345話 ロルド宰相は、あの子の父親はゲスターだと言いましたが・・・
◇ギャンブル?◇
いきなり訪ねて来た父親が
あの子は自分の子だと言い出したので
ゲスターは訳が分からず、
あの子とは、
一体誰なのかと尋ねました。
しかし、ロルド宰相は
ゲスターが何度か同じ質問をしても
なかなか返事をしませんでした。
彼はアトラクシー公爵と
喧嘩をした直後だったので、
怒りが膨れ上がったまま
興奮して、騒いでしまいましたが
ゲスターが呆れた目で
自分を見ていることに気づき、
咳ばらいをすると、
皇帝が妊娠したことを告げました。
ロルド宰相は、
その言葉を口にする前に、
ゲスターに驚かないで欲しいと
頼みましたが、
驚かずにいられる訳もなく
彼は目を大きく見開きました。
その姿に、ロルド宰相は
心を痛めました。
優しくて真面目でハンサムな
彼の息子を差し置いて、
すべての長所を外見に集め、
それ以外、
何も持っていないラナムンが
皇帝の寵愛を受けていると
考えるだけで、
肌がひりひりするほどでした。
ロルド宰相は、
皇帝は、その子がラナムンの子だと
誤解しているけれど、
あの子はゲスターの子であることを
自分は知っていると言いました。
しかし、ゲスターは
皇帝と一度もまともに
一緒に寝たことがないのに、
あの子が
自分の子供であるはずがない。
もし、そうだとしたら、
不思議なことだと思いました。
ゲスターは、
皇帝がラナムンの子だと言えば
その子はラナムンの子だと言って
不機嫌そうに目を伏せると、
ロルド宰相は、
さらに心苦しくなりました。
しかし、ロルド宰相は、
ラナムンの性格には
大きな欠点があり、
育児は顔でするものではないから
ラナムンが子供を養育するのを見れば
皇帝が子供を取り上げるだろう。
クライン皇子も
ラナムンに負けないくらい性格が悪く
すぐにかっとなる。
俗世を離れて成長した大神官が
子供を育てられるわけがないし
海で過ごした人魚や
側室になったばかりの
平民のギルゴールや商人や傭兵も
同様なので、
ラナムンが子供を育てなければ、
当然その子はゲスターのものだと
言いました。
ラティルが子供を
自分に任せるかどうか
確信できないけれど、
たとえ、そうなったとしても
ゲスターは悲しい気持ちが
消えないだろうと思いました。
ゲスターは、
あまりにも心が混乱しているので
カードを少し触りたいと言いました。
ロルド宰相は、
息子がギャンブルをしていると思い
トゥーリを睨みつけながら、
ディーラーをしていた大神官が
ゲスターにギャンブルを教えたのかと
尋ねました。
トゥーリは素早く首を横に振りました。
ロルド宰相は、四方に悪者がいるので
ゲスターが悪に染まらないよう、
しっかり保護するようにと
トゥーリに命令しました。
鼻息を荒くしたロルド宰相は、
唸りながら額を押さえました。
どうすれば、くそアトラクシーを
叩き潰すことができるだろうかと
考えていました。
その様子を見ていたトゥーリは
のろのろと扉の方へ後ずさりし
ロルド宰相の気持ちを
落ち着かせるために
何か冷たい物を
持って来ると言いました。
◇悪意◇
よりによって、
ラナムンが父親だとは。
もちろんクライン皇子が
子供の父親であるよりは
はるかにましだけれど
祝う気にはなれない。
トゥーリは心の中で呟き、
ため息をつきながら
台所へ向かって歩いて行きました。
まだ、皇帝妊娠のニュースが
伝わって来ていないので
庭園は平和でしたが、
3、4時間後には、
ここも大騒ぎになるだろうと
思いました。
その時、
楽しそうに話をしている
タッシールとヘイレンが
トゥーリの目に入りました。
自分たちだけが、
この悪いニュースを
知っているのはいけないと思った
トゥーリは、すぐに彼らに近づき
挨拶をした後、タッシールに
どこかへ散歩に行くのかと
