914話 外伝23話 再び、人魚の王がやって来ました。
◇まだマシかも◇
皇女ラティルがメラディムの前で
人魚を褒め称えたのは、
あくまでメラディムの
気分を悪くするためでした。
実は、彼女は、血人魚も人魚も、
大して変わらないと思っていたので
足の代わりにヒレがある
彼らを信用していませんでした。
皇女ラティルは膨れっ面で、
なせ、人魚が自分に会いに来たのかと
尋ねると、それを知らせに来た
皇帝の侍従は首を横に振り、
そこまでは、
自分もよく分からないと答えました。
皇女ラティルは目を細めて
侍従を見ていましたが、
いきなり立ち上がると、
また謁見室にいるのかと尋ねました。
侍従は肯定し、
今、皇帝と一緒にいると答えました。
皇女ラティルは
ブツブツ言いながらも、謁見室まで
落ち着いて歩いて行きました。
謁見室の中に入ると、
以前のような構図で人魚が立っており
玉座には、父親が座っていました。
でも雰囲気が、
以前とは全く違っていたので
皇女ラティルは訝しみました。
父は、ひどく面食らった話を
聞いたような顔でしたが、
それでいて深刻な顔では
ありませんでした。
一方、人魚たちは、
互いに目配せしながら
唇を動かしていました。
彼らが自分に会いに来たことを
皇女ラティルは不思議に思いましたが
そんな素振りを見せませんでした。
人魚の王は、
今回も部下たちが両側に退くと、
その間を通って、
皇女ラティルに近づいて来ました。
彼女は人魚の王を見ながら
嬉しそうに、
なぜ会いに来たのかと尋ねました。
人魚の王は挨拶のつもりなのか
頭を一度下げると、意外にも
相手に露骨に好感を示す笑みを
浮かべながら、
人間皇女、 いや、名前は
ラトラシルって言ったよね。
ラトラシル皇女、
会うのは二度目だね。
会えて嬉しいよ。
と挨拶しました。
どうしたのだろうかと
皇女ラティルは、人魚の王の態度を
不審に思いながらも、
会えて嬉しいと、
一応挨拶を返しました。
しかし、皇女ラティルは
本当は人魚の王を
歓迎していませんでした。
メラディムほどではないけれども、
彼同様、人魚の王との初対面も
良くなかったからでした。
ラティルもやはり
人魚の王が訪ねてきた理由が
全く見当がつきませんでした。
現実では、人魚の王とは一度、
会っただけだからでした。
ところが、意外にも人魚の王は
貴族の男性のように
片手を胸の付近に当てて挨拶すると、
この前は、自分が驚き過ぎて
やって来たので、皇女も、この状況が
困難だとは思わなかった。
他の方法で、
誤解を解くことができたら良かった。
遅ればせながら謝罪すると、
非常に、礼儀正しく話しました。
えっ?
皇女ラティルは、
慌てて問い返しました。
人魚の王のことが
好きではないこととは別として
皇女ラティルは、人魚の王が
自分に過ちを犯していないことを
知っていたからでした。
皇女ラティルは、
どうして謝るのかと尋ねました。
人魚の王は、
自分の悪いイメージが
皇女の記憶に残って欲しくないと
答えました。
皇女ラティルは、
どうして、そんな誤解をしたのか。
人魚の王のことは
悪いイメージとして残っていない。
人魚の王は、
血人魚が人魚を詐称したため
その誤解を解きたくて
訪ねて来ただけではないかと
落ち着いて話すと、
父親の方をちらっと見ました。
皇帝は興味のありそうな
視線を送るだけで、こちらの会話に
口を挟む気はなさそうでした。
お父様はどうしたんだろう?
