911話 ラティルはメラディムとの未来を見に行きましたが・・・
◇簡易ベッド◇
その時、
「支配者様、寝床を用意しました」と
偽ラティルの見えない所から
声が聞こえて来ました。
偽ラティルは、声がする方に
顔を向けました。
そこには、固い表情のティトゥが
立っていました。
偽ラティルと目が合うと、
ティトゥは視線を避けました。
なんだ?ちょっと怪しいな。
ラティルは
メラディムとティトゥの態度を見て
変な気配に気づきました。
いつも寛大で穏やかなメラディムが
鋭い目つきを見せたり、
優しいティトゥが目を合わせないのも
全て変でした。
しかし、偽ラティルは、
メラディムについて
よく知っている間柄ではなさそうで
ただ、彼の美しい顔を、しきりに
チラチラ見ているだけでした。
人間、あちらへ行こうと言って
メラディムが水の外に手を差し出すと
偽ラティルは警戒心もなく
むんずとその手を握りました。
裏切られる前なのか、
偽ラティルは、とても騙されやすいと
ラティルは思いました。
彼女は、偽皇女が
メラディムの訝し気な目つきに
気づかない、偽の未来の中で、
息が詰まりそうになりました。
世の中に恐ろしいことが
一つもなかった時代とはいえ、
あまりにも相手を信じ過ぎでした。
メラディムが
偽のラティルを案内した場所は
遠くない所にある洞窟の中でした。
日差しが入ってくる
洞窟の手前の方でしたが、
ふわふわと敷かれた干し草を
ショールのようなもので覆った
簡易ベッドのようなものが
見えました。
偽ラティルはそれを見て
まさかここで寝ろと言うのかと
眉を顰めて尋ねました。
ティトゥは、
偽ラティルが皇帝の娘であることを
確認した後、
自分たちは水の中で過ごしているので、
適当なベッドがないと
申し訳なさそうに言いました。
皇女ラティルは、
近くの村に行って買ってくればいいと
堂々と指示すると
ティトゥの表情が歪みました。
メラディムは口をポカンと開けて
皇女ラティルを
当惑した表情で見つめました。
その後、咳払いをすると、
それもいいけれど、
この近くには村がない。
それに偽皇女は
ここでずっと暮らすのではなく
救助隊が来るまで
ここで過ごすだけなので、
あえて、
そうする必要があるのだろうかと
諭しました。
皇女ラティルは
目をキョロキョロさせながら
考えた後、渋々、頷きました。
◇外見に夢中◇
皇女ラティルが
簡易ベッドの中で眠ると、
自然に時間が早く流れました。
幻想の中では、
あえて眠っている状況まで
具現されないようでした。
そのため、ラティルには
皇女ラティルが
少し前にベッドに横になり、
再びベッドから
起き上がったように思われました。
洞窟の外から
日光が入って来なかったら
本当にそのように
誤解していたと思いました。
しかし、
洞窟に斜めに入ってくる
日差しは眩しく、
洞窟を囲む植物には
朝露が宿っていました。
皇女ラティルは、
遠くない所から聞こえる
鳥の鳴き声を聞きながら
洞窟の外を歩きました。
人魚はどこへ行ったのか。
皇女ラティルは起きるや否や、
メラディムを探しながら
昨日、彼とキスした湖に
行ってみました。
メラディムは、
そこで水遊びをしていました。
本当にかっこいい。
それに人魚だなんて。
本当に気に入った。
皇女ラティルは、
その姿をぼんやりと見て、
草むらにしゃがみました。
どうやら、彼女は
すっかりメラディムの外見に
夢中になっているようでした。
しかし、ラティルは依然として、
ここのメラディムが
気に入りませんでした。
きっと、自分がここに来たことを
知っているはずなのに、
知らないふりをして
ずっと遊んでいるのを見ると、
きっと魂胆がある。
メラディムと魂胆は、
似合わない組み合わせだけれどと
思いました。
そのようにして
時間がどれだけ経ったのか。
メラディムが振り撒いた水滴が
皇女ラティルにかかりました。
彼女は、
びっくりして立ち上がりました。
メラディムは、
ようやく皇女ラティルの存在に
気づいたかのように
素早く近づいて来て、
頬にかかった水滴を
自分の手で拭いながら、
「大丈夫?」と尋ねました。
皇女ラティルは、
大丈夫。 少し驚いただけだと
答えましたが、
熱い手が肌に触れると、
皇女ラティルは顔に熱が上がり
視線を落としました。
◇懐かしい思い出◇
幻想から覚めたラティルは、
翌日の昼頃、
ハーレム湖畔を訪ねてみました。
ちょうどメラディムは
偽の未来の中のように
湖で泳ぎながら遊んでいました。
異なる点があるとすれば、
ラティルが後ろで手を組んで
立つや否や、メラディムが
一気に「おお、ロード!」と
叫びながら、
そばに近づいてきたという点でした。
メラディムは、
すぐに水の外に出ると、
髪から水気を絞りながら、
なぜ、ここに来たのか。
数日前に食べたおやつがおいしかった。
もしかして、
また持って来てくれたのかな?
