920話 ゲスターは、また良からぬことを考えています。
◇誰かにやらせる◇
ゲスターは、絶対に
タッシールの幸せな姿を
見たくありませんでした。
しかし、問題はゲスターに対する
ラトラシルの評価でした。
以前のラトラシルは
ゲスターが何をしても
疑いませんでした。
事件が起こっても、ゲスターは
容疑者候補の最下位にいました。
堅固で分厚い、
信仰と信頼という盾がありました。
しかし、今やラトラシルは、
悪いことが起きれば、
彼を疑いの対象から
外してくれませんでした。
彼が前に出て
タッシールを苦しめれば、
ラトラシルは、
きっとランスター伯爵を
疑うはずでした。
その上、最近ラトラシルは
ゲスターを見る度に、
しきりに唇をピクピクさせました。
以前のラトラシルは、
ゲスターが猫をかぶると
可愛そうな目で見ました。
しかし、最近のラトラシルは
彼が猫をかぶると唇を噛んで
「ああ、ゲスター」と嘆きました。
あれこれ不審なことを
思い出したゲスターは、
やはり、自分が直接乗り出すのは
良くないという結論を下しました。
それでは、他の奴を
利用しなければならない。
ゲスターは目を細めて、
側室たちが過ごしている場所を
一つずつ目を通しながら
利用できそうな者がいないか
探しました。
そうしているうちにゲスターの視線は
湖の畔に立っている
クラインの後ろ姿に止まりました。
彼は、侍従たちに、
釣り竿を湖の畔に一定の間隔で
設置させていましたが、
髪の毛が
びしょびしょに濡れているのを見ると
すでにメラディムに一度やられて
復讐を準備しているようでした、
あの愛しい馬鹿野郎を
餌にすればいい。
ゲスターの口元が
満足そうに上がりました。
◇煽られるクライン◇
計画を立てたゲスターは、
すぐに準備に着手しました。
彼はトゥーリに、
自分が描いた設計図を父親に送り、
このまま作って欲しいと伝えるよう
指示しました。
トゥーリが「設計図ですか?」と
聞き返すと、ゲスターは
紙に素早くいくつかの絵を描いて
差し出しました。
トゥーリは絵を受け取りましたが、
何を描いた絵なのか
見当がつきませんでした。
建物の設計図や大型インテリアや
城壁の設計図にも見えませんでした。
それでもトゥーリは、
滑り台のように見える絵を見て、
これは何なのか。
まるで滑り台のようだと尋ねました。
しかし、それさえも
記載された数字が大きすぎて
滑り台なのか確信が持てませんでした。
ゲスターは
子供の乗り物だと答えました。
トゥーリは、
大き過ぎないか。
大人が乗っても大きそうだと
訝しみました。
ゲスターは、
四人目が生まれたらプレゼントすると
答えました。
トゥーリはびっくりして、
その理由を尋ねました。
ゲスターは、
毎回子供たちが生まれる度に
プレゼントを送っていたではないかと
答えました。
トゥーリは、
そうだけれど、
こんなに大きなプレゼントは
あげなかったと指摘すると、
ゲスターは、
今回の子供は皇配の子なので、
当然、もっと特別なプレゼントを
送るべきだと説明しました。
トゥーリは不満でした。
皇配の子とはいっても
結局はライバルの子の一人なので
こんなに気を遣っても
その子はゲスターを
自分の父親のライバルの一人だと
思うはずなのに、
どうしてこんなことをするのかと
疑問に思いました。
しかし、ゲスターの指示を
拒否することはできませんでした。
早く行って来てと言われたトゥーリは
すぐにロルド宰相を訪ねました。
数日後、ゲスターが頼んだ乗り物が
同時に宮殿の中に運ばれて来ました。
トゥーリが驚くほどの大きさの遊具は
布を被せて運ばなかったので、
宮殿の入り口から
ハーレムに到着するまで、
誰もが見物することができました。
遊具が騒々しくハーレムに到着すると
その中で働く
宮廷人たちと警備兵たちは
この不思議な物を見に
集まって来ました。
どこに設置しましょうかと
聞かれたゲスターが目配せすると、
トゥーリが出て来て、
ハーレムと
子供たちのプレイルームの間にある
空き地に人々を案内しました。
大工たちは、
あらかじめ指示された通りに
遊具を設置し、
その上に大きな防水布を被せて
帰りました。
その頃には側室たちも噂を聞いて、
見物に集まっていました。
あれは、自分が乗ってもいいのかと
クラインは半分本気で呟くと、
ゲスターに、
子供たちにあげるために
あれを作ったのかと尋ねました。
トゥーリが
大工たちとずっと話しながら
設置を主管していたので、
この大型遊具を設置した人が誰なのかは
すでに皆が知っていました。
ゲスターは、
後でクラインも乗って遊んでも良いと
冗談交じりで答えると、
クラインは、心が動きましたが
皇子としての体面を
傷つけてはいけないと思い
冷たく鼻で笑いました。
しかし、彼はすぐに
好奇心を抑えきれなくなり、
なぜ、あれを
