904話 外伝13話 とうとうラティルは、ゲスターが猫をかぶっていたことを知りました。
◇小気味よい◇
部屋に戻ったラティルは
詩集を取り出して
ロッキングチェアに座りました。
しかし、五分と耐えられず、
部屋の中をうろうろし
唸り声を上げました。
ゲスターは、ずっと自分を
騙していたのか。
偽の未来の中では、
彼が自分を騙す前に、
自分が仮面を剥がしてしまったから
そのままの性格を露わにしたのか。
今、ゲスターは、ずっと私を
騙しているんだよね?
ラティルは
詩集をベッドに投げ捨て、
赤ちゃんの部屋に行きました。
一番目と二番目は
少しずつ大きくなったので
部屋を移し、
プレラのために用意した
ラティルの隣の部屋では
三番目の皇子が過ごしていました。
部屋の中に入ると、
カルレインは鏡を持っていて
三番目は心酔したように、
その鏡を覗いているところでした。
ラティルは、
皇子が何をしているのかと
尋ねました。
カルレインは、
分からない。
最近、鏡にはまっていると
答えました。
デーモンは
ゆりかごの中に敷く布団を
ふかふかに膨らませながら
自分の顔が
気に入っているのではないかと
クスクス笑いながら
冗談を言いました。
それは当然だろうと言って
カルレインが頷くと、
ラティルは照れくさそうに
つかつか歩き、訳もなく
赤ちゃんを抱きしめました。
そして、
うちの子。 大きくなったかな?
と尋ねると、
楽しそうに笑う赤ちゃんを見て
一緒に笑いました。
それからラティルは
皇子をデーモンに預けて
カルレインの隣に座り、
聞きたいことがあると言いました。
カルレインは
聞いてくださいと返事をしました。
ラティルが目配せすると、
デーモンはすぐに察して
赤ちゃんを連れて
外に出て行きました。
二人きりになると、
カルレインはラティルの方を向き
何が気になっているのかと
尋ねました。
ラティルは、
ゲスターのことだと答えました。
カルレインは、
ラティルが別の男の名前を
口にすると、少し興醒めして
再び体を正面に向けました。
ラティルは、
わざと彼の頬をつかんで
自分の方に向けました。
カルレインは、
必ず、このようにして
話さなければならないのかと
尋ねました。
ラティルが
うん!
と答えて、額を突き合わせ、
目を見開くと、カルレインは
笑いを爆発させました。
彼は、
分かった。
ゲスターについて
何が知りたいのかと尋ねました。
ラティルは、
もしかして自分といる時と
他の人といる時の彼の性格は
少し違うのかと尋ねました。
カルレインは、答える代わりに
視線を横に向けました。
彼は、ゲスターの気性について
少し遠回しに
ラティルに知らせた時に
狐の穴に落とされたことを
思い出しました。
まともに戦えば、
簡単にやられることは
ないだろうけれど、
ラティルのために
まともに戦えない状況でした。
このような状況で、ゲスターと
対立したくはありませんでした。
彼は人をイライラさせるし、
面倒くさいし、
事を複雑にする専門家でした。
カルレインは、
どうしてそう思うのかと尋ねました。
ラティルは、
偽の未来を見たと答えました。
偽の未来と聞いて、カルレインは
そのことで、最近、ご主人様は
あの怪物を訪ねたんですねと
確認ました。
ラティルは、それを認めると、
ゲスターとの偽の未来を見たけれど
彼の性格が少し違ったと、
打ち明けました。
カルレインは、
小気味良さを感じました。
あれだけ一生懸命に
性格を隠していたのに、
いくらあいつでも
自分のいない所まで手を出すのは
難しかったようでした。
しかし、カルレインは
このような感情を
表に出しませんでした。
彼は、
色々と状況が変わったので
性格も変わったのではないかと
助言しました。
ラティルは、
そうではなかったと
否定しましたが、カルレインは
自分には、分からないと
返事をすると、ラティルの額に
軽くキスをし、
自分はご主人様と
他の男の話はしたくないと
言いました。
◇ふわふわで軟弱◇
カルレインは
話すのを避けましたが、
ラティルは彼が
「ゲスターの性格が良い、
陛下は誤解をしている」と
きっぱりと答えなかった点を
明確に確認しました。
ラティルは、廊下を
行ったり来たりしていましたが
今度はハーレムに行って
ゲスター本人に会いに行きました。
彼は畑を耕すために
裏庭にいました。
彼がズボンを膝までまくり上げ、
麦わら帽子をかぶった姿を見ると
ラティルは一気に心が揺れました。
人は誰でも良い姿を見せたがる。
ゲスターもそうだっただけ。
それを、あえて問い詰めることまで
しなければならないのか。
人の気配に気づいたのか
ゲスターは「陛下」と呼ぶと
小さなシャベルを置いて、
照れくさそうに笑いながら
近づいて来ました。
そして、今、
ずっと動いていたので
服が少し汚いと言いました。
ラティルは
大丈夫だと返事をすると、
家庭菜園を作るのか。
何を植えるつもりなのかと
尋ねました。
ゲスターは、
いくつかの薬草を作る。
普通の薬草は、ギルゴールが
全部栽培してくれるけれど、
それでも全部ではないのでと
答えました。
ラティルは、
黒魔術に使う薬草なのかと
尋ねました。
ゲスターは頷くと、
ラティルの顔色を窺いました。
ラティルが
不快に思うのではないかと
心配しているようでした。
ラティルの頭は
ゲスターのために
再び回転し始めました。
ゲスターが、人前で
優しく見せようと努力するのは
彼が黒魔術を
習ったからではないだろうか。
黒魔術に対するイメージが悪いので
自分が良い人だということを
ずっと他人に見せているのだと
思いました。
ラティルは呆れましたが、
猫かぶりが上手なのは
罪ではありませんでした。
その上、ゲスターは
偽の未来でも、ここでも
自分のことが好きでした。
好きな人に、
よく見せようと猫をかぶるのは
ただ努力しているだけではないかと
思いました。
自分は密かにゲスターに弱いと
ラティルは、ため息をつきながら
呟きました。
どうやらゲスターに、
なぜ悪い性格を隠したのかと
責めることが
できないようでした。
ラティルはゲスターに
きまり悪い思いを
させたくありませんでした。
しかし、真実を
知っているせいなのか。
ゲスターは
何がですか?
