826話 ラティルが隠し事をしたことが、タッシールは気になっています。
◇不快な気持◇
せっかくなので、
ラティルは浴室に入ったついでに
顔を洗って出て来ました。
タッシールは、
平然とソファーに座って
詩集を読んでいました。
彼が何も気づいていないでようで
良かったと、ラティルは安心して
タッシールの隣に並んで座りました。
透けていそうで透けていない
光沢のある彼のズボンに手をかけると
タッシールは詩集を下ろして
ラティルを振り返りました。
まだ顔を洗っていないのに、
彼はきれいに見えました。
ヘイレンがこっそり入って来て、
彼にだけ
おしぼりを渡したのだろうかと
思いました。
ラティルは、
タッシールの艶やかで
柔らかい頬に触れているうちに、
昨晩、寝ている時に
歌声が聞こえて来たと
思わず打ち明けました。
タッシールは、
自分も夢の中で
聞いたような気がすると
返事をしました。
ラティルが「そうなの?」と
聞き返すと、タッシールは
「きれいな声だったでしょう?」
と尋ねました。
ラティルは彼のズボンを
ポンポン叩きました。
タッシールはラティルの手の上に
自分の手を重ねました。
彼はラティルの告白に
少し安心したことに
混乱していました。
ラティルは、
タッシールの声の方が好きだと
考えてから呟きました。
実はその男の顔が
とても印象的だったので、
もう声は、
はっきりと覚えていませんでした。
タッシールは
ラティルの腰の後ろに手を入れて
彼女のお腹を包みこみました。
彼がお腹の上に手を上げると、
ラティルはタッシールの肩に
頭をもたれました。
彼は自分の頭を彼女の頭の上に乗せ
半分、目を閉じました。
考えてみれば不思議なことでした。
今になって
新しい男が現れたからといって、
彼が不快に思うことは
ありませんでした。
客観的には。 確かに。
◇一番のライバル◇
朝食を終えた皇帝が出て来ると、
ヘイレンは空の皿を片付けるために
カートを押しながら、
部屋の中に入って来ました。
言いたいことが、
山積みになっていたので、
使用人は廊下で待機させて、
自ら、入って来たのでした。
タッシールは
濃いコーヒーを飲んでいる途中、
ヘイレンが手を動かす度に
器からガチャガチャ音がするので、
笑いを噴き出しました。
タッシールは、
ヘイレンがそんなことをしなくても
自分はヘイレンを愛していると
告げると、彼は口を尖らせ
ふざけている時なのかと怒りました。
タッシールは
コーヒーカップをテーブルに置くと
長い脚を組みました。
彼は、気の利くヘイレンが、
もしかしたら自分が感じている
訳の分からない不快感に
気づいたのではないかと
疑いました。
ヘイレンは、
皇帝のことだと言いました。
タッシールは、
なぜ、カレイなのかと尋ねました。
ヘイレンは、
今頃は、若頭を皇配に決めるのが
当然なのに、皇帝はひどいと
不平を漏らしました。
幸い、ヘイレンは
タッシールの不快感に気づいて
あのような態度を
取っていたわけではありませんでした。
ヘイレンは、
正直、何人かの側室は
皇配の席に
名前も載せられないほどだ。
そして皇配になりそうな側室の中では
若頭が一番優れている。
それなのに、なぜ、皇帝は、
まだ、ぐずぐずしているのかと
文句を言いました。
タッシールは笑いました。
ヘイレンは、
そのように言っているけれど、
実は彼が、他の側室たちを
甘く見ていないことを
知っていました。
本当に楽な相手だと思ったら、
時間が勝手に解決してくれるので
ヘイレンが
焦る必要もありませんでした。
皇帝は、
グズグズしているわけではないと
言うと、タッシールは
コーヒーカップを一気に空にして
空のスープ皿の上に置きました。
そして、皇帝は、
最も徹底的かつ現実的に
計算しているところだと思うと
付け加えました。
ヘイレンは、
その答えは、
当然、若頭ではないかと言うと、
タッシールは
「そしてラナムン」と告げました。
ヘイレンは目を丸くしました。
しかし、賢い侍従は、
タッシールが何を言っているのかに
気づきました。
タッシールは皇配としての資質を
一番多く持っていました。
他の側室たちに、
皇配の資質がないわけではなく、
ただ、タッシールが
