921話 外伝30話 クラインはタッシールに、育児をする時間があるのかと聞かれました。
◇タッシールの子育て◇
アイスクリームに血を垂らして
食べていたギルゴールは
そうだね。
この国の皇配の坊やは
忙しくて育児する時間もないと
笑いながら言いました。
その言葉に側室たちは
軽く笑いましたが、
続けてギルゴールが、
他の奴らは
暇だから大丈夫だと言うと、
すぐに表情が固まりました。
あっという間に
暇人扱いされた側室たちは
気分が沈み込みました。
特に、本当に暇なクラインは
さらに不愉快になりました。
ザイシンは
大神官の仕事をするのに忙しく、
ゲスターは正式に任された仕事は
ないけれど、
いつも忙しく何かをしていました。
サーナットは、まだ近衛騎士団の
団長職に就いているし、
カルレインは
傭兵団を運営していました。
ラナムンは
プレラの世話をするのに忙しく
最もすることがないのは
クラインでした。
クラインは、
今、自分の話をしているのかと
言って、歯を剥きだしました。
この無邪気で可愛いバカ皇子様は
タッシールに
文句を言っていたところなのに、
なぜ、止めてしまうのかと
ラティルは、
心の中でため息をつきました。
ラティルは、
クラインが悪い意図から、
タッシールが忙しくて
育児ができないと言ったことを
知っていました。
ところが、クラインは
そう言っておきながら
その後、話を進めることなく
ギルゴールと喧嘩をしていると、
腹が立つよりも心配になりました。
他の側室たちは一様に手ごわい。
ザイシンは優しいけれど、
彼だけの基準がはっきりしていて、
人に流されない。
メラディムは
一般人と価値観が全く違う。
でもクラインだけは
とても純粋でした。
あのようにハーレムの中で
簡単に扱われたらどうしようかと
ラティルは考えました。
以前は、ゲスターが
このように気になる対象でした。
しかし、ゲスターが
思ったより性質が良くないことに
気づくと、ラティルは今、
クラインのことが
一番心配になりました。
これを知らないクラインは、
ラティルにじっと見つめられて
気分が良くなり、素早く、
手でハートを作って見せました。
彼は、のぼせ上がり、
そんなに自分を見ていたいのかと聞くと
ギルゴールと喧嘩したのと
同じくらい早く
ラティルへ関心を集中させました。
「あのバカ」
ゲスターは心の中で悪口を吐きました。
しかし、
自分が一言でも口を開けば、
頭のいいタッシールに、
自分がクラインを刺激したことを
気づかれてしまうので、ゲスターは
静かにコーヒーを飲みながら
黙っていました。
クラインは、しばらくの間、
あちこちに振り回され、
おやつを食べ終わった後になって
ようやく「あっ」と思いましたが
すでに他の者はたちは
帰った後でした。
しかし、
クラインが口にした言葉は、
思ったより効果的に
ラティルに受け入れられました。
彼が悪い意図で言ったことは
把握しているけれど、
確かにタッシールは多忙でした。
タッシールと並んで
執務室に歩いていく間、
ラティルは彼の目の下のクマと
疲れている表情を
しきりにチラチラ見ました。
タッシールは、
どう見ても皇帝は
自分の方が好きなようだと言うと
ラティルは、
クラインが言ったことを考えていたと
返事をしました。
タッシールは、
自分が忙しいということかと
尋ねました。
ラティルは、
タッシールはとても忙しいと
答えました。
タッシールは
ラティルの目元を撫でながら
自分が忙しくなる分、
皇帝が楽になるなら
それでもいいと言いました。
ラティルはタッシールが
話を誤魔化したことに気づきましたが
タッシールが
そばにいてくれてよかった。
タッシールは自分の宝物だと
笑顔で言いました。
しかし、それぞれの執務室に入った後
