177話 外伝24話 季節は冬となりました。
到底信じることのできない
主治医の言葉に対する
ビョルンの感想は、
この妊娠は不条理で、
あり得ないことで、
あってはならないことでした。
ビョルンは眉を顰めながら
主治医に「どうして?」と
尋ねましたが、
医者は、困った笑みを浮かべながら
額の冷や汗を拭いました。
双子ができたので、
双子が育っているだけ。
それ以外に
どんなことが言えるのか、
医者は、全く知る術が
ありませんでしたが、
しばらく悩んだ末に、
王室にもう一度、
双子が生まれることになり
全レチェンにとっても
喜ばしいことだとごまかしました。
双子と言う単語を
繰り返していたビョルンは
呆れた顔で妻を見つめました。
しかし、エルナは
気楽そうにニコニコ笑い、
自分の言った通り、
うちの赤ちゃんは二人だったと
言いました。
その双子を、お腹の中で育て
産まなければならない当事者が
このように呑気にしていると
ビョルンは、一段と呆れました。
主治医を退けたビョルンは
苛立たしげに暖炉の前を
うろうろし始めました。
エルナのお腹が大きくなる速度が
速すぎても、なんとなくお腹の中で
2人の子供の動きが
感じられるようでも、彼は努めて
その不吉な予感を否定してきました。
あの女の中で、
子供が2人も育つというのは、
全くありそうもないことでした。
ところが、
結局こうなってしまいました。
ビョルンは依然として信じられず
困惑した目でエルナを見ましたが
ゆったりとした冬のドレスを着ても
膨らんだお腹が目立っていました。
しかし、それを除けば、相変わらず
小さくて細いだけでした。
それなのに双子だなんて、
ビョルンは深いため息をつきながら
再びエルナのそばに近づきました。
彼と目が合うと、
エルナはさらに笑みを浮かべて、
自分たちの双子は、
ビョルンたちのように兄弟か。
それとも姉妹か、兄妹だろうか。
ビョルンはどれがいいかと
尋ねました。
しかし、繰り返し妻の名前を呼ぶ
ビョルンの声は
次第に低く沈んでいったので、
エルナは、
なぜ、そんな顔をしているのか。
赤ちゃんが2人も生まれるので
2倍喜んで欲しいと頼みました。
しかし、ビョルンは、
この状況が心配ではないのかと
エルナに尋ねました。
彼女は、
すでに双子がお腹の中にいるので
心配をしても何も変わらないと
答えました。
そして、しばらく物思いに耽っていた
エルナは、
王妃も双子の王子たちを
無事に出産したので
心配しないようにと言いました。
しかし、ビョルンは
母親はエルナのように小さくないと
反論しました。
エルナは、
侮辱的な話はしないで欲しい。
自分は大丈夫だと言うと、
静かな笑みを浮かべ
彼の手を包みこみました。
エルナは、
自分は元気で双子も元気なので
うまくやっていけるはずだと
怯えた子供を宥めるように
ビョルンに告げました。
そのエルナを見て、ビョルンは、
自分が、どれほど
情けないことをしているかを悟り、
それが虚しくて笑うと、
エルナもニッコリしました。
とても、お腹の中に双子がいる
母親のようには見えない
幼くて弱々しい顔が
彼の想念をさらに深めました。
エルナは、赤ちゃんが二人いるのに
赤ちゃんデナイスタと呼べば
区別がつかないので、
自分たち二人の愛称を取って
ビビとナナと呼ぶのはどうかと
あまりにもくだらないことに
真剣に悩みました。
そして、もし兄弟だったら、
赤ちゃんが嫌がるだろうか。
自分は可愛くていいと思うけれどと
言うと、ビョルンは、
妃の意のままにと
ため息をつくように答えてから
時間を確認しました。
主治医に会うために延期した
会議の時間まで、あと1時間余りしか
残っていませんでした。
折しも、出発を告げに来た侍従が
扉をノックしました。
「いってらっしゃい」と
エルナは明るい顔で挨拶をし、
ビビとナナの分まで、クッキーを
