898話 外伝7話 はたしてラティルは、ゲスターと二人だけで愛し合う偽の未来を見に行くのでしょうか?
◇必要ない◇
ラティルは怪物の提案に
笑い出しました。
自分とゲスターの二人だけで
愛し合う未来だなんて、
あまりにも、ありきたりではないかと
思ったからでした。
ラティルは、
どうして、そんなのを見るのか。
他の側室たちのことは考えずに
ゲスターと自分の間のことだけ
考えればいいのにと言うと
怪物は、一瞬驚いた表情をして
意味深長な笑みを浮かべながら
ロードには、
恋人がたくさんいるようだと
指摘しました。
そして、
しきりにニヤニヤ笑いながら
肩を震わせると、
ラティルは眉を顰めました。
どうして、あんなに気持ち悪く
笑うのかと思いました。
しかし、ラティルは、
すぐに捕まった怪物の言葉など
気にする必要はないと思い直すと、
側室が大勢いることを認めました。
しかし、
どうせ、今と変わらないので、
そのうちの一人と繋がる未来が
特に気になることはないと
返事をしました。
怪物は、選択一つだけでも
未来が全く変わったりもする。
逆に、ロードが望む
特定の姿の未来が作られるためには
周囲の数多くの環境が
変わったりもすると説明しました。
ラティルは
気が進まなそうに欠伸をした後、
今の状況で、隣にいる人だけが
変わるのではないかと尋ねました。
怪物は、違うと答えました。
ついに、ラティルは、
怪物の話に若干の好奇心を覚え、
もしかして、その偽の未来を
夢でも見ることができるのかと
尋ねました。
もしアリタルと議長、
ギルゴールの過去を見るように
偽の未来を、寝ながら
見ることができるならば、
見ても良いと思いました。
しかし怪物は、
ダメだと、きっぱり否定し、
幻想を見ている途中でも、
時間は流れると説明すると、
鉄格子を握り直しました。
その言葉に、ラティルは
完全に好奇心を抑え込み、
それならいいと言いました。
そうでなくても
やるべきことがいっぱいあるのに
時間をたくさん使う
偽の未来まで見る時間は
ありませんでした。
それに、幻想を見せてから
攻撃するという、あの怪物の特性も
少し気になりました。
あの怪物が自分に幻想を見せておいて
自分を攻撃したらどうするのか。
死ななくても、
大変な目に遭うかもしれない。
やはり、
偽の未来まで見る必要はないと
心を整理したラティルは
怪物に背を向けました。
しかし、怪物は、
ここに捕まっていたくないのか
少し待って欲しい。いくつか見せると
かなり執拗に食い下がりました。
ラティルが
「いくつか?」と聞き返すと、
怪物は、
あの黒魔術師との未来だけではなく
ロードが望むすべての未来を
見せると言いました。
しかし、ラティルは首を振り、
その必要はないと返事をすると
ラティルは監獄を出ました。
怪物は鉄格子を握りしめ、
その容赦ない後ろ姿を
じっと見つめていましたが、
鉄格子の間から
ゆっくりと手を伸ばしました。
◇遊び気分で◇
翌日の昼頃。ラティルは
メラディムの所へ向かう途中、
少し変な感じがしたので、
五回、後ろを振り返り、
首を横に振りました。
細くて軽い紐のようなものが
後頭部に付いていて、
歩く度にひらひらと揺れるような
感じがしました。
ラティルは、
何度も自分の頭をいじりながら
ハーレムに到着しました。
湖の畔に着くと、メラディムは、
ちょうど外に出ていて、
髪の水気を絞っているところでした。
彼を見つけたラティルは、
メラディムを呼ぼうとしていたので
ちょうど良かったと言って
彼に近づきました。
メラディムは
どうしたのか。
何か良いイベンドでもあるのかと
嬉しそうに尋ねました。
ラティルは、
一緒に食事でもしようかと思って
来ただけだと答えました。
メラディムが、もう一度、
何か良いイベントでもあるのかと
尋ねると、ラティルは
ティトゥはどこにいるのかと
尋ねました。
ラティルは
メラディムとティトゥを連れて
