178話 外伝25話 エルナはビョルンに、あなた自身を許してと言いました。
ひどく堕落した淑女は、
パジャマを全部脱いで、
ビョルンの膝の上に座ると
微笑みました。
妻を見たビョルンは
甘い敗北感に捕らわれ、
微笑みながら、 静かな眼差しで
その姿を見守りました。
エルナは恥ずかしそうに
しばらく躊躇っていましたが
脱いだ体を隠しませんでした。
ビョルンは、
少しボーッとした気分で
妊娠した女性の体は
見慣れない美しさを持っていると
思いました。
双子が育っているお腹以外、
全てが前と同じだと思っていたのは
どうやら判断を誤ったようで、
目の前にいる裸身のエルナは、
見慣れないものでした。
膨らんだ胸からお腹へと、
徐々に下に向かって行った
ビョルンの視線は、
すぐにエルナの目へ向かいました。
彼女は頬を赤く染めましたが、
彼の視線を避けませんでした。
少し変ではないかと
エルナは緊張した笑みを浮かべながら
質問しました。
無謀な勇気を出したものの、
いざビョルンに脱いだ体を見せると
躊躇しました。
ビョルンが何を恐れているのか、
エルナはよく知っているし、
やはり、彼女も彼と同じような
恐怖と傷を抱えていました。
それで彼の節制と配慮を
ありがたく受け入れて来たけれど、
ある日から、もし、ビョルンに、
もう、きれいでないと思われたら
どうしようという
別の種類の恐怖が生まれました。
以前のような体ではないことを
よく知っているけれど
ビョルンの目に映った自分が
いつも、きれいであるようにと
エルナは願いました。
沈黙が長くなると、エルナの肩が
少し縮こまりました。
震える手を上げて、
静かにビョルンの頬を触ると
彼は、優しい笑みを浮かべました。
ビョルンは、
慎重に引き寄せて抱き締めた
エルナの頬にキスをしながら
痛かったり辛かったりしたら
言うようにと頼みました。
そして、その唇は
細い首筋と肩を通って
膨らんだ胸に触れました。
優しく手で扱っていた
胸の先端を口に含むと、
エルナは体を震わせました。
ビョルンは硬直した背中を撫でながら
口を合わせ続けました。
最初の、その漠然とした恐怖は、
もはや残っていませんでした。
発情した獣でもないのに、
上品ぶって偽善者を装っていた時間に
顔向けできないほど、
熱烈な欲望が情けなくて、
自嘲的な笑いが出ましたが、
止めたくはありませんでした。
ビョルンは、自分の膝に座って
息を切らしているエルナを
注意深くベッドに寝かせました。
そして、鑑賞するように、
その見慣れない美しい体を
見下ろしていました。
その時間が長くなると、
エルナが催促するように
彼を呼びました。
体を屈めて、
エルナの膨らんだお腹の上に
唇を運んだビョルンは、
思いがけず、
笑いがこみ上げて来ました。
彼の髪の毛を撫でていた手を止めると
エルナは、とても変かと
息を殺して尋ねました。
ゆっくりと首を横に振ったビョルンは
膨らんだお腹の上に口づけをしながら
もう一度笑うと、
見物人の前でしている気分で妙だと
言って、エルナを見つめました。
言語道断の表現に
眉を顰めたのもつかの間、
結局、エルナも笑ってしまいました。
エルナは、
まさかビョルン・デナイスタが
恥ずかしがっているのかと尋ねると
ビョルンは、いくら自分でも
そこまでは心の準備ができていないと
答えました。
エルナは、
大丈夫。 今は眠っていると
とぼけた言い訳をすると
胎動が止まったお腹を撫でました。
眠っている子供を
起こすのではないかと心配するように
声をできる限り下げていましたが、
ふと、その事実に気づいたビョルンは
笑いました。
体を起こしたビョルンは
ゆっくりとエルナの中に入りました。
膨らんだお腹を
圧迫してしまうことを心配し、
自然と動きが遅くなり、
慎重になりました。
意外にも、その柔らかな刺激が
満腹感と呼んだ方がいいような
かなり大きな快感を与えました。
この女性の体温と同じくらい
温かくて柔らかいものが
胸をいっぱいにしてくれる
くすぐったい気分でした。
その温もりの中で
悪夢のように残っている記憶が
次第に薄れていきました。
エルナの声が
次第に息切れしそうになると
ビョルンは
しばらく体から離れました。
そして再び、自分の膝の上に
抱き上げたエルナに向き合ったまま
ゆっくりと押し込みました。
何度も口を合わせ、
依然として美しい体を撫で、
お互いの目を見つめながら
微笑を交わす間に、
ビョルンの息づかいも
熱く乱れました。
この用心深い行為が与える
充溢さが滑稽なほどでした。
エルナと目が合う度に、ビョルンは
「きれいです」と
妻があれほど切望していた言葉を
囁きました。
それは、彼の最も熱烈な
本心でもありました。
ゆっくりと舞う雪片の
影が作り出す美しい模様を
眺めていたエルナは、
頬に触れる
温かくて湿った感触に驚いて
首を回しました。
じっとしているようにと言って
起き上がろうとするエルナの肩を
そっと押したビョルンは、
お湯で濡らしたタオルで
エルナの体を拭き始めました。
彼女は目を見開いて
彼を見つめました。
体が冷えると、
先に浴室に向かった理由が
これだとは
想像もしていませんでした。
硬直しているエルナを
じっと見つめていたビョルンは
嫌なのかと尋ねました。
エルナが急いで首を横に振ると、
