846話 タナサンの会議室の中では、一体、何が起こっているのでしょうか?
◇息子への疑念◇
ロルド宰相は歩いていく途中、
チラッと後ろを見ました。
今、微かに
悲鳴が聞こえたようでした。
しかし、扉は閉まっていたし、
外の様子は見えませんでした。
宰相は何があったのかを確認しに
外へ出るかどうか
しばらく悩みました。
しかし、また外に出て
中へ入れなくなるのではないかと
心配しました。
しばらく躊躇していたロルド宰相は、
「父上」と自分を呼ぶ声がしたので
再び前を見ました。
ゲスターが善良そうな笑みを浮かべて
彼を見ていました。
自分の息子の面倒を見なければと
思ったロルド宰相は
躊躇うのを止めて
ゲスターに近づきました。
ロルド宰相は
薬を持って来たけれど、
今、渡した方がいいかと尋ねました。
しかし、ゲスターは
大丈夫、後で飲むと答えました。
ロルド宰相は頷くと、王を見ました。
彼が自分を15分程度
中へ入れてくれなかったのには
腹が立ちましたが、それでも
挨拶はしなければなりませんでした。
しかし、どうしたのか、
先程までは、ゲスターが嫌で
耐えられないという
顔をしていたのに
今は魂が半分抜けたように見えました。
ロルド宰相は、
王のおかげで薬を持って来られたことに
そっとお礼を言いましたが、
王は焦点のない目で頷きました。
ロルド宰相は、
あの王はどうしたのかと
小さな声でゲスターに尋ねながら
タナサンの宰相を見ました。
彼もまたどうしたのか、
やはり魂が抜けた人のように見えたので
ロルド宰相は驚くところでした。
ロルド宰相は周囲を見回しました。
すべての大臣が同じ状態でした。
ロルド宰相は唾を飲み込みました。
中で何かあったのだろうか?
彼はチラッと横目で
ゲスターを見ました。
この渦中、ゲスターだけが、
澄んだ瞳で前を向いていました。
ロルド宰相は我慢ができなくなり、
人々の様子がおかしくないかと
尋ねました。
彼の頭の中に、
息子が黒魔術師であることが
浮かびました。
もしかして、ゲスターが
自分がいない間に
何かしたのではないかと疑いました。
しかし、ゲスターは、
父親の疑念に気づいたのか、
実は父親が外へ出ている間、
少し自分の力を見せた。
自分に不信感を
抱いているようだったので、
私が役に立てることを
見せたかったと話しました。
ロルド宰相は、
そうだったのかと言うと、ゲスターは
馴染みのない力なので、
少し忌まわしく見えたようだ。
その後は、皆、自分のことを
もっと嫌がるようになったと言って
力なく微笑みました。
ロルド宰相は、
少しでも息子を疑った自分は
クズだと自責しました。
ロルド宰相は、息子を疑ったことが
申し訳なくなり、
わざと穏やかな表情を浮かべました。
そして、
皆、驚いたようだねと言うと
ゲスターの背中を叩きました。
とにかく、それ以後は
事が順調に運びました。
タナサンの王は、一見、
魂が抜けたように見えましたが、
その後の会議は、
問題なく主導権を握っていました。
彼は以前より、
さらに協力的になり、
今回の黒魔術師事件に関しては
専門家であるゲスターに
全権を委任するという
破格的な宣言までしました。
どうせタナサンには、
それを、解決する人がいない。
永久に権限を付与することは
できないけれど、
今回の黒魔術師事件に限っては
ゲスターに全てを任せると
言いました。
会議が終わって外に出ると、
ロルド宰相は息子をチラッと見ました。
一体、ゲスターが何を見せたせいで、
人々の反応が
あれほど変わったのだろうか。
ゲスターを信頼することとは別に
それが気になりました。
ゲスターはロルド宰相に、
言いたいことがあれば
何でも言って欲しい。
自分は大丈夫だと言いました。
一体、タナサンの大臣たちに
何を見せたの?
どうして皇帝は、急にゲスターに
丁寧に話すようになったの?
ロルド宰相は、
喉の奥まで上がってきた質問を
飲み込みました。
その代わり、彼は
ゲスターの肩を叩きながら明るく笑い
うちの息子が最高だと言いました。
◇タッシールの手腕◇
このタッシールが、
そばにいるから嬉しいでしょう?
やはり、私が最高でしょう?
