720話 カリセンのスパイがいることに気づいたクラインは、ラティルに知らせようとしましたがアクシアンに、本当に知らせるのかと聞かれました。
◇狙いは皇子◇
クラインは、
彼がスパイであることを
本当に皇帝に知らせると答えると
おかしな話を聞いたように、
空笑いをして、柱の外に出ました。
しかし、アクシアンは
少し待って欲しいと頼み、
再びクラインを捕まえました。
ここまでくると、クラインも
アクシアンの態度が
おかしいと思いました。
彼は額をしかめて、
自分の裾を掴んでいる
アクシアンの手を見下ろしました。
クラインは、
なぜ、何度も捕まえるのかと
尋ねました。
アクシアンは、
クラインを柱の後ろに引っ張りながら
話さない方がいいと、
聞こえそうで聞こえないくらい
とても小さな声で話しました。
それでも、アクシアンは
周りを見回しながら、
もしかしたら、
誰かが話を聞いているのではないかと
確認しました。
クラインは、
どうして話してはいけないのかと
尋ねると、アクシアンの手を
自分から離しました。
いつか自分が
皇配になるかもしれないのに、
カリセンのスパイをここに置くなんて
とんでもないことだからでした。
アクシアンは、
皇子がタリウム皇帝の側室であることを
知らない人はいないのに
皇子が顔を知っているスパイが
堂々とここにいることについて
考えてみて欲しいと頼みました。
クラインは、
「なぜ、それを?」と尋ねようとして
口をつぐみました。
普段は頭を休めることが多い彼でしたが
必要な時は確実に使用しました。
クラインは、
皇帝を監視する目的で送った
スパイではなく、
自分の行動を監視するための
スパイなのかと尋ねました。
アクシアンは、
そうかもしれない。
皇子が宰相の質問への返答を
ずっと先延ばしにしているので
皇子の反応を見るために、
わざと皇子が顔を知っている
スパイを送ったのかもしれないと
答えました。
クラインは口元を手で擦りました。
もっともらしいことだけれど、
だからといって、
このまま黙っているのも、
心の片隅に引っかかりました。
皇帝に、そのことまで
話してみたらどうかと
クラインは聞きましたが、
アクシアンは、
そうすれば皇帝は、
スパイを遠ざるだろう。
そのような反応があれば、
宰相は、皇子が国より
愛を優先すると思うだろうと
答えました。
クラインは額をこすり続けました。
彼がここに来た時は、
カリセンとタリウムの仲が良かったし
アニャドミスが暴れた時も
そうだったのにと思いました。
クラインの瞳が揺れると、
アクシアンは、再び周囲を見回しながら
皇子を探る目的で投入されたスパイなら
ここで働き始めたばかりだろう。
それならば、主要な業務に接近する
権限もないだろうから、
皇帝にとって危険ではないだろうと
クラインを説得しました。
クラインは「でも・・・」と
躊躇っていましたが、アクシアンは、
一応計画通りに、
何ヶ月間か、ここを離れるのが
良いと思う。
帰って来た時も、
そのスパイがここにいたら、
その時に皇帝に話せばいい。
その頃には、そのスパイも
皇子ではなく皇帝を狙う方へ
任務が変更されているかも
しれないからと説得しました。
◇休暇が欲しい◇
ミロとカリセンの間で、双方の使節が
行き来しているという報告を
ラティルが読んでいた時、
朝、寝室を訪ねて来たクラインが
今度は執務室を訪ねて来ました。
ラティルは
クライン、どうしたの?