二人の口元に浮かんでいた笑みが
消えました。
ラティルは机の前に座ると
以前、プレラの養育を
ラナムンとザイシンの2人に
任せていたことを思い出しました。
当時、ラナムンが忙しくて
そうしたわけでは
ありませんでしたが、
とにかく2人が交互に
プレラを養育したおかげで
ラナムンは、いっそう楽でした。
プレラが成長して、以前ほど
むやみに刃を作らなくなった今は、
ザイシンは、ほとんど養育に
参加していませんでした。
ラティルは、
四人目の養育も
他の側室が手伝うようにしたら
どうだろうか。
ゲスターとクラインに任せるのは
難しいので、ザイシンに、もう一度
手伝ってもらえばいいのではないかと
考えると、
紙にザイシンの名前を書きました。
一方、向かいの部屋のタッシールは、
自分の子供を、他人と一緒に
育てたくないと思っていました。
タッシールは、食事の席での出来事を
ヘイレンに伝えると、
彼は、じっくり考えた後、
若頭はとても忙しい。
だからといって皇帝が
三番目の皇子を
カルレインに与えたようなことは
しないだろう。
養育を手伝わせるために
他の側室を一人か二人程度、
付けることはするだろうと
意見を述べました。
ヘイレンは、そうなっても
仕方がないと思いました。
おそらく付けてくれるとしたら
ザイシンくらいだろうけれど、
彼ならヘイレンも大丈夫でした。
クライン皇子の指摘のように、
タッシールは忙し過ぎましたが、
彼の側近のヘイレンも
同様に多忙でした。
しかし、意外にもタッシールは
自分は嫌だと
断固として線を引きました。
ヘイレンは、タッシールが
冗談を言っていると思ったので、
子育てを手伝うといっても、
ほんの数年だし、
それに、おそらくザイシンが
手伝うことになると思う。
彼は信じられる人だと言いました。
しかし、タッシールは、
自分もザイシンが好きだけれど、
自分の子供を
他の人と育てたくないと、
今回も断固として線を引きました。
ヘイレンは当惑し、
ただ乳母に預けておくだけなのかと
尋ねました。
乳母や担当下女たちが
子供の面倒を見ても、
ラナムンとサーナットとカルレインは
定期的に子供の面倒をよく見たり、
そばで見守っていました。
しかし、タッシールには
そんな時間がありませんでした。
タッシールは、自分の机の横に
揺りかごを持ってくればいいと
言いました。
その言葉にヘイレンが驚いていると
タッシールは、
秘書は隣の部屋に置けばいいと
付け加えました。
ヘイレンが答えられないでいると
タッシールは手を振り、
この件は後で処理するので、
ヘイレンはクライン皇子について
調べてくれと指示しました。
ヘイレンは、
最近、若頭を妨害したのは
クライン皇子の仕業だと思うかと
尋ねました。
タッシールは「100%」そうだと
答えました。
ヘイレンも同意したので、
彼は静かに、執務室の外へ出ました。
そして2日後、
タッシールがお茶を飲みながら
しばらく休憩していた時、
ヘイレンは、
やはりクライン皇子の仕業だった。
宮廷人たちが、
若頭の指示した仕事をしようとする度に
権力や力、財物を利用して
皇子が妨害していたようだと
報告しました。
タッシールは、
それほど大事ではなかったようだと
指摘すると、ヘイレンは、
宮廷人たちも面倒なので、
自分たちだけでイライラするだけで、
報告はしなかったようだ。
しかし、その範囲が広いので、
仕事が少しずつ後回しになり、
時間も遅れたと報告して、
ため息をつきました。
クライン皇子の妨害工作は
あまりにも些細なことなのが
かえって問題でした。
腹が立つけれど、
処罰するレベルではないことは
明らかでした。
実際、タッシールが、
普通の皇配のように仕事をして
過ごしているなら、誰かが、
この程度の謀略を巡らしても
