758話 クラインはアドマルの情報を集めることにしました。
◇欲が全くない?◇
クラインは
探検家や冒険家を探すため、
ディジェットのあちこちを
歩き回りましたが、
探検家たちがよく集まるという
酒場を訪れても、
アドマルに行ったことのある
探検家たちを探すのは大変でした。
アドマルは、
自分の命を差し出したものが
行き来するところだ。
命が大事だと分かっていれば
入らないと凛々しい声で叫ぶ
引退した冒険家に、アクシアンは、
アドマルについて特異な情報はないか。
そこに行ったことのある人に
会えないかと尋ねました。
しかし、引退した冒険家は、
あの中には骸骨しかない。
行ってきた人も皆、
骸骨になったと答えました。
アドマルの中に
二度も入ったクラインは、
あそこにあるのは砂と廃屋であり、
骸骨ではないことを知っていました。
実際に、骸骨で
いっぱいだったとしても、
その土地を覆っている砂のせいで
見えないはずでした。
砂だけの所だったのにと、
クラインはブツブツ言いながら
席から立ち上がり、
またバニルが泣いているので
行こうと、
アクシアンを促しました。
彼も老人に質問するのをやめて
クラインのそばに近づきました。
ところが出ようとする2人を
荒々しい声で呼び止める者が
いました。
ポケットから
お金を取り出そうとしていた
アクシアンは剣を取り出しました。
あっという間に、目の前に
剣が突き出されると、
荒々しい声の男は両腕を素早く振り
話をしに来ただけだと弁解しました。
それを見た周囲の冒険家たちは
同時に自分たちの武器を
取り出しました。
皆、仲間だったのかと思いながら
アクシアンは剣を片付け
周りを見回しました。
アクシアンが剣を片付けると、
他の人たちも皆、武器を下ろして
再び杯を握りました。
事態が落ち着いたように見えると
男はクラインとアクシアンを
壁の隅に連れて行きながら、
先程、アドマルに行って来たと
言っていたよねと尋ねました。
クラインが、
言って来た。砂だけだったと
傲慢に答えると、男は、
運が良かったと感嘆しました。
アクシアンは
運が良かったけれど、
少し身の毛がよだつような
変な地下に落ちたりもしたと
眉を顰めながら
ブツブツ呟きました。
しかし、地下と聞いて男は、
悲鳴に近い感嘆の声を漏らしました。
クラインは訝し気に
眉をひそめながら、
どうしたのかと尋ねました。
男は口をぽかんと開けたまま
アクシアンを見ると
最高というジェスチャーをしました。
そして、男は、
それはすごいことだ。
そこまで行って出てきたら
もっとすごいことだ。
本当に運が良かった。
急に消えて、
永遠に行方不明になる人が
たくさんいると話すと、
アクシアンはビクッとして
「行方不明?」と聞き返しました。
男は、
砂の中に落ちて、
そのまま行方不明になる人が
一人や二人ではない。
アクシアンは、
かなり欲がなかったようだと
答えました。
アクシアンは
「欲?」と聞き返すと、男は
確かなことではないけれど
あそこでは、
宝物を見つけようという野望に
溢れている人ほど、
消えて帰れない確率が高い。
消えて「柱」を見て
帰ってきた者たちは、
ついつい付いて行った
青二才ばかりだった。
けれども、怖いことに、
その新米たちも宝物の話を聞いて、
またアドマルに入ると姿を消したと
答えました。
クラインとアクシアンは、
一人で砂漠を
ノロジカのように走り回っていた
ラティルを思い出しました。
砂の穴の中に全然落ちなかった
あの皇帝は、
すでに持っているものが多くて
欲がなかったのかと怪しんでいると
男は、すでにアドマルへ行って来たのに
なぜ、あそこの情報を
また、集めているのかと尋ねました。
クラインは、
どうだっていいだろうと
冷ややかに答え、
彼に背を向けようとしました。
ところが、男は
クラインを捕まえるように
腕を伸ばしたので、 アクシアンは
