78話 レイラはビルおじさんの庭仕事を見守っています、
レイラは木陰で、毛布の上に
両ひざを抱えて座り、
ビルと庭の労働者たちが
バラの植え替えをしているのを
見守っていました。
バラは、ベルクの国花であり、
公爵家の2人の奥様が
格別に大事にしている花だと
聞いていました。
森から聞こえてくる銃声のせいで
イライラしながら、
家の中をウロウロしていたレイラを
ビルおじさんが、
この庭に連れて来てくれました。
銃声が遠ざかると、
ようやく安心できました。
おじさんは、
暑いところで仕事をしているのに
自分だけ休んでいてもいいのかと
困った顔でビルを見ていたレイラは
小さなため息をつきながら
目を閉じました。
ビルおじさんは、
付いて来たら怒る。
言うことを聞かない子は大嫌いだと
脅したので、気が引けても、
ここで待つしかないようでした。
諦めの気分で
再び目を開けたレイラは
見知らぬ少年が
目の前に立っていたので
ビクッとしました。
きちんとした身なりの少年は、
レイラと同年代のように見えました。
彼はレイラと目が合うと
笑いながら挨拶しました。
プラチナブランドの髪と笑顔が
きれいな子でした。
少年はレイラに
ここに住んでいるのかと
真剣に尋ねました。
レイラは目を細めて、
「うん、ビルおじさんと」と
答えました。
少年は、
ビルおじさんって、
あの怖い庭師のおじさんのことかと
尋ねました。
レイラは、
おじさんは怖い人ではないと
否定しました。
自分は怖かったと
首を傾げていた少年は、
さりげなく
レイラのそばに座りました。
彼女は少し警戒しながら、
少年もここに住んでいるのかと
尋ねました。
少年は笑って首を横に振ると、
父親がこの家の主治医で、
今日は老婦人の診察日。
老奥様が許可してくれたので
たまに父親と一緒に来ると答えました。
それから少年は
レイラの年齢を聞きました。
彼女は、12歳だと答えました。
少年は、自分と同じだ。
でも、あなたはすごく小さいと
レイラをじっと見つめていた少年が
笑いを爆発させました。
激怒したレイラは
頬を少し赤く染めながら、
あなたも小さいと抗議しました。
少年は、
自分はクラスで一番大きいと
反論すると、
悔しいといったように
腰を伸ばしました。
少年は確かに、同年代より
少し大きく見えました。
とにかく、
ビルおじさんよりは小さいと
レイラは、一層小さくなった声で
自信なく付け加えると、
少年は、再びケラケラ笑い、
あのおじさんより大きい子が
どこにいるのか。
大人の中にもいないだろうと
言いました。
照れくさくなったレイラは、
そんなことはよく分からないと
返事をしました。
早く行ってくれればいいのに、
少年は、なかなか、
立ち上がる気配がありませんでした。
毛布の端に置いておいた桃を
眺めていたレイラは、衝動的に
これを食べるかと尋ねました。
少年は喜んで頷きました。
よく笑うだけあって
ずうずうしい様子でした。
レイラが、
カバンから取り出した
ポケットナイフを広げて
桃を切っているのを見ていた少年は
女の子のカバンから、
そんなものが出て来たことを
クスクス笑いました。
レイラは、
おじさんがくれたのだから
からかわないでと文句を言うと、
半分に切った桃を少年に渡し、
2人は並んで座って桃を食べました。
桃を食べ終わった少年は、レイラに、
どうして、こんなに元気がないのか。
何かあったのかと慎重に尋ねました。
レイラは、公爵と友人たちが
しきりに鳥を狩るからだと、
憂鬱そうに答えました。
少年は首を傾げて、
「それがなぜ?」と聞き返しました。
レイラは、面白半分で
鳥の命を奪うからと答えました。
少年は、狩りは元々
そういうものではないかと言うと、
レイラは、
猟銃を持つのも大変そうに見える
少年に、あなたもそうなのかと
尋ねました。
少年は激しく首を横に振ると、
自分はそんなことをしない。
可哀想だからと
力を込めて答えました。
ずっと落ち込んでいたレイラの顔に
徐々に笑みが広がり始めました。
レイラは、
さらに明るくなった声で
桃をもう1つ食べるかと聞きました。
今回も少年は喜んで頷きました。
レイラは、大きく切った桃を
少年に渡しました。
「カイル!」と
おそらく少年を呼ぶような声が
微かに聞こえて来ました。
少年はパッと立ち上がると、
もう行かなければならないと
言いました。
レイラが「さよなら」と告げると
少年は、スッと手を出して、自分は
カイル・エトマンだと自己紹介し、
レイラの名前を尋ねました。
彼女はレイラ・ルウェリンだと名乗ると
少しぎこちなく、その手を握りました。
走り去った少年は、
途中でレイラを振り返り、
またね。 今度は自分が
おいしいものを持って来ると
叫びました。
もしかしたら、すぐにここを
離れるかもしれないと
レイラは言おうとしましたが、
ただ小さく手を振りました。
そんな言葉を口に出すだけでも
悪い気が宿るのではないかと
心配だったからでした。
レイラは、
ビルおじさんの仕事が終わるのを
待ちましたが、いつの間にか
うとうと眠ってしまいました。
ビルおじさんに名前を呼ばれて
目を覚ました時は、
日が暮れかけていました。
レイラは飛び起きて
カバンと毛布を持ちました。
軽い足取りで
ビルに駆け寄ったレイラは
カイルの話をしかけたところで、
反対側から、
ヘルハルト公爵と彼の友人たちが
