916話 外伝25話 ラティルはタッシールの子を妊娠しました。
◇皇配としての意見◇
予想もしていなかった知らせに
タッシールが固まっている間、
アトラクシー公爵は
早くも衝撃から抜け出して、
頭を整理すると同時に、
自分の考えでは。
と、まず口から開きました。
彼の頭の中には
今、後継者を決めてはならないという
目的一つしかありませんでした。
彼は、
まだ後継者を決める時期ではないと
訴えました。
ロルド宰相も衝撃を乗り越えると
その通りだ。
子供たちは、
まだ勉強も始めていないのに、
もう後継者を決めるなんてと
アトラクシー公爵に
同調しました。
シャレー侯爵も、慎重な声で
自分も、この問題は
慎重に扱った方がいいと
2人に賛成しました。
しかし、生まれた子供が
上の3人の姉兄のように
健康だったり賢くない可能性も
あるという話は、
悪口のようだったので、
口にしませんでした。
しかし、これも
十分可能性のあることでした。
それでも、ラティルは、
自分と皇配の間の子供なら、
当然、後継者に
ならなければならないと呟くと、
大臣たちは口を揃えて
反対し始めました。
沈黙する人もいましたが、
彼らもタッシールの子供が
必ず後継者にならなければならないと
考えている様子では
ありませんでした。
プレラ皇女もクレリス皇女も明敏で、
2人とも、君主にふさわしい
人物かもしれないのに、
もう未来を決めてしまえば
後日、残念がるかもしれない。
皇子は皇帝にそっくりでなので
皇帝ほど優れているのは明らかだ。
後継者は、子供たちが
もう少し成長した後に
皇帝が、じっくり見極めて
決めるのが良い。
ラティルは、大臣たちが皆、
反対を叫ぶ姿を
気まずい思いで見守っていましたが
タッシールを振り返りながら
あなたの考えはどう?
と尋ねました。
大臣たちは
一気に静かになりました。
今の雰囲気からすると、
当然、自分の子供が
後継者にならなければならないと
皇配が言えば皇帝が
「そうでしょう?」と
相槌を打つ態勢でした。
皇帝は好色だけれど、夫の一人を
特に寵愛するという感じはなかった。
しかし、皇配に対する信頼度が
高いのだろうか。
それとも見た目とは裏腹に
心の中では、皇配を
一番寵愛しているのだろうか?
広い会議室の中は
完全に静まり返りました。
タッシールが、この雰囲気に
気づかないわけがありませんでした。
彼は、
当然、自分たちの間に生まれた子供が
後継者にならなければならないと
言いたい衝動に駆られました。
しかし、彼は、
まだ、その時ではないと
父親としてではなく皇配として
答えました。
そして、生まれた子供が
自由に過ごしたがったら
後継者に
ふさわしくないかもしれないと
客観的に答えると、
大臣らは安堵しました。
その一方で、彼らは、自尊心が
傷つけられたりもしました。
自分たちは、
自分たちの利益を考えて発言したのに
皇配だけが、国のことを考えて
話しているように
思われたからでした。
ラティルはタッシールを見上げながら
本当にそう思うのかと尋ねました。
タッシールは、
もちろんだと躊躇うことなく
答えましたが、
いつか、うちの子がこの事を知って
自分を恨むかも知れないと
胸が張り裂けそうな表情で言いました。
ラティルは大笑いすると、
それでは、この問題は
数年後にまた話そうと告げると
大臣たちに出て行くよう
合図しました。
◇譲歩はしない◇
夕方頃、遅ればせながら
その知らせを聞いたヘイレンは
両手で顔を覆い、
体をくねらせながら、
若頭にも赤ちゃんができたのに、
若頭が後継者にしてはいけないと
言ったのかと尋ねました。
タッシールはヘイレンに
どうして、そんなに体を
くねくねさせているのかと
尋ねると、ヘイレンは
嬉しいのに腹が立っていると
笑っているのか泣いているのか
分からない表情で叫びました。
そして、
我らがアンジェス商団が
皇帝と血が繋がった家門に
なることもできたのに、
若頭が・・・と嘆くと、
よろよろ壁まで歩いて行って
壁に張り付き、
額縁になったように
身動きしませんでした。
この知らせを頭が聞いたら
何と言うだろうか。
ヘイレンは、自分が残念でした。
さらに呆れたのは、
もともとタッシールは、
他人に何かを譲歩したりする
性格ではないという点でした。
ヘイレンは、
普段は発揮しない
そのような譲歩する精神を、
なぜ、こんなところで
発揮するのかと抗議すると
タッシールは
笑いを噴き出しました。
そして、通りすがりに
彼の背中を撫でながら、
がっかりする必要はない。
自分は譲歩したことがないと
返事をしました。
それでは、自分が聞いたのは
何なのかとヘイレンが尋ねると、
タッシールは、どうせ皇帝は、
本気で話したのではないと
返事をしました。
ヘイレンは、
