317話 ラティルは、久しぶりにドミスの記憶を見ています。
◇覚醒後◇
ドミスが宮殿を出て、
どこに行ったかは分かりませんが、
ドミスの意識に入り込んだ時、
周囲はすでに薄暗くなっていました。
ドミスの前に、
ミクスが怯えた顔で立っていました。
これはどういう状況なのかと
ラティルは考えていると、
ドミスは、彼に、
誰のものになるか選んでと
命じました。
昔の小心者で優しい声は跡形もなく、
人が変わったように冷たい声でした。
ラティルは、覚醒したら、
こうなるのだろうかと考えると
複雑な気分になりました。
これは過去であると同時に
未来かもしれませんでした。
ミクスは、同情心で
ドミスが脱出するのを
手伝ったけれども、
突然、生涯をかける選択まで
させられることになり、
戸惑いながらも、
怯えた顔をしていました。
ここで「私は帰ります。」と
彼が言ったからといって、
ドミスが「さようなら」と
気持ちよく送り出す状況では
ありませんでした。
しばらくして、ミクスは、
ようやく口を開き、ドミスに
一緒に行くと答えました。
言葉が終わるや否やドミスは、
ミクスをさっとつかんで
首筋に噛みつきました。
血の匂いと味が
そのまま伝わってきて、
ラティルは悲鳴を上げながら
しきりに、
口の中に入った血を
吐き出そうと努力しました。
しかし、ドミスの記憶の中で
ラティルに、
統制権はありませんでした。
結局、
血が喉を越える恐ろしい感覚が、
そのまま伝わった後、
ドミスは彼を放しました。
ミクスは、崩れるように倒れました。
ラティルは、心の中で、
血を飲むのは体験させなくてもいいと
悲鳴を上げました。
ドミスはカルレインを見ていました。
カルレインは灯りを手にして、
ドミスをじっと見つめ、
彼女が自分に関心を持つと、
エイモンズ王宮で
騒ぎを起こしたので、
王が正気に戻ったら、
自分たちは追跡される。
まずクレレンド大公邸に行こうと
慎重に話しました。
ドミスは答えませんでした。
その代わりに、じっと彼を
眺めてばかりいましたが
ラティルは、
ドミスがカルレインを見ると、
心臓がドキドキし始めたことに
気づきました。
ドミスはカルレインの顔に
本気になっていました。
しかし、彼女は、
自分の心を全く表に出さず、
カルレインに、
ずっと自分に付いてくるのかと
冷たく尋ねました。
カルレインは、躊躇うことなく頷き
当然だと答えました。
ドミスはその返事を聞くと、
口元を上げ、
こちらにくっ付いたり、
あちらにくっ付いたり、
あちこちよく、くっ付いていると
3歳の子供が聞いても
嘲弄だと分かる言葉に、
カルレインの表情が固まりました。
先ほど、血を吸われて
気絶したミクスさえ、
こっそりと音もなく立ち上がり、
ドミスの顔色を
うかがっていました。
砕ける直前の砂のような
カルレインの表情を
じっと見ていたドミスは、
自分がロードだから、
彼は、付いて来ようと
しているのではないかと
指摘しました。
ラティルは、ドミスの言葉に
自分が傷つくのを感じて、
一緒に苦しみました。
カルレインは、返事をしようとして
ドミスの名前を口にすると、
彼女は、
「ご主人様と呼べ、無礼だ。」と
叱りつけました。
愛情を徹底的に隠した
ドミスの言葉に、
カルレインの表情が崩れました。
ドミスは、その表情を見た後、
向きを変えて歩き始めました。
後ろから、
ミクスと推定される人が
慎重に付いてくる気配が感じられ、
その後を、
もう少し静かな足取りが
付いて来ました。
ドミスの心臓は、
ゆっくりと動いていましたが
心はいつにも増して
揺らいでいました。
ラティルは、
その恐ろしい記憶の中で、
キルゴールを探しましたが、
どこにもいませんでした。
◇悪夢◇
お腹の上が重かったので、
ラティルはゆっくりと目を開け、
本当にクラインは寝相が悪いと
ため息をついて、
ぶつぶつ不平を漏らしましたが、
横を見ると、
すでにクラインは起きていたので
驚きました。
彼は、ラティルを