タッシールは
会議室に歩いていく間
ずっとラティルのそばで
ニヤニヤしていました。
サーナット卿は不愉快で
眉を顰めましたが、ラティルは
いつもと変わらないタッシールを見て
安心しました。
ラティルは、
タッシールがいつもと同じで良かった。
何も言わずに消えたので、
本当にとても驚いたと言いました。
その言葉に、タッシールは、
話してから出かけたのにと
反論しました。
しかし、ラティルは
普段より説明が足りなかった。
何か、ぽつぽつと抜けていたと
言い返すと、タッシールは、
体で謝ってもいいかと尋ねました。
ラティルは「もちろん」と答えると
タッシールの脇腹を突いて笑いました。
話を交わしているうちに
いつの間にか二人は
会議室の前に到着しました。
ラティルはタッシールを連れて、
会議室の上座につながっている
横の扉から入りました。
休憩時間は、
まだ5分ほど残っていましたが、
大臣たちは
すでに全員集まっていました。
彼らは、皇帝が
タッシールを連れてくると
好奇心が湧いて来て、ざわつきました。
ラティルは、
タッシールが忙しい中、
自分が皇配候補たちに課した
テストまで、全て終えてきたそうだ。
どうせ、自分も
報告を受けなければならないので
一緒に聞けばいいと思って
連れて来たと話しました。
ラティルは演壇にもたれかかり、
タッシールは
壇上より2段低い階段の上の
中央に移動しました。
そして、話を始めようとしたところで
ラティルを振り返りながら、
ここにいる人々も、
自分がヘイレンを治療しに行ったことを
知っているかと尋ねました。
ラティルは肩をすくめて、
今、全員、知っただろうと答えました。
タッシールは笑いを噴き出すと、
前を向き、
ヘイレンの治療がほぼ終わった頃、
最後の材料を探すために、
自分の商団に立ち寄った。
その過程で、皇帝にも、
自分の消息を伝えようと思ったと
話しました。
その言葉を聞いたラティルは、
でも、伝えてくれなかったのにと
不機嫌そうな顔で思いました。
タッシールは、
そこで、皇配候補への
テストに関する話を聞いて、
すぐにミロに向かった。
すぐに出発しないと、日程上、
とても損をしそうだったから。
使節団とは、ミロ付近で会ったと
話しました。
タッシールが使節団の馬車に乗って
帰って来た理由が分かったので、
一つ、疑問は解けました。
しかし、ラティルは
まだ気になることが
たくさんありました。
ラティルは、
ミロで働くのは難しくなかったかと
尋ねました。
すると、タッシールは、
ミロで反乱が続いていたことを
覚えているかと逆に質問しました。
ラティルは、
しばらく考え込みました。
聞いたことがあるような気がしました。
ラティルは、
王の三男と大公が暴政に反発して
反乱を起こした。
その件で王と三男が
同時に助けを求めて来たと答えました。
おそらく、それは
即位当初のことでした。
当時、ラティルは
その要求に困惑していました。
その暴政を敷いたミロ王は、
ラティルがトゥーラと対立した時、
彼女を支持してくれた
王だったからでした。
その問題は、
ラティルが皇帝初期に直面した
「決定を下すのが難しい」状況の
一つでしたが、 それがタッシールと
何の関係があるのかと思いました。
彼は笑顔で大臣たちを見渡しました。
やはり大臣たちも皆、
そのことを覚えているようでした。
皆、事の背景を知っているようなので、
タッシールは再び口を開きました。
タッシールは、
そうでなくても
危なっかしいミロ王は、
国民に人気のあった
ザリポルシ姫が死亡し、
強大国のカリセンと
ダークリーチャーの件で仲が悪くなると
さらに彼の立場が弱くなった。
自分が到着した頃は、
三番目の王子が反乱に失敗して
監獄へ行き、
ミロ王に対する人々の不信は
さらに強くなっていたと話しました。
三番目の王子が監獄へ行った話は、
ラティルと大臣たちも、
話を聞いて知っていました。
続けてタッシールは、
国民は、
大公が最後の襲撃を試みるということを
知りながらも、
目をつぶっているレベルだった。
それで、それを少し手伝った後、
友好的な関係になった。
残ったダークリーチャーの処理は、
白魔術師様が引き受けてくれたと
話しました。
大臣たちは驚き、ざわめきました。
ミロの第三王子と大公の話は
自分たちとかけ離れた事件だったのに、
そこへタッシールが
割り込んだからでした。
ラティルは、
すごいね。 本当に運が良かったと
心から感心しました。
ちょうど、その状況で、
タッシールが大公と手を取り合い、
ミロの敵対的な態度を
一気に解決してしまったからでした。
外務省でミロを担当している
中立の大臣の一人も、
天がタッシール様を助けているようだと
感嘆しながら叫びました。
しかし、タッシールは
そうだと納得する代わりに、
片方の口角を傲慢に上げながら
運だったのでしょうか?