無礼だと言って、
男の腕を振り払いました。
クラインが
裕福なお坊ちゃまらしいと
気づいた男は、
照れくさそうに手を下ろして謝ると
先程、アドマルへ行ってきた人を
探していると言っていたけれど、
それが自分だと打ち明けました。
クラインとアクシアンは
互いに見つめ合いました。
◇クラインへの頼み◇
別の場所に移動して、男と話をした
クラインとアクシアンは、
男が自分のチームと一緒に
再びアドマルに入る準備中であることを
知りました。
アクシアンは、
危険だと言いながら
どうしてまた行こうとするのかと
尋ねました。
男は、
危険なのは確かだけれど
コツがわかれば、
行けない場所ではないことを
二人も知っているのではないか。
欲は抑えにくいけれど
砂の穴の中に落ちないよう
速度は調節できると答えました。
続けて男は、アドマルで、
すごい魔法物品の痕跡を見つけた。
危険ではあるけれど、
それを捜し出せば、
参加したチーム員全員が
一生遊んで食べるお金を
稼ぐことができるので行くとも
言いました。
そして男は、
あそこは危険な場所なので
二人も一緒に行こう。
自分たちもチームのメンバーを
補強したかったけれど、
世話を焼かせる新米ではなく、
手間のかからない経歴者を
探していたと言いました。
アクシアンはクラインを見ました。
経歴のあるチームについていけば、
自分たちも、簡単に
行って来ることができるので、
彼の話が有難いと思いました。
クラインも悩んでいました。
その気配に気づいた男は、
一週間後に出発するので、
それまでに考えておいて欲しいと
言いました。
クラインは、
それに答えようとしましたが、
壁にもたれかかった女性の腰に、
カリセン情報局の記章が
ぶら下がっているのを見つけて
口をつぐみました。
女は、自分の正体を
わざと明かしたかったのか、
クラインと目が合ったのに、
そのまま立っていました。
「そうします。」と
アクシアンが代わりに答え、
男と握手を交わしました。
男は、
一週間後の午後二時までに
ここへ来るように言うと、
別の方へ行きました。
クラインは
カリセン情報局の女に近づきました。
女はクラインに小さな声で挨拶し、
アクシアンにも頭を下げました。
クラインは眉をひそめながら
女に要件を尋ねました。
彼女は席を移そうと合図し、
周りに誰もいない所へ行くと、
カリセンに怪物が出没する頻度が
目立って上昇している。
カリセンの国民は
皇子がカリセンに戻ってくることを
願っている。
皇子は怪物と戦う方法を
対抗者に負けず劣らず
よく知っているそうだから、
皇子が兵士たちに、
その方法を教えてやったらどうかと
もう少し丁寧な口調で、頼みました。
◇悩むクライン◇
カリセン情報局の女と別れた後、
アクシアンは宿舎に戻りながら
クラインに、
どうするつもりなのかと尋ねました。
クラインは当惑しながら
分からないと答えました。
彼は皇帝のための情報を探しに
ここへ来ましたが、
この事実を知っているのは
彼と皇帝だけでした。
アクシアンとカリセン情報局の女は、
クラインが休暇中であることだけを
知っていたはずでした。
それなのに、カリセンが
急な用件で助けを求めて来たのは
想定外でした。
アクシアンは、
ここでの仕事は急務ではないので、
長く滞在できないにしても
とりあえず一度、カリセンに
行ってきた方がいいのではないかと
進言しました。
宿舎に戻って
クラインが悩んでいる間、
アクシアンは自分の部屋で
ポケットに入れておいた手帳を
取り出していじりました。
◇ギルゴールと対戦◇
アイニをアドマルに
引き入れる方法を考えてみるよう
タッシールに指示したラティルは
温室を訪ね、ギルゴールに
一度、自分と対戦しないかと
尋ねました。
両腕を広げて
花畑に横になっていたギルゴールは
頭を上げてラティルを見ると
お嬢さんが、私と?
