738話 ラティルとレアンは互いに相手に騙されたと思っています。
◇ロードの兄は慎重◇
ラティルは目を閉じて
ソファーの肘掛けを
トントン叩きました。
ランブリーは
耳と尻尾をだらんと垂らして、
力なく毛繕いをしていました。
サーナット卿は
ラティルの手を握ろうとしましたが、
彼女はその手をさっと避けました。
礼服を燃やしたくせに、
ずうずうしいと思いました。
結局、サーナット卿も
ランブリーのそばで
訳もなく自分の爪だけを
見ていました。
そのように、しばらく
沈黙が続きましたが、
ようやくラティルは
レアンの部下は誰かに会ったはずだと
口を開きました。
ランブリーは耳を上げて
ラティルを見つめると、
自分は騙されていないのかと
尋ねました。
しかし、ラティルは、
ランブリーは騙されたと答えたので
ランブリーはショックを受けました。
ラティルは、
ランブリーを騙して
ランブリーを引き離した後、
腹心は本当の相手に会った。
果物で合図を交わした後、
果物屋でメモを交わしたのは、
おそらく追跡者がいたら、
そこで切り離すつもりだったのだろうと
説明しました。
ブルーベリーとイチゴが
暗号であり
落とし穴だったのですねと
サーナット卿が呟くと、
ラティルは頷きました。
もしかしたら、
他の理由があるかもしれないけれど
ラティルが見たところ、そうでした。
ランブリーは、
ロードの兄は慎重だと呟きました。
ラティルはため息をつき、
ソファーにもたれかかると、
イチゴとブルーベリーが
何かの合図だということだけでも
覚えておくべきだと言いました。
サーナット卿は、
ランブリーを騙した果物屋の主人を
問い詰めなくてもいいかと
聞きましたが、ラティルは、
調べてみたところで、
おそらく大したことは
出て来ないだろう。
レアンがそんなに不用心に
人を使うはずがないからと
答えました。
◇良い推測◇
ランブリーが
とても落ち込んでいたので、
ラティルはレッサーパンダを抱えて
歩き回り、風に当たらせました。
それでも気分がよくならないのか、
ランブリーはラティルの肩に
顎をもたせかけ、
ひげをだらんと垂らしていました。
夕方頃、ラティルを訪ねて来た
タッシールは、その姿を見て、
うちのタヌキ様は
皇帝にくっ付き過ぎだと言って
微妙な笑みを浮かべました
ラティルは、
ランブリーがショックを受けて
ワカメのようになってしまったと
言うと、ランブリーを撫でて、
机の上の座布団の上に乗せました。
すでに事情を聞いていたタッシールは
へらへら笑って、
レッサーパンダのお腹に手を乗せながら
夕食は済ませたかと
ラティルに尋ねました。
彼女は、 レアンに
まともに一発殴られた気分なので
食欲がないと答えました。
すると、タッシールは、
それならば、自分たちも
一発殴らなければならないと
言いました。
その言葉に、
椅子の上でダラダラしていた
ラティルは、
さっと上半身を起こし、
良い方法があるのかと尋ねました。
タッシールは、
方法とは言えない。
推測だと答えました。
しかし、ラティルは
自分たちが殴るのだから、
良い推測ではないかと聞きました。
レッサーパンダも体をひっくり返し、
中腰で立ち上がりました。
タッシールは、
レッサーパンダのお腹の肉を
手のひらで支えながら笑い、
もう食欲がわいてきたかと
ラティルに尋ねました。
彼女は、もちろんだと答えると、
どういう推測なのかと尋ねました。
◇先帝の遺骨◇
使用人たちが忙しく行き来しながら
焼いたエビとクリームをのせた
パンなどを運んでいる間、
ラティルはイライラしながら
ズボンの上を拳で叩きました。
食べ物の匂いを嗅ぐと
お腹がねじれて来て、
怒りで満たされていたお腹の中が
空っぽになったようでした。
しかし、使用人たちが退くと、
ラティルは食べるのを後回しにして、
良い方法ではなく良い推測とは何かと
すぐにタッシールに尋ねました。
タッシールは
お墓で棺が爆発した事件のことだと
答えました。
ラティルは、
犯人の推測がついているのかと