気にしませんでした。
ヘイレンは、
どうすればいいのかと尋ねました。
タッシールは、
ヘイレンはどうしたいのかと
尋ねました。
ヘイレンは、
正式に叱ることはできなくても
何かしなければならない。
皇配なので、見くびられたらダメだ。
一度、綱紀を
しっかり正さなければならないと
興奮して小言を言いました。
しかし、タッシールは微笑みながら
彼の話を聞いているだけで
口をつぐみました。
そして、ヘイレンが
静かになったにもかかわらず、
タッシールは何も言わず、
ずっとお茶ばかり飲んでいました。
ヘイレンは、長引く沈黙に
次第に違和感を
覚えるようになりました。
なぜ、こんなに静かなのだろうか。
クライン皇子を叱るのが
難しいというのだろうかと
考えました。
実はそうでした。
クライン皇子は臨時の側室である上に
子供もいないので、本人が望めば、
離婚を通告することができました。
しかし、彼は、カリセン皇帝が
一番大切にしている弟でした。
強大国の皇子なので、
タリウムで自分の勢力を
構築するのは大変でしたが、
逆に自分の勢力でない人々も
あえてクライン皇子に、
むやみに接することは
できませんでした。
タッシールは
クライン皇子を露骨に叱ったせいで
彼が怒ってカリセンに
帰ってしまったり、
自分の兄に助けを求めたりすれば、
タッシールが
ミス一つでもすることを願う
大臣たちは、
ここぞとばかりにタッシールを
中傷するだろうと考えました。
ヘイレンは考えた末に、
自分が若頭の立場を
考慮できなかったと
落ち込んで謝りました。
しかし、タッシールは、
むしろクライン皇子を懲らしめるのは
簡単だと言って笑い出しました。
本当なのかとヘイレンが驚いていると
タッシールは、
もちろんだと答えました。
ヘイレンは、
それでは何をそんなに
慎重に悩んでいるのかと尋ねました。
タッシールは、
ゲスターだと答えると、
茶碗を空にして頭を上げ、
ゲスターがじっとしているのが
不思議だと言いました。
しかし、ヘイレンは、
今回のことに、ゲスターは
本当に何の関係もなかった。
調べれば調べるほど
何も出て来なかったと
反論しました。
けれども、タッシールは、
それを不思議に思っていたと言うと、
引き出しから
厚い冊子を取り出しました。
パンフレットには
彼の線で処理できる
タリウムの貴重な宝物が
掲載されていました。
タッシールは
しばらく中を見た後、
タリウム貴宝328号を
クライン皇子に贈ってと
指示しました。
ヘイレンは、
「でも、それは・・・」
と躊躇いました。
しかし、タッシールは、
ただでさえ自分は忙しいので、
これ以上、
仕事を増やさないでくれと
クラインに言って
彼を宥めて来るよう指示しました。
ヘイレンは表情を曇らせ、
若頭は皇配で、あちらは側室なのに、
なぜ自分たちが、頭を下げて
持って行かなければならないのかと
抗議しました。
しかし、タッシールは、
大丈夫だから宥めて来てと
言いました。
◇
ヘイレンはタッシールの命令に
従いたくありませんでしたが
仕方なく、
クラインの所へ貴宝を持って行き、
彼に渡すと、
タッシールに言われた通りに
伝えました。
プレゼントをもらったクラインは、
一気に意気揚々としました。
クラインは、
見て。
皇配に何の意味があるのか。
彼は自分に憎まれたと思って
途方に暮れているではないかと
言いました。
バニルは、
太陽の光できらめく
薄いガラスを見ながら、
きれいだけれど、
普通のガラスより、はるかに薄く
作られているそうなので
割れそうで怖いと心配しました。
アクシアンは
貴宝に関心がなく、
これから、どうするつもりなのか。
皇配が、一人で子供を
養育できないようにすると
言っていたのにと聞きました。
クラインは、
プレゼントまでもらっておいて