皇女ラティルの疑念が、
さらに大きくなろうとする瞬間、
人魚の王は、
ラトラシル皇女が誤解を解いて
自分たちに対して
これ以上、デマを流さないことは
知っている。
しかし、すでに噂が広まり、
自分は皇女と恋人同士だったけれど
別れたと、あちこちで
そのような扱いをされている。
それならば、こうなったついでに
自分たちが、一度、
きちんと付き合ってみるのはどうかと
思いがけない提案をしました。
あの人魚の王は、
何を戯言を言っているのかと
ラティルは驚きました。
皇女ラティルもギョッとすると
後ずさりしました。
その一方で、「カッコいい」と
人魚の王の外見を
几帳面にチェックすることを
忘れませんでした。
嫌なのかと、
人魚の王は尋ねました。
皇女ラティルは、人魚の王の顔を
注意深く見ながらも、
次の恋人は人間だったらいい。
人魚であれ、血人魚であれ
関わりたくないと、
断固として線を引きました。
それでも人魚の王は、
気を悪くしたようなそぶりを見せず
笑ってばかりいました。
彼は、
今、皇女が、そのように
断固として自分を拒むのは、
自分が嫌いだからではなく
以前のことが不愉快だからだ。
だから、今決定を下さず、
頭を冷やした後、
落ち着いて考えてみてと言いました。
皇女ラティルは、
もう頭の中は落ち着いていると
言いましたが、人魚の王は、
もう少し考えてみてと
自信満々に提案した後、
10日後に、また来ると言って
立ち去りました。
皇女ラティルは、
人魚たちが列をなして廊下を通る姿を
当惑しながら眺めました。
人魚たちの姿が見えなくなると、
皇女ラティルは
父親を振り返りながら、
あの人魚たちは、
本当にあのような理由で
自分を訪ねて来たのかと尋ねました。
皇帝は、自分にも
ラティルと真剣に付き合ってみたいと
言っていたと答えました。
その言葉に
皇女ラティルが黙っていると
皇帝は、
皇女ラティルの望み通りにしろと
言いました。
皇帝は皇女ラティルの恋愛に
寛大でした。
この偽の未来の中では、
皇女ラティルは、
まだ皇女の身分であり、皇太子の座は
レアンが堅固に
守っているためのようでした。
皇女ラティルが沈黙すると、
皇帝は笑いを噴き出し、
娘のことは
自分がよく知っている。
口で言うほど、人魚の王のことが
嫌ではないようだと指摘しました。
皇女ラティルは、
以前、訪ねて来た時は、
気分があまり良くなくて
彼のことが嫌だった。
今でも、
好きとまではいかないけれど、
あの詐欺を働いた怪物の人魚よりは
よさそうに見えると答えました。
◇人魚の王の目的◇
ラティルは、
偽の未来の幻想から目覚めた時、
メラディムとの未来だよねと
再度、怪物に確認しました。
怪物は、
そうだけれど、どうしたのかと
聞き返しました。
ラティルは、
予想もしていなかった他の人と
繋がる雰囲気だったと答えました。
しかも、相手は
一度だけ会った人魚の王でした。
ラティルの質問に、
怪物は安心しろと言わんばかりに
声を出して笑うと、
他の人と繋がっても壊れるので
心配しないようにと返事をしました。
心配するほどではありませんでしたが
怪物の言葉は、
間違いありませんでした。
それから数日間、
偽の未来を見るたびに
人魚の王は現れ続け、
意外にも皇女ラティルと
雰囲気が少し良くなりました。
このままでは、皇女ラティルが
心変わりするのではないかと
思うほどでした。
しかし、二人の仲が
急速に近くなったかと思ったある日。
皇女ラティルが人魚の王と
湖の近くを歩きながら
散歩していた時、人魚の王は、
いつか皇女に自分の尻ひれを
見せてあげたいと言いました。
皇女ラティルは、
魚の尾ひれみたいなので、
あまり気にならないと
返事をしました。
人魚の王は、
皇女が血人魚を先に見たせいで
偏見ができたようだと冗談を言うと
誰かが、
彼らの足元に水をかけました。
皇女ラティルは、
歩くのを止めて湖を見ました。
メラディムが
上半身を湖から出して
怒った顔をしていました。
腹を立てた皇女ラティルは、
少し静かにしていたと思ったのに
何をしているのかと
大声で叫びました。
しかし、メラディムは以前のように、
皇女ラティルの性質を非難する代わりに
視線を人魚の王に固定したまま、
人間皇女の好みが変なのは