尋ねました。
タッシールはそれを否定し、
犯人の問題ではなく、
墓の中に先帝の遺骨が
まだあるかもしれないと答えました。
◇手紙を託した者◇
モルファ団長から
使いの居場所を聞いた兄龍は、
すぐにその人を訪ねました。
固く閉ざされた門を叩くと、
一人の女性が姿を現し、
兄龍が誰なのか尋ねました。
彼女は、
兄龍術の団長の徽章を見せました。
女性は慌てたように
目を素早く瞬きしました。
兄龍は、
その女性が貴族から手紙を受け取り、
それを他の聖騎士団長に
渡したと聞いたけれどと尋ねると、
女は困った表情で
目をキョロキョロさせました。
兄龍は、
女性に手紙を渡した貴族の顔について
知りたいと頼むと、
扉につかまりながら立っていた女性は
困惑した表情で、
申し訳ないけれど、話すべきことは
すでに全て話した。
自分は何も知らないと
きっぱり話すと、後ろに下がって
扉を閉めようとしました。
しかし兄龍は、素早く足を入れて
扉を閉めるのを防ぎ、
無理矢理扉を開けました。
女性は兄龍に抗議しましたが、
兄龍は、
何も知らないはずがない。
何か思いつくことがあるはずだと
問い詰めました。
しかし、女性は
自分は知らないと答えました。
そして兄龍が
力を入れて扉を開けると、
女は前に倒れそうになりました。
兄龍は彼女を捕まえながら
自分と一緒に
行かなければならないと
きっぱり話しました。
女は、
自分は本当に知らない。
その人が自分の顔を見るなと
言ったからと主張しました。
しかし兄龍は、
目撃者がいないわけではないだろう。
目撃者のことでも
思い出さなければならないと言って
合図をすると、
待機していた兄龍術の聖騎士たちが
馬車の扉を開けました。
その時、
階段を素速く下りてくる音がして、
一人の男が現れました。
彼女の夫と思われる男は、
兄龍に向かって
いきなり拳を振りかざしましたが
兄龍が彼のお腹を蹴ると、
男は床を転がりました。
騒ぎを聞きつけた近所の人たちは
扉を開けましたが
驚いて扉を閉めました。
そして、妻が馬車に
強制的に乗せられそうになると、
倒れていた男は
よろめきながらも飛び出して来て
自分が見たと叫びました。
兄龍が手を上げると、
聖騎士たちの動きが止まりました。
兄龍は、何を見たのかと
無愛想に尋ねると、
男は妻をチラッと見て、
狐のような顔の男だった。
貴族のような身なりで
とてもハンサムだった。
その男が妻に手紙を託したと
躊躇いながら答えました。
兄龍が手で合図をすると
聖騎士たちは女性を放しました。
彼女はすぐに家に入ると、
扉をバタンと閉めました。
目の前で扉が閉まっても
兄龍は瞬きもせず、
しばらくじっとしていましたが、
その後、
ゆっくりと口角を上げました。
狐のような男といえば、
すぐに思い浮かぶ人がいました。
兄龍は、回り回って、
またタッシールを捕まえることになると
喜びました。
◇ラティルの自信◇
ラティルは、
死者の宮殿の中に
父親の遺骨があるのかと聞き返すと、
タッシールは
ラティルを椅子の方へそっと押し
とりあえず座るよう合図をしました。
ラティルがテーブルの前に座ると、
タッシールは、その向かいに座り、
タルトを一つ手に取りました。
それから、タッシールは
レアン皇子が使った手を
一つ一つ考えてみたところ、
最初にお墓を爆発させたことが
気になった。
自分たちが、
レアン皇子を追跡しなければ、
その手は無駄になったからと
話しました。
ラティルは、
念のため、事前に罠を
しかけておいたのかもしれないと
意見を述べると、タッシールは
万が一に備えた割には、
あちらが負うリスクも大きい。
危険を冒してでも、
大きな罠を仕掛けたということは、
それを考慮してでも
守りたいものがあるということだと
説明しました。
ラティルは目をぱちぱちさせて
レッサーパンダを見ました。
幸い、レッサーパンダも
タッシールの言うことを
よく理解できていない様子でした。
タッシールはタルトを食べながら
ラティルに微笑みかけると、
