130話 どうして、こんな風に真夜中に来たのかと、エルナはビョルンに怒りましたが・・・
真夜中に夜逃げをしたエルナが
真夜中という言葉を
言うものではないと思うと
ビョルンは、辛辣に皮肉るように
言い返しました。
まだ言い終えていない言葉を
飲み込むエルナの瞳が
小さく揺れました。
確かにエルナは
手紙一通くらいは残していった。
けれども、まさか、その程度で
全てが片付くと思ったのかと
抗議するビョルンの目は
徐々に細くなって行きました。
エルナは依然として何も言わずに
彼を見つめてばかりいました。
緊張している顔でしたが、
以前のように怖がったり、
気後れした様子は
見えませんでした。
ビョルンは、
はっきり、エルナの口から
全部分かった、
大丈夫だと聞いたのに、
逃げてしまったのは、
あまりにも卑怯だと思わないか。
先に会話をすることを
考えるべきではなかったのかと
エルナを責めました。
彼女は、息を整えて
それについて謝りました。
そして、あの時は
到底、ビョルンと向き合って
話をする自信がなかったと
言い訳をしました。
ビョルンは、
その理由を尋ねました。
エルナは、
あまりにも息が詰まって、
早く大公邸を抜け出すことしか
考えられなかったと答えました。
ずっと落ち着いていたエルナの声が
細かく震えました。
あの日をことを思い出すだけでも、
また息が詰まるような
気がしたからでした。
無意識のうちに
乾いた唾を飲み込んだ
ビョルンの喉が激しく動きました。
建国祭の舞踏会が開かれた夜、
エルナに発した最初の言葉が
ふと思い浮かびました。
彼に頼って息をした女性が、
今は息ができないので
彼のもとを去ると言っているのが
おかしくて、
ビョルンは短く失笑しました。
彼は、
息ができるところに来て下した結論が
離婚なのかと尋ねました。
言葉を重ねるにつれて
ビョルンの口調は
鋭くなっていきました。
彼は、
この辺で帰って来るように。
逃げたという噂が怖くて
離婚という言葉を口にしたのなら
余計な心配をしなくていい。
人々は、エルナがバーデン家に
療養に行ったと思っているからと
言いました。
しかし、じっと彼を
見つめているだけだったエルナは
「いいえ」と
断固として拒否しました。
エルナは、
十分に悩んだ末に下した結論だから
離婚届を送った。
自分の決定が覆ることはないと
返事をしました。
エルナをじっと見つめていた
ビョルンは笑いを堪えながら
エルナが
どうかしているのではないかと
聞きました。
しかし、エルナは
ビョルンのことを「王子様」と呼んで
自分は、いつにも増して理性的だと
返事をしました。
ビョルンが
「王子様?」と聞き返すと、エルナは
ビョルンは、
もう自分の夫ではなので、
そう呼ぶのが妥当だと思うと答えると
首と腰をまっすぐにして
ビョルンに向き合いました。
それから、エルナは
もしかして全額返済できなかった
借金のせいで、こうしているのか。
債務をきちんと精算できないまま
離婚するのは許せないからなのかと
尋ねると、物思いに耽った顔をして
首を傾げました。
わざと悪く見えるように
振舞っている女に呆れて
ビョルンは、ただ笑いました。
エルナは、
時間をかけてじっくり考えてみると、
自分はこれ以上
王子様に借りがないように思うと
言いました。
ビョルンが、
「ああ、そうですか?」と
聞き返すと、エルナは
良い妻になりたくて
たゆまず励んでいた自分の1年は
とても安っぽいものではなかった。
ビョルンが自分に望んでいたのは
すべて自分が与えた時間だったと
答えると、ビョルンは、
自分が望んでいたものは
一体、何かと尋ねました。
エルナは、しばらくしてから、
レチェンの国益と王室の安寧。
そして、
ビョルンの平穏な暮らしのために
何も知らないまま
大公妃の座を守ってくれる盾を
ビョルンは望んでいた。
自分は喜んで騙され、
その役割をしてやった。
意図したわけではなかったけれど
結果的にはそうなったので、
それ相応の対価を払うべきだと、
何の恨みもなく、
とても簡潔で落ち着いた口調で
答えました。
そして、
ビョルンに楽しみを与える
綺麗な花の役割も、
かなりうまくやったのではないかと
付け加えると、
彼をじっと見ていたエルナは
