750話 久々にクラインの登場です。
◇早くアドマルへ◇
ここがピピリト様の
故郷なんですねと、
バニルは高い絶壁の上から
広大な砂の王国を眺めながら
嘆声を吐きました。
金色の砂の上に建てられた都市は、
まるで黄金で作った国のように美しく
ここまで来るのに苦労したからこそ
バニルは、余計に感激したのかも
しれませんでした。
バニルは明るい表情で
クラインを見ました。
母親の国に来たので、
クラインも、
とても嬉しいのではないかと
思いましたが、
クラインは冷ややかな表情でした。
嫌そうな表情ではありませんでしたが
特に感動した表情でも
ありませんでした。
バニルは、
雲を血で染めた頭の怪物を始めとして
何度も出会った不思議な怪物たちを
思い出しながら、
来る途中で出くわした
怪物たちのせいなのかと尋ねました。
クラインは沈鬱な顔で
馬車の向こうを見ながら、
それは違う。
ただ。自分は早くアドマルに行きたい。
アドマルに行けば、
皇帝に役立つ情報があるだろうからと
答えました。
クラインは、
ロードの悪名を晴らすことができれば
皇帝は疑われることなく
人々を助けることができるだろうと
思いました。
クラインは、怪物に襲われ、
あちこちで怪我をしていた
人々を思い浮かべました。
普通の人たちは怪物が現れると、
どうしようもできず、
やられるがままになるしか
ありませんでした。
彼は歯ぎしりすると、
早く降りようと
アクシアンとバニルを促しました。
バニルはクラインが
何を考えているのか
理解できませんでした、
しかし、クラインが催促すると、
一緒に御者を催促しました。
◇ディジェットへ◇
しばらくして、タッシールは、
クラインから注文を受けて
ぬいぐるみを製作した技術者を
突き止めました。
タッシールは新しいぬいぐるみを注文し
完成するとザイシンの所へ
持って行きました。
ザイシンは安堵し、
そのぬいぐるみを
ラティルに渡しました。
彼女はぬいぐるみを
元の場所にきちんと置き、
部屋を片付ける人たちに
触らないよう注意しました。
捨てられたぬいぐるみの件を
解決すると、
宮殿内は再び落ち着きました。
レアンも、
自分の腹心が監獄に行ったためか、
死んだように過ごしていました。
そんな平和な日々が続く頃、
タッシールはラティルを訪ね、
レアン皇子が静かになったので、
そろそろ一度、
席を外してもいいと思うと
助言しました。
その話を聞いたラティルは
カレンダーを見て、
クラインが出発した日を確認した後、
ここからディジェットまで行くのに
かかる時間を計算してみると、
クラインも
十分ディジェットに着いて
休憩を取っている頃でした。
ラティルは、
以前にあらかじめ準備した通り、
フローラの別宮に
一週間か半月ほど滞在すると言った後
荷物をまとめて出発しました。
馬車での移動中、ゲスターは
本当に旅行へ行くわけではないことを
知っているけれど、
皇帝と一緒に出かけられて嬉しいと
囁きました。
しかし、ラティルは、
数日前、ザイシンが勇敢に叫んだ
愛の告白を思い出し、
気分がすっきりしませんでした。
窓の向こうの美しい景色を
楽しむ心境ではなく、
あの日、自分が拒否したことで、
ザイシンは、
とても寂しい思いをしたのではないか
悲しんだのではないかと思いました。
ゲスターは、
自分が優しく囁いているのに
ラティルが
反対側に気を取られているので
そっと眉をひそめました。
2日後、 ラティルたちは
フローラの別宮に到着しました。
使用人たちが荷物を整理している間、
ラティルはゲスターを連れて
少し散歩に出かけました。
そして、誰もいない所に到着すると、
ディジェットへ行くために
ゲスターをギュッと抱きしめました。
ラティルがゲスターから手を離した時
空気と背景が全く違う場所に
到着していました。
金色に輝く建物は一様に美しく
ラティルは熱い空気を
大きく吸い込みました。
ここがクラインの母親の故郷なのか。
本当にきれいだと呟くと、ゲスターに
いつここへ来たのかと尋ねました。
すると、
自分が来たことがあると
ランスター伯爵が突然割り込みました。
ラティルは頷きました。
ラティルはゲスターの腕を握って
村の奥へ歩いて行きました。
検問所で身分証を確認しているのを見て
ラティルは、
もっと奥の方へ入ることはできないかと
ゲスターに尋ねました。
彼は、
偽の身分証明書を
持って来なかったのかと
逆に質問すると、ラティルは
持って来たと答え、
二人は無事に検問を通過して
中に入りました。
ここは国境都市だから
クライン皇子も、
ここに到着したはずだ。