食堂へ歩いて行きました。
幸い、横でティトゥが、一度ずつ
メラディムの脇腹と背中を突くと、
彼も適時に反芻するのか
話をしている間、
同じ言葉を繰り返しませんでした。
ラティルは、
卵はいつ割れるのか。
皇子が生まれてから
何日も経っていない時にも
卵を見た気がするのに、
まだ卵のままだし、
全然、大きくなっていないと
言いました。
メラディムは、
時間が経てば自然に目覚めるので
あまり心配しないように。
血人魚族の赤ちゃんが
どれほど愛らしいか
見て驚かないでと返事をしました。
ラティルは、
いつ目覚めるのか
少しも予測できないのかと尋ねました。
メラディムは、
自分が目覚めたい時に起きるだろうと
答えました。
フナの王様の赤ちゃんは
きっとフナだと思う。
フナだから、卵から
孵らなけれはならないということも
忘れている、今頃、
生まれなければならないということも
忘れて、眠っていると思うと、
昨日、クラインが
食事をしながら言った言葉を思い出して
ラティルは唇を噛みました。
メラディムは、
どうして、
そんなにニヤニヤ笑っているのか。
血人魚の赤ちゃんが
愛らしいという言葉が
信じられないのかと尋ねました。
ラティルは、それを否定し
子供の人魚は可愛らしいだろうと
返事をしました。
メラディムは目を細めて
頭を傾けましたが、面倒なのか、
それ以上問い詰めませんでした。
その後、食事を終えて
デザートのアイスクリームを
食べる頃、ラティルが
また後頭部をいじっていると、
ティトゥは、
どうして、先程から、
しきりに頭を触っているのかと
尋ねました。
ラティルは、昨晩、
怪物たちを閉じ込めた監獄に
行って来たけれど、
その時から変な感じがすると
答えました。
そして、
一つに束ねた髪の毛を引っ張り、
自分の後頭部を
ティトゥとメラディムの方に向けながら
何か変なものが付いているかと
尋ねました。
ティトゥは、すぐに
「いいえ」と答えました。
メラディムも、
自分の目にも見えないと答えました。
ラティルは、再び首を回しながら
それなら、何でもないのだろうと
呟きました。
しかし、メラディムは首を横に振ると
必ずしもそうではない。
怪物たちの力は様々なので、
力が弱い怪物でも、
特異な才能があるかもしれないと
話しました。
「特異な才能」と聞いて、ラティルは
偽の未来を見せるという怪物のことを
再び思い浮かべました。
ラティルはメラディムに、
その怪物が自分に提案したことを
聞かせてから、
どんな企みがあって、
そんな提案をしたのだろうかと
尋ねました。
ティトゥは、
閉じこめられているのも嫌だし
ゲスターの所へ行くのも
嫌なのではないかと、
横から割り込んで代弁しました。
ラティルは、
ゲスターの話によれば、
偽の未来を見ている途中、
襲われることもあるそうなので
提案を受け入れるのは危険だよねと
眉を顰めながら尋ねました。
今度はメラディムが、
ロードは人間ではないので、
その程度、襲撃されたところで
何の害もない。
遊び気分で見る程度なら
大丈夫だろうと答えました。
隣でニヤニヤ笑っていたティトゥは
その怪物が、
自分たちの支配者様とロードが
二人だけで愛する未来も
見せてくれるのだろうかと
我慢ができずに、
話に割り込みました。
◇肖像画◇
一日の仕事を全て終えた後、
ラティルは皇子を訪ねました。
皇子は、
カルレインの胸に抱かれたまま
眠っていました。
彼はとても不自由そうな姿勢で
赤ちゃんを抱いて
安楽椅子に座っていましたが、
ラティルが入って来ると、
すぐに彼女に近づき、
子供は、ますますご主人様に
似て来ていると、
王子が起きないように
彼女の耳に囁きました。
ラティルはカルレインと
額を突き付けて、
皇子の顔をじっと見下ろしました。
カルレインは、
性格もご主人様に似て欲しいと
言いましたが、ラティルは
自の子供の頃の性格は悪いと
返事をしました。
しかし、カルレインは、