たくさん稼いで来てと言いました。
双子を持ったせいか
貪欲さが倍増したような
赤ちゃん鹿が
小さく手を振ってくれました。
何だか冗談のように聞こえない催促に
ビョルンは、声を出して
笑ってしまいました。
見送りに出ようとするエルナを
地獄の門番に押し付けたビョルンは
大公邸の玄関に向かいました。
時間が迫っているので、
急いで欲しいと命令して馬車に乗ると
突然そら笑いが起こりました。
彼は双子として生まれ育ったけれど
双子の父親になるという考えは
一度もしたことがありませんでした。
そして、エルナが
この上なく愛らしく告げた
ビビとナナという恥辱的な愛称を
思い出したビョルンは、
もう一度、この不条理を忘れて
笑ってしまいました。
双子が姉妹なら、
かなり可愛い名前だけれど、
それが兄弟で、
自分とレオニードの
胎名だったらどうだったかと思うと
身震いしました。
だから、母親にそっくりな
娘たちであって欲しいと
願うばかりでした。
もう一度くすくす笑ったビョルンは
ビビとナナの分まで、
たくさんのクッキーを稼ぐために
侍従が用意した、
今日の会議の資料を開きました。
ベビーベッド、おもちゃ、服など
赤ちゃんの物は
何でも二つになりました。
エルナは喜びに満ちた目で、
新しく飾った双子の部屋を
見回しました。
ビョルンは、必要であれば
二つの部屋を使うようにと
言いましたが、エルナは、
一緒に育ち、一緒に世の中に来る
子供たちを
引き離したくありませんでした。
エルナは、
今日完成した二足のベビーソックスを
2つのクローゼットに
それぞれ入れました。
一番目はビビ。 二番目はナナ。
決めておいた順番を心の中で繰り返すと
思わず笑いがこぼれました。
静かにエルナの後を追っていたリサが
あれを見てと言って、
急いで窓の前に駆けつけました。
エルナは、少しゆっくりと
リサに近づきました。
空から一片、二片と
雪が舞い降りて来ました。
今年の冬は、初雪が早く降ったと
浮かれているリサのそばで
エルナも小さな嘆声を漏らしました。
次第に太くなった雪は、
まもなく、ぼたん雪になりました。
白く覆われていく庭を
見下ろしたエルナは、
ふと時計を確認しました。
鋭い眼差しでエルナを見たリサは
何かあったのかと尋ねました。
エルナは笑いながら首を横に振ると
何でもないと答えました。
わずか数時間前に見送った夫に
会いたくなったと言うのは、
少し恥ずかしいからでした。
ビョルンはシャワーを浴びた後、
寝室に入りました。
読んでいた本を閉じたエルナは
微笑みながら彼を見ました。
目が合うと、ビョルンは、
相変わらずエルナを
少し恥ずかしくさせるような笑みを
浮かべました。
ビョルンが、
開いているバルコニーのカーテンの前に
近づくと、エルナは
急いで「閉めないで」と叫び
雪が見たいので、
わざわざ開けておいたと説明しました。
ビョルンは、
冷たい空気が入ると反論しましたが、
エルナは、
そのくらいは大丈夫。
この部屋は暑いくらい暖かいと言うと
燃え盛る暖炉の火と
あちこちに置かれた火鉢、
そしてベッドに置かれた湯たんぽを
順番に指差しました。
ビョルンは納得したのか、
カーテンを開けたまま
ベッドに近づきました。
ベッドに並んで座った二人は
いつものように、
体調と今日一日の日課。
双子の胎動について話を交わしましたが
今日は初雪の話が
短く付け加えられました。
時計を確認したビョルンは、
ランプを消すことで
双子の睡眠時間を知らせました。
彼にとっては
宵の口のような時間でしたが、
最近は、エルナと一緒に寝る方を
選んでいました。
ビョルンが片腕を差し出すと、
エルナは自然に
ビョルンの懐に入りました。
お腹が大きくなっているだけで、
依然として、
細く柔らかい体を抱くと、
静かなため息が漏れました。
普段なら、
静かに眠っているはずのエルナが