と尋ねると、机から立ち上がり
彼に近づくと、抱きしめました。
普段なら、
ラティルに抱擁されるや否や、
大きなレトリバーのように
喜ぶクラインは、
なぜか、さらに落ち込んで、
ラティルの肩に、
自分の頬をもたせかけました。
ラティルは
もしかして、
どこか具合が悪いのかと
心配して尋ねながら
彼の背中を撫でました。
クラインは中腰の姿勢で
首を振りました。
彼の髪が、
耳元と頬をくすぐりました。
ラティルはクラインのことが
心から心配になり、
悩み事があるなら話して欲しい。
自分が力になるからと言って
彼の背中を叩きました。
クラインは首を横に振り、
腰を伸ばしました。
クラインは、
悩んでいるとまではいかないけれど
気になることが少しあると
返事をしました。
ラティルは、
気になることとは何かと聞き返すと、
クラインは、
この頃、皇帝と兄の仲が
良くないと聞いていると答えました。
ラティルは、
再びクラインを抱き締めると、
大したことではないし、
それにヒュアツィンテと自分は
別れて以来、ずっと喧嘩をしていた。
公の敵が出て来たから
しばらく喧嘩しなかっただけ。
クラインが心配する必要はないと
話しました。
それなら、
愛憎相半ばなのではないかと
クラインは聞きそうになるのを
ぐっと堪えました。
ラティルは、
クラインの頬を両手で包み込みながら
その話をしたくて、
何度もやって来たのかと尋ねました。
クラインは目を伏せて、
頬に触れる温かい感触を
味わいました。
皇帝の柔らかい手の間に、
タコが感じられました。
ついにクラインは、
何ヶ月かの休暇を取りたくて来たと
打ち明けました。
休暇と聞いた瞬間、ラティルは
一体、クラインが何をしたのかと
聞いてしまうところでした。
側室の中で忙しく過ごしているのは、
育児中のラナムン、
大神官の仕事と訓練に忙しいザイシン、
傭兵を管理するカルレイン、
誰もが認めるワーカホリックの
タッシールで、
クラインとメラディムは、
ゴロゴロ2人組でした。
クラインは、
だめですか?
と尋ねました。
もしかして休暇は言い訳で、
クラインは、カリセンに
帰ろうとしているのではないかと
疑ったラティルは、
カリセンへ行くつもりなのかと
躊躇いがちに尋ねました。
彼女は、タッシールが話していた
変化要因を思い浮かべました。
クラインは、
カリセンに行くのではない。
今は、カリセンに行っても
煩わしいのは同じだからと
否定しました。
ラティルは、
それでは、どこへ行くのかと
尋ねました。
クラインは、行ってもいいのかと
聞き返しました。
ラティルは、再び
どこへ行くのかと尋ねました。
クラインは、
ラティルのポニーテールの先を
弄りながら、
ディゼットへ行くつもりだと
答えました。
その言葉にラティルは飛び上がり、
遠過ぎるのではないかと
抗議しました。
ディゼットは、全ての国の中で
タリウムと最も遠い国でした。
カリセンに行くのではないと聞いて
安堵したけれど、
再び胸が高鳴りました。
もしかして休暇は言い訳で、
やはり自分の元を
去ろうとしているのではないかと
思いました。
ラティルは、
なぜ、よりによって
そこへ行くのか。
遠すぎるではないかと抗議すると、
クラインは、
母の国だからと答えました。
ラティルは、
ディゼットは
とても美しい国だと聞いている。
遠くても行く価値があると
不機嫌そうに呟きました。
母親の国に休暇に行くなんて。
親の話を持ち出されたラティルは
クラインを引き止めるのが
困難になりました。
ラティルは
分かった、 行って来るようにと
告げると、
3カ月の休暇をあげるけれど、
短すぎるかと、
躊躇いながら付け加えました。
3ヶ月もあげたら、
もしかして、寂しがるだろうか?