と聞き返しました。
ギルゴールの口元が
片方だけ上がりました。
ラティルは、
嫌なのかと尋ねると、
あっという間に彼は
ラティルの目の前に近づいて来ました。
ギルゴールは、
お弟子さんが弱すぎるのではないかと
からかうように言いながらも
木刀を差し出しました。
ラティルは、それを手に取ると
彼を捕まえて温室の外に出ました。
二人が演舞場に現れると、
兵士と騎士たちは、皆
近くに退きました。
ギルゴールは、いつ持って来たのか
自分も木刀を持っていました。
ギルゴールは、
ただやるのは面白くないので
賭けをしないかと、
自分の木刀のあちこちを、
爪で押し潰しながら尋ねました。
兵士たちは、
ギルゴールが軽く押す度に
木刀がへこんでいるのを見て、
口を大きく開けました。
彼が警察部と白魔術師協会で
狼藉を働いたことは
すでに有名だったので、
皆、ギルゴールの腕前が
普通ではないということを
知っていました。
ラティルは、対戦なので
そのままやると言いましたが、
ギルゴールは、
それでは面白くないと反論しました。
しかし、ラティルは
構わないと返事をすると、
木刀を目の高さに持ち上げ、
片方の膝を軽く曲げました。
ギルゴールは、
自分には関係があるのにと
何気なく呟いているかと思ったら
あっという間に
目の前に近づいて来ました。
ラティルは剣を振り回しました。
そして、バキバキという音と共に
気がつくと、
体は横に跳ね返っていて、
木刀は粉々になって
床に散らばっていました。
ラティルがバランスを取って
立つや否や、首の後ろに
硬い木片が触れました。
自分の勝ちですか?
と、ギルゴールは、
にっこり笑いながら尋ねました。
ラティルは木刀を地面に捨てて
ため息をつきました。
ラティルは、
大変だ。
アイニと1対1で戦うのは
自信があるけれど、ここに
ギルゴールが参加したら
勝つ自信がない。
アドマルでアイニに勝てたように
あそこでは、対抗者の剣がなくても
自分が死ぬ可能性があるのではないか。
そうならないためにも
最善を尽くして、
実力を上げるしかないのかと考えながら
ラティルは見る度に、
実力がぐんと伸びている
アイニを思い出して
ため息を吐きました。
そうしているうちに頭を上げてみると
ギルゴールがいませんでした。
ラティルは辺りを見回しましたが
全く姿が見えませんでした。
周囲で見物していた近衛騎士に
ギルゴールのことを尋ねると、
彼は演武場の横の扉を指差し、
あそこから出て行ったと答えました。
その答えを聞いたラティルは、
ギルゴールがアドマルにいた時刻に、
誰かがギルゴールを
タリウムで見たとすれば、
彼の言葉が正しいことになると
思いました。
だからと言って、
自分がギルゴールを
見なかったことにはならないけれど
それでもギルゴールを信じるのが
一層容易になるはずでした。
その後、ラティルは、
自分がアドマルに行った時に
ギルゴールを見た人がいないか
秘書と下男たちに探させましたが
誰もいないようだという
侍従長の答えは、
ラティルの心をさらに重くしました。
さらに、ザイオールまで
昼寝をしていたので分からないと
答えました。
侍従長は、
ラティルがなぜこのようなことを
気にするのか、
不思議そうに見つめました。
ラティルは、
侍従長の好奇心に満ちた視線を無視し、
報告書を見ているふりをしました。
屋根に腰かけたギルゴールは、
大きな窓越しに皇帝を見つめながら
今回は違うと思ったけれど
やはり同じだと思いました。
彼は立ち上がりました。
合わない服を、
あまりにも長く着て
過ごしてしまった。
しばらく、少し楽しい時間を
過ごしたので、
そろそろ、再び自由になる時でした。
温室に入ると、ザイオールが
ロッキングチェアに座って
うとうとしていました。
ギルゴールはメモを書いて
彼の膝に乗せると
外へ出て行きました。
あっという間に
宮殿の塀を乗り越えたギルゴールは
自分の臨時邸宅に戻りました。
彼はのんびりと
邸宅の中を行き来しながら、
持ち物をカバンの中に投げ入れました。
最後に立ち寄ったところは
プールでした。
ここには、
持って行くものがないだろうと
ギルゴールは
プールサイドを一周しながら
考えました。
その時、
水がゆらゆらする音がしました。
