843話 ザイシンと百花が、ゲスターのことで言い争っているのを、ラティルは聞いてしまいました。
◇怒って落ち込むザイシン◇
ラティルは我慢ができなくなって
扉を開けました。
向かい合って立っていた
ザイシンと百花は、同時に話を止めて
そちらを向きました。
ラティルは、
自分が盗み聞きしていたことを
隠すことなく、
今の話はどういうことなのかと
驚いている二人に尋ねました。
それから、二人につかつかと近づき
ザイシンと百花の間に立つと、
二人の男は、困ったように
視線を交わしました。
しかし、それもつかの間。
百花は、ザイシンのせいで
話せなかったことを、
今から話せばいい、
むしろ良かったと思い
口を開こうとしました。
しかし、一歩先にザイシンが
私は黙っています。百花卿もです。
と堅固な声で宣言しました。
百花は、
自分の意志とは関係のない宣言に
眉を顰め、ザイシンを見ました。
ラティルは、
もう半分くらいは話を聞いたけれど
一体、どういうことなのか。
二人とも、自分の名前を
口にしていたではないか。
半分なら、ほぼ全部、
聞いたようなものだから
話してくれと詰め寄りました。
しかし、ザイシンは、
ほとんど聞いたも同然ならば
話さなくてもいいのではないかと
返事をしました。
ラティルは、
そういう意味ではないと
反論しましたが、
ザイシンはラティルに謝ると、
皇帝が、全て話を聞いたと言うなら
自分が、はっきりしない話はしないと
言ったことも聞いたと思う。
自分は他人に関して、特に悪い推測は、
むやみに口にしたくないと
主張しました。
それでも、ラティルは、
自分には話して欲しい。
タッシールはヘイレンを治すと言って
行方不明になっているけれど
タッシールは自分の側室で
ヘイレンはタッシールの人だからと
頼みましたが、
ザイシンは再び謝り、
自分は他の人に関して、
むやみに話はしないと断りました。
ラティルは、
ザイシンの腕を軽く叩きながら
話してくれと要求しました。
ラティルは、ここまですれば、
ザイシンが教えてくれると思いました。
しかし、ザイシンは謝るだけで
本当に口が重く、
ラティルは眉を顰めました。
ザイシンは、
元々口が軽い印象ではなかったけれど
これほどだとは、思いませんでした。
陰口を言うつもりなのではなく
ザイシンから情報を聞きたいと
ラティルが、再度言っても、
ザイシンは屈せず、
首を横に振りました。
そのように言われても
自分は口を開くつもりはないと言う
ザイシンに、
ラティルも怒りがこみ上げてきました。
彼女は、
分かった。
ザイシンは口を閉じたままでいろ。
自分は沈黙するザイシンの顔を
見ないで生きるからと、
怒って宣言すると、
扉へ向かって歩きました。
しかし、
ラティルが扉に到着する直前、
後ろから、
牛が走ってくる音がするかと思ったら
彼女より先に大きな体が
扉から抜け出しました。
ラティルが見たのは
外側の扉を開けて出て行く
ザイシンの後ろ姿でした。
ラティルは、
つい、ザイシンの後を
追いかけようとしましたが、
今回、皇帝は度が過ぎたと言う、
後ろから聞こえた声に戸惑い、
立ち止まって振り返りました。
百花は、
彼女のすぐそばまで近づくと、
大神官が絶対的に善良な人であることを
知っているはずだ。
話を聞いていたのなら、そんなことは
自分に聞いても良かったと思う。
自分は大神官より、
少し真面目でないからと言いました。
ラティルは、
ザイシンから聞きたかった。
彼は自分の側室だけれど、
百花は他人だからと返事をしました。
他人という言葉に
百花がショックを受けたので、
ラティルは、
なぜ、ショックを受けるのかと
不思議に思いながら、
それでは、百花が話してくれ。
一体どうしたのか。
なぜ、ゲスターの名前が出たのかと
尋ねました。
百花は、
自分も言わないと答えました。
百花は、それについて
あまり知らないのかと
ラティルが尋ねると、彼は、
自分は他人だからと答えました。
ラティルは、
まさか百花は、
もう、すねたわけではないよねと
尋ねると、百花は、
早くも、すねたと答えました。
ラティルは、
大神官と聖騎士の対応に言葉を失い
口をポカンと開けました。
その間、百花は
大神官の名を叫びながら出て行き、
ラティルはザイシンの部屋に
一人、取り残されました。
主の消えた部屋の中で、
ラティルは、しばらく
ぼんやりと立っていましたが、
近くの椅子に腰を下ろしました。
額に熱が上がって来ました。
ラティルは目を閉じて
こめかみを押しました。
カルレインは
「タッシールという先例」という
言葉を使った。
百花とザイシンは、
タッシールとゲスターについて
話していた。
もしかして、またランスター伯爵が
出て来たのだろうか。
100%の確率でそうだろう。
悩んでいるうちにラティルは
さらに怒りが沸き起こって来て、
歯を食いしばりました。
本当に、あの男は!