と尋ねました。
ラティルはメラディムに、
彼との偽の未来を見たけれど
メラディムがとても怪しかったと
話すかどうか迷いました。
気にはなるけれど、
メラディムと自分の間の
淡泊な関係を思い浮かべると、
彼との偽の未来を
見ているということ自体、
少し恥ずかしさを覚えました。
メラディムは、
ロードは手ぶらなのか。
おやつを持って来たのではないかと
尋ねました。
結局、ラティルは、
もしかして、メラディムが
人間と恋愛したことがあるかと
さりげなく、遠回しに
聞いてみました。
偽未来の中のメラディムは、
皇女ラティルに、
自分が人間を愛したのは初めてだと
宣伝していました。
その言葉が真実なのか
知りたかったからでした。
メラディムは、
もちろんないし、 興味もないと
答えました。
ラティルは、
人間と恋愛してみる気はあるかと
尋ねました。
メラディムは「ない」と答えました。
ラティルは、
万が一、 本当に完全に
メラディムの理想のタイプの女性が
現れても、そうなのかと尋ねると
メラディムは、
自分の理想のタイプは豊かな尾びれだと
答えました。
ラティルは口をパチパチさせて
目を細めました。
その鋭い表情に、メラディムは
訳もなく首をすくめました。
彼は、
どうして睨みつけるのかと
尋ねました。
ラティルは、もしメラディムが
人間の女性と恋愛するなら、
それはどういう意味なのかと
尋ねました。
彼は、
そんなことはあり得ないのに、
どういう意味かと聞かれても
どう答えていいか分からないと
答えました。
ティトゥが陸に上がって来て、
皇帝とメラディムを交互に見ました。
メラディムには、
いつも笑顔で接しているロードが
今日は、しかめっ面をし、
メラディムが、
彼女の勢いに押されていると
好奇心が湧きました。
ラティルは
ティトゥに目だけで挨拶すると
メラディムに、
以前、誰かを愛したことがあるかと
尋ねました。
ところが、この言葉は
メラディムの、ある過去の記憶に
まともに触れたようでした。
終始、ラティルの勢いに押されて
縮こまっていたメラディムの瞳が
初めて揺れました。
彼は遠い過去を思い出すかのように
懐かしい表情をしました。
そこからラティルは
答えを読み取りました。
◇複雑な気分◇
一体、なぜ騙しているのか
分からないけれど、
とにかく、偽の未来の中のメラディムは
やはり、皇女ラティルを騙している。
メラディムが湖で遊んでいる時に
皇女ラティルが
ゴミでも捨てたのだろうか?
