776話 ゲスターは、サーナット卿が父親候補であることに気づきました。
◇待ち伏せ◇
2番目の子供の父親が
サーナット卿だったら
どうすればいいだろうか。
ゲスターはポケットに手を入れて、
自分ができる様々な方法を
思い浮かべてみました。
しばらく頭を働かせた末、
ゲスターは、普段ラナムンが
よく訪れる時間帯に合わせて
皇女の部屋に行きました。
皇女は、乳母が
いないいないばあ遊びをしてくれる度に
ニコニコ笑いながら
手を伸ばしていました。
乳母はゲスターを見ると
皇女は本当に利口で
どれだけ、おとなしいか分からないと
嬉しそうに言いました。
乳母が、
いないいないばあ遊びを止めると、
皇女は不満そうに、むずかりました。
ゲスターは、
赤ちゃんの頬を押さえながら
自分が皇女と遊んであげても
大丈夫かと、
照れくさそうな声で尋ねました。
元々、乳母は、側室の中で
ゲスターが一番好きだったので、
「もちろん」と答えると、
すぐに赤ちゃんを抱き上げて
ゲスターに差し出しました。
彼はぎこちないながらも、
赤ちゃんを上手に抱きました。
乳母は抱き方を確認した後、
席を外しました。
赤ちゃんと二人きりになると、
ゲスターは恥ずかしそうな顔をして
ドアの外の音に耳を傾けました。
いないいないばあ遊びに
夢中だった皇女は、
ゲスターがじっとしていることに
不満なのか、ゲスターも
いないいないばあ遊びをしろと、
もがきながら抗議しました。
面倒になったゲスターは、
空中に、飛び回る馬車を作って
浮かべてしまいました。
皇女がそれに衝撃を受けて
夢中になっている間、
ゲスターは再び外に耳を傾けました。
馬車が5周した頃、
ついにゲスターが待っていた人の
気配がしました。
ゲスターは、すぐに馬車を消すと、
赤ちゃんを、しっかり抱きしめました。
馬車を見ていた皇女は、興奮して
腕をバタバタさせていました。
ゲスターは、
その明るい顔に向かって
二番目の子が生まれたらどうしようと
悲しそうな声で大きく言いました。
足音が扉の前で止まりましたが、
扉は開きませんでした。
ゲスターは、
そちらを振り向いたまま、
口元を上げました。
◇ラナムンの衝撃◇
ラナムンは哺乳瓶を持ったまま、
扉の前で立ち止まりました。
ゲスターの声を聞いたラナムンは
眉をしかめながら、
なぜ、彼がここに来たのかと
訝しみました。
彼が何度か来たという話は
聞いたことがあるけれど、
このように、彼と出くわしたのは
初めてでした。
それに、ゲスターは皇女に向かって
皇女の弟妹の父親は、
皇女の父親と違って愛されているから
皇女が可哀そうだと、
話しかけていました。
ゲスターは本当に狂ったのか?
怒ったラナムンは
ドアノブに手をかけましたが、
再び、手を下ろしました。
彼の戯言は気に入らないけれど、
ゲスターが、皇帝の2番目の子の
父親について知っているようなので
その後に続く話を
もっと聞きたいと思ったからでした。
もしかして、ゲスターがそうなのかと
疑っていると、彼は、
サーナット卿が側室になって
皇配になれば、自分たちは
冷めたスープの身になるだろうと
話しました。
その言葉に、
ラナムンは目を見開きました。
サーナット卿?彼なのか?
ゲスターは、
皇女の父親が
皇女を守ってくれるはずだから
と呟いていましたが、
ラナムンは、
その話を聞きませんでした。
頭が真っ白になったラナムンは
反対側の壁に手をつけて立ちました。
ゲスターは、
サーナット卿が父親だと、
あからさまに言いませんでしたが
彼の話の流れから推測すると、
サーナット卿が2番目の子供の父親に
間違いありませんでした。
ラナムンは、その状態で
ぼんやりしていると、
ちょうど階段側の廊下から
ラティルが歩いて来て、
彼の名を呼びました。
愛する情夫との子ができたのが
嬉しいのか、ラティルは普段より
ウキウキした声をしていました。
とりわけ今日に限って
明るく見える微笑を見ると、
ラナムンの心の片隅が捻じれました。
ラナムンに駆け寄ったラティルは
なぜ、彼が、そんな風に
壁に立っているのかと
ニッコリ笑いながら
彼の腕を振りました。
ラナムンはその姿が憎たらしくて
歯を食いしばりました。
そのラナムンの態度が
不思議なラティルは、
ラナムンを呼びながら、
さらに強く彼の腕を握りましたが、
ラナムンは、
空気の読めないラティルに
眉を吊り上げました。
ラティルは、
ラナムンの表情が良くないので、
どこか具合でも悪いのかと尋ねました。
ラナムンは我慢ができなくなり、
体ではなく心が痛むと答えると
ラティルは目を丸くしました。
ラティルは、
どうしたのか、何かあったのかと
尋ねると、ラナムンは、
自分にあるわけではないと答えると
冷たい目で