ゲスターがいくら善良でも、
とにかく、ゲスターとランスター伯爵、
アウエル・キクレンは一体であり、
彼らが問題を起こせば
やられる人は、
やられるがままになりました。
ラティルは、
人格が行ったり来たりする美男子に
魅了され、ゲスターを
皇配候補にした自分が
バカだと思いました。
一体、ヘイレンに
何をしたのだろうか。
時計を見たラティルは、
とりあえずザイシンを探すために
外に出ました。
とにかく、今、ゲスターは
国を代表して外国へ行ったので、
すぐ彼と戦うことは
できませんでした。
まずは、悲しみのあまり逃げ出した
ザイシンから
探さなければなりませんでした。
ラティルは
あちこち歩き回った後、ついに、
湖から遠くない大きな木の下に
しゃがんでいるザイシンを
発見しました。
先に彼を追いかけた百花は
どこへ行ったのか、
見当たりませんでした。
ラティルはザイシンを呼びながら
彼の方へ走って行き、
身を屈めて、彼と目を合わせました。
膝を抱えたザイシンは、
皇帝が側室たちの中で
自分を一番好きではないことを
知っていると、
ラティルの視線を避けながら
静かに呟きました。
ラティルは、
ザイシンの顔を見ないと言ったのは
何も考えずに言っただけだと言って
謝りました。
しかし、ザイシンは、
皇帝にとって自分は、
ただ体格のいい大神官に過ぎないと
言いました。
ラティルはザイシンの分厚い腕に
手を置きました。
彼が、どれほど興奮しているのか、
手の下で筋肉が震えるのが
感じられました。
ラティルは、
怒らないで欲しい。
そんなつもりではないことを
知っているではないかと言いましたが
ザイシンは、
分からないと答えました。
そして、興奮しているせいで
上手く言葉を続けることができず
陛下は私を・・・私を・・・
と、どもりながら言った後、
突然さっと頭を上げて
ラティルと目を合わせました。
皮肉なことに、
興奮した彼の紫色の瞳は、
いつもより深く、
美しく震えていました。
ラティルは言葉だけでなく
心から、ザイシンに謝罪しました。
しかし、ザイシンは、
ラティルが他の側室は抱いてあげて
キスもしてあげるのに、
自分とは、チュッと
口を合わせてくれるだけだと
非難しました。
すると、メラディムが
自分とは口を合わせたこともないと
突然、割り込んで来たので
ザイシンは口をつぐみました。
ラティルは湖を見ました。
メラディムを含め、血人魚たちが皆、
上半身を出して、
こちらを見物していました。
ラティルは眉を顰めながら
中へ入るように要求すると、
血人魚たちは、
すぐに湖の中へ潜りました。
しかし、メラディムは
むしろ、もっと近づいて来ると、
自分は本当にロードと
口を合わせたことがないので
泣かないでと、
ザイシンを慰めました。
彼は、
メラディムと皇帝は
友達だからと言い返しました。
ザイシンは、長い時間、
怒れない人なので、
彼は5分も経たないうちに
今度は落ち込んでしまいました。
後悔が押し寄せて来ると、
むしろ気分が沈んだので、
ザイシンはさらに混乱しました。
ザイシンは
自分も悪かった。
驚いたからといって
飛び出してはいけなかった。
皇帝と話し合うべきだったと
すぐに謝罪すると、
心を落ち着かせるために
演武場へ向かいました。
メラディムは
その頼もしい後ろ姿を見ながら
チラッとラティルを見ると、
何だか分からないけれど、
きっとロードのせいだろうと
知ったかぶりをしました。
◇普通の恋愛◇
その日の夕食時、
ラティルはグラスを前にして
匂いを嗅ぎながら水を飲みました。
腸が煮えくり返って
耐えられませんでした。
その様子を、
見ていられなかったサーナット卿は、
ラティルが、彼に干渉されるのを
嫌がっていることを知りながらも
大丈夫ですか?