知っていたけれど、
その不愉快で陰険この上ない奴と
デートするなんて
本当に、しみったれた趣味だと
馬鹿にしました。
人魚の王は口角を上げ、
メラディムが好きな人間の女が
自分と仲が良いからといって
そんな風に、
悪口を言ってはいけないと非難すると
人魚の王は
メラディムを傲慢に見下ろし、
彼の頭を踏みつけました。
もちろん、メラディムが
そのままやられるはずがなく、
彼は人魚の王の足をつかんで引っ張り
その後は、
ラティルも現実で見たことのある
あの戦いが起きました。
皇女ラティルは、
その姿をぼんやりと見ていましたが
一人で、その場を抜け出しました。
メラディムと人魚の王は、
ラティルが去ったことも知らずに、
自分たち同士で戦い続けました。
ラティルは、
事がこのようになったので、
偽の未来の中の自分は、
メラディムに完全に愛想を尽かしたと
確信しました。
しかし、意外にも、
皇女ラティルが腹を立てたのは
メラディムではなく
人魚の王の方でした。
人魚の王が、
海の深い所だけでしか採れない
珍しい果物を持ってきた時、
皇女ラティルは、
自分で落ち着いて考えてから
交際するかどうか決めろと
人魚の王に言われたけれど
もう決めた。
もうプライベートな用事で
訪ねて来ないで欲しいと
断固として線を引きました。
人魚の王は、皇女ラティルの拒絶を
真剣に受け止めず、
昨日のことで腹を立てているようだ。
皇女がそばにいるのに、
喧嘩してすまなかった。
皇女は気分が悪かっただろうと謝ると
皇女ラティルは、
人魚の王が自分を放って喧嘩したから
怒っているのではないと
否定しました。
人魚の王は、
メラディムが復讐するのではないかと
恐れているのか。
そんなことなら、
全然気にしなくていい。
これからは、あの血人魚が
湖に入ってこないように
防いでやると言いました。
しかし、皇女ラティルは、
人魚の王が、
何度も変な誤解をしていると指摘し
自分が怒っているのは、人魚の王が
メラディムを怒らせるために
自分に近づいたからだと
言いました。
人魚の王は否定せず、
意地悪く口角を上げながら
いつから知っていたのかと
尋ねました。
皇女ラティルは、人魚の王が、
血人魚の悪口を
たくさん言っているのを見た時から
見当がついていたけれど、
昨日二人が、
喧嘩をしているのを見て確信したと
答えました。
人間皇女は、
短絡的な思考の持ち主だと思ったのに
そんなことを考えていたなんて
全然、気づかなかったと
人魚の王はしきりに感嘆しながら
話しかけましたが、皇女ラティルは
疲れたと言い訳をして
その場を去りました。
後ろを振り向くと、皇女ラティルは
湖の上に目を出している
メラディムを発見しましたが、
あえて気づかないふりをして
通り過ぎました。
◇また喧嘩◇
そのことがメラディムに
何らかの感銘を与えたに違いなく、
人魚の王と交代するかのように
メラディムが現れ始めましたが、
彼は以前より、はるかに
抗戦的ではない姿を見せました。
それだけでなく、
皇女ラティルが洗面器を投げれば
人間にしては、
かなり動きが鋭い方だと
褒めたりもしました。
皇女ラティルは、
なぜ何度も来るのか。
来ないで欲しいと抗議しましたが
メラディムは、
皇女は人間だけれど、
かなり常識があるように見えるし、
その上、目が効く。
人魚の王を断ったのは
とてもよくやったと思うと
言いました。
ラティルは、ブヅブツ言いましたが、
メラディムは気にしませんでした。
そして、ラティルは
皇女ラティルが、
メラディムに出くわすほど
次第に警戒心が薄らいで行くのを
体感しました。
表向きはブツブツ言っても
明らかに皇女ラティルは
メラディムの不意の出現に
慣れていきました。
そんなある日、
使節団に偽装して、不意に
ヒュアツィンテがやって来ました。
皇女ラティルは、
彼がここへ来た理由を聞くと
最近、皇女ラティルが
変なことに巻き込まれたと
聞いたからだと答え、
大丈夫かと尋ねました。
ヒュアツィンテは、
皇女ラティルが、
人間ではない人たちと
関わっているのを聞いたようでした。
皇女ラティルは、
今度はヒュアツィンテと
喧嘩をし始めました。
ラティルは疲れ切ってしまいました。
皇女時代、自分は、こんなに、
あちこちで喧嘩していたっけ?
