788話 ヒュアツィンテはエイモンズ王国の記録の中にランスター伯爵の名前を見つけました。
◇嘘をつくのが上手◇
ヒュアツィンテは、
自分が知っているランスターを
思い浮かべました。
それから、彼は、
偶然だろうかと思いながら、
次のページをめくりました。
捜査官が
無事に領地に潜入した。
10日に1度、牛乳商人を通じて
報告することにした。
ヒュアツィンテは、
再び次のページをめくりました。
しかし、
記録はそこで切れていました。
ロードに関連した。
数多くの記録がそうであるように
エイモンズ王国の記録も、
後半の部分は、
誰かが強制的に剥がして
存在しませんでした。
言い換えると、この後半の部分に
ロードに関する記録があったので
剥がしたということでした。
ランスター伯爵という者は
ある意味ロードと関わっている。
そう考えたヒュアツィンテは
再び歴史学者を呼ぶと、
これは彼が解読したのかと
尋ねました。
歴史学者は、
「はい」と返事をすると、
それが自分の主な業務だ。
元々は、カリセンが
帝国に跳躍する時期の歴史の方に
もっと興味があったけれど、
世の中が騒がしくなってからは
500年前の歴史を主に探っていると
答えました。
ヒュアツィンテは、
ここに出てきた
ランスター伯爵の領地は、
今のカリセンのどの地域なのかと
尋ねました。
歴史学者は、
ランスター伯爵の領地は、
すでに500年前に
エイモンズ王国から離脱したので
カリセンの領土ではないと
答えました。
歴史学者が帰った後も
ヒュアツィンテは仕事の合間に
「古代語専門家ランスター」と
「500年前のランスター伯爵」について
考えました。
そうしているうちに、
頭が詰まって来た時は
ラティルが送って来たメモ2つを
机に並べて見ました。
「レアンの言葉を信じないで 」
「違う」
レアンとラティルのうち、
ヒュアツィンテが信じられるのは
ラティルでしたが、
今、証拠もなく主張しているのも
ラティルでした。
昔、タリウムに留学していた時、
ヒュアツィンテとラティルは
秘密の恋愛をするために
周囲を気にかけないことが
ありました。
当然、ばれそうになったことが
1度や2度ではありませんでした。
しかし、2人の仲が
発覚する危険に直面する度に、
主に言い繕うのはラティルでした。
ヒュアツィンテは、
ラティルが理由もなく嘘をついて
歩き回る人ではないということを
知っていましたが、
必要ならば、憚ることなく
嘘をつくのが上手だということも
知っていました。
翌日、彼は再び歴史学者を呼ぶと
ここに出てきた
ランスター伯爵と領地について
もっと知ることができるかと
尋ねました。
歴史学者は、もちろんだと答えると、
いつまでに調べればいいか
尋ねました。
ヒュアツィンテは、
早ければ早いほどいい。
肖像画も、
手に入れることができればいいと
答えました。
貴族と王族は
自分たちの肖像画を描いて
先祖の肖像画と一緒に
集めておくものなので、
ランスター伯爵という者の領地にも
肖像画がある可能性が
高いと思いました。
歴史学者は、新しい目標に
興奮しているかのように
目を輝かせながら、
探してみると答えました。
◇レアンの花嫁候補◇
その時刻、レアンの乗った馬車は、
タリウム宮殿の中に入っていました。
知らせを聞いたラティルは、
自らレアンの花嫁候補に会いに
出かけました。
権力も財産も影響力も名声もない
貴族の娘を
元皇太子の花嫁として迎えたことで
すでにラティルとレアンの間の
不仲説は激しくなっていました。
それを少しでも減らすためには、
ラティルが直接乗り出して、
レアンの花嫁候補を歓待する姿を
見せなければなりませんでした。
馬車が止まると、
使節と一緒に行った近衛騎士が
馬車の扉を開けてくれました。
レアンは長旅にもかかわらず、
きれいな姿で先に降りました。
すぐに彼が馬車の中に手を伸ばすと、
細い手首が現れ、
彼の手をギュッと握りました。
レアンを迎えに出た人々は
同時に頭を少し突き出しました。
レアンの敵であれ味方であれ、
力のない辺境領地から大帝国の中央に
突然来るようになった人の顔が
気になったからでした。
そして、ついにレアンの花嫁候補は
姿を現しましたが、
彼女は、大きな帽子をかぶり、
その前に布をつけて顔を隠していたので
集まっていた人々は同時に嘆きました。
そんな雰囲気を知らないかのように
レアンは花嫁候補の手を取り続けたまま
自分たちだけに聞こえるような
小さい声で話しかけていました。
花嫁候補が頷くと、
帽子についた布が揺れました。
ラティルはそちらへ歩いて行きました。
ちょうどレアンも花嫁候補の手を
離したところでした。
ラティルが近づくと、レアンは、
ヒュアツィンテに
ラティルについての悪い話を
