841話 ラティルは皇配候補たちを、怪物退治に行かせることにしました。
◇決定◇
ここに集まっている人々のほとんどが
ゲスターとラナムンの支持者であり、
残りは中立だろうと
ラティルは考えました。
彼女は、誰かが、引き受けるべき国を
変更してほしいと要請すれば
断るつもりでしたが、それでも、
ひとまず大臣たちを待ってはいました。
大臣たちは自分たち同士で顔色を窺い
ざわざわしていましたが、
気軽に変更を
申し出る人はいませんでした。
ラティルは、
皆、変えたくないようだと、
微笑みながら呟きました。
大臣たちの表情が
少し歪みました。
彼らは変えたくなくて、
じっとしていたのでは
ありませんでした。
ラティルは、
それでは、皇配候補たちは
自分が決めた国へ行くことになる。
皆、具体的な成果を
出してきて欲しいと告げました。
大臣の誰も
満足した表情をしていませんでした。
ラティルはこれを知っていましたが
知らないふりをして、
次の案件に話題を移しました。
◇過保護な父親◇
その知らせを聞いたゲスターは
楽しくなりました。
彼は長距離移動において、
最も有利な立場だからでした。
お前は、ただ狐の穴を通って
早く処理してくればいい。
仕事は完璧に終わるだろうし
時間もあまりかからないだろうと
隣で調子を合わせてくれました。
ゲスターの気分が良くなるや否や、
ガーゴイルは素早くそばに現れ
楽に過ごしていたのでした。
じゃあ、早く行ってこよう。
下衆ター!
とガーゴイルが急かすと、ゲスターは
そうしなければならないと
返事をしましたが、
荷物をまとめる必要もないので
何もすることがありませんでした。
ゲスターは時計を確認して、
ゆっくり出発することにしました。
そして、
コーヒーでも一杯飲もうかと思い、
トゥーリを呼んで、
ケーキ一切れとコーヒーを
持って来てもらいました。
そして、
それを半分くらい食べ終えた時、
食べ物をもっと持って来ると言って
外へ出て行ったトゥーリが戻って来て
宰相が来たことを告げました。
部屋の中へ入って来たロルド宰相は
表情が良くありませんでした。
当然、彼としては
息子のことが心配でした。
ゲスターは父親に挨拶をすると
照れくさそうに笑ってフォークを下ろし
立ち上がりました。
ロルド宰相は、
ゲスターが話を聞いたかどうか
心配でたまらない声で尋ねました。
彼は、ゲスターが平地を歩くだけでも
危険だと思う人でした。
ゲスターは、
話を聞いたけれど、大丈夫。
機会をもらえたのでと、
笑いながら答えました。
ロルド宰相は、
自分の息子が肯定的であることに
感心し、確かに、
機会さえ得られない側室もいると
言いました。
ゲスターは、
その言葉に同意しましたが、
ロルド宰相は、
それでも危険すぎるのではないか。
タナサンの人たちは、
黒魔術師に怒り心頭だからと
心配しましたが、ゲスターは
ロルド宰相を宥めるために
いつもより頼もしそうに
大丈夫だと返事をしました、
自分が怯えた様子を見せるせいで
ロルド宰相が自分に
皇配の席を放棄するよう勧めたら、
それこそ自分にとって損だからでした。
ロルド宰相は、
それでも少し心配だと言いましたが
ゲスターは、
行かないわけにはいかないと
返事をしました。
ロルド宰相は30分以上滞在し、
心配しながら出て行きました。
宰相は坊ちゃんのことを
赤ちゃんのように心配していると
トゥーリは笑い出しました。
ゲスターも笑ってしまいました。
彼らはロルド宰相の心配が
ここで止まると思ったので、
これ以上、深く考えませんでした。
しかし、1時間後、
ゲスターとトゥーリは、
ゲスターがタナサンへ行く時、
宰相も同行したいと皇帝に申し出て、