尋ねました。
タッシールは肯定し、
笑いながらヘイレンの肩を叩き、
彼の友達が来たと言いました。
それから、何が面白いのか
一人でくすくす笑いながら、
トゥーリに、
ゲスターのお使いに行くのかと
尋ねました。
トゥーリはわざとため息をつき、
気持ちを落ち着かせるために
冷たい水を取りに行くと
悲しそうに答えました。
タッシールは、
何か悪い事でもあったのかと
尋ねました。
そして、トゥーリの耳に、
ゲスターは冷たい水を飲んで、
落ち着くような人ではないのにと
タッシールが小声で呟くのが
聞こえましたが
トゥーリは、
タッシールもすぐに落ち付かなくなると
心の中で皮肉を言いながら、
皇帝が妊娠した、父親はラナムンだと
告げました。
予想通り、ヘイレンの顔は、
誰かに一発殴られたように
変わっていましたが、
タッシールは、
平気な顔をしていました。
なぜ、平気なのか、
トゥーリは不思議に思いました。
◇笑う理由◇
トゥーリがいなくなるまで、
必死で心を落ち着けていたヘイレンは
トゥーリとの距離が離れた途端、
タッシールの腕を振り、
あれは一体どういう意味なのかと
尋ねました。
タッシールは、
皇帝がレアン皇子のことで
急いでいたようだと
平然と答えました。
訳の分からないヘイレンに、
タッシールは
説明しようとしましたが、
笑いながら首を横に振り、
ラナムンに似ていたら
赤ちゃんもきれいだろうと
言いました。
ヘイレンは、タッシールに似ても
きれいだと思うと大声で叫びましたが
タッシールは
ただ笑っているだけでした。
なぜなら、
皇帝は誰とも寝ていないはずなので
妊娠するわけがないことを
知っていたからでした。
しかし、タッシールは、
クライン皇子が暴れるのは面白いかもと
呟くと、
最近、クライン皇子は
退屈しているようなので、
彼を楽しませるために、
この知らせを伝えて来るようにと
ヘイレンに指示しました。
◇バニルの助言◇
陛下がイタチの子を妊娠された?
そう叫ぶクラインに
ヘイレンは「はい」と答えるべきか·
「ラナムン様です」と答えるべきか
迷いましたが、「はい」と言えば、
クラインと一緒に
ラナムンの悪口を言っているように
思われると思い、
陛下がお子さんを妊娠された。
と適当に言葉を省略して返事をした後
さっさと挨拶をして出て行きました。
クラインは、
しばらく呆然としていましたが、
あいつはイタチなのにあり得ない!
と叫び、その後も空笑いをしながら
「あり得ない」を連呼しました。
アクシアンとバニルは、
互いに顔色を窺っていましたが
アクシアンは
あり得ないけれど、皇帝は、
外見はともかく、中身は
ラナムンが一番好きだという
結論が出たと、淡々と話しました。
クラインは「バニル!」と叫ぶと
バニルはアクシアンの背中を
殴りました。
彼が口を閉じると、クラインは
ラナムンは自分より中身がよくない。
自分は皇帝と
一緒に寝たことがないのに、
ラナムンの方が中身がいいと
分かるわけがないと叫ぶと、
アクシアンの表情は同情心に満ち、
クラインの外見も悪かったのかと
思わず、口にしました。
クラインは再び「バニル!」と叫ぶと
彼はアクシアンの背中を殴りました。
そして、彼に、口をつぐむように。
ただでさえ怒っているのに、
なぜ、いつも煽るのかと注意しました。
クラインは両手で顔を覆って
すすり泣きました。
アクシアンを追い出したバニルは、
残念なことだけれど、
今は泣いている場合ではない。
初めて妊娠された皇帝は
何かと不安になっているので、
自分が子供の父親だと言って
ラナムンが皇帝を独り占めする前に、
先に皇帝の隣の席を
占めなければならないと助言しました。
クラインは、その方法を尋ねると
バニルは、
妊娠初期にはめまいがして
動きも鈍くなるので、
クラインが、そばで
