、
公爵は手を伸ばして、
サイドテーブルから
無難な仮面を取ると、
犯人が、これをかぶっていたので、
着けて見ろと、
ラティルに渡しながら指示しました。
彼女は、笑いながら、
その犯人は自分と似ているのかと
尋ねました。
アナッチャが出て行ったので、
気が楽になったラティルは、
公爵が渡した仮面をかぶりました。
彼はラティルのそばで
ブルブル震えながらも、
その姿をじっと見て、
ため息をつきながら、
違うね。絶対に違う。
声も体型も全部違うのだから、
そもそも、お話にならない。
と呟きました。
ラティルは、
自分に仮面をかぶせた理由を
尋ねましたが、
ダガ公爵は、
「もう出て行け。」と
冷たく命令しました。
ダガ公爵はラティルだけでなく、
すべての人に、
それほど優しくない人のようだと
ラティルは思いました。
彼女は、肩をすくめて、
「そうする」と答えました。
◇顔を見た代償◇
ラティルが出て行った後、
戻って来たアナッチャは、
あの女が、自分の顔を見たので
片付ける必要があると言いました。
ダガ公爵は、
自分を不完全な食屍鬼にしたことで
アナッチャを
嫌がるようになりましたが、
とにかく、二人は、
現在、仲間だったので頷きました。
腕の良さそうな黒魔術師の狐の仮面が
自分を引き受けてくれると言うまでは
アナッチャと一緒にいる必要があると
思いました。
しかも、
あのサビという女性の
近くにいるだけでも、
ひどく気分が悪くなりました。
しかし、ここでまた人が死ねば
問題になるので、
商団の人たちを解放して、
彼らが外に出たら片付けろと
命じるつもりでした。
◇やるべき仕事◇
ラティルは部屋に戻るや否や、
公爵の後ろにいた女は
アナッチャだったと話すと、
タッシールとゲスターは
少し驚いた目をしました。
ラティルは、
フードで顔を隠していたのを
剥いでみた。
アナッチャは顔を見られたので、
おそらく、
このままではいないだろうと言うと、
タッシールは、
自分たちがここにいる間は
手を出せないので、近いうちに、
ここから出られるだろうと
予測しました。
ゲスターは
タッシールが暗殺者だということを
知らないので、
ラティルは、黒林の暗殺者たちを
わざと「部下」と表現して、
タッシールが他の国にも
部下がいるかどうか確認しました。
タッシールが
「たくさんいる」と答えると、
ラティルは目を鋭く輝かせながら
外部から公爵を拉致できるかと
尋ねました。
タッシールは、
暗殺は可能だけれど、
静かに拉致するのは大変だと
答えました。
ラティルは頷くと、
公爵が自分たちを追い出す前に
仕事をしなければならないと
言いました。
タッシールは、
「仕事」について尋ねましたが、
これについては、
タッシールに知らせてはいけないので
ラティルは、
そんなものがあると言い張り、
二人を連れて食事をした後、
タッシールが商団の頭と
話をしに行った隙に、
ゲスターを、
別の所へ連れて行きました。
そして、グリフィンに、
ダガ公爵の部屋の状況を調べさせた後
自分の所へ来るように言えと、
ゲスターに指示しました。
そして、ゲスターには、
ずっと待機してもらい、
自分がダガ公爵の部屋の前の人々を
しばらく退かし、彼を呼んだら
すぐに、来られるかと尋ねました。
ゲスターは、
「陛下のためなら。」と
力強く答えました。
ラティルは頷き、
早くグリフィンを送るよう促しました。
約3時間後、
部屋の中で待っていたラティルに
グリフィンは、
ベッドに横になった食屍鬼が、
フードをかぶった人間に
自分をまともに治療する方法も知らずに
どうして勝手に手を出したのかと
怒っていた。
人間は、自分が必ず食屍鬼を治すと
言っていたと報告すると、
人間が食屍鬼をどうやって治すのかと
呆れていました。
ラティルは、
他に何か話していなかったかと
尋ねると、グリフィンは、