それでも大丈夫だと言いました。
ラティルは、
子供のふっくらとした頬を
押さえながら、
性格はカルレインに似て欲しいと
彼の耳に囁きました。
そうしているうちにラティルは
サーナット卿に
子供時代があったように
カルレインにも子供時代があったよねと
尋ねました。
カルレインは「ありました」と
答えました。
ラティルは、
子供の頃に描いてもらった
肖像画とかないのか。
あったら欲しいと言いました。
彼女は突然、
カルレインに似ている子供がいないのが
残念になりました。
彼に似た子供がいたら、
本当に愛らしいだろうと思いました。
しかし、いくら努力しても
カルレインの血を引く子供は
この世に存在できませんでした。
赤ちゃんが急にむずかり始めました。
カルレインは子供をあやしながら、
肖像画はないと呟きました。
◇お試し◇
ゲスターとの未来は
平安で安定していて、
ロマンチックであることが
明らかなので、ラティルは
別に偽の未来のようなものは
気にならないと思いました。
しかし、ティトゥ、メラディム、
カルレインと話しているうちに
ラティルも、少しずつ好奇心が
湧いて来ました。
ゲスターが先に
その怪物を見つけたということは、
彼にも、
見たい未来があるのだろうかと
考えました。
ラティルは寝ようと思って
横になりましたが、悩んだ末に、
結局、再び起き上がり、
その怪物を訪ねました。
怪物は依然として、監獄の中で
一人で静かに座っていましたが、
ラティルが現れると
ぞっとするような笑みを浮かべながら
鉄格子に近づき、
自分の提案を受け入れるかと
尋ねました。
ラティルは、
まだそうすることにしていないと
答えました。
怪物が「まだ・・・?」と聞き返すと
ラティルは怪物から
三歩ほど距離を空けて座りました。
怪物は首を傾けながら
ラティルと同じ姿勢で座りました。
ラティルは、どんな風に
偽の未来を見せてくれるのか
知りたいので、10分程度、
見せてくれと要求しました。
怪物が「10分?」と聞き返すと。
ラティルは、
自分が満足できるほど
興味深いものなのか、
先に確認したいと答えました。
その言葉を聞いた怪物は、
鳥肌が立つほど高く口角を上げると
鉄格子の間から手を差し出しました。
「手を繋ぐの?」と
ラティルが嫌そうに尋ねると、
怪物は傷ついた表情で
手を後ろに引っ込めましたが、
たじたじしながら、
再び手を突き出すと、
幻想を見るためには
自分と目を合わせて
手を握らなければならないと
告げました。
ラティルは、
自分が幻想を見ている間に
怪物が自分の手を折ったりしたら
どうするのかと尋ねました。
怪物は、
お話にならないというように
両手を空中に伸ばしながら
どうして自分が、
あえてロードを傷つけるのかという
口調で「ロードではないか」と
答えました。
怪物だからといって、
皆がロードに服従しないことを
知っているラティルは、
それに騙されませんでしたが、
10分程度なら、
大したことがないのは明らかでした。
その上、ラティルが気になるのは、
メラディムとカルレインとの
偽の未来でしたが、
今見ようとしているのは、
ゲスターとの偽の未来でした。
それは平安であることが
明らかなので、何か起きても
すぐに現実に戻ることが
できそうでした。
ラティルは「いいよ」と言って
怪物の手を握りしめ、
ハエの目のような目を見ました。
何も見えないけれどと思った瞬間、
ラティルは寝室に一人で立っている
自分に気づきました。
◇味方は自分だけ◇
偽の未来の中にいる感じは
前世を経験する時と似ていました。
自分がここにいるという認識もでき
五感も感じられるけれど、
思い通りに体を動かすことが
できませんでした。
今、ラティルがいるのは、
皇女の時に使っていた
部屋のようでした。
偽物のラティルが部屋を
あちこち見回している間、ラティルは
ゲスターとだけ愛し合う未来では、
皇帝になる前に結婚するのか。