皇帝の世話をするようにと答えました。
クラインは、
自分がどんなに頑張っても
第一子はラナムンの子だから
何の役に立つのかと反論しましたが、
バニルは、
ラナムンの子供なら、
顔だけきれいで、
頭は空っぽに違いないので、
男の子だろうが、女の子だろうが
絶対後継者にはなれない。
彼は怠け者だからと主張すると、
アクシアンが扉越しに、
クラインの子供だからといって
そんなに賢いとは思わないと
言ったので、
バニルは顔を真っ赤にして外に飛び出し
アクシアンに黙るようにと叫びました。
クラインは、
その遠ざかる叫び声を聞きながら
深呼吸をしました。
そして、
こうしている場合ではない。
胎教をして、
子供に自分の顔と声を教えれば、
その子が生まれた時、
自分を父親だと認識するかもしれないと
思いました。
◇縁談を断る理由◇
ロルド宰相とアトラクシー公爵が
ハーレムに駆け付けたと聞き、
ラティルは、ゲスターを始めとして
すぐに他の側室たちにも
話が広まると思いましたが、
それでも念のため、夕方頃に皆を集めて
話をしようと考えました。
しかし、問題はギルゴールでした。
ゴシップ誌事件の時、
少し喧嘩をしたけれど、
その後、ギルゴールの気持ちが
少し和らいだようなので
大丈夫だとは思うけれど、
子供の話をしたら、
どんな反応を見せるか考えても、
全く見当がつかず、
何をどうしたらいいか
分かりませんでした。
先に話をした方がいいのか、
それとも夕方、
皆と一緒に話せばいいのか。
けれども、その時
ギルゴールが爆発したら
耐えられるだろうか。
ありとあらゆることを考えているうちに
ラティルは、妊娠の発表をして以来、
サーナット卿の姿が
ずっと見えないことに気づきました。
他の近衛騎士が、
彼の代わりに付いていました。
ラティルは
ギルゴールの温室に
行こうとしていましたが、
サーナット卿のことが気になり、
彼を探すことにしました。
他の人から、
サーナット卿は深刻そうな顔で
あちらに歩いて行ったと
聞いたラティルは、
そちらを探し回っているうちに
庭園のどこかから、彼の声が
聞こえて来ました。
ラティルは、
そちらへ行こうとしましたが
他の人の声が聞こえて来たので
立ち止まりました。
陛下には、すでに美しい他の側室が
数多くいるので、
サーナット卿まで目に入るはずがない。
サーナット卿に不足しているところが
あるのではなく、
幼い頃から一緒だったので
陛下にはサーナット卿が男に見えない。
サーナット卿は一人っ子なので
陛下のために結婚を見送るのは、
家門も許さない。
その声が、自分の侍女で、
サーナット卿に関心を示していた
アランデルの声であることに
ラティルは気付きました。
勇気を出して語っている
彼女の言葉に、
サーナット卿が困っているのが
感じられました。
一体、あの2人は
何の話をしているのだろうと
ラティルは首を傾げていると、
サーナット卿は
皇帝のことが好きだから、
ずっと縁談を断っていると言う
アランデルの声が聞こえて来ました。
アトラクシー公爵を始めとして
色々な人のラナムンに対する評価が
あまりにも低すぎて、
そこまで、彼のことを
ボロクソに言わなくても
いいのではないかと思います。
もっとも、ラナムン本人は
何を言われても
気にしないように思いますし、
父親以外の人たちは、
彼が子供の父親であることが
ショックで、
彼の悪口を言わなければ
気が済まない状態なのだと思います。
確かに、彼は面倒臭がり屋で
人づきあいも好きではなく
口数も少ないせいで、
多分に誤解されている部分が
あると思いますが、
バニルの言うように
頭の中は空っぽではなく
対抗者に関するラティルの態度への
分析を見れば、
彼は知性的だと思います。
いつか、彼への評価が
今よりも上がる日が来ることを
期待します。