790話 ベゴミアがベールを外すと、アイニの顔が現れました。
◇一度だけ信じて◇
アイニは一気に酒を口に含むと
グラスを下ろし、
優雅に口元を拭いた後、
どうして分かったのかと
尋ねました。
実はタッシールが予想したのは、
アイニが新婦側の人々の間に
混ざって現れることで、
彼女が花嫁本人になって現れるとは
全く予想していませんでした。
ラティルは、
本当に皇后様は、あちこち
予想外の場所によく現れると
返事の代わりに
皮肉を言いました。
アイニはくすくす笑って、
再び酒を一口飲みました。
ラティルは
椅子の背にもたれかかり、
アイニが一人で酒を飲み続けるのを
じっと見ていました。
彼女は、
酒を続けざまに飲みましたが、
アイニの本音は
よく聞こえませんでした。
ラティルはアイニに
どうして来たのかと尋ねました。
もちろん、レアンと手を組んだから
来たのだろうと、ラティルは
ある程度、推測していましたが、
それでも聞いてみました。
アイニは答えずに
酒を飲み続けました。
酒瓶を半分ぐらい空けた頃、
アイニはグラスを置き、
割れそうになるくらい
強く握り締めると、
自分がラティルを
助けに来たと言ったら信じるかと
尋ねました。
ラティルは「いいえ」と即答しました。
グラスを握るアイニの手から
少し力が抜けました。
彼女は軽く笑って、
確かに、信じがたいだろうと
言うと、ラティルは、
そう話しながらも
信じてもらえないと
思ったのではないかと指摘しました。
ラティルはテーブルの下で
手のひらをズボンに擦り付けました。
自分が追及する立場だけれど、
緊張しているのは同じでした。
アイニは、
もう飲むのをやめなければ。
ここで酔ってはいけないからと
言ってグラスから手を離すと、
ラティルも、
ズボンを擦るのを止めました。
今日のアイニは、お酒に酔って
本音を漏らすことはないと思いました。
ラティルは、わざとぶっきらぼうに
本当にレアンと
結婚するつもりなのかと尋ねました。
アイニは、
皇帝は自分を信じないのに、
その話を全部するわけにはいかないと
答えると、ラティルは、
信じるから話してみるようにと
促しました。
アイニは、
レアンを愛しているので
彼と結婚すると告げると、
ラティルは呆れて
口がへの字に曲がりました。
アイニはにっこり笑って
席から立ち上がると、
やはり、皇帝は信じない。
けれども、これは嘘で
自分はレアンに対して何の感情もない。
信じてもらえないかもしれないけれど
自分は皇帝を守りにここに来たと
話しました。
ラティルは、アイニに続いて
立ち上がる代わりに、
頬杖をついて、彼女を不満そうに
見つめるだけでした。
アイニはベールを手に取ると
再び額の飾りと繋げて
顔を隠しました。
ラティルは、
ベールの下に現れた
彼女の顎と首のラインに
変化が生じるのではないかと
穴が開くほど見ましたが、
そうはなりませんでした。
それから、ラティルは
アイニが挨拶をして
出て行くと思いましたが、
アイニは残り半分の酒瓶を
抱きしめると、
自分たちが初めて会った時のことを
覚えているかと
苦々しそうに尋ねました。
ラティルは堂々と入って来た
アイニの姿を、
未だに覚えていました。
あの時のラティルは、後にアイニと
こんなに深く絡み合うことになるとは
思いもしませんでした。
アイニは、
自分たちは最初から、
互いに嫌い合っていたわけでは
なかったのではないかと言うと、
ラティルは、
その話をするには
遅すぎたのではないかと非難しました。
アイニは、
一度だけ信じて欲しいと
訴えましたが、ラティルは、
とても遅いと思うと返事をしました。
アイニは酒瓶を持ち直して、
ベールをかぶった頭を
ラティルの方へ向けました。
表情は全く見えませんでしたが、
その様子は、
微かに震えていました。
アイニは、
このまま消えてしまおうか。
黒魔術師たちの面倒を
見ることにしたついでに、