と尋ねました。
大臣たちの目が大きくなりました。
ラティルも驚いて口を開けました。
タッシールは
「偶然」大公に会ったのではなく、
この流れを全部計算して
任務を受けるや否や、
わざと大公を訪ねて行ったことを
ラティルは理解しました。
ラティルは、しばらく彼を見た後
嬉しそうに笑い、
本当にすごい。 本当に頭がいいと
感嘆しました。
ここが会議室でなかったら、
ラティルは
タッシールの顔を手で包み込んで
キスでもしていたところでした。
彼も、とても誇らしそうでした。
大臣たちは誰も
口を開くことができませんでした。
皇配テストを受ける時、
最初から席にいなかったタッシールが
一か月後に、
仲の悪かった国を友好国に変えてきた。
友好国どころか、大公は劇的な瞬間に
タッシールの助けを借りて王になった。
義理を重んじ、
豪放だという世間の評価が事実なら、
新しいミロの王は、
タッシールの力になろうと
努めるはずでした。
やはり皇配の席には
タッシールが一番近いのか。
大臣たちは心の中で考えましたが、
誰も口を開きませんでした。
しかし、彼らは、皆知っていました。
彼らが乗り越えなければならないのは、
タッシールの能力ではなく、
平民出身の皇配を認めたくない
彼ら自身の自尊心だけであることを。
◇ゲスターが最高◇
一方、ゲスターも
完璧に仕事の処理を終えました。
タナサンの王と大臣たちが示した
怪しいくらいの協力のおかげでした。
ゲスターは、
問題を起こす黒魔術師たちを
探し回りながら、
懐柔できる人は懐柔して
黒魔術師村へ送りました。
懐柔できない人は懐柔せず、
黒魔術師村に投げ捨てました。
その後のことは、
先に黒魔術師村に定着した人々の
役割でした。
黒魔術師の仕業だと疑われていたけれど
単に怪物の攻撃だったものも
何件かありました。
ゲスターは怪物たちが、
どの状況に一番多く驚くのか、
どの目標物に、より惹かれるのか
大部分、把握していたので
むしろ、怪物を処理するほうが
楽でした。
彼は処理する怪物は処理し、
わざと村を襲撃しに来るのではない
怪物たちは、移動する方向を変え、
人々が住む村を避けるようにしました。
最初、タナサンの大臣たちは、
ゲスターが見せた恐ろしい力のために
渋々、口をつぐんでいましたが、
ゲスターが会議室での姿とは違い、
意外と仕事をきちんと処理してくれると
ゲスター様のおかげで
仕事がうまく処理された。
陛下がゲスター様を
推薦したのには理由があったと、
皆の不満が減りました。
ゲスターは半月で仕事を終え、
タリウムに戻る馬車に乗れました。
ロルド宰相は、
ゲスターが一番先に
仕事を終わらせただろうと言って
馬車の中で喜び、
自信に満ち溢れていました。
トゥーリもゲスターを誇りに思い、
今度、帰ったら、
皆、うちの坊ちゃんこそ
まともな皇配候補であることに
気づくと思う。
対抗者であることが何の役に立つのか。
皇配になるなら、お坊ちゃまのように、
実際に役に立たなければならないと
熱心に褒めました。
ゲスターは、
皆、うまくやっているはずだと
照れくさそうに呟きましたが、
心の中では、自分の成果に
満足していました。
うちのゲスタが最高だ!
ゲスター様、最高!
ロルド宰相とトゥーリが
熱心にゲスターを称賛している間、
彼は恥ずかしそうな笑みを浮かべて
窓の外を見ました。
謙遜な笑みとは裏腹に、
彼の目には期待感が満ちていました。
ラトラシルが自分を見て、
どんな反応を見せるだろうか。
きっと喜ぶだろう。
自分を抱きしめて
飛び跳ねるかもしれない。
さもなければ、
体面を守らなければと言って、
腕をつかみ、
一人で大声を出して
笑うかもしれませんでした。
しかし、ゲスターは、
どんな姿でも大丈夫でした。
ゲスターは満足感に酔い、
窓枠に頭を突っ込み、
夏の風に当たりました。
期待感が雲のように膨らみました。
クラインの誕生パーティの時に
バニルが足を引っ張られて
階段から落ちた時、
ゲスターが近くにいるのを見た
ロルド宰相は、
ゲスターを少し疑いました。
そして、今回もゲスターを
疑ったけれど、ロルド宰相は
ゲスターが
変なことをするはずがないと
無理矢理言い聞かせているような
気がします。
ザリポルシ姫と
ダークリーチャーの件で、
ミロとは、あまり良い関係では
なくなっていたのに、
ミロが政情不安定なのに目をつけ
陰ながら、
ミロの政権交代の助けをし、
友好関係を結んだタッシール。
一方、王と大臣に恐怖を与えて
仕事を無事に終えたゲスター。
二人とも成果を出したけれど、
力で押さえつけたゲスターとは違い、
相手が協力したくなるような方向へ
導くタッシールは、やはり凄い!
貴族たちを唸らせるだけのことを
彼はやり遂げたと思います。
白魔術師は、
自分が偉い、一番強いと
思っているような気がするので、
商人であるタッシールのように、
おべっかを使い、
人を持ち上げるのが上手い人は、
白魔術師の扱いに
長けているような気がします。
ダークリーチャーを退治する時も、
「白魔術師様にできないことは
ないですよね」というような言葉で
煽てたのではないかと思います。
元々、白魔術師は
黒魔術師やら怪物を倒すのが
好きそうなので、
タッシールに褒めちぎられたら
ほいほい、やりそうな気がします。
ゲスターの期待が
期待外れになることを
大いに期待しています。