ラティルは、じっくり考えながら
執務室に戻りました。
メラディムが
どんな魂胆であろうと、
一対一で繋がる未来なのだから
どうにか、なるのだろうけれど、
気になることはありました。
しばらく、ラティルは
その考えに耽っていました。
ラティルが、
昼食にパンを食べていた時、
サーナットがラティルのそばに立って
口の端についたパンくずを払い落し
にやりと笑いました。
ラティルは、
目をぱちぱちさせながら
彼を見上げると笑いました。
そして、再びパンを
食べようとしましたが、
サーナットはラティルの手の甲を
トントン叩きました。
ラティルがサーナットを見つめると
彼は再び笑みを浮かべながら
ラティルを凝視しました。
彼が退屈で、
こんなことをしているわけでは
なさそうなので、ラティルは
どうしたのか。
何か言いたいことがあるのかと
尋ねました。
サーナットは、
昨日、怪物を訪ねた時に
自分との偽の未来を見たかと
尋ねました。
あっ、それは・・・
ラティルは慌てて、
やたらとパンを口に入れました。
サーナットは
ラティルが返事をするのを
避けようとしていることに気づき
見なかったのかと尋ねました。
サーナットとの未来を見ようとして
他の者に変えたという話をしても
いいのだろうか。
サーナットが寂しがると思った
ラティルは、パンを食べているせいで
答えられないふりをして
自分の頬を指差しました。
しかし、サーナットは、
どうしても
返事を聞こうとするかのように
退くことなくラティルを待ちました。
結局、ラティルは、
他の者との未来を見るために
サーナット卿との未来は
見なかったと、
仕方なく打ち明けました。
サーナットは、目に見えて
失望した表情をしましたが、
ラティルが恥ずかしがると
笑いながら腕をさすりました。
そして
自分は大丈夫。
今の自分に満足しているので、
あえて偽の未来まで
訪れる必要がなかったのではないかと
言いました。
ラティルは、すぐに頷いて
その通りだと返事をしましたが、
サーナットは
それを信じませんでした。
しかし、ラティルの体面を考えて
これ以上は聞きませんでした。
しかし、交代時間が来て、
出て行こうとした時、
彼は我慢ができなくて、
誰との未来を見たのかと尋ねました。
ラティルは、
メラディムだと答えました。
皇帝とは、その方面では
全く関わらない側室なのに。
サーナットは複雑な気分で
廊下に出ました。
◇思い違い◇
夕食の時間が近づくと、
ラティルは食事を省略し、
偽の未来を見に監獄へ行きました。
時間を少し進めたところ、
皇女ラティルは、すでにメラディムに
プロポーズされていました。
メラディムは人魚で、自分は人間なのに
結婚できるだろうかと
心配する皇女ラティルに、メラディムは
皇女ラティルのためなら、
人間の住む所でも生きて行けると
答えました。
皇女ラティルは、お礼を言うと、
自分はメラディムの住んでいる所で
生きて行く自信がないので、
結婚したら、メラディムが
自分の住んでいる所へ来ればいいと
言うと、喜んで彼を
ギュッと抱きしめました。
ラティルが飛ばした部分に
2人がさらに近づく場面が
あったようでした。
皇女ラティルは、
彼がくれた大きな婚約指輪を手にして
少し待って欲しい。
父親に許可をもらった後、
メラディムを迎えに来ると
約束しました。
その後、彼女はティトゥに案内されて
茂った森を抜けると、
見慣れた馬車があり、その周りに
近衛騎士たちが立っていました。
皇女ラティルが近づくと、
サーナットは彼女の手の甲を握り締め
無事で良かったと呟きました。
ラティルは、
偽の未来の中のサーナットと
自分が知っているサーナットの違いに
気づいて感嘆しました。
いつもサーナットとくっついていたので
彼の変化に気づきませんでしたが
偽の未来の中で、サーナットは
皇女ラティルの怪我をした手を
大胆に握って確認しながらも、
慎重な様子を見せました。
一方、皇女ラティルは溌剌とし
人魚が自分を助けてくれたと
自慢していました。
人魚ですか?