花が咲くように美しく、
一瞬、一瞬が愛だった
あの時代の、あの女性のように
笑いました。
そして、エルナは、
王子様の計算通りなら、
もう借金はないと思うと話すと、
ビョルンは、
「それで?」と聞き返しました。
エルナは、
自分たちの仲も、
きれいに片付いたという意味だろうと
答えました。
エルナは声を一度も荒げることなく
嘲弄と非難を浴びせました。
その瞬間にも、
一様に澄んで柔順な顔が
ビョルンをより一層当惑させました。
エルナが「片付いた」という言葉を
繰り返すうちに、
ビョルンの口元に留まっていた
意地悪な笑みが影を潜めました。
乱れた髪の毛を撫でる手は、
とても荒々しく焦っていました。
ビョルンは、
自分を愛していたではないかと
言うと、
開いている納屋の窓の向こうを
凝視しました。
それから、息を整えた後、
再びエルナに向き合いました。
狂ったように叫びたい衝動を
抑えるために、
何度も乾いた唾を飲み込んで
息を整えなければなりませんでした。
「はい、そうでした。」と
エルナは淡々と頷きました。
どんな煩悶や躊躇の色も
見当たらない青い瞳に向き合うと、
ビョルンは、
とても冷たくて深い水の中に
徐々に沈んでいくような
気分になりました。
あの愛がこんなに一瞬で終わり
片付けられるものだったのか。
ビョルンは低く沈んだ声で、
自分をここまで来させた
その質問をしました。
氷のようなエルナを
目の前にしていても、
依然として信じられませんでした。
あれほど自分を愛していた妻で
自分のものだったエルナだから
自分に笑いかけてくれて、
ビョルンと甘く囁いて
抱きしめてくれそうな気がしました。
ビョルンは、
一体、どうして
そんなことができるのかと
尋ねました。
エルナは苦笑いの混じった
ため息をつくと、
永遠に続くと思った恋が、
意外にも、
こうして終わってしまった。
今になって思えば、あの愛は
嘘と欺瞞の上に積み上げた
虚像だった。
世間知らずの田舎の少女の
純真な幻想だった。
自分が作った造花のような、
偽物だっだと答えました。
そして、エルナは
呆然としたビョルンの目を直視しながら
そのように、
取るに足らない偽物だったので、
一瞬にして消えてしまったようだと
きちんと話しました。
荒々しい風が
納屋に吹き込んで来ました。
ビョルンは依然として
現実を直視できない目で、
自分の前にいる
見慣れた見知らぬ女性を
見つめました。
風で乱れた髪を整えたエルナは、
再び姿勢を正して
その視線を受けました。
そして、美しい魔女は、
その偽の愛はもうないと
呪いをかけました。
エルナは、
自分はビョルンが望む妻になって、
十分なお金をもらって、
今は効用のない存在になった。
元の場所に戻った王子には、
もう安物の造花のような妻は
必要ないので、借金のないまま
離婚してもいいと思うと言って
笑いました。
魔女の笑顔は、
夏祭りの夜を彩っていた
あの花火に似ていました。
ビョルンは、
その全てをそうやって、
勝手に判断するのかと責めると、
彼の唇から、息が詰まるような、
そら笑いが沸き出て来ました。
彼は、
エルナの言う通り、
ようやく汚名をそそいで
評判を取り戻したのに、
このように、また1年で
離婚しろというのか。
それで、自分は
一体どうなると思うのかと
尋ねました。
エルナは、
人々は十分に理解するだろうし
むしろ、
きちんとした新しい大公妃を
迎えることができて喜ぶかもしれない。
ビョルンにとっても、
色々とお得だと答えました。
ビョルンが
「お得?」と聞き返すと
エルナは、
これ以上、盾としても、
ビョルンを愛してあげる造花にも
使えない妻は使い道がないと
答えました。
しかし、 ビョルンは
「愛だ!」と叫ぶと、
駄々をこねるのもいい加減にしろ。
浮気をして子供を捨てた
クソ野郎だという
評判が立っていた自分を、
エルナは、よく愛してくれたと
言いました。
エルナは、
そうだった。
ビョルンを救援者だと信じ、
勝手に想像し、その虚像を愛した。
今になって思うと、
自分は本当に情けない女だったと
少しも興奮した様子もなく
自嘲しました。
そして、エルナは、
自分たちは、互いを騙し合う
結婚生活を送ってきたようだ。
ビョルンは、