そのまま
彼らと一緒に生きていこうか。
それとも、対抗者として
人々を守りながら生きていこうかと
本当に色々と悩んだと打ち明けました。
ラティルは、
それなのに、なぜ急に
ここへ来たのかと尋ねました。
アイニは、
一度は皇帝を助けなければならないと
思ったからと答えると、
真剣な表情でラティルを見つめました。
ラティルが負担に感じるような
視線でした。
彼女は笑いこけながら、
何をどうやって助けるのかと
からかうように尋ねました。
本当にアイニが
自分を助けることができると
思ったというよりは、
彼女のとんでもない提案が
面白くてした質問でした。
しかし、アイニは
皇帝が望むなら、
レアンについて教えると
真剣に答えました。
それを聞いても、
ラティルは嬉しくなかったので
眉間にしわを寄せました。
この言葉は、
それなりの戦略かもしれない。
何も知らないより、
偽情報に振り回された方が
かえって被害が
大きくなるのではないかと
考えました。
ラティルの警戒心に満ちた表情を見た
アイニは、
考えてみて欲しい。
皇帝と戦った時も、
自分は皇帝を騙したことはないと
苦々しい声で呟くと、
ラティルに背を向けました。
アイニが扉の外に出る直前、
ラティルは、
来なければ良かったのにと、
グラスを持ち上げながら
呟きました。
アイニは立ち止まって
ラティルを振り返りました。
彼女はアイニの方を見ないで
食べ物を食べ始めました。
◇タッシールも驚く◇
ベゴ自身がアイニだったと
ラティルから聞いたタッシールは
驚くとともに大笑いしました。
まさかアイニ自身が
花嫁の姿で現れるなんて
彼女は思ったより勇敢だと批評すると
ラティルは口を尖らせて
テーブルの上に
上半身を突っ伏しました。
ラティルもやはり意外だったし
アイニがベゴを詐称したせいで、
事がさらに複雑になってしまいました。
ラティルは、
元々、自分たちは
アイニが侍女に偽装していることを
暴くつもりだったけれど
こうなってしまったら、
どうするのかと尋ねました。
タッシールは、
仕方がないので、このまま行くと
答えました。
ラティルは、
このまま行くのかと聞き返すと
タッシールは、
他に方法はないし、
むしろ波紋が大きくなるだろうと
自信満々に笑うと、
ラティルのお腹の上を
愛情あふれる手で撫でました。
しかし、ラティルは
全く肯定的に考えられませんでした。
ラティルは、
アイニの態度が何か気になる。
自分のために来たとは思えないけれど
自分が彼女を
信じるはずがないということを
知っていながら、
なぜそう言ったのか分からないと
言いました。
そして、
馬車から降りて来たベゴと
初めて食事をした時、
慎重にベールを外して
横に置いていたベゴと、
ベールを外すと
アイニの顔だったベゴを
交互に思い出しながら
どうやってアイニは顔を
変えたのだろうか。
顔を変えて来たのだろうか。
それとも本当にベゴも
一緒に来たのだろうかと
呟きました。
タッシールは、
きちんと暴かないと、
レアン皇子に対する八つ当たりを
罪のない人にしているように
見えるだろうと返事をしました。
ラティルは、
アニャに侍女たちと
話をさせてみたところ、
彼女たちは、宮中生活に
慣れていないようだと
アニャは話していた。
また、その他の
いくつかの行動や態度などから、
アイニが侍女ではなく、
ベゴ本人だと推測した。
しかし、どんな方法で
顔を変えているのかは分からないと
言うと、タッシールは、
顔を変えた人が一人なのか、
それとも複数いるのかもと
付け加えると、
ラティルは目を大きく見開き、
そうだ、それも問題だと
タッシールに同意しました。
この人はアイニだと暴露した後で、
実はそうではないと訂正し、
今度は別の人を連れて来て
今度は本当だと主張しても
本当に見苦しいと思いました。
ラティルは、
ベゴがアイニだということを