と自問しました。
ところが、
しばらく二人が喧嘩をしていると
どこかから水の音がするかと思ったら
ピチャピチャという足音が
近づいて来ました。
皇女ラティルとヒュアツィンテは
言い争っていたので
周りを気にしませんでしたが、
誰かが彼らのすぐそばに現れると、
仕方なく、そちらを
向かなければなりませんでした。
現れたのはメラディムでした。
ヒュアツィンテは、
頭が水に濡れている上、
服も変なメラディムを
上から下までジロジロ見ると
当惑したようにラティルを見て
知っている人なのかと尋ねました。
皇女ラティルは、
ヒュアツィンテの視線が
メラディムの顔に
最も長く留まっているのを見ました。
ヒュアツィンテは、
自分と別れて、
変な人と付き合っているのかと
悲しそうな目で
皇女ラティルを見ながら尋ねました。
その瞬間、
皇女ラティルはカッとなり、
メラディムの腕をつかんで、
自分の方へ引き寄せると、
変な人って、
メラディムは血人魚で、人魚の王で、
ヒュアツィンテより
ずっとマシな人だ。
自分のそばにいてくれて、
ヒュアツィンテのように
離れたりしない。
ヒュアツィンテより
100倍もいい恋人だと主張しました。
メラディムは、
皇女ラティルを見つめました。
視線を感じた皇女ラティルは、
メラディムに、
なぜ自分たちが恋人なのかと
聞かれるのが怖いのか、
心臓が速く動きました。
恋人?人魚?
ヒュアツィンテは不愉快そうに
眉を顰めると、皇女ラティルに
しっかりしろ。
彼は人間ではなく、
ラティルは皇女だ。
彼はラティルを
利用しようとしているのかもしれない。
まさか本気で、
そんなことを言っているのか。
ラティルは、そこまで
無茶苦茶ではないはずだと
非難しました。
この言葉に、皇女ラティルは
さらに厳しいことを
言おうとしましたが、メラディムが
ヒュアツィンテの頭の上に
集中豪雨を浴びせました。
そして、ヒュアツィンテが
顔に付いた水気を拭き取っている間
メラディムは、皇女ラティルを
自分の方に引き寄せると、
戯言を言うな。
偉大な種族であるこの体には
足りないものなんて何もないので
人間皇女を利用したりしない。
自分が彼女と一緒にいるのは、
尾ひれが重要でないほど
この人間を
愛するようになったからだと
告げました。
ヒュアツィンテの目が
暗くなりましたが、
ここはタリウムであり、
彼は公的に来たのでは
ありませんでした。
どうされましたか?
サーナットが
近衛兵たちを率いてやって来ると
ヒュアツィンテは背を向けて
行ってしまいました。
ヒュアツィンテが
遠くに見えなくなると、
皇女ラティルは
メラディムをチラチラ見ながら
彼の脇腹をトントン叩き、
今言った言葉は本当なのかと
尋ねました。
メラディムは、
自分が何を言ったのかと尋ねると
自分を愛していると言ったと
答えました。
メラディムは咳払いをして
自分は知らないと呟きながら
背を向けました。
しかし、そうしただけで
先に進みませんでした。
彼が、そっと後ろに手を差し出し、
尾ひれを振るように動くと、
皇女ラティルは
素早く手を握りました。
ラティルは、
メラディムとは、こうして
繋がるんだと思いました。
◇友達のままで◇
偽の未来の幻想から
目覚めたラティルは、
怪物の手を離しながら、
やはりメラディムとは、
友達のままでいた方がいいと
呟きました。
前話で、皇女ラティルが
ギルゴールのことを知らないと
言ったシーンがありましたが
もしかしたらメラディムは
ギルゴールが
皇女ラティルを追いかけるのは
彼女がロードだからだということに
気づき、
それで、皇女ラティルに対して
少し好意的になったのではないかと
思いました。
それに加えて、メラディムは
皇女ラティルが、
人魚の王を非難しているシーンを
反芻することで、
皇女ラティルの悪いイメージを
払拭できたのではないかと
思いました。
ギルゴールとは、
良い思い出がなく、反芻するのは
戦っているシーンばかりなので
いつまでも、二人の戦いが
終わらないのかもしれません。