その守りたいものが
先帝の遺骨ではないだろうか。
遺骨を移したのが、
レアン皇子であれ先帝の部下であれ
勝手に処理するのは難しい。
それで新たに遺骨を移した場所が
他の皇帝の墓だとしたら?・・・
とタッシールは推測を述べました。
ラティルは頷きました。
確かに、
先帝の部下の忠誠心のことを考えた
レアンは、新しく味方となった
先帝の部下の顔色を窺い、
遺骨をむやみに扱うのは
難しかっただろうと思いました。
しかし、ラティルは、
棺桶を一つ開けただけで、
すぐに爆発が起きて
小さな家一つが丸ごと破壊された。
もし、タッシールの言う通り、
父の遺骨を隠すために
爆発を起こさせたのなら、
他の棺桶にもそのような爆発魔術が
かけられているのではないか。
一つ一つ確認しているうちに、
死者の宮殿全体が
丸ごと崩れてしまったら
どうしようと言いました。
しかし、ラティルは
そうなっても構わないと思いました。
遺骨が散乱しても、黒魔術師が
利用できないわけでは
ないからでした。
しかし、他の人々はそうは思わず、
皇帝であるラティルが、先祖の墓を
きちんと管理していなかったと
非難するだろうと思いました。
タッシールは、
それは問題なので、とりあえず、
ザイオールに聞いてみたらどうかと
提案しました。
ラティルは急いで夕食を済ませると、
温室を訪ねました。
ザイオールは鼻歌を歌いながら
植物の世話をしていましたが
ラティルが来ると
ニコニコ笑いながら近づいて来て、
皇帝も自分のために
ささやかな努力をしてくれたと
お礼を言いました。
自分の努力は、ささやかなのかと
ラティルは文句を言うと、
ザイオールは、そうではないかもと
弁解しましたが、ラティルは話題を変え
他の人がかけた爆発魔術でも
ザイオールは解除できるのかと
尋ねました。
ラティルの冗談に途方に暮れた
ザイオールは、
皇帝が怒っていないようなので
安堵して「え?」と問い返しました。
ラティルは、
先帝の遺骨の話はせずに、
他のお墓にも爆発魔術が
かけられているかもしれないので
確認しようと思っていると答えました。
その時、ギルゴールが
あくびをしながら出て来ましたが、
ラティルの肩に頭をもたれて
額をこすりました。
ランブリーは、「うぇっ!」と
自分の首を掴んで
吐くフリをしましたが、
ギルゴールは瞬きもしませんでした。
ラティルは、ついギルゴールを
抱きしめてしまいましたが、
タッシールがじっと見つめると
そっとギルゴールを押し出しました。
ザイオールは、主人とロードが
イチャイチャするのを見たくなくて、
体を斜めにして立ちながら、
基本的には、魔術をかけた本人でないと
解除できないと答えました。
ゲスターは、他の人の魔術も
すべて解除していたと
ラティルが言うと、ザイオールは、
黒魔術は、誰でも学べるくらい
簡単なものではないけれど、
白魔術は、
魔力の区分がはっきりしているので
自分がかけた魔術は
自分で解除しなければならないと
返事をしました。
ランブリーは、
この場にゲスターがいなくて
良かったと思いました。
しかし、このことを知らない者たちは、
黒魔術が白魔術よりも
劣っていると思っていました。
ラティルは、
魔術を解除する方法はないのかと
尋ねました。
ザイオールは、
人の魔術を解除する専門の
魔術師がいる。
そのような魔術師たちは
他の所に就職するのが難しいので、
皆、魔術関連団体に属している。
だから、白魔術協会の中にも
きっといるはずだと答えました。
ラティルは、
良かった。それならば
呼んで頼めばいいと
明るく笑って話すと、
ザイオールは脂汗を流しながら、
魔術師たちは、
皇室と絡まないようにしているので
話を聞くかどうかわからないと言うと
ラティルは自信満々に笑いながら
たぶん聞いてくれるだろうと
返事をしました。
◇工事を続ける◇
白魔術師協会の事務室の3階は、
しばらくの間、
修理に追われていました。
壊れたものを買い換えたり、
壊れた電灯を交換したり、
家具も一新する必要がありました。