その話だけを繰り返していたけれど
食屍鬼が、
もっと優れた黒魔術師が
近くにいるので、探してみるべきだ。
赤の他人なんて信じられないと
言っていたと答えました。
ラティルは
グリフインを労いました。
ゲスターは公爵の状態がおかしいと
言っていたので、
ダガ公爵は、
アナッチャと手を組んだものの、
そのことで、二人の間が
拗れていると思いました。
考えを終えたラティルは、
グリフィンに、
公爵の部屋をのぞいて、
彼が一人になったら、
知らせて欲しいと指示しました。
グリフィンが飛んでいくと、
すぐにラティルはカバンの中から
アナッチャが着ていたローブと
似た色のローブを見つけて
羽織りました。
宮殿にいた時の彼女は、
ピンク色の髪を引き立てる
華やかな服を着ていましたが、
ここでは、
目立たちたくないせいか、
無難な黒のローブ姿でした。
30分ほど待っていると、
食屍鬼が一人だけになったと
グリフィンが報告しに来ました。
ラティルは、
グリフィンの頭を軽く撫でると、
ローブをぐるぐる巻いて
グリフィンに渡し、
それを持って庭に来てと
指示しました。
その後、
ラティルは一人で部屋を出て、
ひと気のない庭に歩いて行き、
グリフィンから
ローブを受け取ると羽織りました。
そしてアナッチャの顔に変えると、
公爵の部屋の前に
平然と歩いて行きました。
最初、護衛は、
公爵に確認すると言いましたが、
ラティルがローブのフードを
そっと脱いで、顔の一部を見せると
すぐに中に入れてくれました。
ラティルは部屋に入ると
扉を閉めました。
ベッドに横たわっているダガ公爵は
ラティルを見ると眉をひそめ、
出て行けと言ったのに、
どうして、また来たのかと尋ねました。
ラティルは、
アナッチャの話し方を真似しながら
急にやるべきことができたので、
しばらく人払いをしてくれないかと
頼みました。
公爵は眉をひそめ、
急いでやるべきことは何かと
尋ねました。
ラティルは、
公爵を治療する方法を見つけた。
今、治すと答えて、
平然と彼のそばに近づきました。
公爵は、
最初はじっと座っていただけでしたが
どこか変な点に気づいたのか、
ラティルが三歩ほど前に進むと、
急に目を大きく開け、手を伸ばして
鐘を鳴らそうとしました。
ラティルは素早く近づき、
公爵の腕をつかんでひねり、
片手で彼の口を塞ぎました。
鐘を彼の手の届かない所に片付けて
笑うと、
公爵は口が塞がれたまま
誰なのかと尋ねました。
ラティルは片手でローブを脱ぎ、
仮面を軽く撫でました。
ローブの中から現れた顔は
今回はアイニでした。
驚いて目を見開く公爵に、
ラティルはにっこりと笑いながら
どうしたの、お父様?
と尋ねました。
ヘウンが首だけになった時、
カルレインはアイニに、
ロードが復活したら、
治してもらえると言っていました。
実際、かなり後の話で
ラティルはロードとして
目覚めていないけれど、
ヘウンの身体を取り戻しました。
初めてヘウンがラティルを
襲おうとした時、
彼は、逃げて行きましたが
それは、ロードが敵だからではなく
ラティルの中のロードの存在に
畏れを感じただけなのかも。
それに、後の話で、
トゥーラも、
頭だけだった時のヘウンも、
ラティルのことを
怖がっていませんでした。
最初、ダガ公爵が、
ラティルの近くに行くと
気分が悪くなったのは、
食屍鬼がロードの敵だからだと
思いましたが、
食屍鬼になったことで
感受性が強くなり、
ラティルが仮面をかぶっていても、
本能的に自分の敵だと
分かったからなのかもしれないと
思いました。
タッシールが仲間外れになり、
ちょっと可哀そうに思いました。
タッシールは、
ラティルの前で、
ゲスターの本性を出させたいと
思っているのかも。
けれども、ゲスターは、
そう簡単に本性を出さない。
ゲスターとタッシールの言い争いは
読んでいて面白いです。