皇帝もそれを許可したと、
皇帝の秘書から
予期せぬ知らせを聞きました。
その言葉を聞きながら、ゲスターは
表情を崩さないように
拳をギュッと握りました。
ロルド宰相が一緒に行けば
「すぐに、少し行ってくる」日程が
不可能でした。
黒魔術師というのがばれたけれど
面倒なお願いが入ってくることを
防ぐために、人前で狐の穴は
使わないつもりだったからでした。
宰相が一緒に行っても役に立つのかと
トゥーリは別の意味で心配しました。
ゲスターは頭が痛くなり
額を押さえてソファーに座りました。
◇何の取引?◇
皇配候補たちを試してみると
宣言した翌日、秘書たちは、
一度、皇配候補者を
訪ねて回りましたが、
秘書たちの話によれば、ギルゴールは
出かけたのか、出かけていないのか
分からない。
しかし、彼の侍従の話では、
夜に荷物をまとめていたそうなので
一人で出かけたのではないかとの
ことでした。
ラティルは眉を顰めました。
大臣たちを脅迫してまで、
皇配候補に名を連ねたのに、
一体、ギルゴールは
何を考えているのだろうと
思いました。
秘書はラティルの顔色を窺いながら
もう少しギルゴールを
探してみることを提案しました。
しかし、ラティルは、
こちらの話は伝えたので放っておけ。
きちんと任務を遂行するかどうかも
能力のうち。
それに、タッシールには
全く話が伝わっていないと
返事をしました。
タッシールの名前を出すと、
ラティルは自然にため息が出ました。
タッシールの任務については
とりあえずアンジェス商団側に
伝えました。
商団は、タリウム国内はもちろん
海外にまでも
あちこち広がっているので、
もしタッシールが商団に接触すれば
すぐに話を
伝えてもらえるだろうと
期待したからでした。
しかし、長い時間が経っても
タッシールからの連絡がないため、
ラティルも
徐々に心配になっていきました。
秘書たちが出て行って、
サーナット卿と二人だけになると、
ラティルは不安に耐えきれず、
タッシールが危険な状況にでも
落ち入っているのではないかと
心配しました。
サーナット卿は、
タッシールは頭がいいので
大丈夫だと思うと答えました。
ラティルは、
頭はいいけれど、
体が弱いと心配しました。
体が弱いという言葉に
サーナット卿は笑いました。
ラティルは、
自分たちの中でタッシールは
一番弱いと主張しましたが、
サーナット卿は、
ギルゴールやカルレインを
強い基準にしてどうするのか。
タッシールは、
自分たちの中では弱くても、
全体的に見れば、
指折り数えられるほど強い。
普通の吸血鬼よりも強いはずだと
言いました。
ラティルは渋々、頷きました。
サーナット卿の言うことは正しく
タッシールは決して
弱くはありませんでした。
しかし、すぐに安心できなかった
ラティルは、そのまま、
カルレインを訪れました。
彼からも、タッシールが
絶対に弱くないという話を
聞きたかったからでした。
カルレインは
厳しい評価を下す方だったので、
彼の話まで聞けば、
一層安心できると思いました。
ところが、
カルレインの部屋の中に
行ってみると、彼も
大きなカバンを3つ持って来て
荷物をまとめているところでした。
ラティルは、
カルレインの部屋の中を見回した後、
扉の端に立って強烈な視線を送っている
カルレインの侍従を見ました。
彼はラティルと目が合うや否や、
カルレインが
ラナムンと何か約束をしていて
一緒に行くそうだと教えてくれました。
約束?ラナムンと?
ラティルは再びカルレインを見ました。
そういえば、カルレインの目が
とても曇っていて、
楽しい旅行を準備している様子では
ありませんでした。
ラティルは、
ラナムンと何の約束をしたのか?