防水布で覆っておくのかと尋ねました。
防水布の先は、
杭で地面に固定されているので、
苦労して抜かなければ
乗れませんでした。
あんな大きな乗り物なら、
作って運ぶまで大変だったのに
すぐに使えなくするのは
もったいないのではないか。
クラインが、夜にでも
こっそり乗ってみたくて
聞いてみたわけでは
決してありませんでした。
ゲスターは目尻を下げると、
あれは四番目の赤ちゃんにあげる
プレゼントだからと答えました。
クラインが、
タッシールの子と聞いて驚いていると
ゲスターは、
皇配の赤ちゃんだから、
少し気を遣った。
後で赤ちゃんが生まれたら
一番先に使わせてあげたくて
覆ったと、いつもより声を
はっきり出しました。
実は彼が
こんなに派手に事を進めたのは、
すべてこの話をするために
他なりませんでした。
好意と好奇心に満ちていた
クラインの表情は、
期待通りに歪みました。
努めて表情を管理しているとはいえ
下唇を噛んだり、噛むのを止めるのを
繰り返していました。
おそらく嫉妬心で
腸が煮えくり返っているのだろうと
ゲスターは思いました。
ついにクラインは
我慢ができなくなり、
お前には嫉妬心というものがないのかと
叫びました。
ゲスターは、
あるけれど、
自分には子供がいないので、
他の子供たちの面倒を
よく見なければならない。
タッシール陛下の子供は
きっと賢いだろうから、
必ず後継者になるだろう。
陛下はタッシール陛下との子供を
一番かわいがるだろうから、
仲良くして悪いことはないだろうと
自嘲する声で
意気消沈したように呟くと
クラインの顔は、
怒りでますます燃え上がりました。
とうとうクラインが悪態をついて
背を向けると、ゲスターは
手で口を覆って笑いました。
◇クラインは馬鹿ではない◇
その後、ハーレムの中で、
一騒動が起こりました。
プレラとクレリスは
乗り物に乗りたくて、しきりに、
ピョンピョン飛び跳ねました。
彼女たちが遊ぶプレイルームの目の前に
遊具が設置されたので、
見るつもりがなくても目に入るために
幼い子供たちには
耐えられませんでした。
好奇心を示したのは
子供たちだけではなく、
毛むくじゃらたちも、
滑り台で遊びたくて
防水布の上を、何度も
上がったり下りたりしました。
ランブリーは我慢できなくなって
ゲスターの所へ行くと、
すぐに防水布を剥して、
滑り台を貸せと怒鳴りつけました。
ゲスターは無視して
ランブリーの口に
菓子をいれました。
そのように話をしているうちに、
ランブリーは、
ゲスターの企みについて
自然に知ることとなりました。
ランブリーは舌打ちすると、
クラインは馬鹿だから、
彼を挑発しても
何の役にも立たない。
あの皇子にいじめられても、
タッシールは瞬きもしないだろうし
ただ、二人の仲が
悪くなるだけだろうと言いました。
しかし、ゲスターは
お茶を飲みながら自信満々に笑うと
クラインは頭が悪くない。
よく、カッとなるだけだ。
しかし、今は
考えて行動する時間があるので、
自分でよく頭を転がすだろうと
話しました。
◇侍従長の誉め言葉◇
ゲスターが、
とてつもない贈り物を
準備しておいたという話は
まもなくラティルの耳にも
入りました。
ラティルは、
国境地帯で起きたという騒乱について
考えるために、
ずっと眉を顰めていましたが、
ゲスターの贈り物の話を聞くと
そんな物を全て準備しようと
思うなんてすごいと言って
笑いました。
侍従長も、
ゲスターは気分が良くないと思うけれど
彼は、他の側室の子供ができる度に
細心の注意を払っているし、
今回は皇配の子だから、
さらに気を遣ってくれるなんて
本当にすごいと、今回は認めました。
タッシールは皇配になって
間もないけれど、
彼の仕事ぶりには
少しも新米皇配らしい様子が
ありませんでした。
むしろ、全てのことを
完璧に処理したので、
言うことが厳しい大臣たちも
彼の仕事の処理に
文句をつけることができませんでした。
しかし、ただ一つ、
平民出身というレッテルのため、
依然として貴族の間では
評価が曖昧でした。
彼らはタッシール個人を
非常に高く評価し、認めながらも、
心から支持していませんでした。
ところが、
アトラクシー公爵側の子供たちや
メロシー領主側の子供たちが
生まれた時より、ゲスターは、
はるかにタッシールの子供に
良い待遇をしてくれました。
これは、大臣たちに、
「お前たちが何と言おうと
皇配はあっち」と教えるのと
同じでした。
ゲスター様は本当に優しい。
彼を見る度に
偏見がどれだけ怖いのか分かる。
黒魔術師たちは悪だと
言われているけれど、
ゲスター様はザイシン様と
同じくらい善良だと、
ラナムンを偏愛する侍従長が
珍しくゲスターを褒めました。
しかし、ラティルは
笑わないように唇に力を入れました。
