819話 レアンは幽閉することにしましたが、母親は?
◇母親への処罰◇
追放令を出し、
平民に降格して監視員をつけると
ラティルは操られるような声で
呟きました。
力なんて一匙もない声に、
サーナット卿と侍従長はもちろん
ラティルの言葉を
書き留めていた書記まで
ラティルを見ました。
侍従長は、心配そうな表情で
それで良いのかと尋ねました。
彼は、ラティルが両親とレアンに
それとなく弱いことを
知っていました。
ラティルは平気なふりをして
もちろんだと答えましたが、
目元が痙攣していたので、
目の上を手で押さえました。
しかし、元気なふりをしているのに
皆がずっと見ていると、
ラティルは眉を顰めて、
大丈夫だから、
そんな風に見なくてもいいと
話しました。
侍従長は何か言おうとしましたが、
ラティルの表情を見て頷き
沈黙しました。
ラティルは拳を握ったり開いたりを
繰り返しながら、
書記が素早く指示を書き留めるのを
見守りました。
そうしているうちに、
結局、ラティルは我慢できなくなり
財産は持って行けるようしてと
指示しました。
周りの人たちは、ますます、
ラティルを憐れむ表情になりました。
彼女はその雰囲気に耐え切れず、
立ち上がって外に出ました。
そのまま回廊まで歩いて行くと
ラティルは手すりにつかまって
ため息をつきました。
静かに付いて来たサーナット卿は
大丈夫かと尋ねました。
ラティルは「いいえ」と答えると
自分が、世界で一番愛した人だから
これ以上、
厳しくすることはできないと
話しました。
ラティルは拳で
手すりをトントン叩きました。
このように話している今も、
ラティルは、母親に対しては、
レアンが以前、受けた罰のように、
大きな屋敷を用意して、その中だけで
侍女たちと過ごせるレベルに
留めたいと思いました。
母親はレアンを
自分より愛しているだけで、
自分を愛していないわけでは
ないからでした。
しかし、ラティルは
そうすることができませんでした。
レアンと手を握った人たちや
ラティルがロードであることを
最後まで受け入れることが
できなかった人たちや
ラティルを嫌う人たちが、
先皇后を中心にして、
再び団結する可能性があるからでした。
もっと厳しく処罰したら、
時間が経ってから、
自分が苦しみそうだと
ラティルが呟くと、サーナット卿は
彼女が楽なようにすれば良いと
慰めました。
◇皇配にふさわしい者◇
それからラティルは
ずっと機械的に働きました。
助けを求めに訪れた人々と交流し、
宮殿から飛び出した一部の怪物が
襲撃した場所を
訪ねてみたりもしました。
その攻撃で負傷した人々を尋ねる時は
ザイシンを同行させました。
自分を支持してくれた
大臣と兵士たちを訪ね、
まだ宮殿に散らばっている
怪物の死体を処理する方法を
話し合いました。
体を忙しくさせるのは効果的で、
ラティルは、ほぼ半月後に
ようやく自分を追い詰めるのを
止めました。
ラティルが苦しんでいるのを
ずっとそばで見守っていた
サーナット卿も
ようやく安心しました。
ラティルが自分の悩みや傷を
誰にも打ち明けずに
一人で抱え込んでいる姿を見るのは
容易なことではありませんでした。
意欲を取り戻したラティルが
久しぶりに食事を残さずに食べ終えると
サーナット卿は安堵しましたが、
彼女が、
そろそろ誰を皇配にするか
真剣に悩んでみなければならないと
言うと、
彼の表情が一瞬固まりました。
ラティルは、ナプキンで口を拭きながら
眉を顰めると、
出産前に皇配を決めることが
できるだろうかと尋ねました。
サーナット卿は
何度か咳払いをした後、
皇配として考えている側室はいるのかと
落ち着いて聞き返しました。
ラティルは、
性格の問題により、
ギルゴールとメラディムは
無条件に脱落と、すぐに答えました。
サーナット卿は頷きました。
確かに、人間の生活に対して
理解が足りないメラディムや、
気が向く度に、
行き先も明かさずに消える
ギルゴールは、
皇配になるような者たちでは
ありませんでした。
サーナット卿は、
どうせ二人とも、
国のことに興味がないので、
がっかりすることはないだろうと
言いましたが、ラティルは
曖昧な笑みを浮かべました。
ギルゴールは、最初から堂々と
自分を皇配にしろと
言っていたからでした。
ラティルは、
失望はしないだろうけれど、
ギルゴールは
怒るかもしれないと言うと、
サーナット卿は、
怒るだなんて、先祖の面目もないと
返事をしたので、
ラティルは飲んでいたジュースを