彼と一緒に
旅行に行くことにしたのかと尋ねると
カルレインは、
荷造りのために屈んでいた腰を伸ばし、
眉を顰めながら、
ラナムンと取引をしたと答えました。
ラティルは、
何の取引なのかと尋ねると
カルレインは、
側室同士の取引だと答えました。
ラティルは、
それは何かと尋ねました。
カルレインは、
そういうものがある。
それでラナムンに付いて行く。
自分が彼を守ることにしたからと
答えました。
カルレインは力を入れて
眉を伸ばしました。
彼がラナムンと取引をした時は、
ラティルのそばを離れる状況は
考えられませんでした。
彼はラナムンと自分の両方が
皇帝のそばにいる状況で
ラナムンを保護すればいいと
考えていました。
ところが、予想外にラナムンが
国を離れることに
なってしまいました。
側室の半分が消えれば、
皇帝と付き合う時間が
自然に増えることになる。
しかし、ラナムンのせいで
カルレインは出かける人になり、
この恩恵を受けることが
できなくなりました。
守るって?
ラティルが
全く理解できないような様子なので
カルレインは
最後のカバンを閉めると、
自分がラナムンに何かをもらう
代価として、
彼を守ってあげることにしたと
説明しました。
ラティルは
依然として気になることが多く、
代価とは何なのかと尋ねましたが
カルレインは、そこまでは
説明してくれませんでした。
その姿に、
ラティルはさらに混乱しました。
プライドの高いラナムンが
カルレインの保護を受けることに
納得したのも不思議でした。
ラティルは、
ラナムンも自分自身を守る能力が
あるのに、なぜカルレインの保護を
受けることにしたのかと尋ねました。
カルレインは、
タッシールという先例があるからと
答えました。
タッシール?先例?
ラティルの目が
より一層大きくなりました。
タッシールは
ヘイレンを治療するために
自ら出て行ったのに
カルレインの言葉は、
タッシールが誰かの計略や襲撃により
出ていったように聞こえました。
どういう意味なのか。
自分が知らない事情が
もっとあるのだろうかと
ラティルは疑いましたが、
カルレインは、
それ以上、話すつもりがないのか、
訳もなく部屋の中を
あちこち忙しく歩き回りながら
小さな物品を一つか二つ
準備していました。
ラティルは目を細めて
カルレインは
何か知っているようだと思いました。
◇いざ月楼へ◇
月楼に出発するラナムンの一行は
かなり派手でした。
アイボリーの華麗な馬車と
黒死神団の傭兵たちの
威厳のある黒い馬車が混ざり合うと、
遠くからでも目立つほど強烈でした。
ラナムンとカルレイン、
世話をする使用人と
護衛を任された者たちの他に
ラティルが仕事の処理のために
付けてくれた秘書1人と
記録のために付けた書記官3人まで
含めると、行列はかなり
大規模なものでした。
アトラクシー公爵は
宮殿の正門で待っていましたが、
ラナムンがその付近に到達すると
馬車の横に近づいて手を差し出し
いってらっしゃい。
と告げました。
ラナムンは、人前で父親と
手を取り合いたくなかったので、
静かに「はい」と答えました。
ラナムンが冷たいのは、
いつものことなので、
アトラクシー公爵は
寂しがることもありませんでした。
彼は勝手に馬車の窓枠を
とんとん叩いた後、手を下ろすと、
気をつけて行って来るように。
自分は、あの世知辛い
ロルド宰相とは違って、
大人になった子供のことが
心配だからといって
付いて行ったりしないと言いました。
しかし、アトラクシー公爵は
ラナムンが
一緒に行こうと言ってくれれば、
ついて行く気もありました。
彼は、しばらく息子の反応を
待ちましたが、ラナムンは、
ここを通るので
早く退いて欲しいという目で
彼を見つめるだけでした。
アトラクシー公爵は、
ふと、プレラ皇女が
ラナムンの性格にそっくりで、