サーナットは、
茂みの間に立っているティトゥの方を
チラッと見て眉を顰めました。
皇女ラティルは、
あの人魚ではなく、
あの人魚が仕える他の人魚が
助けてくれたと小さな声で自慢し、
ティトゥに手を振ると
馬車に乗り込みました。
馬車が移動する間、皇女ラティルは
窓から入ってくる風に当たりながら
鼻歌を口ずさみました。
彼女の頭の中は、
メラディムのことでいっぱいでした。
その後、
ずっと馬車で移動していたところで
幻想が終わりました。
メラディムが一瞬見せた
鋭い視線を見なければ、ラティルは
明らかに、このまま2人が
結ばれるだろうと思って、
幻想を見るのを止めるところでした。
しかし、メラディムの目つきが
とても気に障ったので、
ラティルは次の日も
続けてメラディムの幻想を
みることにしました。
ハッピーエンドというのは
分かるけれど、それでも気になる。
メラディムは、
今は自分と仲が良いけれど、
後で戦うことになれば
少し変わるかも知れない。
今のうちに先に見ておけば
備えられるかもしれない。
見た目は、いつも
適当に過ごしているようだけれど
ギルゴールと
長い間対立してきたのを見ると、
決して手強くない者ではないと
呟きながら、
マントのフードを深くかぶった時、
怪物は、
どういう意味かと尋ねました。
ラティルは、
フードの下についた紐を結びながら
今、見せてもらっている未来は
行き方が違うだけで、
全て結末が確定した未来ではないかと
笑顔で言いましたが
怪物の当惑した表情を見て、
違うことに気づきました。
怪物は、どうしてそう思うのか
分からないけれど、
自分が見せるのは
一対一で愛するようになる場合であり
仲良く、ずっとうまく行くという
意味ではないと説明しました。
◇順調◇
翌日、偽未来の中の皇女ラティルは、
人魚が自分を救ってくれて、
プロポーズしてくれたと
父親に話しながら
とてもウキウキしていました。
ラティルは、自分が望まなくても
皇女ラティルの浮かれた感情に
同調するしかありませんでした。
しかし、昨日、怪物から聞いた
言葉のせいか、
この陽気な雰囲気を楽しむことが
困難でした。
ラティルは、メラディムが
いつどこで悪くなるか分からないと思い
一人で緊張し続けました。
しかし、皇女ラティルの恋愛は、
その後も、かなり順調に進みました。
皇女が突然人魚の話をすると、
皇帝は最初、当惑しましたが、
その後、時間を進めてみると、
何をどうしたのか分からないけれど
皇帝は、仕方なく、
半分くらい許していました。
彼は、
ラティルがヒュアツィンテを
忘れることができるなら、
人魚なんて大したことではないと
言いました。
自分はここでも
ヒュアツィンテに振られた。
一体、何回振られるのかと
思っていると、皇帝は、
その人魚がどんな人魚なのか、
先に自分に
見せてくれなければならないと
条件を付けました。
しかし、皇女ラティルは、
もちろんだと返事をすると
嬉しそうに頷きました。
その後、皇女ラティルは
メラディムに会いに
彼と会った湖に戻りました。
ラティルは、彼が皇女ラティルを
忘れてしまったのではないかと
心配しましたが、メラディムは
よく反芻しておいたのか、
皇女ラティルを忘れずに
迎えてくれました。
しかし、彼は、
プロポーズ?人間皇女は
その言葉を本当に信じたのかと
聞きました。
ティトゥが作ってくれたベッドと、
おじいさんが作ってくれた
干し草のベッドが重なりました。
私は、子供の頃、
アニメで見たベッドに憧れましたが
まだ、辛い目に遭っていない
皇女ラティルは、
そんな、お粗末なベッドを嫌がるのも
仕方がないと思いました。
偽の未来のサーナットが
本物のサーナットと違うのは
ラティルに対して
慎重に接しているところでしょうか。
メラディムと2人だけで
愛し合う世界なら、偽の未来では
サーナットは皇女ラティルのことを
愛していないでしょうから、
本物のサーナットのように
馴れ馴れしいところが
ないのかもしれません。
ヒュアツィンテに振られて、
すぐにメラディムのプロポーズを
受けるのも不思議ですが、
メラディムに会った途端
皇女ラティルは、
昔の愛を忘れてしまったという
ことなのかもと思いました。
メラディムと2人だけで愛し合う
お話しは、あと3話あります。