906話 外伝15話 ラティルは、シピサとセルの間にも何か誤解があるのではないかと考えました。
◇分からない◇
シピサの一番辛い記憶について
彼に聞いてもいいのだろうか。
ラティルは、何日も
悩み続けました。
事は全て片付きましたが、
シピサとギルゴールは
依然として、
彼らの過去について口にすることを
嫌がりました。
ラティルも、
何千年も前に起こったことを
あえて明らかにしませんでした。
しかし、プレラがクレリスを
攻撃したのではなかったように、
セルもシピサを
攻撃したのではなかったら?
今回、思い浮かんだその可能性が
しきりに、
ラティルのどこかを苦しめました。
考え過ぎかもしれないけれど、
自分の魂に宿るアリタルの一部が
そうなることを
非常に望んでいるように
思えるほどでした。
もしかしたら、
アリタルの記憶の中にも
ギルゴールの記憶の中にも
その事件の実態がないせいかも。
結局、ラティルは
一緒に食事をしようと言い訳をして
シピサを呼び、
些細なことを話しながら
それとなく探ってみました。
ラティルは、
気になることがあるのだけれど、
自分が大神官だった時に・・・と
話を切り出しました。
シピサは、ラティルが自分のことを
アリタルのように話すのを喜びました。
今日もラティルがそのようにすると
シピサの口角がパッと上がりました。
ラティルは、
クレリスやプレラのように
シピサとセルにも
特殊な力があったのかと、
シピサが自分の意図に気づかないことを
願いながら、
一生懸命、遠回しに尋ねました。
シピサはフォークで皿をかき混ぜながら
よく聞こえないほど小さな声で
よく分からないと答えました。
セルの名前が出てきたせいだと
ラティルは思いました。
普段なら、ラティルは、
彼が寂しがらないように、
すぐに別の話題に移ったはずでした。
しかし、今回、ラティルは、
もしかして、あの事故が起きた時の
記憶はあるのかと、
あえて聞き続けました。
事故という言葉に、
シピサはフォークを置き、
目を丸くしました。
ラティルは、
シピサとセルが遊んでいて、
あの事故が起こり、
自分も、その記憶はあるけれど
あの時、自分は、アリタルは
事故が起きた瞬間を見られなかった。
もしかしてセルが
シピサを攻撃した理由について
知っていることがあるのかと
尋ねました。
シピサは青ざめた顔で、
急いで食事を続けました。
一皿を空にしたシピサは、
さっと椅子から立ち上がりました。
そして「ごちそうさまでした」と
挨拶すると、逃げるように
出て行ってしまいました。
それについては、最初から
話題にもしたくないと、
明白な拒否を表明していました。
やはり、その話はしたくないんだ。
ラティルは顎を落として
ため息をつきました。
聞かなければ良かったと思った瞬間
扉が開く音がしました。
頭を上げると、
急いで出て行ったシピサが、
頭だけ顔を出していました。
ラティルは、わざと明るく笑い
平気なふりをしながら、
どうしたのか。
何か忘れ物をしたのかと尋ねました。
シピサは、
遊んでいたら、そうなった。
どうしてなのかは
自分も分からないと答えました。
もしかして
セルが攻撃していたのかと
ラティルが悟った時、
すでに、バタンという音がして
扉が閉まっていました。
ラティルは、シピサが
戻ってくるかもしれないと思い
しばらく、じっとしていましたが、
その後、
再び扉は開きませんでした。
ギルゴールに聞いても、
きっと答えてくれないだろう。
他のことはともかく、
この時期のことは、口にも
出さないようにしているから。
呪いが解けただけで、
感情のしこりが
解けたわけではないので仕方がない。
ラティルはナプキンで口元を拭いて
立ち上がりました。
執務室に到着しても
ラティルの足取りが重く
深刻な表情をしているので、
秘書と侍従たちは
むやみに口を開けられず
部屋の雰囲気が暗くなりました。
サーナットは
ラティルの後頭部を見下ろしながら
心配で眉を顰めました。
ラティルは、
その心配そうな視線、
不安そうな視線を知らずに
仕事をしながら考え続けました。
確かに、シピサが話す気があっても、
あまり役に立たないだろう。
シピサは攻撃を受けた側だから。
むしろセル本人なら、
シピサを攻撃した理由を
知っているかもしれない。
そう思った時、ラティルは
セルの魂が封印された剣を
持っていることを思い出しました。
◇6歳だから◇
セルの魂が封印された剣を
ギルゴールから受け取った後、
ラティルは、それを、
どうやって持ち歩くべきか悩み、
結局、寝室に付いている
小さな部屋の中に置きました。
自分の前世の子供が入っている剣を