彼が自分の子供に冷遇される悲しさを
感じて欲しいと思いました。
公爵は、人前でラナムンに
文句を言いたくなかったので、
向かいに座ったカルレインに
注意を向け、
ラナムンをよろしく頼むと言いました。
カルレインは頷き、
そうする。
と答えました。
カルレインの傲慢な返事を聞いて
アトラクシー公爵は、
彼の正体が吸血鬼かもしれないという
噂を思い出しました。
アトラクシー公爵は、
無理矢理微笑むと、横に避けました。
馬車はゆっくりと移動を再開し、
公爵の横を通り過ぎました。
馬車3台がゆったりと通れるほど
広い大通りに来た頃、ラナムンは、
わざと自分のそばにある窓を
大きく開けました。
見物人たちは、
美しい馬車が通り過ぎると、首を回し、
その中に乗っているラナムンを見て
悲鳴を上げました。
何人かは馬車に付いて
走ったりもしました。
普段のラナムンなら、
窓を閉めて、騒ぎに
気づかないふりをしたはずでした。
しかし、今日は、見物する人々に
慎重に手を振りました。
この小さな行動だけで、
歓声はさらに大きくなりました。
それと同時に、
カルレインの呆れる気持ちも
さらに大きくなりました。
彼は、首を軽く横に振りながら
今日はどうしたのか。
こんなことには、
気を使わないようにしていたのにと
尋ねました。
ラナムンは、道が狭くなり、
行き来する人々が減ると、
馬車の窓を閉めながら、
気を使わなくても、
最も競争力のある皇配候補だから。
しかし、最近は・・・と答えました。
少し焦っているという本音は
言えずに口をつぐみました。
カルレインの言葉のように、
ラナムンは、国民の人気を得る行為に
比較的、気を使わない方でした。
完璧な条件を備えていたし、
じっとしていても、
皆、彼を無視できないからでした。
しかし、そのために、最近、彼は
心が穏やかではありませんでした。
すべての条件が完璧なのに
皇配になれなかったら、
それも問題ではないか。
皇帝が彼を皇配にしないのは
何かが満たされていないという
意味ではないかと思いました。
ラナムンは、
今回の任務は、必ず完璧に
処理しなければならないと
目を半分閉じて呟きました。
カルレインは返事をせずに
顔を背けました。
その瞬間、馬車が大きく揺れながら
急停車しました。
ラナムンは窓をもう一度開けて
外を見ました。
そして、どうしたのかと尋ねると、
まもなく、皇帝の秘書は、窓の前に、
とある美しい女性を連れて
近づいて来ました。
秘書は顔を赤くして、前だけを見たまま
月楼へ行こうとしていたアペラさんが
怪物が出て来たために、
一人で旅行するのが難しくなったので
一緒に移動したいと言っていると
話しました。
ラナムンが、
アペラって誰なのかと尋ねると
秘書は、月楼から来た女性で、
今はギルゴールの下で
温室担当の下女として働いていると
答えました。
カルレインは、ラナムンの膝を
自分の膝で突くと、
ラナムンに告白した人間ではないかと
教えました。
おとなしくて
弱々しいふりをしていたのが
あだになってしまったゲスター。
ランスター伯爵が入るまでは、
実際にそうだったかもしれないけれど
ゲスターが成長するにつれ、
逞しくなっていくようにしておけば
ロルド宰相が、過保護になることは
なかったと思います。
ロルド宰相、Good job!
月楼の王子が、
ギルゴールを誘惑させるために
高いお金を払って呼び寄せたアペラ。
ゲスターに、
魂を抜かれたような状態にされてから
ずっと登場していませんでしたが、
まさかの再登場。
しかも、女性だとバレていて
未だに、ギルゴールの温室で
働いているなんて。
もしかして、これは
ゲスターの策略でしょうか。
ラナムンは、
ただ綺麗なだけの女性には
目もくれないでしょうけれど、
彼女がゲスターに操られていて
ラナムンを誘惑でもして、
その現場を誰かに見られたら
大変なことになると思います。