あまりに稚拙だと思うだろうかと
考えながら、
クラインの顔色を窺いました。
クラインは笑っているようで
泣いているような曖昧な表情で頷くと
それで十分ですと答えました。
◇本当の目的地◇
アクシアンは、クラインを
タリウムの宮殿から
しばらく離れさせるのが目的でした。
クラインが様々な状況の中で
ストレスをたくさん受けているのが
見て取れたからでした。
そのため、アクシアンも
クラインがどこに行くかまでは
全く知りませんでした。
バニルは、
アクシアンが戯言を言い出す前に、
それでもディゼットへ行けば
皇子の親戚に会えると、
先に言いました。
ところが、クラインは
ディゼットは少し立ち寄るだけで、
実は隣のアドマルに
行ってみるつもりだと
打ち明けました。
バニルとアクシアンは
口をポカンと開けました。
そして、アドマルと聞いて
衝撃を受けたアクシアンは、
アドマルはとても危険だど言って
クラインを止めました。
消滅した国の都市であるアドマルは
呪いがかけられているという噂が
広まっている不気味な所でした。
あらゆる遺跡や地下洞窟が
内部から出てきたため、
考古学者と冒険家たちが
絶えず、そこへ入ろうと
挑戦していましたが、
それだけ事故の知らせも多く
危険な所でした。
クラインは、
大丈夫。
危なくない程度に見物すればいいと
膨れっ面で話すと、
足早に自分の部屋へ行きました。
彼がこれ以上説明しなかったため、
アクシアンとバニルは、
クラインが、
また勝手に意地を張っていると考え
胸が苦しくなりました。
しかし、クラインが
アドマル行きを決めたのは、
興味本位のためではありませんでした。
皇帝はロードで、
ロードは古くからの存在。
消えた古代都市なら
昔のロードに関する情報が
あるかもしれないと
考えたからでした。
皇帝は、皆を納得させられるほど
ロードが怪物と関係がないという
確実な情報を
集めようとしていました。
古代都市なら、
その情報があるかもしれないと
考えたのでした。
私が決定的な情報を
持って帰ったら皇帝も・・・
◇自分も行く◇
ラティルがぼんやりと座ったまま
瞬きもしなかったので、
サーナット卿は、後ろから
小さな声で彼女を呼びました。
その時になって、
ようやくラティルは瞬きをして
ペンを握りました。
しかし、再びため息をつきました。
その姿を見て、サーナット卿は
肋骨が捩れるような感じがしました。
皇帝が今、誰のことを考えているのか
一目瞭然だったからでした。
サーナット卿は、
クライン皇子は、
ただ遊びに行くだけなのに、
それがそんなに気になるのかと
尋ねました。
ラティルは、クラインが
心の整理に行くのではないかと思うと
返事をしました。
そして、サーナット卿を睨みつけると、
肩を押して、
あっちへ行けと言いました。
しかし、サーナット卿は
直立したまま堪えました。
それから、サーナット卿は、
皇帝の心を掴む方法は、
鳥籠から脱出することのようだ。
鳥籠にいる鳥たちには
目もくれないからと皮肉を言いました。
しかし、ラティルは、
自分の鳥が逃げれば、
追いかけるのは当然だ。
「さようなら」と
手を振ったりしない。
サーナット卿は、自分の鳥籠に
入ったこともないのだから、
気にするなと言いました。
それから、ラティルは
さらにサーナット卿に
小言を言おうとしましたが、
再び首を横に振り、
ため息をつきました。
サーナット卿は、
そんなに気になるなら
一緒に行って来たらどうかと
提案しました。
ラティルは、
言われなくてもそうすると
返事をしました。
一緒に行くんですか?