持ち歩いて使うことが
できなかったからでした。
だからといって、
他の人の目が届くところに、
装飾品のように
かけておく気もしませんでした。
ラティルは剣を置いている部屋に
入りました。
部屋の中は、3、4日に一度、
ラティルが自ら掃除し、
乳母さえ、
入れないようになっていました。
窓がないので、
徹底的に換気もしていました。
ラティルは扉を開けると
目の前の壁まで歩いて行き、
壁に作りつけた棚に置いた剣を
注意深く持ち上げました。
毎回、部屋の片づけをしていたけれど
剣を手にしたのは、
ここに置いてから今回が初めてでした。
ラティルの手が触れると、
剣は微かに振動しました。
ラティルは剣身を軽く叩くと
寝室へ行きソファーに座りました。
剣身を撫でていると
気分がおかしくなりましたが、
ラティルが「セル」と名前を呼んだ時
この剣が、シピサとギルゴールと共に
反応したことを
はっきり覚えていました。
ラティルは咳払いをすると
優しく名前を呼びました。
剣に話しかけるのは、
きまりが悪かったけれど、
とにかく部屋の中には
誰もいませんでした。
しかし、この前、
確かに強い反応を見せた剣が
名前を呼んでも
びくともしませんでした。
セル?私の声が聞こえる?
ラティルは剣に向かって囁きました。
剣は、今回も
微動だにしませんでした。
むしろ、最初に剣を
壁から下ろす時の方が
強い反応を示しました。
ラティルは、
自分の声が聞こえるけれど、
わざと聞こえないふりを
しているわけではないよねと
尋ねました。
ラティルはセルを
「私の可愛い子」と呼び、
もしかして、自分が、
何年も壁にかけておいたせいで
拗ねたりしていないよねと
尋ねました。
ラティルは、セルに聞けば
すぐに答えが出ると思ったのに
まさかセルが自分を無視するとは
思ってもいませんでした。
困ったラティルは、
剣をあちこちひっくり返しながら
トントン叩いてみました。
しかし、剣は、相変らず
反応がありませんでした。
ラティルは、
セルが自分の話を
聞いてくれていると思うので
尋ねてみるけれど
自分はセルとシピサは
とても仲が良かったことを覚えている。
自分たちは仲の良い家族だった。
ところで、なぜ急にセルは
シピサを攻撃したのか、
もしかして、それについて
覚えている?と尋ねましたが、
質問するや否やラティルは
これは、セルに
尋ねることでもないということに
気づきました。
当時、シピサとセルは6歳でした。
しかもセルは、当時も
その恐ろしい事件のことを
忘れてしまっていました。
魂になったからといって、
幼い頃のことを全て
思い出すことができるのだろうか?
そうでなければ、
セルだからといって、6歳のことを
覚えているとは思えませんでした。
しかし、ラティルが
返事を聞くのを諦めた瞬間、
剣がかすかに震え始めました。
ラティルは鞘から剣を取り出し、
再び剣に向かって、
セル、何か覚えている?
と尋ねました。
その瞬間、
ギルゴールが剣の持ち手を押して、
剣身が
再び鞘に隠れるようにしながら
知らないよ。
と答えました。
ラティルは驚いて、
いつ来たのかと尋ねました。
ギルゴールは、
お嬢さんが剣に向かって
セル、セルと呼んでいた時と
答えると、ラティルの手から
自然に剣を取り上げました。
ラティルは、
どうして持って行くのかと
ギルゴールに抗議し、
再び剣を奪おうとしましたが、
ギルゴールは体を回して
ラティルの手を避け、
剣を自分の腰に付けました。
ラティルはギルゴールに
何をしているのかと抗議し、
剣を取り戻そうとしましたが、
再びギルゴールが
巧妙に体を捻ったため、
剣を取ることができず、
彼にぶつかりました。
ラティルは突然、ギルゴールを
抱きかかえることになり、
頭をひょいと上げました。
ギルゴールは唇をねじり上げ、
ラティルの額に
自分の額を擦り付けました。
ラティルは
剣を返して。
自分に剣を持っていろと言ったのは
ギルゴールだと抗議しましたが、
彼は剣を返さず、
自分は、
きちんと持っていろと言った。
そんなことを聞き出せと
言ってはいないと言い返しました。
ラティルは、
剣を壊したわけではなく、
一緒に昔の話を
しようとしただけではないかと
抗議しました。
しかし、ギルゴールは、
お嬢さんが何を気にしているのか
分かるけれど、
もう過ぎたことで終わったことだ。
しかも誰も答えを見つけられない。
自分は現場を見ていないし、
シピサとセルは
二人とも幼過ぎたと言いました。
そして、怒りのあまり、
いつもより膨らんだ
ラティルの頬をぐっと押して、
これは何だ。 生地なの?