したことがないように笑いながら
「ただいま」と挨拶をしました。
どうしても、良い言葉が
出て来なかったので、
ラティルはただ真似して笑うだけで
花嫁候補を見ました。
彼女は、
ラティルが自分の方を見ると
そっと挨拶しましたが、
その動きは踊るように軽やかでした。
レアンは「ベゴミア嬢です」と
花嫁候補を紹介しました。
彼女も、
カリセンのカリアランス侯爵家の
ベゴミアだと自己紹介し、
皇帝の名声をよく聞いていたので
このように会うことができて光栄だと
挨拶をしました。
見守っていた人たちが騒めきました。
カリアランス侯爵本人も、
カリセン宮殿に
出入りすることができない
立場のはずなのに、
その5番目の娘であるベゴミアは
タリウムの皇帝を前にしても
かなり毅然としていました。
ラティルは「会えて嬉しい」と
挨拶を返しながら、
タッシールが彼女の名前を
リストに載せた時に言ったことを
思い出しました。
◇帰り道は・・・◇
レアンといくらか話を交わした後、
ラティルは執務室へ歩いて行き、
アニャに目配せしました。
彼女は、すぐに付いて来ました。
ラティルは執務室の中に入るや否や、
サーナット卿を除いた他の人々を
全員追い出した後、アニャに
「どうだった?」と尋ねました。
アニャは、
レアンとカリセン皇帝が
話をする姿は見ることができなかったと
答えると、ラティルは、
その話なら、
ランブリーから直接聞いたと
返事をした後、
移動する時のレアンの様子について
尋ねました。
アニャは、
カリセンへ行く時は、
ほとんど馬車の外に出なかったと
答えると、ラティルは
帰り道は違ったのではないかと
聞きました。
アニャは、
「婚約者を連れての帰り道は・・・」
と話し始めました。
◇人狼との戦い◇
ベゴミアを乗せての帰り道。
アニャはできるだけ
馬車を見ないように努めました。
馬車の中から笑い声と幻聴が
聞こえて来るからでした。
アニャは、彼らがあの中で
何の話をしているのか気になり
自分でも知らないうちに
耳を傾けてしまったので、
自責しながら、無理やり他の所へ
注意を注ぐことを繰り返しました。
絶壁の下を通った時に、
人狼が現れるまでは
かなりうまく行っていました。
人狼は、
持っているものを全て出せと
要求しました。
アニャは人狼を見ると、
かえって幸いだと思いました。
彼女は、わけの分からない怒りを
和らげるために剣を抜きました。
ところが、一人の人狼が、
死体と血の匂いがする。
一行に誰が混ざっているのかと
鼻をクンクンさせながら
叫ぶ言葉を聞くと、
アニャは剣を戻しました。
人狼は、
吸血鬼が一行に混ざっているのを
匂いで察知したようでした。
すぐに戦いが始まりました。
兵士たちは武器を取り出し、
人狼は武器と変わらない
腕の筋肉、鋭い爪をむき出しにして
一行に攻撃を浴びせました。
彼らは荷車3台に積んだ
莫大な量の宝物を
狙っているようでした。
しかし、アニャは、人狼と戦う方法を
よく知っていながらも、
前に出ることができず、
後ろに下がるしかありませんでした。
対怪物部隊小隊の副隊長である
アニャが、一番熱心に逃げていると、
兵士たちは、
アニャが何をしているのかと
当惑したように尋ねました。
アニャは、急にお腹が痛くなったと
答えた後、
人狼は、攻撃を受けると
高く飛び跳ねて避けるので、
3人で人狼を囲み、
1人は上から逃げないようにしろと
指示しました、
「アニャ卿は・・・」と
兵士たちは呟きましたが、
彼女は、お腹が痛いと言い張り、
弓で遠くから人狼を撃ち、
兵士たちが倒れそうな所があれば
駆けつけて起こすやり方で
戦うしかありませんでした。
人狼たちは、命をかけて
戦うつもりはなかったのか、
戦いが容易でなくなると、
「畜生!覚えていろ!」と
捨て台詞を残して
逃げてしまいました。
たった3人だけだったけれど
兵士たちは人狼を退けると、
士気が上がって歓呼しました。
その一方で兵士たちは、
アニャ卿は
皇帝と親交があるそうだけれど
もしかしたら、そのコネで
入って来たのではないか。
どうして人狼と戦う時に腹痛になり
人狼がいなくなると腹痛が収まるのかと
人狼と戦っているに時に、
後ろに下がっていたアニャを
疑いの目で見始めました。
人間より聴覚が鋭いアニャは、
彼らがひそひそ話している声が
聞こえましたが、悔しくても
反論することができませんでした。
ところが絶壁の下を
ほとんど通過した頃、馬車が
ぬかるみにはまってしまいました。
アニャと兵士たちで、
懸命に馬車を引き上げてみると、
人狼たちと戦った時に、
彼らが馬車の車輪に
傷をつけたことが分かりました。
車輪を動かしている間、
アニャは自分に注がれる
レアンの視線を感じました。