ラティルのお腹を見ました。
見た目は、まだ妊娠しているかどうか
分かりませんでした。
ラティルは、
2番目の子供のことを言っているのかと
渋い声で聞き返すと、
自分のお腹を触りました。
ラナムンは耐え切れなくなり
哺乳瓶をラティルに
押し付けるように渡すと、
申し訳ないけれど、
頭が少し痛いので、
ミルクは皇帝にお願いしたいと
頼んで、背を向けました。
建物の外に出ると、ラナムンは
冬の風になびく髪を
後ろに撫でながら
回廊を素早く歩いて行きました。
別の側室が父親である方がまし。
よりによって、
側室でもないサーナット卿が
父親だと思うと、ラナムンは
沸き立つ心を抑えることが
困難でした。
それに、ゲスターの言葉のように、
2番目は、「運命の相手」であり、
幼い頃からずっと一緒だった
大切なサーナット卿との子供なので
彼との赤ちゃんが生まれたら
皇帝は最初とは違い、
大きな愛情を与えるかもしれないと
不安になりました。
◇嫉妬深いゲスター◇
ラナムンはどうしたのかと
考えながら、ラティルは
無意識のうちに、熱い哺乳瓶を振り
ラナムンが消えた廊下を見つめました。
状況がつかめず、ぼんやりしていると
扉の近くに立っていた警備兵の一人が
ゲスターが部屋の中にいると
慎重に教えてくれました。
ラティルは、
それでラナムンが怒っているのか。
2人の仲が、とても悪いのかと
尋ねると、警備兵は、
サーナット卿が2番目の子供の父親だと
ゲスターが赤ちゃんに
話しているのが聞こえた。
ラナムンは、それを聞いて
とても驚いたようだと
慎重に話しました。
ラティルは、
哺乳瓶を落とすところでした。
ラナムンは、すでにサーナット卿と
数回衝突したことがあるので
彼が父親だという話を聞いた時、
余計に憤慨したと思いました。
ラティルは哺乳瓶で額を叩きました。
ゲスターは、どうやって
サーナット卿のことを知ったのか。
それに、
サーナット卿とタッシールのうち、
どちらが父親か
まだ、はっきりしていないのに
どうして、サーナット卿のことだけ
知ったのかと、
自分自身が出所だとは思いもつかず、
ラティルは罪のない人々だけを
交互に疑いました。
しばらくして、
ラティルは警備兵と目が合うと、
ゲスターは誤解している。
サーナット卿は、
赤ちゃんの父親ではないので、
このことは口外しないようにと
繰り返し頼みました。
警備兵は、少しほっとした表情で
「はい」と答えました。
ラティルは息を吸い込むと
扉を開けて中に入りました。
ゲスターはソファーに座って、
赤ちゃんを寝かしつけながら
泣いていました。
文句を言おうとしたラティルは、
その哀れな姿に何も言えませんでした。
ラティルが近づくと、
ゲスターは驚き、
そうでなくても大きな目が
さらに大きくなりました。
彼は、もぞもぞと体を動かしました。
涙を拭きたいけれど、
赤ちゃんを抱いているので
腕を使えませんでした。
ラティルは、自分の手で
ゲスターの涙を拭いました。
どこで、そのような情報を
手に入れたのかと、
追及する心はすっと消え、
その代わりに、ゲスターにつられて
心が痛んできました。
ラティルは、ゲスターが泣けば
自分も悲しくなるので
泣かないよう頼みました。
ゲスターは、
ラティルに謝りましたが、
それでも涙をぽたぽた流しながら、
ラティルの手に自分の顔を乗せて
擦りました。
ゲスターは、
皇帝のそばにいられるだけで
喜ばないといけないのに、
自分は嫉妬深いと言いました。
◇出くわす2人◇
年末祭での事件が起きた後、
皇女の特殊な能力について、
知る人は皆、知るようになったので、
ラナムンは、
あえて皇女を隠す必要がないと考え、
皇女を連れて散歩する時間と頻度を
以前より増やしました。
今日もラナムンは、
皇女を外の空気に当ててやりました。
厚めの毛皮の帽子をかぶった皇女は、
外で遊ぶ方が嬉しいのか、
空とラナムンを交互に見ながら
しきりに笑い出しました。
そうしているうちにラナムンは
回廊につながる道で
サーナット卿と出くわしました。
彼はラナムンを見ると、
皇女様と一緒に来られたのですねと
無愛想な挨拶をしながら
近づいて来ました。
それから皇女を見ようとしましたが、
ラナムンは、
赤ちゃんの顔を手で隠し、
彼に背を向けました。
皇女の顔を見られないよう
露骨に防ぐ姿に、サーナット卿は
怪訝な視線を送りました。
サーナット卿は、
その理由を尋ねましたが、
ラナムンは答えず、その姿勢のまま、
サーナット卿の前を通り過ぎました。
彼は、ラナムンが自分を
透明人間のように扱ったので
眉を顰め、首を傾げましたが
ラナムンは
後ろを振り返りませんでした。
ラナムンは、
どれだけ速く移動したのか、
すでに回廊の中に入り、
廊下を抜けていました。