本気でないのに、大臣たちの前で
そんなことを話したのかと尋ねると
タッシールは、
平民出身だと言って
大臣たちが自分を無視するので、
体面を保つために、わざとそうした。
そこで、皇帝の言う通りに
しようと言ったら、
むしろ自分が変な人になったはずだ。
自分が断ったことで
大臣たちが利己的な人になったと
説明すると、大臣たちの
きまりの悪そうな表情を思い出して
微笑みを浮かべました。
ヘイレンは壁から離れて
タッシールの横顔を見ました。
それでも、彼は、
少し残念だと呟くと、
若頭は大丈夫なのかと尋ねました。
タッシールはソファーに座ると、
どうせ自分の血筋なら賢いと
自信満々に話しました。
ただ言っているだけでは
ありませんでした。
タッシールは、彼の親戚の中で
特に頭が良いけれど、
他の人たちも皆、
頭が良いからでした。
そして、タッシールが、
自分の子なら、黙っていても
勝手に上がってくると言うと
ヘイレンはすぐに納得しました。
そして、
プレラ皇女は、
国で一番美しい皇女に育ち、
クレリス皇女は
とても強くなるだろう。
カイレッタ皇子は
社交界を席巻しそうだし、
うちの赤ちゃんは若頭に似て
一番賢いはずだから、
自然に後継者になるだろうと
浮かれて騒ぎました。
ところが、突然、タッシールが
服をさっと脱ぐと、
驚いて後ろに下がり、
どこへ行くのかと尋ねました。
タッシールは素早く着替え、
イヤリングまで付けると
満足そうに笑って、
皇帝の所へ行かなければと答えました。
◇静かなタッシール◇
タッシールが寝室にやって来た時、
ラティルはロッキングチェアに座って
編み物をしていました。
その光景を見て
心から驚いたタッシールは、
自分は今、何を見ているのかと
尋ねました。
ラティルは、木製の編み針を
あちこち動かしていましたが、
タッシールが近づくと
毛糸と編み針を丸ごと渡しながら、
良かった。 来たついでに
タッシールが続けてと頼みました。
彼は編み針を手に取り
ラティルをぼんやりと見つめました。
ラティルはため息をついて
歯ぎしりすると、
ゲスターが、
よく編み物をしているので、
なぜ、そうするのか聞いたところ
何も考えずに編んでいると、
頭が整理されて、
良い考えが、よく浮かぶと答えた。
それで、自分もやってみたけれど
頭の中が整理されるどころか
毛糸と頭がもつれると嘆きました。
タッシールは、
手に持った毛糸を見下ろして
下唇を噛むと、
確かに、これだけ
毛糸がもつれたのを見ると、
落ち着いて編んだようには
見えないと言いました。
ラティルは
ブツブツ言いながら、
タッシールの手を
じっと見つめました。
タッシールには、できないことが
ほとんどなかったので、
タッシールが編み物まで
上手にできるかどうか気になりました。
しかし、タッシールは神妙に
毛糸をテーブルの上に置くと、
自分もできないので安心してと
言いました。
ラティルは、
タッシールにも
できないことがあるのかと尋ねました。
タッシールは、
もちろんだと答えました。
ラティルは、
タッシールが何でも上手だと
思ったのにと言うと
彼は、そんなはずがないと
答えました。
そして、ニコニコ笑いながら
ラティルに近づくと、
彼女の耳元をさりげなく噛みました。
反射的にラティルが首をすくめると
彼は耳から口を離し、
ロッキングチェアの肘掛に
腰かけながら、
ラティルの指を
自分の指でつかむように握りました。
タッシールは、
もちろん、できないことは
滅多にないと自信満々に言うと、
ラティルは呆れたように笑いましたが
否定はしませんでした。
タッシールは、
ラティルの手をギュッと握りしめ、
こねるようにギュッと押しました。
普段のお喋り好きな姿とは
明らかに違っていました。
静かなタッシールも
それなりに良かったけれど、
ラティルはタッシールが
ずっと手をいじってばかりいるのが
気になり、
今日はどうしてこんなに静かなのかと
尋ねました。
タッシールは、
嫌なのかと尋ねました。
ラティルは、
嫌なわけではないけれど、
見慣れないから変な感じがすると
答えました。
タッシールは、
たまに、こうして
新しい姿を見せることで、
皇帝は自分から離れられなくなると
言うと、
ラティルはクスクス笑いながら
彼の太ももを叩きました。
しかし、タッシールが言った方法は
確かに効果がありました。
普段なら、図々しく
からかう言葉を浴びせ続けるはずの
タッシールが
静かにそばにいるだけで、
ラティルは訳もなく
ぎこちない気持ちになり、
自分も一緒に静かになりました。
周り中静かなので、
隣に座っているタッシールの存在感が
どんどん大きくなり、
後には、彼の息遣いまで
気になるほどでした。
そして、彼の足の上に置いた手から、
タッシールの温もりが