吐き出しそうになりました。
咽ているラティルの背中を
サーナット卿が
さっと叩いてくれました。
大丈夫かと尋ねる彼に
ラティルは言いたいことが
たくさんありましたが、
言葉に詰まったので
じっと首を横に振りました。
しかし、すぐにラティルは
意地悪な好奇心が浮かんで来て、
サーナット卿に、
彼から見て誰が一番、皇配の席に
ふさわしいかと尋ねました。
サーナット卿は質問を聞くや否や
視線を避けて真顔になりました。
ラティルは、
彼が困ることを知りながら
質問したことを後悔しました。
しかし、サーナット卿の反応を見ると
申し訳ない気持ちとは別に、
良い考えが浮かびました。
ラティルはお腹がいっぱいなのに
訳もなく、さらに卵料理を
2、3点食べてから
席を立ちました。
◇側室たちへの依頼◇
ラティルは、
そのままハーレムに向かいました。
ハーレムでは、
使用人たちが泣きべそをかきながら
荷車に怪物の死体を積んで
運んでいました。
ロードの仲間たちが手を出せば、
すぐに片付けられるはずでしたが
タッシールの提案で
ゲスターとカルレインなどは
手伝いませんでした。
タッシールは
使用人たちだけに
片付けさせた方がいいので、
そのままにしておくように。
彼らには申し訳ないけれど、
直接、怪物を片付けてみないと
皇帝が苦労したことを
実感できないからと説明しました。
そのため、半月が過ぎても、
使用人たちは、慣れない怪物の死体を
処理するのに苦労していました。
もちろん、これは
ハーレムの使用人たちではなく、
他の場所で働く者たちも同じでした。
ラティルは、できるだけ速く
使用人たちの間を通り抜けて
ハーレムの管理者を訪ねました。
彼は泣きながら、
馬車よりも大きな怪物の足を
どのように運ぶかについて
議論中でした。
管理人はラティルを見つけると、
急いで駆け寄りました。
ラティルが彼を労うと、管理者は、
皇帝の苦労に比べれば、
大したことではない。
精神的に少し辛いけれどと
話しました。
ラティルは、
会議室に側室を呼んでくれと指示すると
先に歩いて行きました。
会議室に入っても、
ラティルは一人で静かに
呟いていました。
サーナット卿は、
ラティルが一体何を考えているのか
分かりませんでしたが、
悪い予感がしました。
彼は、剣の鞘についた飾りを
手でねじりながら、
悩みに耽っているラティルの横顔を
横目で見ました。
それから間もなくして、
側室が侍従を連れて
一人二人と集まって来ました。
今日は、キルゴールも、
ザイオールを連れて現れました。
呼んでいない毛むくじゃらたちまで
入って来ると、
ラティルは少し当惑しましたが、
毛むくじゃらたちは、
当然だというように
堂々と席を一つずつ取って座りました。
こうなると、ラティルは
シピサだけが席を外しているのが
気になりました。
しかし、ギルゴールは
目を半分ほど閉じて
花びらを食べるだけで、
シピサの話はしませんでした。
やはり二人は喧嘩したのだろうか。
ラティルは
ギルゴールを注意深く観察するために
しばらく何も言いませんでした。
その姿を見た側室たちは
簡単にラティルに
話しかけることができませんでした。
彼らは、ラティルがまだ
家族を罰した後の
落ち着いていない状態から
抜け出せずにいると思いました。
15日間、ラティルは
侍従たちをハーレムに送って、
側室たちの安否を尋ねるだけで、
ハーレムに来ることも
ありませんでした。
しかし、メラディムは
そのような細かいことを
気にしないので、
彼は最後に到着すると、
何の用事で呼んだのか。
もう心の傷は癒えたのかと
すぐに聞いてしまいました。
クラインは驚いて
メラディムを見ました。
しかし、ラティルは、
もう大丈夫。
今日、側室たちを呼んだのは
皇配問題を議論するためだと
笑いながら答えました。
ラティルの言葉に、
心配していた側室の視線が
すぐに急変しました。
ヘイレンは、
タシールをチラッと見ました。
彼は口角を上げ、とりあえず
ラティルの言葉を待ちました。
カルドンは、
赤ちゃんを連れてくるべきだった。
ラナムンが赤ちゃんを抱いて
皇帝とぴったり向かい合う席に
座るべきだったと思いました。
カルレインは低い声で、
もう決まっているのかと、
すぐに結論から聞きました。
ラティルは「いいえ」と答えると
側室たちを
じっくり見回しました。
メラディムとギルゴールは
確実にダメ。
クラインも皇配になるには
あまりにも血の気が多い。
しかし、カリセンを背負っている
彼の立場は気に入っている。