と尋ねました。
ラティルは、
酒を一口も飲みませんでしたが、
酔っているような声で、
いいえ。
と弱々しく答えました。
それから、ラティルは
他の側室たちは皆去って、
今、残っている側室は
ザイシン一人だけなのに、
彼とも喧嘩してしまった。
自分は他の男たちと
普通の恋愛はできないようだと
わざと、
ヒュアツィンテの名前を省略して
言いました。
しかし、サーナット卿は
ラティルが省略した言葉を
理解しました。
自分は皇帝と
普通の恋愛ができると
サーナット卿は言いましたが、
ラティルは、考えてみれば、
自分は皇帝なので
普通の恋愛はしなくてもいいと
言いました。
◇はみ出し者◇
メラディムも
夕食を食べながら悩んでいました。
彼は月光を浴びて、
湖の水面をふわふわと漂いながら、
自分はいつも、側室の中で、
はみ出し者扱いされている気がすると
ティトウに不満を漏らしました。
ティトゥは、
実際にそうだと率直に答えました。
メラディムは、
少し、気分が悪い。
自分は一番完璧なのに
どうしてはみ出し者扱いなのかと
ぼやくと、ティトゥは
支配者様はギルゴールのために
側室になったのではないか。
ロードのことを、
何も考えていないではないかと
尋ねました。
メラディムは、
それはそうだと答えました。
ティトゥは、
だから、はみ出し者でも
構わないのではないかと
主張しました。
ティトゥは、湖に扇形に広がる
メラディムの青い髪を
梳かしてあげました。
はみ出し者扱いされても、
ティトゥが見るに、
メラディムが最も美しく、
最も偉大で最もすごかったので、
メラディムが、
彼より劣る人たちの競争を見ながら
あえて気分を害する必要はないと
思いました。
血人魚の魅力は、
人間や吸血鬼とは比べ物にならない。
ロードがこれを知らないなんて
残念だと、メラディムは嘆きました。
彼は、ギルゴールがすることは何でも
自分がもっと上手にやれば
気が晴れました。
ギルゴールが皇配候補になり、
ロードとも仲が良くなっているのに
自分は、はみ出し者扱いされると、
彼は気を楽にすることが
できませんでした。
メラディムは黄色い月を見て
眉を顰めました。
◇変な境界◇
ゲスターは、ラティルが
自分に怒っていることを知らずに、
退屈そうに
馬車に座っていました。
ロルド宰相は、
息子が退屈しているかと思い、
随時、面白い話をしてくれましたが、
ゲスターは、
それほど興味を感じませんでした。
ゲスターが沈黙を愛する時は、
隣でラトラシルが
うとうとしていなければ
なりませんでした。
彼は宰相の言葉に
適当に相づちを打ったり、
微笑んだりしながら
馬車の外をちらりと見ました。
幸い夜になると、ロルド宰相は
久しぶりの馬車旅行に疲れたのか、
眠ってしまいました。
宰相がすっかり眠りに落ちると、
ゲスターは、
窓を開けて手を伸ばしました。
すると、
スズメのように小さくなった
グリフィンが、
すぐに彼の腕に止まりました。
ゲスターはグリフィンの口の中に
飴を入れながら
分かったか?
と尋ねました。
グリフィンは馬車に乗り込むと、
眠っている宰相の膝に
腰を下ろして笑いました。
そして、自分が調べ回ったことを
ゲスターに報告しました。
クラインは、
まだカリセンに行く途中で、
無事に移動中。
どうせ皇配候補ではないので、
別に邪魔はしなかった。
ギルゴールは、
すでにショードポリ国境に到着した。
到着するや否や、
そこの人間たちと、一戦交えた。
グリフィンは面白がっているのか
羽をばたつかせながら笑いました。
翼が顔をかすめると、
ロルド宰相は眉を顰めながら
寝返りを打ちました。
続けてグリフィンは、
アペラは月楼の全ての男性貴族が
崇拝する女性だ。
ラナムンがアペラを侮辱したことを
すでに、月楼の貴族たちは
皆、知っている。
ラナムンはまだ移動中だけれど、
到着したら、
絶対に楽に過ごすことはできないと
報告しました。
ゲスターはグリフィンの口に
飴をもう一つ入れました。
ラナムンは、今回の任務に
成功するだろうけれど、
それは失敗に終わるだろう。
だから、心配しないように。
けれども、たった一つ
変なことがあったとグリフィンが言うと
落ち着いてグリフィンの報告を
聞いていたゲスターは、
半分くらい閉じていた目を開け
変なこと?
と聞き返しました。
タッシールが行くことになっていた
ミロの周りに、
変な境界ができていて
中を見ることができないと
答えました。
ラティルに必要なのは忍耐心。
ザイシンと百花が
秘密の話をしているなら
じっとして、最後まで、
聞いていれば良かったのに、
自分の言うことを
聞かないからといって
ザイシンに絶縁宣言するなんて酷い。
他の側室たちなら、
皇帝が脅しているだけだと
思うでしょうけれど、
善良なザイシンは
ラティルの言葉を真に受けてしまうので
彼には冗談でも、
酷いことを言ってはダメだと思います。
確かに、ラティルはバカだと思います。
アウエル・キクレンの美しさに
目が眩んだせいで
ゲスターを皇配候補にしたことを
今更悔やんでも仕方がないけれど、
もし、彼を怪物討伐に出さすに
宮殿に残せば、
それはそれで、
恐ろしいことが起こったかも
しれません。
私も、最近のサーナット卿が
本当に気持ち悪いと思います。
それにしても、なぜグリフィンは
ゲスターの言いなりに
なっているのか。
彼に反抗すると、恐ろしい目に
遭わせられるからでしょうか。
恐怖心を煽るような人が、
皇配になれば、
恐ろしいことになりそうです。
一カ月、音沙汰のなかった
タッシールが
そろそろ、表立って
動き始めたのでしょうか。
きっと、ゲスターは、
タッシールが、
まだ狐の穴にいると思って
油断しているはず。
ゲスターに目にもの見せてやって
欲しいです。