もうここを去った確率が高いけれどと
ゲスターは呟きました。
その後、ラティルとゲスターは
近くにある領主の城を訪問しました。
領主は、
タリウム皇帝の部下と側室が
訪問したという話に驚き、
簡単なパーティまで開いてくれました。
ラティルは久しぶりに
ゆっくり休んで楽しみました。
そして、ラティルは
夕方頃、 席を立つ時に
クライン皇子を見たことがあるか。
自分たちより先に
こちらに来たはずだと領主に尋ね、
クラインの外見を
説明しようとしましたが、
領主はラティルが話し終わる前に
笑い出し、
もちろん覚えている。
あんなに美しい人を忘れるわけがない。
しかも、半分、
この国の血が流れていると
誇らしげに答えました。
その言葉のニュアンスから、
クラインは今もここに
留まっているわけではなさそうでした。
ラティルは、
すでにクラインは
首都へ行ったのだろうかと考えていると
領主は、
どうしたことか皇子は
急用があると言って、
スープだけ少し飲んで
すぐに立ち去った。 本当に残念だ。
もう少しのんびりと、
ここで過ごしてから
出発しても良かったのにと
残念がりました。
その言葉を聞いて、
ラティルは目を丸くして
ゲスターを見つめました。
◇アドマルへ◇
バニルとアクシアンは、クラインが
少しだけ寄ってから再び移動しようと
言ったのは、
ただ言っているだけだと思っていたし
移動するとしても、行き先は
ディジェットの首都だと思いました。
しかし、彼らの予想に反して、
クラインは、
ディジェットの国境都市の領主の邸宅で
一食、ご馳走になった後、
すぐにアドマルへ行こうと言いました。
バニルは、
もう行くのか。
一泊してから出発するのでは
ダメなのかと
居心地が良さそうに見える
客室のベッドを見ました。
長い旅で、
すでに彼は疲れ果てていました。
領主は、クライン一行が
すぐに出発するとは思わなかったので
部屋を用意してくれましたが、
それらは皆かなり広くて
居心地が良さそうでした。
しかし、クラインは断固として
拒否しました。
彼は早く仕事を終えて
タリウムに帰りたかったからでした。
それでも、バニルは
とても大変だとぼやくと、
クラインはバニルに
ここで休んでいるように。
どうせバニルは体力もないからと
言うと、正直、バニルは
とても心が揺れました。
どうせアドマルに、
荷物を全部、持って行けないので
荷物と一緒に
ここに残ろうかと考えましたが
アクシアンが
皇子を怒らせる可能性を考え
思い留まりました。
アクシアンとクラインを
交互に見たバニルは、仕方なく
半分ほど解いた荷物を
元に戻しました。
バニルは、
自分が皇子の世話を
しなければならないので一緒に行く。
アクシアンに皇子を
任せることはできないと言うと、
アクシアンもバニルの言葉を
否定しませんでした。
一行は、大きな荷物だけを
こちらの領主に預け、
再びディジェットを発ちました。
アドマルの手前に無事に到着した時、
バニルは体重が減り、
顔がげっそりとしていました。
クラインも、今回は少し緊張して
息を大きく吸い込みました。
不気味な噂が多い所なので、
これからは、本当に気をつけて
進まなければなりませんでした。
ところが先頭に立って、
アドマルと外の地域を分けている
低い壁を見ていたアクシアンは
何かを発見したのか、
これを見て欲しいと言って
クラインを呼びました。
クラインとバニルは
アクシアンのそばに近づきました。
彼は壁の端に引っかかっている
破れた服の裾を見ていました。
クラインは、
これは何なのか。
古代都市の人々が着ていた服かと
尋ねました。
アクシアンは生地に触った後、
首を横に振り、
これは、最近、社交界で人気のある
生地のようだ。
しかも生地が色褪せていないし
砂ぼこりがたくさんついているけれど
生地も傷んでいないので
こうなってから間もないと
答えました。
そして、
壁の内側の空間をじっと見つめながら
自分たちより一歩先に、
先客が来たようだと呟きました。
◇逃げた?◇
クラインは
ここに立ち寄ったけれど、
すぐに出発したと聞いて
ラティルは戸惑いました。
彼女は領主に
すぐに彼らは首都に向かったのかと
尋ねました。
領主は、しばらく考えてから
首を横に振ると、
それならば、客間に
荷物を全て置いていったような
気がするけれど、
持ち運びが大変な荷物だけ
ここで保管してくれと頼んで
出発したと答えました。
ラティルは、
もっと詳しく調べようとしましたが
クラインがどこに行ったのか
知っている人は誰もいませんでした。
ゲスターはラティルを連れて
フローラの別宮へ