彼はカリセン出身の皇子だから
ここの貴族たちと結託しにくいので
ロルド宰相や
アトラクシー公爵の一派を牽制する
自分だけの勢力を作ることもできる。
また、クラインと結婚すれば、
カリセンと結婚同盟を結ぶという
効果もある。
カリセン国民は、
皇子が側室でいることと
皇配になるのとでは、
全く違うように受け入れるだろうと
思いました。
その他、ザイシン、タッシール、
ラナムン、ゲスター、カルレインは、
短所より長所の方が
はっきりしていました。
また、皆がラティルにとって
頼りになる存在であることを
今回、はっきり示しました。
ラティルは、
数年前なら、自分一人で
決めただろうと言いました。
そして、
今も一人で決めるけどと考えながら
側室たちの意見も尊重したい。
自分が側室たちと過ごす時間より
側室たちだけで
過ごす時間の方が多いので
自分が知らない姿も
側室たちは、互いに分かるだろうと
話すと、側室たちは
同時にゲスターを見ました。
彼は悔しそうな表情で
ラティルを見ました。
ラティルは、
それを知っているかのように
微笑みながら、
明日、皆で昼食を取るので、
それまでに、
自分以外の人が皇配になるとしたら
誰がいいか。
それから、他の側室の長所を3つ。
短所を3つ書いて来るよう
指示しました。
ラティルは
「少ないでしょう?」と聞きましたが
側室たちは、気に入らないという
表情をしていました。
サーナット卿は自分も書きたくて
手をピクピク動かしました。
ラティルは知らないふりをして
にっこり笑うと、
集まったついでに、
一緒におやつでも食べようと言って
話を締めくくりました。
◇封筒の中身◇
翌日、ラティルは、側室たちが
どんな返事をしたのか気になり
仕事を早く終わらせ、
昼休みになる前に
ハーレムへ駆けつけました。
サーナット卿は
後をついて走りながら、
そんなに楽しみなのかと
複雑な声で尋ねました。
ラティルは
サーナット卿を振り返ることなく
すぐに「はい」と答えました。
サーナット卿は心を痛め、
その後、何も言いませんでした。
ラティルが以前のように
彼に接してくれるのは
嬉しかったけれど、
その「以前」が、
彼を好きになる「以前」のようで
寂しさを感じました。
ラティルも会議室に到着した後は、
訳もなくテーブルを叩きながら
正面を見るだけでした。
ラティルは、
サーナット卿が苦しんでいる姿を
少しでも見せると気になり
気まずい思いをしました。
しかし、側室たちは
昼休みに合わせて来るつもりなのか
すぐに来ませんでした。
15分程度過ぎてから
一人二人と中に入り始めました。
側室たちは、いつも忙しいラティルが
先に来たことを発見すると、
むしろ驚きました。
ラティルは側室が
一人一人入ってくる度に
紙を持ってきた?と催促し
紙を受け取りました。
自分たちだけで話をしたのか、
それとも一人がすると、
皆、真似するのか、
みんな封筒を差し出しました。
しかし、封筒の形は
それぞれの性格によって
まちまちでした。
最初、ラティルは
皆が集まるのを待ってから
紙をチェックするつもりでした。
しかし、何人かが
まだ来る気配がないので、
ラティルは好奇心を抑えられず
側室が先に提出した封筒を開けて
中身を早く確認してみました。
文字を見るや否や、
ラティルは眉を顰めました。
そして、彼女は口をポカンと開けて
他の人の封筒を開け、
すべてチェックした後、
「これは何?」と尋ねました。
ラティルは
ロードであることを
明らかにしたことで、
少しでも厳しかったり
残酷なことをすれば、
皇帝はロードだから、そうするんだと
非難されるだろうし、
ロードが伝説のように
悪ではないことを証明するために
一挙手一投足、
気を配る必要があると思います。
だから、レアンと母親への処罰は
それを念頭に置きながら、
最大限、ラティルのできる
処罰だったのではないかと
思います。
母親はレアンに協力しただけなので
そこまで厳しくする必要は
なかったのかもしれませんが
後々のことを考えると、
そうせざるを得なかったのだと
思います。
表立って、レアンを指示した人々は
それなりに処罰されるでしょうけれど
隠れレアン支持者もいるでしょうから
ラティルは信頼を得るために
今まで以上に頑張らなければ
いけないと思います。
皇配を選ぶのも、
人々から安心を得るための
一つの手段なのだと思います。
サーナット卿は、
自分で側室になることを
拒否したのだから、
勝手に傷ついていなさいと
言いたいです。