しかし、
一つの部屋になってしまった
事務室だけは
どうすることもできず、
人夫たちを呼んで、
めちゃくちゃに壊れた壁を
きれいにするしかありませんでした。
長老は、心の中で泣きながら
その様子を眺めました。
30年近く維持してきた
事務所の風景が一瞬にして
消え去ってしまったのが
とても不思議でした。
その時、
1階のカウンターにいる魔術師が
慎重に近づいて来ました。
彼は、
皇帝が長老を呼んでいる。皇帝は、
死者の宮殿に他の爆発物がないか
確認して欲しいと言っていると
告げました。
その言葉を聞いた長老は目を見開き
皇帝の側室が、
自分たちの事務所をこんな風にしたのに
なぜ、そんな頼みごとをするのか。
断れ。
自分たちを馬鹿にしているのかと
息巻きました。
長老の言葉に、
周りにいた魔術師たちも皆頷きました。
皇帝の側室が狼藉を働いてから
まだ、数日しか経っていないのに
自分たちを呼ぶなんて、
実に厚かましい要求だと思いました。
それでもカウンターの魔術師は
何か言おうとしましたが、長老は、
断れと言っていると叫びました。
しかし、カウンターの魔術師は、
皇帝が代わりに弁償すると言っていると
話しました。
弁償するのは当然なのに、
それを条件にするなんて
とんでもないと長老が怒鳴ると、
カウンターの魔術師の顔が、
泣きそうになりました。
今すぐ出て行けと
叫ぼうとした長老は、
その表情を見て眉をひそめました。
長老は、
どうして、そんな顔をしているのか。
皇帝が、何を弁償してくれると
言っているのかと尋ねると、
カウンターの魔術師は、
ギルゴールが
建物をめちゃくちゃにしたので
責任を持って、2階の工事も
ギルゴールに続けさせると
言っていると答えると、
それはどういうことなのかと
長老は慌てふためきました。
カウンターの魔術師は、
2階の事務室も一つにすれば
一層広くなって良いだろうと
言っていた。
それが最近の流行りだと答えました。
長老は自分の頭の中で
ポンという爆発音を聞きました。
そして、彼が首の後ろをつかんで
倒れると、周囲にいた魔術師たちが
急いで駆けつけて来ました。
長老は怒りで目を真っ赤にして
歯ぎしりしました。
彼は、実に厚かましい皇帝だ。
だから先帝が・・・と
言いかけましたが、
魔術師の一人が、
彼を支えるふりをして
急いで長老の口を塞ぎました。
長老は、ようやく口をつぐみましたが
怒りで顔が紫色に変わっていました。
長老は、
わかった、行くと言いなさいと
渋々叫びました。
◇何を知っているのか?◇
腹心は、
急いでレアンのもとへ駆け寄り、
この知らせを伝えました。
新しいバイオリンを
調律しようとしていたレアンの表情が
目に見えて強張りました。
腹心は、なぜ皇帝は、
急にそんなことをするのか。
何を知っているのだろうかと
尋ねました。
聖騎士団長たちへの手紙を
託したのが
本当にタッシールだとしたら、
彼がラティルを裏切るはずがないので
タッシールは、その手紙を
聖騎士団長に送ることで
自分の身に何が起きるかまで想定して
そのような行動を
取ったのではないかと思います。
アニャドミス同様、
レアンも一筋縄ではいかないので
タッシールは
レアンを失墜させるために、
彼の裏をかこうと
必死で頭を働かせているのだと
思います。
レアンは、
ラティルを破滅させるために
自分の身を犠牲にすることなく
他の人にやらせてばかりいるけれど
タッシールは、
ラティルを守るために
自分の身を犠牲にすることも厭わない。
二人の心の持ち方だけを比べれば
絶対にタッシールの勝ちだと
思います。
ラティルのとんでもない脅しに
従うしかなかった長老は
ギルゴールに3階を破壊されたことが
本当に恐ろしくて悔しくて悲しくて
2度と同じ目に
遭いたくなかったのでしょうね。
サーナット卿が
ラティルの手を握ろうとしたシーンが
気持ち悪いと思ってしまいました。
ミモザ様が
おっしゃっていた通り、
サーナット卿は仕事中に
ラティルに迫ることが多いと思います。