と目を丸くして首を傾げると、
ラティルは反射的に
笑いが爆発しそうになりました。
普段なら
やはり、うちのゲスターは可愛いと
言えるような姿でしたが、
本来の性格が、
ああではないということを
知ってみると「可愛い」ではなく
「努力している」という考えが
先に浮かんだためでした。
ゲスターは、
ラティルの唇が蠢くと、
何か気になるのか、
眉を少し顰めました。
ラティルは、
ゲスターの額にできたしわを
チラチラ見ながら、
わざと畑を見ているふりをして、
今日、大臣の一人がミスをした。
自分たちで喧嘩をしながら
暴言を浴びせ合ったのだけれど
ロードみたいな奴と悪口を言って
うっかり自分を侮辱したと
話しました。
それからラティルは、
ゲスターの反応をチラッと見ました。
彼は、どの大臣かと尋ねました。
ゲスターが
おとなしいと思っていた時は
気づかなかったけれど
正確が乱暴であることを知ってみると
本当におとなしい人とは、
少し反応が違いました。
ザイシンなら
慰めてくれただろうと思いました。
陛下・・・?
ラティルが、再び唇を蠢かすと、
ゲスターは再びもやもやして
ラティルのそばに近づき、
彼女の顔色を窺いました。
ラティルは、
偽の未来の中のゲスターの
傲慢な目つきが浮かんできたので
我慢できずに
唇を噛んでしまいました。
皇女だった自分と
親交もなかったのに
ラトラシルと呼び捨てにし
ぞんざいな口を利き、
言葉尻を捉えて、
皮肉を言っていた奴が
今は精一杯弱いふりをしてることが
考えてみたら、
かなり良いと思いました。
ゲスター
はい、陛下・・・
ラティルは、一人で
笑いをこらえていましたが、
後になり、
自分の顔を両手で覆って
私のゲスター
甘い声で名前を呼ぶと、
ゲスターの頭の中に
再び赤信号が灯りました。
ラティルは知らないふりをして
彼の唇にキスをし、
ギュッと抱きしめると、
自分は本当にゲスターが好きなことを
知っているでしょう?
と聞きました。
そして、
私の大切な赤ちゃん狐。
子ウサギ。 鹿の王子。 子犬と
わざと、くすぐったそうに
並べた動物の名前は
すべて軟弱で毛がふわふわした
イメージでした。
ゲスターは鳥肌が立ちましたが、
笑みを失いませんでした。
◇トゥーラからの手紙◇
ゲスターを思い切り、
からかったラティルは、
思ったよりいいと思いながら
部屋を出ました。
皇帝がニヤニヤと笑いながら
歩いていく姿に、
宮廷人たちは、訳もなく不安になり
彼女をチラチラ見ていましたが、
ラティルは気にしませんでした。
ところが、気分のいい状態で
執務室に行ってみると、
アナッチャが待合室で
自分を待っていると、
侍従長から聞かされました。
アナッチャが、なぜ?