彼はプールに近づき、
眉をひそめました。
水の中に何かいるようでした。
ギルゴールは、
フナのメラディムが
空気を読んで
付いてきたのだろうかと
思った瞬間、
水の外に飛び出した両手が
彼の足首をしっかりとつかんで
頭を突き出しました。
珍しいことにギルゴールは
心から戸惑いました。
彼は口を開けて、
髪の毛がびしょ濡れになったまま
自分を睨む、
お弟子さんを見下ろしました。
ギルゴールは、
何をしているのかと尋ねながら
周りを見回しました。
彼は耳ざといので、邸宅へ来るまでに
誰かが付いて来ていたら、
きっと気が付いたはずでした。
ということは、このロードは
先に、ここへ来ていたのかと
怪しみながら、ギルゴールは
どうしてここへ来たのかと
尋ねました。
ラティルは、
ギルゴールの行動はお見通し。
ギルゴールは
手に負えないと思ったら、
逃げてしまう。
対戦の後、
一人で帰ってしまったのを見て、
また自分のミモザが
消えてしまいそうだと
すぐに分かったと答えました。
ギルゴールは、
笑っているのか泣いているのか
分かりにくい、変な表情をしました。
ギルゴールは、
ミモザとは、自分のことかと
尋ねました。
ラティルは彼の足首を
ギュッと抱きしめました。
水の中に隠れていたのは、
メラディムの助言だったとは
言いませんでした。
ラティルは、ギルゴールの足を
ずっと抱きしめ続けました。
彼が足を抜くことも
動かすこともないことが分かると
心臓をドキドキさせながら
慎重に頭を上げてみました。
ギルゴールは、
生まれて初めて向き合う怪生物体を
見るような目で
ラティルを見ていました。
ギルゴールは、
一体、お嬢さんを
どうすればいいのか分からないと
言いました。
ラティルは、
自分から去らないで、
花を育てながら、
ただ、そばにいればいいと
返事をしました。
ギルゴールは、
お嬢さんがどんな目で自分を見るか
知っているかと尋ねると、しゃがんで
ラティルの顎を
片手で、そっと持ち上げました。
彼の瞳が、
ひときわ赤く見えました。
ギルゴールは、
ラトラシルが自分を怖がっていると
指摘すると、ラティルは
ギルゴールも自分を
怖がっていると言い返しました。
その言葉に、
ギルゴールは驚きました。
喧嘩友達?のメラディムのおかげで
ラティルがギルゴールを
引き止められて
本当に良かった思います。
「今回は違うと思ったけれど
やはり同じ。」
何千年もの間、
愛する妻が転生するのを待ち続け、
新たなロードが生まれる度に
今度こそ、
自分を愛してくれるだろうと期待し
裏切られ続けた、
ギルゴールの悲しみが
伝わって来ました。
側室という立場でありながらも
今世ではロードの夫になれたので
ギルゴールの期待は
以前よりも大きかったと思います。
ギルゴールは、
シピサの死体と、
アリタルがセルの首に
手をかけているのを見て以来、
常に「なぜ?」と自分自身に
問いかけていたのだと思います。
そして、セルを守るため、
周りの意見に流されながら
アリタルと戦って来たけれど
彼は、なぜ、愛する妻と
戦わなければならないのかと
心の中で葛藤していたと思います。
もしも、ギルゴールやセルが
妻であり母であるアリタルを
信じていれば、
息子が母親を殺めるという事態を
防げたかもしれない。
けれども、ギルゴールは
自分の目で見たものを、
否定することができなかったのだと
思います。
ラティルのおかげで
ようやく全てのことが明らかになり
ギルゴールの長年の疑問も解け
シピサとの関係も修復できた。
そして、ラティルとの関係も
うまくいっていると思ったのに、
ここへきて、彼女に疑われてしまった。
今度こそ大丈夫だと
思っていたギルゴールにとって
かなりのショックだったのかも
しれません。
彼は逃げることで
楽になろうとしたのかもしれませんが
アリタルの決めた運命を
覆すには、ギルゴールが、
どれだけラティルを信じられるかにも
かかっているのではないかと
思います。
そして、ラティルも
自分の子供が自分を殺めることはないと
全幅の信頼を寄せる
必要があるのかもしれません。
このお話は、
不幸な出来事のせいで
崩壊した家族が、
何千年もの時を経て
再び、元に戻る様子も
描いているのではないかと
思いました。