ここでゲスターと一部屋を使うのか。
それとも、ゲスターと婚約しろと
父親が話をしに来るのかと
戸惑いながら考えていましたが
偽ラティルの悲鳴で
その考えは途切れました。
ラティルは、
偽ラティルの部屋のカーペットの上に
血を流しながら倒れている
乳母を発見してびっくりしました。
乳母は、一見死んでいるようでした。
ラティルは、
乳母の状態を確認したくて
体を動かそうとしましたが、
偽ラティルは、
思うように動いてくれませんでした。
そして、偽ラティルは
乳母が生きているか死んでいるか
確認もせずに後ずさりすると、
いきなり応接室に出ました。
これはどういうことなのかと
思いましたが、応接室では
侍女たちも血を流しながら
倒れていました。
偽ラティルは、今回も
侍女たちの状態を確認せず、
いきなり扉を蹴って廊下に出ると
走り出しました。
偽ラティルの移動速度は、
半分くらい覚醒した
ラティル自身の速度に比べて
確実に劣っていました。
廊下を走り続けていた偽ラティルは
後ろから付いて来る足音を聞いて、
一瞬、後ろを振り返りました。
すると兵士たちが走って来るのが
見えました。
兵士たちを避ける理由がないのに、
偽ラティルは、むしろ怖くなり
さらに早く走りました。
兵士たちは、
皇女を捕まえろ、皇女を止めろと
後ろから大声で叫びながら
追いかけて来ました。
ラティルは心底、当惑しました。
ゲスターと共に過ごす未来なのに。
強くておとなしいゲスターと
二人だけで愛し合う未来なのに、
どうして、こんなに騒がしいのか。
これは、ラティルが予想した
場面ではなかったし、
ゲスターとの未来なのに、
ゲスターはどこにいるのだろうかと
思いました。
そうしているうちに、
突然誰かがラティルの手を握って
引き寄せました。
すぐに体が
どこかに吸い込まれる感じがして
周囲の風景が変わりました。
そこは巨大なモグラが
住みそうな部屋でした。
偽ラティルは、
自分の手を引き寄せた手を振り切って
後ろに下がりました。
偽ラティルが振り切った相手は
狐の仮面でした。
偽ラティルは息を切らしながら
狐の仮面を睨みつけると、
どうして乳母や侍女たちが死んでいて
兵士たちが
自分を追いかけてくるのかと
尋ねました。
狐の仮面はため息をつくと
ハンカチを取り出して
偽ラティルの頬のどこかを
拭きながら、
本当に手のかかる皇女様だ。
今、皇女様の味方は
自分だけだって言ったのに
自分の言うことは
何も信じてくれないとぼやきました。
◇同一人物◇
ラティルは目を開けると
すぐに怪物の手を離しました。
怪物は、ニヤリと笑いながら
気に入ったか。
自分と取引をするかと尋ねました。
ラティルは、
ゲスターとの未来を
見せてくれると言ったのに、
ゲスターとの未来ではなく、
ランスター伯爵との未来だったと
狐の仮面の声を思い出しながら、
抗議しました。
その上、二人は、
愛し合う関係でもありませんでした。
怪物は面食らった表情で
ラティルを見つめ、首を傾げながら
どういうことなのかと尋ねました。
ラティルは、
ゲスターという男との
未来を見ようとしたのに、
偽の未来の中で、自分は
他の男といたと答えました。
怪物は大笑いしながら、
そんなはずがないと主張しました。
しかし、ラティルは
怪物が見せてくれた内容だと
言い返しました。
怪物は、
それは自分が作ったものではないと
反論しました。
しかし、ラティルは、
今、自分の目で見て来たと
主張すると、怪物は、
それでは、その二人は
同一人物だと言いました。
その言葉に、ラティルは驚きました。
メラディムとカルレインとの
偽の未来が見たいために、
一番安全なはずの
ゲスターとの偽の未来を選んだのに
もしかして、一番危険だったりして。
ティトゥは賄賂をもらって
アウエル・キクレンの存在を
黙っていたり、今回のお話では
メラディムとロードの偽の未来を
見たがったりと、
意外と俗っぽいところがあると
思いました。