彼女は、
トゥーラとヘウンが去った後、
別宮で、一人で
静かに過ごしていました。
元々、親交のあった貴婦人たちと
ささやかな集まりを開き
時々彼女たちの家に遊びに行き、
庭を散歩すると聞いていました。
黒魔術をきちんと学んでみたいのか
ゲスターに手紙を送って
いくつかの行き詰まったところを
質問したという報告も
聞いていました。
とにかく彼女は、全体的に
とても普通に過ごしていました。
侍従長は、
大きな問題があって来たのでは
なさそうだったと話しました。
ラティルは、
秘書と侍従たちを追い出してから
アナッチャだけを入れるようにと
言いました。
陛下にご挨拶申し上げます。
と告げたアナッチャは
厳しい戦いを終えたためか、
しばらくの間、苦労して
やつれてしまった姿が全て消え、
以前の美しく愛らしい姿を
取り戻した状態でした。
ラティルはアナッチャが
元気にしている姿を見ると、
訳もなく腹が立ち、
眉を顰めながら
どうしたのかと尋ねました。
アナッチャも
わざわざ顔を合わせて
笑ったりしませんでした。
ラティルは、
何か頼み事がことがあっても
聞かないと言いました。
アナッチャは、
相変わらずだと返事をすると
ラティルは、
何のために来たのか
話すようにと促しました。
アナッチャは、
トゥーラから手紙が来たと
返事をすると、
ラティルは手を差し出しました。
アナッチャは眉を顰めながら、
自分の息子の手紙を
なぜ陛下に
見せなければならないのかと
尋ねました。
ラティルは、
そのために来たのではないのかと
尋ねると、アナッチャは
きっぱりと否定しましたが、
手紙を取り出して
ラティルに渡しました。
アナッチャは頭のいい人でした。
息子が送った手紙を、
あの、うんざりするラトラシルに
見せたくありませんでしたが、
不快だという理由で
特に内容もない手紙を隠して
疑われたくありませんでした。
ラティルもやはり
手紙の内容が
気になりませんでしたが
渋々、受け取って開いてみました。
母上、お元気ですか?
お元気でいらっしゃると
信じています。
ラティルは凶暴な性格ですが、
むやみに約束を
破る人ではありませんから。
凶暴だなんて、
この食屍鬼は狂ったのかと
ラティルは思いました。
母上、私は
ヘウンとアイニと共に
ノーライドを貫く山脈を
通り過ぎました。
そちらには、怪物が
たくさん出るそうです。
怪物を相手にすることに
だんだん慣れて来ています。
ヘウンは、自分の足で
動けるだけでも良いようです。
私も体調のせいか、
それほど辛くはありません。
アイニのことが心配です。
彼女は自分たちのような体では
ありませんから。
しかし、苦しいそぶりも見せず、
たくましいです。
そして日に日に強くなっています。
本当にすごい人です。
ラティルは、
トゥーラがアイニを、
名前で呼ぶようになったんだと
思いました。
エメラベルの方へ
行こうとしましたが、
母上が前に
エメラベルに行ってみたいと
おっしゃっていたのを思い出して
手紙を書きました。
母上、よろしければ、
一ヶ月か二ヶ月ほど時間を作って
一緒に行きませんか?
ヘウンとアイニからは、
すでに大丈夫だという返事を
もらっています。
ノーライドとエメラベルは
どちらもタリウムから
遠くない国でした。
彼ら三人は、
この辺りから始めて、周りに
どんどん進んでいくようでした。
ラティルは手紙を返しながら
旅行へ行くのかと尋ねました。
アナッチャは、
はい。元気がどうか
気になる人もいるのでと答えました。
ラティルは、
気になる人というのは、
もしかしてアイニ皇后かと
尋ねました。
アナッチャは、
もう皇后ではないと、
一瞬冷たくなった声で答えました。
その声を聞いた瞬間、
ラティルは、思わず面白そうだと
思いました。
ラティルは、アナッチャが
楽しい旅行に行くのは嫌でしたが
アナッチャが、
アイニとトゥーラの間で
何をしようとしているのかは
とても気になりました。
きっと見ものだろうと思いました。
ラティルは、にっこり笑いながら
承諾しました。
その快諾に、むしろアナッチャが
気になるほどでした。
アナッチャはお礼を言って
出て行きましたが、
ラティルの微笑が気になるのか、
執務室の外へ出てからも
2、3回後ろをチラッと
振り返りました。
アナッチャが出て行くや否や
ラティルは急いで窓を叩き、
グリフィンを呼び出しました。
グリフィンはすぐに飛んで来て
どうしたのかと尋ねました。
ラティルは興奮しながら、
アナッチャの顔が分かるよねと
尋ねました。
グリフィンは、分かると答えました。
続けてラティルは、
ヘウン、トゥーラ、アイニの顔も
知っているよねと尋ねました。
グリフィンは、
もちろん、全員知っていると答え、
どうしたのかと尋ねました。
アナッチャが、
ヘウン、トゥーラ、
アイニの所へ行くので、
付いて行って、戦い、いや、
何かあったら、見て来て
教えてくれと指示しました。
ロードの目がキラキラ輝くと、
グリフィンは、すぐに命令を把握し、
羽をばたつかせながら、
自分の専門だと返事をして
笑いました。
ゲスターが
猫かぶりしているのを知っても
責めたり怒ることなく、
それを面白がって、からかったり
グリフィンにアナッチャたちの様子を
偵察に行かせたりと、
結構、ラティルは悪趣味だ思いました。
アナッチャがラティルのことを
「陛下」と呼ぶようになったことに
感動しました。