暴露するだけではなく、
レアンがそれを知りながら、
アイニと結婚したことが
同時に明らかになるように
しなければならない。
そうしないと、レアンは
母親にしたことを
アイニにそのままするだろうからと
話しました。
レアンは、すでに先皇后に
全ての罪を押し付け、
自分だけ罪から逃れようとした
前科がありました。
レアンのイメージのせいで
彼の言葉を信じる人も多数いました。
深刻になったラティルは
額を顰めて、目を細めました。
タッシールは彼女のそばで
慎重にお腹を撫でました。
それから、ラティルは、
なぜ、レアンは
アイニを連れて来たのか。
単純に、
アイニが持っている力のためなのか。
それとも・・・と呟きました。
◇レアンの計画◇
レアンは、部屋に入ってきた腹心に
ベゴについて尋ねました。
すぐに腹心はレアンに近づき、
ベゴは皇帝と食事を済ませて、
部屋に戻ったと報告しました。
そして、レアンに、
彼女の所へ行ってみるかと
尋ねました。
しかし、レアンは断りました。
彼は、昨日の夕方、ラティルが
タッシールとサーナット卿に
ベゴを捕まえさせている間、
小隊副隊長のアニャが、
ベゴの侍女たちに
会いに行ったことを思い出しました。
アニャは侍女たちに会った直後、
ラティルに会いに来ました。
そして、ラティルの執務室で
レアンに会った時、彼女は
ほとんど、彼を
知らないふりをしました。
翌日、ラティルは、
レアンなしでベコだけを呼びました。
レアンは口の端を上げながら、
あまり会いに行かない方がいい。
ラティルは、ベゴや彼女の侍女の中に
アイニがいることを、
すでに気づいたようだ。
ラティルは賢くなったと話しました。
腹心は、レアンが飲み終えた茶碗を
片付けながら、目を見開き、
それは、本当なのかと尋ねました。
レアンは、
確かなことではなく、
推測している段階だけれど、
その確率は高いと答えました。
腹心は、
きっと皇帝は、その事実を
人々に知らせようとする。
アイニ皇后は
公に死亡した状態なので、大変だと
心配しました。
腹心は焦るあまり手が震えたため、
茶碗を割らないよう、
テーブルの上に置きました。
しかし、震えて死にそうな
腹心と違って、レアンは呑気に
笑っているだけでした。
緊張するどころか、
むしろ事を楽しんでいる様子に
腹心は安心しながらも心配になり
このことが、皇子の計画に
役立たないのではないかと
尋ねました。
その言葉に、レアンはにっこり笑うと
ほとんど使うことのない自分の剣を
クローゼットの中から取り出し、
鞘から剣を抜くと
テーブルの上に置きました。
腹心は恐ろしくて、
後ろに三歩下がりました。
腹心はレアンに、
それで何をするつもりなのかと
尋ねました。
レアンは、
片方は刃で、片方は握りだと
答えました。
それから、
これはアイニだと言って
剣の中心を指で押さえ
握りを軽く叩きました。
その後、手を離すと、
剣は円を描くように回り、
腹心を刺すように止まりました。
アイニがベゴたちに紛れていることを
ラティルが知ったら、きっと彼女は、
自分が良くない魂胆から
アイニと手を組み、
彼女をここへ連れてきたと追い詰め、
その事実を、
人々に暴露しようとするだろうと
説明しました。
腹心は、ようやくレアンが
何を言おうとしているのか理解し、
目を大きく見開くと、
それは皇子が企んでいることと
似ていると言いました。
レアンも
アイニを隠し続ける気はなく、
彼は、自分が調査した内容に
力を与える相手として
彼女を選びました。
彼がラティルについての真実を
人々に明らかにすれば、
彼女は立ち上がって彼の肩を持つ。
彼女の名前と名声、対抗者という立場が
彼に力を与えるはず。
それにより、アイニは、
彼女自身が被った悪名を
払拭することができ、
レアンは国を守ることができる。
ところが、まさかラティルが
こんなにも早く、
ベゴがアイニと関係があることを