しかし、顔を上げずに
車輪だけを見つめ続けました。
そして、車輪を全部交換した後、
きちんと変えてあるか確認するために、
アニャは直接馬車の横に
近づきました。
兵士たちは馬車を持ち上げて、
アニャが車輪を
回すことができるようにしました。
ところが、アニャが
車輪の下の方に手を入れて
回している時、
馬車を持ち上げていた兵士のうち、
アニャの方に立っていた兵士が
ミスするふりをして
手を離してしまいました。
馬車はすぐにアニャの方へ傾きました。
驚いたアニャが、
馬車を手で止めようとした瞬間、
誰かがアニャを捕まえて
自分の方へ引き寄せました。
レアンでした。
彼は慌ててアニャに
大丈夫かと尋ねました。
アニャは彼の心臓が
速く動くのを感じました。
そしてレアンの肩越しに、
彼の婚約者が、
妙な目で自分を見つめていることに
気づきました。
◇ただの普通の人◇
ラティルがアニャを呼ぶと、
彼女は躊躇いながら、
レアンは、噂とは裏腹に、
親切な人間のようだと話しました。
ラティルが気に入らなさそうに
眉をつり上げると、アニャは
本音を隠した人間は
親切なふりをすると、
すぐに付け加えました。
ラティルは頬杖をついて
目を細めました。
アニャは知らないけれど、
彼女の回想は、
全てラティルに伝わっていました。
アニャがレアンの腕のことを
しきりに思い出すと、ラティルは
震えながら腕をこすりました。
アニャが訝し気な視線を送って来ると、
ラティルは、
ベゴミアはどうだったかと尋ねました。
彼女の名前が出てくると、
アニャは、
すぐに落ち着いて来たようで
彼女の本音が聞こえなくなりました。
アニャはベゴミアが
自分を少し変な目で
見たことを思い出しました。
しかし、その話をすると、
自分がレアンのために、
彼の妻になる人を
悪く言っているように
思われそうな気がして、
口を開けませんでした。
アニャは、
ただの普通の人だったと
躊躇いながら答えました。
彼女が自分を
少し変な目で見たからといって
それが、必ず報告するに値するような
ことではないと考えたからでした。
◇タッシールの計画◇
アニャが出て行って
しばらくすると、
タッシールがやって来ました。
彼は、笑っているようで、
笑っていないように
口元を上げていました。
やっと来たと、ラティルが言うと
タッシールはラティルの机に
座りましたが、
サーナット卿と目が合うと
そっと、また立ち上がりました。
なぜ立ち上がるのか。
座っていてもいいのにと、
サーナット卿は
無愛想に言いましたが、
タッシールは座る代わりに
笑いながら、
一行に会ってみたかと尋ねました。
ラティルは、
まだ会っていない。
ベゴミア嬢は顔を隠しているし、
そこで彼女が連れて来た侍女たちを
呼ぶのも不自然だから
侍女たちとも会っていないと
答えました。
サーナット卿は訝しげな目で
ラティルとタッシールを
交互に見ながら、
どういうことなのかと尋ねました。
ラティルは、
「もう話してもいい?」と
尋ねるような視線で
タッシールを見ると、彼は頷き、
自分と皇帝は、今回の結婚行列に
アイニが紛れ込んでくることを
計算していたと説明しました。
サーナット卿の目が大きくなりました。
ラティルは、
自分が計算したのではなく、
タッシールが教えてくれたと
恥ずかしそうに
タッシールの言葉を訂正しました。
サーナット卿は、
ラティルとタッシールを
交互に見つめ続けながら、
「それでは、わざわざレアン皇子を
宮殿で過ごさせたのは・・・」と
尋ねると、ラティルは、
それはアドマルで
アイニと戦う前の計画だった。
彼女に取り付いていた黒い靄を
消したから、今は、分からない。
アイニが、依然として敵かどうかは
調べなければならないと答えました。
もしかして顔を隠している
ベゴミアがアイニ?
もし、そうだとしたら、
アイニがベコミアになりすまし、
レアンが結婚相手として
ベコミアを選ぶことを
予想していたタッシールは、
本当に本当にすごいと思います。
アイニがベコミアなら、
彼女は
アニャの顔を知っているので、
彼女を妙な目で見たのも
納得がいきます。
もしも、アイニが
まだレアンと手を組んでいたら、
アニャが吸血鬼であることを
バラしてしまいそうだけれど、
黒い靄が消えたことで、
ラティルを攻撃する気持ちが
アイニから消えていたとしたら、
なぜ、アイニはタリウムへ来たのか。
アドマルでヘウンを放って
行ってしまったから、
レアンを助けるふりをして、
ヘウンを探しに来たとか。
それと、アイニは
アドマルの地下空間に落ちた後、
しばらく、そこにいたと思いますが
そのことが、
彼女に何か影響を与えたのか。
知りたいことは
たくさんあるけれど、
全て明らかになるかは謎です。