どうして、もっと彼を
いじめなければならないのか。
ほっといてくれと答えました。
それだけでなく、
彼は他の側室たちまで
全員呼び集めて
タッシールのプレゼントを
見せびらかしました。
その後、クラインは、本当にそれ以上
タッシールを妨害しませんでした。
ヘイレンは不愉快ではあるけれど、
これに満足しなければならないと
思いました。
ところで、ある日のこと。
皆が平和に働いていて、忙しい最中、
クラインが、
いきなり執務室を訪れました。
彼は、
ひどく怒った表情をしていました。
「タッシール陛下、 わざとでしょう?」
と、クラインが意味深長に叫ぶと、
秘書たちは皆仕事を止めて
好奇心に満ちた目を向けました。
タッシールはヘイレンだけを残して
他の秘書全員を外に出し、
部屋の中に3人だけになると、
知らないふりをして、
何をまた怒って
駆けつけて来たのかと尋ねました。
クラインは興奮して
首に青筋を立てながら、
何に対して怒っているか分からなくて
聞いているのか。
陛下がくれた
贈り物のことだと抗議すると
タッシールは、
気に入らなかったのかと尋ねました。
クラインは、
遊んで帰って来たら
ひびが入っていたと抗議しました。
タッシールは驚いた表情で、
あれはタリウムの貴宝なのに
嘆きました。
クラインはさらに興奮して、
わざとひびが入ったものを
寄こしたのではないかと
抗議しました。
ヘイレンは我慢できなくなって
ニヤニヤしながら、
どういうことなのか。
前に自分が持って行った時、
皇子は、隅々まで見て
気に入ったのではないか。
それに人々を呼んで見物までさせて
何の問題もなかったことを
皆が確認したはずなのに、
どうして今さら、
そんなことを言うのかと
言い返しました。
クラインは唇を噛みました。
確かに最初は大丈夫でした。
クラインは、
なぜ、勝手に割れているのかと
尋ねました。
ヘイレンは、
皇子の部下が
誤って壊したのではないかと
尋ねました。
クラインは歯ぎしりし、
そんなはずがない。
アクシアンとバニルは二人とも
自分と一緒に外出して帰って来た。
下男は自分の部屋に
入ってもいないと答えました。
元々、壊れやすい材質だったので、
バニルは自分が席を外す時は
下男が掃除をしに来ないよう防ぎ
扉も閉めて行き、
警備兵も入口を守って立っていました。
タッシールは、
その言葉に笑いを噴き出しながら、
自分はゲスター様でもないのに、
部屋にある物を
どうやって割るのかと尋ねました。
その言葉に、クラインは
突然、立ち止まったまま
ゲスター、 あいつならできると
呟き、
すぐに外に出て行きました。
ヘイレンは、クラインが出て行くと
タッシールを見ながら明るく笑い、
もしかして、
わざとそうしたのかと尋ねました。
タッシールは
答えませんでしたが、ヘイレンは
彼が何か手を使ったと確信しました。
数時間後、ヘイレンは
クラインがゲスターを訪ねて
大騒ぎしたという話を聞き、
タッシールに伝えました。
タッシールは、
優雅にコーヒーを飲みながら笑うと
二人に喧嘩をしかけておいたので、
当分は静かになるだろうと
言いました。
ヘイレンは同意した後で、
今回、ゲスターは
おとなしくしていたのに、
なぜ、あえて
クライン皇子と喧嘩をさせたのかと
尋ねました。
タッシールは、
大臣たちに非難されないよう、
仕事をする時も、
細心の注意を払っているのですね。
タッシールのクマが酷くなるのも
分かる気がします。
けれども、
揺りかごを自分の横に置けば
気を張り詰めて仕事をする
タッシールの安らぎに
なってくれそうです。
ギルゴールでさえ、
ゲスターを警戒するのに
クラインだけは遠慮もなく
ゲスターに向かっていく。
ある意味、クラインは
すごい人なのかもしれません。