推測するとは思いませんでした。
自分もラティルも、
アイニを剣として使おうとしているし
彼女の正体を明らかにしながら
暴露するという方法も同じ。
しかし、一方は剣を握り、
もう一方は斬ることになると
話しました。
腹心は悲壮な表情で剣の握りを
レアンの方にしっかりと固定し、
皇子が剣を握ることになると
言いました。
レアンは、
攻撃と防御を
同時にしなければならないので、
容易ではないと言うと、
鞘に剣を入れて横に置きました。
腹心は、
皇子には、その他にも
秘蔵の武器がある。
皇帝の手札は有用だけれど、
すでに皇子が全て知っていると
励ましました。
しかし、
ラティルの計画を素早く察しても、
レアンは、何か引っかかるような
表情をしていました。
腹心は、
まだ気になる点があるのかと
尋ねました。
レアンは「あの女が・・・」と
呟くと、腹心は
「アイニ様ですか?」と尋ねました。
レアンは、思わずアニャについて
話そうとしましたが、
口をつぐみました。
彼は、アニャが、この件について
どれだけ関わっているのか
疑問に思っていました。
深く関わっているのか。
もしそうであれば、
それについても知っているのだろうか。
もしかしたら自分のことを
憎むかもしれない。
レアンの表情が重くなると、
腹心はたじろぎ、
手をじっとさせておくことができず、
茶碗とテーブルを交互に触りました。
そうしていうるちに
茶碗と手が激しくぶつかり、
ガチャンと音を立てると、
レアンは遅ればせながら
腹心の状態に気づき、微笑みながら
白魔術師のことを尋ねました、
腹心は、
引き続き準備中だそうだ。
ベコがアイニだと暴露する時、
ゲスターの足首を
確実につかんでおくことができると
答えました。
レアンは、今後、確実に
顔色を窺う争いになると言うと、
腹心は、ため息をつきながら、
ベコがアイニであることを
いつ、皇帝が暴露するつもりなのか
分かればいいのに。
その時期さえ確実に分かれば、
100%、皇子が勝利する戦いだと
話した後、
白魔術師に
美男系を使ってみろと言ったら
ダメだろうかと提案しました。
レアンは、
ほとんど笑いが消えた表情で
腹心を見つめたので、彼は慌てて、
皇帝が好色だという意味ではないと
言い直しました。
ようやくレアンの表情は
いつものように戻りました。
腹心は急いで茶碗を片付けました。
そして腹心が廊下で茶碗を落として、
ガチャンという音がする瞬間、
レアンは、腹心が「美男系」と
言ったことで
アニャを思い出しました。
彼女はラティルの信頼を得ていて
気弱な人のようでした。
うまくいけば、彼女から、
情報を得ることが
できるのではないかと思いました。
ラティルを助けたいと言った
アイニの思惑が何なのか分からなくて
ラティルが考えに耽っているのは
理解できますが、
タッシールがお腹を撫でているのに
無反応だなんて酷すぎます。
きっと、タッシールは
ラティルが何か言ってくれることを
期待していたでしょうに、
まさか、ラティルは、
タッシールが
お腹を撫でてくれていることさえ
気づいていなかったりして。
あまりのラティルの鈍感さに
呆れるやら腹が立つやらでした。
レアンはアニャのことを
全く疑っていなさそうなので
アイニは、彼女の正体を
バラしていないのかも。
もし、そうであれば、アイニが
ラティルを助けると言ったのは
本当なのかもしれません。
もし、レアンがアニャに
ラティルの情報を教えて欲しいと
頼んだら、アニャはどうするのか。
ラティルはドミスの転生だから
ラティルを裏切ることはないと
信じたいけれど、
恋に目が眩んだ者は
何をしでかすか分からないので
少し不安でもあります。
どうかアニャが
レアンに靡くことないのように。
そして、家族でさえ利用し、
妹の命を奪うことさえ何とも思わない
サイコパスなレアンが
アニャに恋したせいで
身を滅ぼす姿が見たいです。