彼は再び手を動かし始めました。
タオルが冷めると、
別のタオルを濡らしてきました。
そして、
メイドを呼んだら嫌でしょうと
言って、軽く笑いました。
エルナは、ようやく頷きました。
ビョルンは、
足の間で手を止めると、
なぜ、妖婦は再び淑女に戻ったのかと
尋ねました。
エルナは改めて顔を赤らめ、
眉を顰めながら、
子供たちが聞いているからと
答えました。
その言葉にビョルンは、
まあ、どうだろう。見てもいるしと
淡々と返事をすると、
体を拭いてくれました。
エルナは彼の手に素直に身を任せ
じっと天井だけを見つめていました。
体を交えていた瞬間よりも
今の方が恥ずかしいと思うのが
滑稽でありながらも甘美でした。
エルナをきれいに拭いたビョルンは
パジャマも着せてくれました。
不器用な手つきでしたが、
エルナには、この瞬間が大切でした。
こうなると分かっていたら
もっと早く勇気を出せば良かったと
少し恥ずかしい後悔をしている間に
ベッドに入ってきた彼が、
エルナを懐に引き寄せました。
見つめ合っていた2人は、
どちらかともなく笑い出しました。
ビョルンは微笑みながら
「もう寝なさい」と囁きました。
エルナは「はい」と
素直に答えましたが、
自分は本当にきれいなのかと
深刻な表情で、
もう一度勇気を出して尋ねました。
呆れた質問に、ビョルンは、
そうでなければ、
なぜ、自分がこんなことを
すると思うのかと答えると
訳もなく笑ってしまいました。
エルナは、自分がこれ以上
きれいでなくなったら
どうするのかと尋ねました。
ビョルンは、
それはどういう意味かと
聞き返すと、エルナは、
時間が経てば、
この世の全ての花は枯れてしまう。
いつもそれが怖いと
震える声で答えました。
エルナの言う恐怖が何かを
理解したビョルンは、
少し虚しくなって失笑しました。
女の顔一つに狂った馬鹿扱いされた
気分でしたが、
彼らの出発点を考えてみると、
間違っていると言うのは
困難でした。
けれども、この愛は、
それだけで始まったのではなく、
ビョルンは自分を見つめる
エルナの目つきや、
ちょっとした身振りと表情、習慣。
愚かなほど善良で生真面目で、
だから、猶更愛らしい面が
好きでした。
そんなエルナがきれいで、
そのきれいなエルナを
ビョルンは愛していました。
彼は微笑みながら
エルナの額にキスすると、
大丈夫。また、自分が
いくらでも咲かせると、
この小さくて美しい世界の
全能な神の心で約束しました。
この美しい女性は愛で咲く花であり
彼は永遠にこの女性を愛し、
彼女は自分だけのための花を
咲かせてくれるので
彼女は、決して
枯れて色あせることはないと
思いました。
ところが、
熱心に彼を見ていたエルナが、
自分の庭師になってくれるという
意味かと、
とんでもない質問をしました。
神から庭師へと、一瞬にして
身分が格下げされたましが、
ビョルンは、
似たようなものだと、
爽やかな笑顔で受け入れました。
エルナは、
訝し気な表情をしていましたが
それ以上、聞き返すことなく
素直に目を閉じました。
次第にエルナの息が
安らかになっていくと、
母親のお腹の中で
もぞもぞしていた双子も
静かになりました。
全能の神、
あるいは庭師を持つきれいな花と、
この愛と約束の密かな目撃者である
赤ちゃんデナイスタに
ビョルンはキスをしました。
寝坊したエルナは
明るい日差しの中で目を覚ましました。
すでに、ビョルンは
デナイスタのクッキーを集めに
出発した後でした。
エルナは顔を洗って、着替えて、
ブラッシングをしてくれるリサと
談笑しました。
双子を出産するまで
社交活動はしないことにしたので、
午後にシュベリン宮を訪れる予定の
アルセン公爵夫人と、
お茶を共にすることが
スケジュールの全てでした。
さて、リサが寝室に
持って来てくれた朝食を
エルナが食べようとした時、
バルコニーを覆っていたカーテンを
開けたリサが、
あそこを見て。雪だるまがあると
嬉しそうに叫びました。
スプーンを置いたエルナは
バルコニーの前に近づきました。
雪が積もった
バルコニーの手すりの上に
大きな雪だるま、 小さな雪だるま。
その間に赤ちゃん雪だるまたちが
並んで置かれていました。
それを誰が作って置いたのかは、
あえて、考える必要は
ありませんでした。
小さな声で笑ったエルナは
リサが持って来てくれた
ショールを巻いて
バルコニーに出ました。
そして、冬の風に
鼻先がズキズキするまで、
お腹の中で楽しいダンスを踊る
双子たちと一緒に
白く輝くその雪だるまたちと
優しい目で挨拶を交わしました。
ビョルンが、
エルナの好きな所を
一つ一つ挙げながら
彼女への愛を再確認するシーンに
ウルッと来たのですが、
その後のエルナの「庭師」発言に
笑わされてしまいました。
けれども、最後にビョルンが
雪だるまを作ってくれていたことを知り
またウルッと来てしまいました。
フェリアでエルナが作った雪だるまは
誕生日を祝ってもらえなかった
悲しい雪だるま。
バフォードでビョルンが作った
赤ちゃん雪だるまは、
亡くなった赤ちゃんを
送り出すためのもの。
そして、今回、ビョルンが作った
4体の雪だるまは、
新しい家族を迎えるための
嬉しい雪だるまなのではないかと
思います。