ラーナット卿は、
どうしたのだろうかと呟くと、
視線を感じたので、
そちらに顔を向けました。
しかし、そこには、
誰もいませんでした。
サーナット卿は首を傾げると、
再び、目的地に向かって
歩き始めました。
◇ゲスターの思惑◇
サーナット卿が消えると、
誰もいなかった空間に
ゲスターが姿を現しました。
飴の棒を片手に持って鼻で笑うと、
バカな奴らだ。 役に立たないと
罵倒しました。
ランブリーは、ゲスターの隣で
つま先立ちしながら、
対抗者と吸血鬼のどちらのことを
言っているのかと尋ねました。
ゲスターは、
もちろん両方だ。
誰を攻撃すべきか教えてやったのに
せいぜい無視して
通り過ぎるだけだなんて、
あんな間抜けな対抗者を
見たことがあるかと非難すると、
ランブリーは、
ぼーっとした対抗者。
馬鹿な吸血鬼とバカにしました。
ゲスターは
近くの木に寄りかかると
眉間にしわを寄せました。
ランブリーはゲスターの頭上の幹に
素早く座りました。
ランブリーは、
これからどうするのか。
狐の仮面が出た方が
早いのではないかと聞きました。
狐の仮面は、
その方が早いけれど、
早く処理すれば、
ラトラシルが自分を疑うと答えました。
そして、
他の側室たちを攻撃するには、
別の人の手を
借りなければならないと考えながら
ラナムンが、
あのようにするのは
どうにもならないと言いました。
ランブリーは、
カルレインの攻撃が優れていると
言いましたが、狐の仮面は、
自分の子供を持てないカルレインは
子供のことでサーナット卿を
攻撃することはないだろうし、
2人は仲がいいからと答えました。
ランブリーは
ギルゴールはどうかと尋ねました。
狐の仮面は、
ギルゴールも同じだし、
ザイシンは、おとなしいからダメ。
彼は誰かが自分を殴っても
許す奴だと答えました。
ランブリーは、
「フナは?」と尋ねると、
ゲスターは役不足だと答えて
目を細めました。
いくら考えても、このような場合、
ゲスターが望むだけ暴れてくれるのは
クラインだけでした。
彼なら、少し突くだけで
一気に走って、サーナット卿を
後ろ足で蹴飛ばす奴でした。
しかし、別の意味で
イライラする奴でもありました。
ゲスターは飴を噛み砕き続けながら
目を細めました。
サナットを牽制するために、
あいつを再び説得して
連れてきた方がいいだろうか。
それともサーナット卿は保留にして
皇子を片づけてしまった方が
いいだろうかと考えました。
◇レアンの指示◇
一方、ラティルは
レアンの結婚の方に
気を使っていました。
レアンの本音は
依然として分からなかったけれど
とりあえずカリセンに
プロポーズ使節団を送ることにし、
使節を務める貴族たちを
何人か選びました。
ラティルが
レアンの選択に反対すれば、
事がこじれた場合、彼女が
レアンの術中に陥っていたとしても
むしろラティルが
自分の足の甲を突いたように
見えるはずでした。
ラティルは、
それを望んでいませんでした。
ヒュアツィンテと
ティメナ伯爵宛に書いた手紙が
完成すると、
ラティルは使節団にそれを渡し
焦りながら返事を待ちました。
その知らせを聞いたレアンは
腹心を呼ぶと、
使節を務める大臣に、
できるだけ相手に無礼に振る舞い、
伯爵が無条件に結婚を拒否するように
働きかけろと指示しました。
そして、自分が結婚する前に
できるだけすべての準備を終える。
ラティルが何を計画しても、
おそらく2人目の赤ちゃんが
生まれる前に
終わらせようとするだろうから
こちらも時間がない。
そして、ゲスターについて
調べてみたかと尋ねました。
自分の手を汚さず、
側室たちにサーナット卿を
何とかさせようとするゲスター。
腹黒なことばかり考えているのに
それでも彼が泣いていると、
同情してしまうラティル。
彼の本性を知っているくせに、
なぜ、いつまでも、
ゲスターが弱々しい態度を見せると
彼の思惑通りの行動を取るのか
不思議ですが、
目の前に哀れな者がいると
ラティルの博愛的精神で
放っておけないのではないかと
思いました。
ゲスターに意地悪されたラナムンが
可哀そうすぎて、泣けました。
プレラは、
アニャドミスの転生なので、
ただでさえ、ラティルは
彼女を煙たがっているのに
これで、
2番目の子供が生まれたら
そちらの方が
より愛されるのではないかという
ラナムンの心配に、
火を注ぐようなことをして
本当に腹が立ちます。
その上、ラナムンがダメなら
今度はクラインだなんて、
一体、ゲスターは
他の側室を何だと思っているのか。
でも、もしかして、ゲスターは
自分の力だけで
ラティルの1番になる自信がないので
他の側室を蹴落とすことしか
考えられないのではないかと
ふと思いました。