じっと見ていましたが、
目が合うとにっこり笑い、
ラティルのお腹に乗せた腕に
力を入れて、
彼女を自分に引き寄せながら
よく眠れたかと尋ねました。
ラティルが、
悪夢を見たと答えると、クラインは
自分がそばにいたから、
緊張したようだと言いました。
ラティルは、それを否定し、
クラインの腕のせいだと
言おうとしましたが、彼が
実は自分も悪夢を見た。
赤毛の女性がベッドの端っこから
しきりに見つめていたと言ったので
言葉を失いました。
◇命令したいこと◇
丸2日かけて
ダガ公爵を組み替えたゲスターは、
重い首筋をこすりながら
狐の穴から外へ出ると、
ラティルは椅子に座って
新聞を読んでいました。
ゲスターは足の力が抜けて
一瞬、ふらつきましたが、
何とかバランスを取りました。
ラティルは、彼の気配を感じたのか
新聞から視線を離し、
彼を見ました。
ゲスターは、到着地点を
間違えたのかと思いましたが、
やはり彼の部屋でした。
ゲスターは躊躇しながら
ラティルを呼ぶと、
彼女は親しみを込めて笑い、
新聞を畳んで横に置くと、
解剖は終わったのかと尋ねました。
照れくさそうな様子で、
ラティルに近づいていたゲスターは
解剖と聞いて、
心臓をドキドキさせながら、
ラティルを見ました。
彼女は、カルレインから、
ゲスターがダガ公爵を
解剖しに行ったことと、
解剖が趣味であることを聞いたと
話しました。
意識の向こうから、
狐の仮面の笑い声が聞こえてきたので
ゲスターは怒りで震える指を
隠すために、後ろに手をやると、
ラティルの表情を見ながら、
時間が足りずに、ダガ公爵の件を、
きちんと仕上げられなかったので、
見に行った。
解剖したりはしていないと、
どもりながら、言い訳をしました。
ゲスターの目元が赤くなると、
ラティルは、
おそらく、カルレインが
冗談を言ったのだろうと
指摘しました。
ゲスターは唇をかみしめながら、
聞こえそうで聞こえない声で、
カルレインは、
自分の方が彼よりも
ラティルの役に立つのが嫌なようだ。
どうして、そんなことを言ったのか
分からないと言うと、
涙をぽろぽろと流しました。
ラティルは、ハンカチで
ゲスターの目元を拭くと、
人が何を言っても、
彼が泣く必要はないし、
むやみに言う人が悪いだけで、
ゲスターの問題ではないと
慰めました。
彼は、あまり泣くと、
ラティルが嫌気がさすと思い、
それ以上泣かずに
ラティルに導かれるまま
ソファーに座りました。
ラティルは、
ポットからお茶を注ぎながら、
ダガ公爵に関する処理は
終わったのかと尋ねました。
ゲスターは頷き、
ダガ公爵は、言われた通りに動く
操り人形になったと答えました。
ラティルの目は喜びに輝きました。
ついに、ダガ公爵を
懲らしめることができると
考えるだけでも痛快になりました。
ゲスターは、
何を命令したいかと尋ねましたが
ラティルは、公爵にバレたり、
彼の状態が。
おかしく見えたりしないかと
心配しました。
ゲスターは、
操り人形にしたからといって
意識がなくなるわけではないし、
操り人形になった食屍鬼は、
自分たちが操り人形だということを
意識することもできないと
返事をしました。
ラティルはダガ公爵が、
自分を見てリスと言ったことを
思い出しました。
あの時も
彼の頭はおかしくなったのかと
思っただけで、
公爵本人の行動や態度は
問題ありませんでした。
ラティルは、
これ以上、ヒュアツィンテの状態を
放って置くことはできないので
タリウムから大臣館を招聘することと
自分のプライドのせいで、
余計な欲を出し、
ヒュアツィンテに迷惑をかけたことを
謝ることと、
自分とクラインに謝ることと、
3回頭をぶつけて
「私はバカです」と叫べと、
命令するように言いましたが、
ゲスターは、
それは、あまりにも目立つと
言いました。
確かに、ダガ公爵の性格で
急にあらゆるところに謝れば、
おかしく見えると思いました。
ラティルは、
謝罪の部分は抜かすよう言いました。