◇困った事件◇
なぜ、ゲスターが、
自分にそのようなプレゼントを
くれたのか分からない。
その知らせを聞いたタッシールも
意外だと思いました。
一番先にタッシールが
ゲスターの性質が良くないことに
気づいたので、プレゼントに
何か魂胆があるのではないかと
訝しみました。
ゲスターのせいで
何度も苦労したヘイレンは
顔を歪めながら、
優しいふりをして、
他人によく見せなければ
ならないからだと言いました。
タッシールは、
猫をかぶるのも容易ではない。
うちのゲスター様は
猫をかぶっていたら、
もっと性格が悪くなりそうだと
言いました。
ヘイレンは、
大型遊具も、
上がったら壊れるのではないかと
心配すると、タッシールは、
そんなことはないだろう。
ゲスター様は
子供たちを可愛がってはいないけれど
あえて関心を持って
苦しめたりもしないからと言うと
ヘイレンもそれに同意しました。
何年も見守ってきたけれど
ゲスターは子供たちに
好意も敵意も見せませんでした。
それに、どれだけ陰険な本音を
上手く隠しているのか、
子供たちは、
タッシールがいくら優しくしても
怖がるのに、ゲスターは
理由もなく、かなり好かれていました。
本当に悔しいことでした。
ヘイレンは、
うちの若頭だって、
こんなに陰気な顔で
生まれたかったわけではないのにと
思わず、心の中で思っていた言葉を
口にしてしまいました。
「えっ?」とタッシールが
呆れて聞き返すと、
ヘイレンは首を素早く横に振り
謝りました。
タッシールは、
その言葉の方に、より傷ついたと
ぼやきました。
ゲスターの
大きなプレゼント事件は
そのように、
皆に強くて良い印象を残して
過ぎ去りました。
子供たちが生まれる度に
ゲスターは、毎回
プレゼントを準備してくれたので、
タッシールも、
あまり気にならなくなりました。
ところが、数日後から
おかしなことが起き始めました。
普段、タッシールは
ハーレムの宮廷人たちに
何かを指示する時、
実際に作業を終える期限はもちろん、
以後の余裕期間まで考慮して
計画を立てました。
今回も彼は指示を出す時に、
期限まで十分な時間を与えました。
ところが、余裕期間が過ぎても、
宮廷人たちは
仕事を全て終えることが
できませんでした。
タッシールが責任者を呼ぶと、
責任者は青白い顔で、
クライン皇子が
急な用事があるといって
必要な物を何回も持って行ったので
仕事のスピードを
上げることができなかったと
謝りました。
タッシールは、それについては
そのまま見過ごしました。
ところが、数日後、
再び事件が起きました。
簡単な行事の準備を指示したところ
倉庫に保管しておいた物品の中で
壊れた物が多数発見されたのでした。
タッシールは、
倉庫の鍵を持って行ったのが
誰なのか確認しましたが、
その中に、
特に変な人はいませんでした。
事件は、それで終わらず、
その後も、そのようなやり方で
些細で気になることが起きました。
大したことではないので、
すぐにタッシールの所へ
報告が入るわけではありませんが、
積もり積もって
日程が狂うようなことでした。
大きな被害はなかったものの、
タッシールが2、3日以内に
処理する予定だったものは
6、7日ずつ遅れ、
半月を予定していたことは
1ヶ月ずつ遅れました。
そうしているうちに
皆で食事をすることになった日。
タッシールはこのことについて
ラティルに相談しました。
実は、相談に見せかけながら、
自分が、この件について
疑いを抱いているので、
もう、でたらめなことは
しない方が良いだろうと
あらかじめ警告をしたのでした。
解決するのは難しくないけれど
タッシールは睡眠時間さえ
足りなかったので、
陰で意地悪をする相手が
自ら退くのが一番楽でした。
ラティルもタッシールの意図を知り、
確かにおかしい。
もし誰かが故意にしたことなら
見つけ出してすぐに言うように。
寝る時間もなく忙しいタッシールを
苦しめるなんて。
自分が大きく罰してやると
わざと相槌を打ちました。
その時、
クラインがにこにこ笑いながら、
皇帝の言う通り、
忙しい皇配を邪魔してはいけない。
犯人を捕まえるなら、
じっとしていてはいけないと
ラティルの意見に同意しました。
タッシールの肩を持つ言葉に
側室たちは、どうしたのかと思って
クラインを眺めました。
ラティルでさえ
どうしたのかと思って
クラインを見ました。
クラインは、
皇帝の言うように、タッシールは
とても忙しくて、寝る時間もないのに
四人目が生まれたら
育児をする時間はあるのかと
尋ねました。
クラインは
ゲスターに焚きつけられたし
ハーレムの管理もやったことが
あるので、
タッシールへの嫌がらせの犯人は
クラインではないかと思います。
彼は頭が良いのに、
ゲスターの手下みたいに
使われているのが残念です。