最も優れていました。
ラナムンは正反対でした。
他の側室たちも
条件が良かったけれど
ラナムンには及びませんでした。
彼は最高の象徴を
すべて持っていました。
ラナムンは皇帝の長女の実父であり
皇女とそっくりで、
他の側室たちが、
その間に割り込むことも
できませんでした。
それに功臣の息子であり、
ロードである皇帝のイメージを
そばで中和できる対抗者でした
ヘイレンは肩をすくめ、
カートを押しながら廊下に出ました。
扉が閉まると、
タッシールは頬杖をついて
眉を顰めました。
今は、
この訳の分からない不快感ではなく
皇配問題に
没頭しなければならない時だと
思いました。
皇帝がロードという噂のせいか、
皇配になれないのに
皇帝を愛するようになったら
逃げなさいと、母親は息子に
声を低くして頼みました。
「逃げるだなんて」
タッシールは口元を上げると
首を横に振りました。
◇怒る百花◇
カートを押して
外に出て来たへイレンは、
その足で、宮殿内部にある
小さな神殿を訪れました。
彼は、
白くて四角い石の祭壇の上に
水をかけると、
若頭が皇配になれるようにと
両手を合わせて祈りました。
聖騎士たちを連れて
神殿に立ち寄った百花は、
その姿を発見して首を傾げました。
ヘイレンの顔を調べた
聖騎士の一人が、あれは
タッシールの侍従ではないかと
呟きました。
そうだね、しかも吸血鬼だと
心の中で返事をした百花は
不思議やら呆れるやらで
失笑しました。
神様が吸血鬼の祈りも
聞いてくれるかどうかは
分からないけれど、大神官の祈りは
しっかりと聞いてくれるだろうと
思いました。
百花は、用事を終えるや否や
すぐにハーレムへ歩いて行き、
さらに筋肉が膨らんだような
大神官を、
演武場から連れ出しました。
ザイシンは、
どうしたのかと尋ねると、
戸惑いながら
百花に付いて歩きました。
彼は何も言わずに
大神官を部屋へ連れて行き、
浴室の扉を開けると
風呂に入って、皇帝の所へ行ってと
頼みました。
ザイシンは、
仕事中に訪ねても、
皇帝は喜ばないと言い返すと、
百花は、
皇帝が来る時間に、
ハーレムの入り口で
ブラブラするように。
商人の侍従は吸血鬼なのに、
神殿に水を捧げて祈っていると
話しました。
大神官は、
良い人だ。
神の祝福があるようにと
祈りましたが、百花は、
神様が祝福してはならない。
あの商人が
皇配になってしまうからと、
怒らないように
落ち着いて話しました。
しかし、片方の口角が
すでに震えていました。
百花は、
ちょうど昼休みなので、
皇帝の所へ行ってみるように。
早く行って、
一緒に食事でもして欲しいと頼むと、
直接、ザイシンを
お風呂に入れてやるような勢いで
浴室に彼を押し込みました。
ザイシンは、
思わず浴槽の中に入りました。
◇怒るティトゥ◇
その時刻、
メラディムは湖を泳ぎながら
楽しく遊んでいたところ、
ティトゥに捕まりました。
彼はメラディムを湖畔に引き上げると
支配者が皇帝に、
必ず話すべきことがあると
言っていたのにと文句を言いました。
鬼ごっこの真っ最中だった
メラディムは、面倒臭いので、
自分は、そんなことを
言っていないと言い返しました。
しかし、ティトゥは
百花と同じくらい怒りながら
「ありました!」と叫ぶと、
昨夜、アウエルを見たと
言っていたではないかと尋ねました。
アウエルと聞いて、
メラディムは驚いた表情を浮かべ、
それは本当かと聞き返しました。
ティトゥは、
また忘れたのかと思ったけれど
やはりそうだった。
どうして、いつも反芻しないのかと、
ぶつぶつ言いながら、
メラディムに乾いた服を渡しました。
彼は、素早く人間の足を作った後、
服を着て皇帝の執務室を訪れました。
今、皇帝は勤務中だけれど、
メラディムが来たことを
伝えた方がいいかと聞かれた彼は、
ロードが働くのを
邪魔したくなかったので、
「待つ」と返事をして、
執務室の隣の空き部屋に入りました。
ところが、そこには
大神官が座っていました。
この二人は、運動に関すること以外
交流したことがないため、
このような状況で出会うと、
ぎこちなく、
互いを見つめ合いあいました。
ここには、
どうして来たのですか?
用事があって。君は?