再び移動してくれました。
ラティルは狐の穴から出ると、
すぐに、
クラインは一体どこへ行ったのかと
呆然と呟きました。
クラインが、
どこへ行ったとしても、
レアンに餌を与えることとは
関係ありませんでした。
しかし、ディジェットに休暇に行くと
言っていたクラインが、
どこへ行くのかも言わずに
消えたと聞いて当惑しました。
クラインは、
自分がディジェットへ行くことも
知らなかっただろうから、
自分を避けて、
移動したわけではないけれど
ラティルは、
クラインが、別の場所へ行ったことで
何の利益があるのか考え込みました。
その姿をじっと見つめていたゲスターは
何か言いたいことがあるかのように
口を開きました。
しかし、ラティルと目が合うと、
再び口をつぐみました。
ゲスターがうつむいたので、
ラティルは、
彼が言おうとしていたことが気になり
どうしたのかと尋ねました。
しかし、ゲスターが
首を横に振ったので、ラティルは
話さなければならない。
ゲスターは賢いからと促すと
彼は再び首を横に振りましたが、
結局、仕方がないというように
ひょっとしてクラインが
逃げたのではないかと思ったと
呟きました。
ラティルは強張った表情で
逃げたというのは、
どういうことなのかと尋ねました。
しかし、ゲスターは、
聞かなかったことにして欲しいと
呟くと、狐の穴に
逃げ込んでしまいました。
別宮の庭園に一人残されたラティルは
予想できなかった解釈に
目を閉じました。
なぜ、クラインが自分から逃げるのか。
どうしてゲスターは
あんなことを言うのかと考えました。
◇想定外の人◇
誰が先に中に入ったかは
分からないけれど、
とにかく先に行った人がいることに
気づくと、
クラインは凛々しく壁を越えました。
慌てたバニルは、
互いにしっかりくっ付いて
気をつけて行かなければいけないと
叫ぶと、
急いでクラインの後を追いました。
アクシアンは、念のために
破れた生地をポケットの中に入れて
付いて行きました。
クラインは、
もし、先に入った人が
自分たちが狙っている物と
同じ物を狙っていたら大変だから
早く入らなければいけないと言うと
バニルとアクシアンは同時に足を止めて
彼を見つめました。
クラインは二人の当惑した表情を見ると
しまったと思いました。
彼はアドマルへ見物に行くとだけ
言っていたからでした。
アクシアンは眉をひそめながら
狙っている物とは何かと尋ねました。
クラインが探そうとしていたのは
ロードに関する記録であり、
これは皇帝の秘密と
深い関係があったので、
クラインは、宝物があると思うと
嘘をつきました。
アクシアンとバニルの表情が
同時に歪みました。
クラインが自分勝手だということは
知っていたけれど、
それでも、ある程度の線は
越えないだろうと思っていました。
しかし、こんな危険な所で
宝探しをすると言うと、
いつにも増して
彼の分別がなさそうに見えました。
クラインは悔しくて
もう一言、何か言おうとしましたが
突然、目を大きく見開いて、
ある方向をじっと見つめました。
何かと思って同じ方向を見た
アクシアンとバニルも
目を見開きました。
遠く離れているけれど、
そこにアイニ元皇后がいました。
一体、どんな宝物があるせいで
元皇后までここに来たのかと
予想できなかった人物の登場に
バニルが驚いて尋ねると、
アイニが、クラインたちの方へ
顔を向けました。
クラインとバニル、アクシアンは
反射的に腰を下げて隠れました。
クラインは、
岩の後ろにぴったりくっついたまま、
目を大きく開けて、自分の心臓が
激しく鼓動するのを聞きました。
クラインは、
乾いた唾を飲み込みました。
見られただろうかと心配になりました。
やっぱり生きていたアイニ!
ラティルに一途なクラインは、
彼女のために
アドマルまでやって来たのに、
まさか、そこに
アイニがいるとは!
バニルが何か言った途端、
そちらを見るなんて、恐るべきアイニ。
ラティルに嘘をついてまで
アドマルに来たクラインの誠意が
アイニのせいで
無駄にならないで欲しいです。
そして危険を冒してまで
ラティルのために役に立ちたいという
彼の気持ちが
ラティルに伝わることを願います。
ゲスターは
クラインを貶めるために
彼が逃げたのではないかと
いい加減なことを
言ったのかもしれませんが、
ラティルを不安にさせるような
言葉を言うことで、
彼女の気持ちがゲスターに
向かうと思っていたら、
それは間違いだと思います。
そんなことを言っても
彼女の気持ちは
ゲスターに向かうどころか
ますます、クラインの方へ
傾いてしまうと思います。