サーナット卿が
驚きの声を上げました。
ラティルは頷きました。
タッシールは、
レアンを許したふりをする計画を
立てる際に、その後、いくつかの
やるべきことを教えてくれました。
その中の一つが、レアンを置いて
席を外すことでした。
サーナット卿は、
ディゼットは遠過ぎないかと
尋ねました。
ラティルは、
近くの離宮に行くと言った後、
ゲスターと行ってくればいいと
答えました。
そして、
またゲスターとクラインの3人で
遊びに行くんだと言って、
鼻歌を口ずさむと、
サーナットの表情は暗くなりました。
ラティルは卓上の鏡で
サーナット卿の顔色を見ながら、
もっと熱心に鼻歌を歌いました。
ラティルは、
これは良い案だと思いました。
こうすれば、
タッシールの言った通りに、
レアンに餌を投げることもでき、
クラインに感動を
与えることもできる。
ディゼットに行ったクラインは、
ラティルが突然現れたら
とても喜ぶだろう。
クラインが明るく笑って
走って来ることを考えると、
ラティルは心の片隅が
ぴくぴく動きました。
サーナット卿は目を細め、
ラティルのピクピクする頭頂部を
見下ろしました。
ラティルは、
後ろから視線を感じましたが、
これ見よがしに、
もっと熱心に首を振りました。
それから、ラティルは、
お昼に、ヘウンの所へ
行ってみることにしました。
クラインが
ディゼットに到着するまで、
時間がかかるだろうから、
とにかく、しばらくは
そこへ行けない。
早くヘウンの体を作って、
遺言書の内容を、
突き止めなければならないと
思いました。
◇アナッチャの所へ◇
四角いテーブルの上に
おいしそうなサラダが
運ばれて来ました。
レアンは、
ソースとキャベツを混ぜ合わせながら
腹心から、
いくつかの報告を受けましたが、
ラティルが、
アナッチャの滞在している住居を
訪ねたという話を聞いて
手を止めました。
本当に、ラティルが?
と、レアンが尋ねると、腹心は、
仕事が終わるや否や
すぐに、行った。
食事もそこでするようだと
答えました。
レアンは首を傾げました。
ラティルは、自分と同じくらい
アナッチャが嫌いだったはずなのに、
どうしてそこへ行ったのかと
尋ねました。
腹心は分からなかったので、
口を閉じて、レアンが考えるのを
邪魔しませんでした。
レアンは、
ソファーの背にもたれかかり、
フォークを下ろして座りました。
彼は、すぐに頭を働かし始めました。
レアンは腹心に、
秋祭りの時、トゥーラの首が
広場の壇上に現れたことがあったって
言っていたよねと確認しました。
腹心は、
目撃者が多かったけれど、
しばらく現れてから消えたと
答えました。
レアンはもう少し頭を傾げると
こめかみを擦りました。
ソースをたっぷり塗ったステーキから
香ばしい匂いがしましたが
彼は遠くを見つめるだけでした。
そうしているうちにレアンは、
以前、カリセンのヘウン皇子が
死んだ体で、カリセンの宮殿に
現れたという話もあったと言いました。
腹心は「はい」と答えると、
レアンの口元が
優しく上がっていきました。
レアンが立ち上がると、腹心は
まだ一口も食べていない
サラダの皿を見下ろし、
どこへ行くのかと尋ねました。
レアンは、
自分もアナッチャの住まいに
行ってみると答えました。
ラティルが、
ハーレムにいる側室を顧みないことを
鳥籠の鳥に例えて、
サーナット卿は
皮肉を言いましたけれど
見事に、皮肉で言い返したラティル。
相手の気持ちを考えずに、
言いたい放題、言っているせいなのか
2人の会話を読んでいると、
あまり気分が良くないのですが、
タッシールは、
真面目な話をしている時は、
相手の感情を害さないように
言葉を選んでいるし、
ラティルをからかう時は
彼女を怒らせる時もあるけれど
彼女の欠点を
非難するわけではないので、
読んでいて、楽しかったりします。
クラインとメラディムが
ゴロゴロ2人組と言うなんて、
ラティルは、あまりにも
酷すぎると思います。
クラインがいなければ、
アニャドミスを
封印できなかったことを
思い出すべきです。
そして、ラティルのために
役に立ちたくて、
危険な場所へ行こうとするクラインを
彼がいなくなった時にだけ
追いかけるのではなく、
普段から、
もっと大事にして欲しいです。