私も陛下に
お目にかかることがありまして。
メラディムとザイシンは
ぎこちなく言葉を交わし、
それぞれ離れたソファーに
静かに座りました。
◇尋ねて来た理由◇
昼休みになると、
ラティルは肩を叩きながら
机から立ち上がりました。
「叩いてあげましょうか」と
サーナット卿は
そっと尋ねましたが、
ラティルはあっちへ行けと
手を振りました。
最近、ラナムンの所ばかり頻繁に訪れ
昨日はタッシールの所へ行ったので、
今日はカルレインの所へ
行くつもりでした。
心の中では皇配候補の範囲を
徐々に狭めていましたが、
ラティルは最後の瞬間まで
慎重に振舞うつもりでした。
ところが、廊下に出るや否や、
メラディムと大神官が、
どちらも急用があると言って
皇帝を待っていると、
警備兵から知らされました。
二人とも、
ラティルを頻繁に訪れる
側室ではなかったので、
ラティルはすぐに
彼らが待っている部屋に行きました。
扉を開けて入るや否や、
同時に二人の大きな男が
パッと立ち上がりました。
ラティルは、
自然に入ってくるサーナット卿を
押し退けて扉を閉めました。
二人が離れて座っているので、
ラティルも、二人から離れた
一人用の椅子に座りながら、
二人一緒に何のために来たのかと
尋ねました。
メラディムは
大きくて純粋な目で
ラティルを見つめ、
目をパチパチさせながら、
なぜ、自分たちは
ここへ来たのかと尋ねました。
ラティルの誤解に
一目で気づいたザイシンは、
一緒に来たのではなく別々に来たと
素早く釈明しました。
メラディムは、
チラッとザイシンを見ました。
ラティルは、
交互に二人を見ながら
「そうなの?」と聞き返すと、
それでは、
なぜ別々に来たのかと尋ねました。
ザイシンは、
百花に背中を押されて来たけれども
他の側室であるメラディムが
そばにいるため、
簡単にそのようなことを
言うのは難しいと思いました。
しかも、彼は天性的に
思いやりが深かったので、
「お先にどうぞ」と
快くメラディムに譲りました。
ラティルはメラディムを見ました。
彼女は、
急を要することだと言われたので
深刻な表情をしていました。
しかし、メラディムは
困ってしまいました。
彼は、実際にザイシンと一緒に
来たと思っていたからでした。
なぜ来たのかは
分からなかったけれど、
とにかくザイシンが近くにいるので
一緒に来たのだと思いました。
きっと、また自分は
うっかり忘れていたのだろうけれど
あの人間がそばにいるので
自分は黙っていればいいだろうと
少し前まで、そう考えていました。
ところが、自分一人で
目的を明らかにする立場になると
彼は困惑しました。
メラディムは、自分がフナの頭と
呼ばれていることを聞いて
衝撃を受けました。
この悲しい情報は、
ティトゥに無理矢理
覚えさせられたので、
忘れていませんでした。
彼は、フナの頭と言われるのを
もう聞きたくありませんでした。
メラディムが
深刻な表情をしているだけで
話をしないと、ラティルは
さらに心配になりました。
ザイシンは、
とても深刻な話なのか。
自分が出て行った方がいいかと
尋ねました。
しかしメラディムは、今だと思い
先に大神官が言ってくれと
頼みました。
ラティルは、メラディムが
あんなにぐずぐずしているのを
初めて見たので、
彼のことが心配になりました。
その間、サーナット卿は、
水を運んで来たという口実で、
こっそり、
また部屋に入って来ました。
こうなってしまったので、
ザイシンは、仕方なく皇帝に
今日は自分の部屋で休んで欲しいと
率直に打ち明けました。
ラティルは、
サーナット卿が運んで来た
グラスを持ったまま、
手を震わせました。
実は、サーナット卿も
一緒に手を震わせましたが、
ラティルは、
彼を見ていなかったので
気づきませんでした。
水がラティルの膝にこぼれると、
サーナット卿は
素早くハンカチを取り出しました。
ラティルは当惑しながら
ザイシンを見ましたが、
恥ずかしくて唇をすぼめました。
しかし、ザイシンは
彼女の側室なので、
意欲的になれる立場でした。
ラティルは悩んだ末、
「そうしようか」と
消え入りそうな声で呟きました。
意外にも、
すぐに皇帝が納得すると、
ザイシンは嬉しくて
明るい笑みを浮かべ、
それでは今日は、自分の部屋で
休んでくれるのですねと叫びました。
サーナット卿は、
ハンカチを拾っては落とすを
繰り返しながら、
ソファーの後ろで唇を噛みました。
その様子を見ていたメラディムも
なぜ、自分が来たのか
ついに思い出し、
自分がなぜ来たのか思い出したと
叫びました。
メラディムが忘れていたせいで、
ずっと深刻な表情をしていたことが
分かると、ラティルは安心して
なぜ、ここへ来たのかと尋ねました。
メラディムは、
自分も一緒に皇帝と寝たいと答えたので
ラティルは
飲んでいた水を吐き出し
胸を叩きました。
サーナット卿とザイシンは
大きく口を開けて
メラディムを見ました。
やはり、ラティルにとって
タッシールは安らげる存在だと
思います。
彼の不快な気持ちは
嫉妬心だと思いますが、
もし、タッシールが
ラティルへの恋心に気づいたら
他の側室が皇配になることに
耐えられそうにないので、
何としてでも、皇配の席を
勝ち取ろうとするように思います。
ラナムンに比べて、
皇配になる条件が不利なので、
これは、大臣たちや国民に
タッシールの実力を証明して、
彼らに後押ししてもらったらどうかと
思います。
ところで、吸血鬼のヘイレンが
神殿で祈っても
大丈夫だったのでしょうか?
やはり、メラディムは
前からアウエル・キクレンのことを
知っていたようですね。
そして、ティトゥの口ぶりから
彼が、かなりヤバい存在のような
気がしますが、
メラディムは、彼に会ったことさえ
忘れていたなんて、やはりフナの頭。
おそらくアウエルは
ゲスターの中にいて、
すでに、
数々のヤバいことをしていると
思いますが、
ラティルがアウエルの存在と、
彼が、どんな黒魔術師なのか
知っていて損はないと思います。