どうして膨らむの?
と尋ねました。
◇必ず来て◇
剣を奪われたラティルは
息巻きながら
残りの一日を過ごしました。
そうしているうちに
良い考えが浮かんで来たので、
偽の未来を見せてくれる
怪物を訪ねました。
ラティルは、
セルがシピサの命を
ギリギリで奪わずに済み、
それをアリタルが目撃する未来を
見せてくれないかと頼みました。
怪物は、
どこかにそんな偽の未来が
あるかもしれないけれど、
自分が幻想で見せることができるのは
ロード本人の未来だと答えました。
ラティルは、
アリタルも自分の前世だと
言いましたが、怪物は
前世の未来までは見せられないと
答えました。
ラティルはがっかりしました。
怪物は、
その代わりに、もっと面白い
他の未来を見せると囁きながら
鉄格子の間から手を伸ばしました。
ロードが自分に興味がなくなったのか
怪物は、数日間、
ラティルに放置され続けたことで
不安を募らせていました。
百花という人間と聖騎士たちは
とても古臭い上に剛直なので、
怪物がいくら言葉で誘っても
決して乗ってきませんでした。
だからといって、
ぱっと見ても陰険で
魂胆に満ちている、
あの黒魔術師のそばには
行きたくありませんでした。
ラティルは、
「後で」と返事をしました。
怪物は、
後でとは、いつなのか。
今からでもいいので
10分ずつ見て欲しいと頼みましたが、
ラティルは、
後で。今はちょっと気が気でないと
返事をしました。
怪物は見捨てられたかのように
力なく、しゃがみ込むと、
必ず来なければならないと
頼みました。
ラティルは何度も約束して
部屋に戻りました。
ギルゴールの言うように
あまりにも古いことだし、
現場もすでに消えて久しい。
誰が6歳のことを
はっきりと覚えているだろうかと
ラティルは考えました。
◇37回◇
議長との因縁のシーンを見終えた後、
ラティルはアリタルについての夢を
見ませんでしたが、
ずっとアリタルのことを
考えていたせいか
ラティルは今日、
アリタルの夢を見ました。
しかも、夢に現れたのは、
シピサとセルの間で
恐ろしいことが起きる直前の
場面でした。
手に小さな臼が見え、
アリタルの鼻歌が
聞こえて来ました。
一度だけしか聞いていないけれど
ラティルは、
すぐにその音を聞き分けました。
やがて血の匂いが
背後から漂って来ました。
アリタルは後ろを振り返って
その光景を見ました。
その後は、ラティルが見た通りでした。
やはり、これだけでは、
当時の事件を
知ることができませんでした。
アリタル!何をしているんだ!
過去のギルゴールが
アリタルを捕まえるところまで
見たラティルは、
最大限、力を集中して
時間を先送りしたように
前に戻そうとしましたが
思ったより、
うまくいきませんでした。
しかし、アリタルが
死んだ子供を連れて
議長の所へ走って行く頃、
ラティルは、
ついに時間を戻しました。
アリタルはまた鼻歌を歌っていて
小さな臼で何かを料理していました。
また、背後から
血の匂いが漂って来ました。
そして再び同じ悲劇が起きました。
ラティルは、また時間を戻し、
悲劇は再び起きました。
ラティルは時間を前に戻し、
何とかして、
アリタルが認知できなかった
過去の痕跡をつかもうとしました。
そのようにして、
37回、時間を元に戻した時、
ラティルは初めて何かを見ました。
セルの魂を剣に封じ込めたのは
議長なのだから、ギルゴールは
議長を脅してでも
剣からセルの魂を取り出させて
転生させればいいのにと思います。
なぜ、セルの魂が転生することなく
ずっと体に留まっていて、
対抗者の力だけが転生したのかは
分かりませんが、
対抗者の力を持たないセルの魂であれば
転生しても問題ないので、
セルにも新しい人生を歩んで欲しいと
思います。