伝わって来ました。
ラティルはタッシールの足を
いじくり回した後、
手をそっと離して、
彼の胸に頭をもたれました。
ラティルは、
タッシールの子供を
すぐに後継者にしなくて、
悲しくないのかと尋ねました。
タッシールは、口元に、
自信満々な笑みを浮かべながら
そんなはずがない。
皇帝と自分の子供なら、
自ら上がってくるはずだからと
答えました。
ラティルは、
彼の言葉に納得しました。
ラティルは、
タッシールに似ているなら
そうなるだろう。
タッシールは、
最も可能性の低い皇配候補だったけれど
結局、皆が認める
皇配になったのだからと言いました。
しかし、ラティルは、簡単に
微笑むことができませんでした。
タッシールを信じているけれど、
心の片隅では、
「可能だろうか?」という考えが
浮かび上がりました。
ラティルは、
それを見せたくなかったので
タッシールの服に
顔を深く埋めました。
◇プレラを皇帝に◇
ラティルとタッシールが
仲良く2人の子供について
ひそひそ話しながら
楽しい時間を過ごしている時、
ラナムンはアトラクシー公爵と
一緒にいました。
しかも、アトラクシー公爵は
2時間以上、小言を言っていたので
ラナムンは、話を聞いている間中、
頭が痛くなるほどでした。
アトラクシー公爵は、
プレラが後継者になれば
一番良いけれど、プレラがダメなら
皇子が後継者になるべきだ。
必ずだ、
と主張すると、ラナムンに
自分の話を聞いているのかと
尋ねました。
ラナムンは、
聞いている。何十回も
その話をしたではないかと
答えました。
アトラクシー公爵は、
何十回聞いても、ラナムンが
まともに答えないから
こうしていると言いました。
ラナムンは時計をチラッと見ました。
2時間が過ぎていました。
彼は、そこそこの答えでは
父親を帰らせることが
できそうにないと判断を下すと、
プレラが後継者になればいい。
しかし、自分は
プレラの幸せが最も重要なので
プレラが望まない席を強要されて
苦しむのは嫌だと返事をしました。
アトラクシー公爵は
その言葉にショックを受けて
ラナムンを見ました。
しかし、すぐに彼は、自分の息子が
どれほど怠け者であるかに
気づきました。
ラナムンが皇配になろうと
努力してみたのは、
プライドのためで、
それは彼にとって例外的なことでした。
実際、ラナムンは、
皇帝の席に上がれば
とても忙しくて、
することが多くなるので、
プレラが自分に似ていれば
その席を望まないと考えていました。
アトラクシー公爵は呆れて
口をパクパク鳴らすと、
ラナムンが特異なんだ。
彼ほど怠惰を前面に押し出す人は
少ないと、言いたくなりました。
しかし、アトラクシー公爵は
その代わりに、カルドンに
プレラを連れて来させました。
なぜプレラを呼ぶのか。
ラナムンは不吉な予感がして
眉を顰めました。
しかし、父親が孫に会うというのを
止めることはできませんでした。
それに、プレラは、
自分を世界で一番愛してくれる
アトラクシー公爵が大好きでした。
ついにプレラが
カルドンに抱かれて部屋に来ると
アトラクシー公爵は
目に入れても痛くない孫娘を抱き、
優しい声で、
我が愛する孫娘。
世界で一番愛らしい
おじい様のお姫様。
私たちのお姫様は
お母様のことが好き?
と尋ねました。
プレラは、母陛下が好きと
キャハハハ笑いながら叫ぶと、
アトラクシー公爵は
嬉しそうに笑いながら、
それでは、お姫様は
お母様みたいな人に
なりたいんだね?と尋ねました。
プレラは「うん!」と答えると
アトラクシー公爵は、
お母様の仕事を一緒にしたら
もっといいよね?と尋ねました。
プレラは「うん!」と返事をし
母陛下と一緒に働くと
答えました。
アトラクシー公爵は、
望んでいた答えを聞いて、
これ見よがしに
ラナムンを見つめました。
ラナムンは怒って、カルドンに
再びプレラを連れて行けと
言いました。
そして、扉が閉まると、
そんな風に子供を誘導するなと
アトラクシー公爵に抗議しました。
しかし、彼は、
ラナムンこそ、自分の子供の未来を、
面倒だからといって事前に閉ざすな。
ラナムンがタッシールに
押されたからといって、
プレラまで
押されるつもりかなのかと
言い返しました。
ラティルが2人目を妊娠していた時、
タッシールも
父親の可能性があったけれど、
残念ながら違っていたので、
今度は、間違いなく
自分の子供だと思うと、
タッシールは感慨深いものが
あるのではないかと思います。
ヘイレンの考える
皇女と皇子の未来が
的を射ていて笑えました。
生まれ持っての浮気者の
素質がありそうな皇子が
ラナムンと同じくらい
ハンサムだったら、
自分好みの、ありとあらゆる美女を
手に入れるのではないかと
余計なことを考えてしまいました。