多くのものを与えたから
全て大丈夫だと合理化して自分を騙し
自分は切羽詰まった状況に
追い込まれた時の選択を
愛だと信じて
ビョルンを騙していたと話しました。
その言葉を聞いたビョルンは
「それで?」と聞き返しました。
エルナは、
そんな偽の結婚は、もう終わらせる。
ビョルンのためにも
そうすべきだと思うと答えると
エルナは疲れた目で彼を見ました。
今日に限って、エルナの顔は、
特に幼く感じられるけれど
少女の体に閉じ込められた老婆の魂に
向き合っているような気分でした。
エルナは、
だからもう帰って欲しい。
自分が王子様に言える言葉は
これだけだと、
感情というものがない声で囁くと、
頭を下げました。
完璧で礼儀正しい
その仕草が与えた侮蔑感が
ビョルンの首を締め付けました。
肺の奥深くから、冷たい水が
上がってくるような気がして
息が詰まりました。
狂いそうな苦痛が
理性を侵食しました。
その間、エルナは
一抹の未練も
残っていない人のように
だんだん遠ざかって行きました。
彼の喘ぐ息遣いの中に
乾いた笑いが混じりました。
ビョルンはエルナを追いかけ、
半開きの納屋のドアが
乱暴に閉まる音とエルナの悲鳴が
同時に鳴り響きました。
エルナは、
ギュッと閉じていた目を開けると
ドアの前を塞いだ
ビョルンの影の下に立っていました。
彼は、
自分のためだなんて
戯言を言うなと抗議すると
縮こまったエルナの肩を掴みました。
そしてビョルンは、
その始まりが何であれ、
どんな目的であれ、
自分がエルナに
何をしてやれなかったのか。
ひどい家に嫁として
売られそうになったのを救い
莫大な赤字を引き受けて
可愛がってやったのに。
あの忌まわしい愛がなければ、
この全てが無意味なのか。
気に入らないのかと、
狂ったように
暴言を浴びせかけました。
激しい不安と怒りが理性を消しました。
もう自分が
何をしゃべっているのかも、
まともに認知できないほどでした。
エルナは、
まるで汚いものが触れたかのように
うんざりしながら
「放して!」と言って
その手を振り切りました。
ビョルンを睨みつける目が
猛烈な怒りで輝き始めました。
ビョルンは、
それならば、
エルナが望むものをあげると言うと
後ずさりするエルナの肩を
急いで掴んで、
再び引き留めました。
ビョルンが、
子供は、また手に入れればいいと
言うと、エルナは
やめて欲しいと訴えました。
続けて、ビョルンは、
その愛がエルナにとって
そんなに重要なら、それもあげる。
そうすればいいのかと尋ねました。
抵抗するのを止めたエルナが
「何ですって?」と
冷たく問い返しました。
ビョルンは、
愛してあげるので、 だから・・・
と言いかけたところで、
彼の言葉を遮る
鋭い打撃音が響きました。
エルナが絶対に戻って来ると
信じて疑っていなかったのに
妹からは、大公妃を諦めろと言われ
エルナは離婚届を送って来た。
そのせいで、
やさぐれてしまったけれど
ビョルンは妻の気持ちを確かめたくて
衝動的に列車に乗ってしまった。
おまけに
営業を終了した駅馬車を
お金で釣って、真夜中に
バーデン家までやって来た。
そして、2カ月ぶりに
ようやく愛する妻に会えたのに
開口一番、
辛辣な皮肉を浴びせるって
どういうこと?!
エルナは
ビョルンの商売相手ではないのに
商取引でもしているかのように
彼女を説得しようとするのは
いかがなものかと思います。
でも、エルナに
結構、きついことを言われて
可愛そうだとは思いますけれど。
一方のエルナは、
まだビョルンのことを
愛しているけれど
彼が変わらない限り、
また同じことが繰り返されると思い
離婚をしなければならない理由を
並べ立てているように思えます。
きっと今は、
アルセンのおばあ様が指摘した
険しい過程を経ている時期。
ビョルンがプライドを捨てて
本心を打ち明け、
エルナも素直に
ビョルンの気持ちを受け入れれば
二人はうまくいくように思います。
いつも、たくさんのコメントを
ありがとうございます。
去年に比べて、
100円近くも値上がりしたので、
買うのを迷っていましたが、
今年の暑さは、本当に辛いので
かき氷シロップを買ってきました😊
かき氷食べながら、頑張ります。
明日も更新します。