ゲスターは、
アナッチャはどうするのかと
尋ねました。
ラティルは、
トゥーラも一緒にいるに違いないと
思いました。
彼女は考えた末、
いつものように
アナッチャに接するけれど、
公爵の身体には触らせず、
治療も断らせるよう指示しました。
◇訝しむ人々◇
公爵は、
久しぶりに身体の状態が良くなり、
しばらくぶりに出席した会議で、
皇帝の状態を、これ以上、
放って置くのは難しいので
タリウムから大神官を招聘すると
告げました。
それを聞いた彼の一派は
驚いて目を丸くしました。
アイニも驚いて、父親を見ました。
ヒュアツィンテを
治療しようとするのが
嫌だからではなく、急に父親が、
そんな話をしたからでした。
伯爵の側近の一人は、
急にどうしてそんなことを
言い出したのかと尋ねました。
他の公爵一派の面々も頷きました。
体調が悪いと言って、
まともに宮殿に来られず、
会議にも参加しなかった公爵が、
めっきり調子が良くなった姿で現れ、
人前でケーキも少し食べ、
お茶も飲んでいるので、
アイニはその姿に安堵し、
アナッチャの治療が、
少しずつ効いていると思いました。
けれども、
体調が正常になるや否や、
以前の彼とは全く違う行動を
見せることに、
皆、疑問を持ちました。
ダガ公爵は、
当たり前のことをするのに
理由が必要なのか。
病んでいる皇帝を、
いつまで放置するのかと言いました。
ダガ公爵の言葉に、
ヒュアツィンテ皇帝の一派まで
わけが分からず、
これは、罠ではないか。
わざと肩を持つふりをしておいて、
後で、ひっくり返そうと
しているのではないかと疑いました。
◇拒否◇
会議が終わった後、アイニは、
本宮から離れた小さな別宮に
歩いて行きました。
現在、アナッチャとトゥーラは
そこで過ごしていて、
アイニと彼らと、
3日に1度、掃除に来る人を除けば、
誰もそこに
行くことができませんでした。
アナッチャは眼鏡をかけて
分厚い本を片手に
眉をひそめていましたが、
アイニが現れると、
笑いながら本を下ろし、
彼女が来た理由を尋ねました。
アイニは、
父親の具合が少しおかしいことと
数日前に、
何十人もの護衛たちの命を奪った後
状態が急に良くなったことを
話しました。
アナッチャは、ダガ公爵が、
まともに何も食べられなかったので
状態が芳しくなかったのかも
しれないと言いました。
アイニは、それに納得したものの、
急に父親は、
皇帝を治療するために、
大臣官を呼ぶようにと
言い出したことを話しました。
アイニの言葉に、
アナッチャは驚きました。
アイニは、食屍鬼になる前と
言葉が完全に変わったのは
変なので、一度見て欲しいと
指示しました。
アナッチャは、
すぐに公爵邸を訪ねて、
ダガ公爵が帰ってくるのを
待ちました。
しかし、夕方、帰って来た彼は、
近寄ろうとするアナッチャを
手で制止し、
話すことはないと告げました。
翌朝も同じでした。
アナッチャは、数日前、
ダガ公爵が、
自分より、はるかに実力のある
黒魔術師に会い、
その人に治療を任せたいと
言っていたことを、
アイニに話しました。
アイニは、
それはいいことではないかと
指摘しましたが、アナッチャは、
その黒魔術師が、
公爵を操っていると思うと
告げました。
アイニは驚きました。
ミクスって誰だったっけと
一瞬、悩みましたが、
ドミスに剣術を教え、
彼女が覚醒した時に、
逃げる道を案内してくれた人でした。
281話以来、久しぶりの登場です。
もしかして、ラティルの部屋にも
狐の穴があるのでしょうか・・・
いつでもゲスターが
彼女の部屋に
来られると思うと怖いです。
クラインが、
ドミスを見たことも怖いです。
もしかして、ラティルが
ドミスの夢を見ている時、
いつも彼女がそばにいたかと思うと
背筋がゾッとします。
ようやく、カルレインが
ラティルのことを
「ご主人様」と呼ぶ理由が
明らかになりました。
まさか、ドミスが命令したとは
想像していませんでした。