そっと頭を上げて彼を眺めると
彼を呼びました。
そして、ビョルンが
引き止める間もなく
エルナは突然キスをしました。
ビョルンは、しばらくの間、
ぼんやりとした気分に襲われましたが
すぐに穏やかな笑みを浮かべて
応じました。
欲望は、まだ彼が抑えられる範囲内に
ありました。
妻の妊娠以来、ずっと続いてきて、
もう慣れていました。
今日も、やはりそうで、
ビョルンはいくらでも自分の欲望を
調整することができました。
しかし、エルナは
全く予想外の挑発をしてきました。
エルナは引き下がろうとする
ビョルンをしっかり抱き締め
しがみつきました。
彼が困った笑みを浮かべても
なかなか退きませんでした。
エルナが、怯えているような目で
ビョルンを見ると、
彼は熱いため息をつきながら
少し笑いました。
そして、そっとエルナを押し出すと、
彼女は、
もしかして体が変わったせいなのか。
醜いと思っているのかと言って
目頭を赤くしました。
体を起こし、
ヘッドクッションに寄りかかって
座ったビョルンは、
エルナが開けておいた
カーテンの向こうにちらつく
ぼたん雪の影を眺めました。
こんなに気が利かないのは罪だと、
妊娠した妻の前で口にするには
あまり良くない悪口が
失笑と共に漏れました。
ビョルンは髪を搔き乱した手を下ろして
エルナの目頭を拭いました。
そして、もしエルナが
意図的にそうしているなら
自分がいくら発情した野郎でも
エルナは悪魔だと言いました。
そして、
少し苛立ちが感じられる
ため息を吐きながら、
自分の服の裾に再びしがみついた
エルナの手を振り払いました。
彼は、まさか、そんなことを
また繰り返さないといけないのかと
尋ねました。
努めて感情をコントロールしている
彼の声は、いつもより沈んでいました。
ビョルンは、子供ができてから
妻を抱きませんでした。
主治医から注意された期間が過ぎても
同じでした。
欲望に狂って暴走し、
全てを台無しにする恐ろしいことは
一度で十分でした。
そして、エルナが、
主治医の先生も、もう大丈夫だと・・・
と言いかけているところで、
「休みなさい」と
ぎこちない笑みを浮かべながら
妻の言葉を遮ると、
ベッドから降りました。
どうやら今日は、自分の寝室を
使わなければならないと思いました。
しばらく戸惑った表情をしていた
エルナは、ちょうどビョルンが
一歩を踏み出そうとした瞬間、
再び手を伸ばしました。
エルナは、
ビョルンが本当に嫌で迷惑なことなら
強要しないけれど、
そうでなければ行かないでと
訴えました。
そして、彼の腕にしがみつくと、
自分はあなたを許したので、
もうあなたも、あなた自身を
許してはいけないのかと
力を込めて言いました。
全て書いてはいないのですが、
今回のお話の中には
不条理という言葉が何度も出て来ます。
そして、ビョルンは、
エルナが双子を妊娠していることが
あり得ない、あってはならないと
考えていますが、
そのビョルンの考えの方が
あり得ない(笑)
体が小さくても、
双子を妊娠する時は妊娠する。
頭脳明晰、冷静沈着なビョルンが
そんなことも考えられないはずは
ないのでしょうけれど、
エルナのことが心配なあまり、
そう考えてしまったのでしょうね。
心配をしても何も変わらないという
エルナ。母は強しです。
彼を許したと言うエルナの言葉。
これは、どういう意味なのかと
最初、悩みましたが、
以前、エルナは、
始めの子を流産したのは
ビョルンのせいではないと言って
彼を慰めたことがあるので、
彼が欲望に負けてしまったことを
許すという意味なのかと思いました。
「あなた自身を許して」という言葉は
そのことで罪の意識に苛まれている
ビョルンを救ってくれることを
期待しています。
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