来るのを見て凍り付きました。
マティアスは、バラ園の真ん中で
立ち止まりました。
ビルは、彼に頭を下げました。
彼の後ろに、小さな子供が
隠れていることに気づいたのは
しばらくしてからでした。
マティアスは、
久しぶりだと言って
軽く頷きました。
後からついてきた群れは、
彼の後ろで立ち止まりました。
ビルは、少し、きまりが悪そうな顔で
しばらく、この子を
アルビスに置くことになったと言って
レイラの背中を叩くと、
隠れていた少女が、
もじもじしながら姿を現しました。
マティアスは、
レイラの煌めく金髪を見ると、
彼女が木の上に座っていて、
自分が危うく鳥だと思って
撃つところだった
とんでもない女の子であることに
気がつきました。
ビルは、2人の奥様には
許可をもらったけれど、
公爵にも話すべきだった。
失礼をしてしまったと
再び頭を下げました。
そばに立っている子供も
一緒に頭を下げました。
マティアスは
ゆっくり、視線を落としました。
レイラは、ビクッとしながらも
注意深く、彼を見つめました。
森に隠れて、
狩りに出た彼を盗み見る時と
同じ表情でした。
マティアスの後ろにいた
従兄のリエットが、
森に住んでいるあの子かと
クスクス笑いながら声をかけました。
レイラは顔を真っ赤にして、
ビルの後ろに再び隠れました。
狩場でもレイラは、マティアスを
じっと見つめながら、
すぐに木の後ろに隠れました。
そして、狩りが終わると。
わあわあ泣きながら
死んだ鳥を埋めるために
歩き回っていました。
庭師が森で何を育てても、
マティアスの知ったことではないので
彼は微笑みながら
ビルの思い通りにするようにと
返事をしました。
ビルはお礼を言いました。
マティアスは
再び歩き始めました。
レイラは、彼が通り過ぎた後、
やっと頭を上げました。
公爵の親戚や友人たちも、
すぐに彼の後を追いました。
暑い中、皆、ジャケットを脱いで
シャツの袖をまくっていましたが、
ヘルハルト公爵だけは、
帽子は脱いでいるものの
狩猟服を完璧に着飾っていました。
その後ろ姿をじっと見ていたレイラは
銃と捕獲した獲物を持って、
後を追う使用人たちの姿に驚いて
後ずさりしました。
レイラは肩をすくめたまま
目を閉じました。
体が震え始めた頃、
ビルは大きくて温かい手で
優しくレイラの肩を
トントン叩きました。
クロディーヌは頬杖を突き
大げさに、ため息をつきました。
ブラント伯爵夫人は、
微かにしかめっ面をし、
淑女らしく振舞わなければならないと
クロディーヌに注意しました。
彼女の声からは、抑えきれない焦りが
滲み出ていました。
しかし、クロディーヌは、
これ見よがしに長いため息をつくと
とても寂しくて退屈だと
愚痴をこぼしました。
ティーテーブルに座っていた
貴婦人たちの視線が動きました。
顔を赤らめたブラント伯爵夫人は
兄たちと遊んで来るようにと
勧めましたが、
兄たちは、
自分をいない人のように扱い、
意味不明なことばかり言うと
クロディーヌは言い返しました。
哀れな表情をする
彼女を見ていた貴婦人たちは
苦笑いしました。
同じ年頃の友達が一人もいないので
確かに退屈だろうと、
エリーゼ・フォン・ヘルハルトは
膝に座っている
白い子犬の毛を撫でながら
頷きました。
クロディーヌは、
ヘルハルト夫人は
理解してくれていると言って
生き生きとした笑みを浮かべました。
それからクロディーヌは、
少し前からチラチラ見ていた庭を
指差し、あの子は誰かと尋ねました。
貴婦人たちも、そちらを見ました。
少女が、バラを育てる庭師の後を
追いかけていました。
クロディーヌは、
自分と同じ年齢のようだけれど
あの子と遊んではいけないかと
尋ねました。
エリーゼは、
彼女は、外国から来た孤児だと
聞いているけれど、
クロディーヌの遊び仲間になるような
子供ではないはずだと反論しました。
しかし、クロディーヌは、
自分は大丈夫。
子犬と遊ぶよりは面白そうだと
返事をすると、ブラント伯爵夫人は
耳まで真っ赤になりました。
エリーゼは面白そうに笑うと
庭師が育てているあの子を
連れて来てとメイドに命令しました。
メイドはレイラを、
ヒラヒラしている白い日よけの下の
キャンディーのような色の服を着た
華麗な人々が座っている所へ
連れて行きました。
驚くほど美しい貴婦人が
かなり可愛い子だと言いました。
そして、
「気に入った?クロディーヌ」と
尋ねると、レイラのそばに座っている
栗色の髪の少女は
嬉しそうに微笑んで頷き、
ヘルハルト公爵夫人に
お礼を言いました。
レイラは、彼らの会話を
全く理解できないので、
めまいがしそうでした。
早くビルおじさんの小屋に
帰りたかったけれど、
レイラの気持ちを気にする人は
誰もいないようでした。
奥様と呼ばれている貴婦人が
何か命令すると、
レイラはわけが分からないまま、
メイドに引きずり回され、
生まれて初めて見る豪華な浴室で
体を洗い、驚くほど白くて
柔らかい服を着させられました。
ボサボサの髪を梳かして
編んでくれるメイドの手が
あまりにも荒くて痛かったけれど、
レイラは唇をギュッと噛んで
我慢しました、
そうしなければ、ビルおじさんが
困るかもしれないと思ったからでした。
レイラを
2階に引っ張って行ったメイドは、
クロディーヌさんは
ブラント伯爵家の令嬢なので
気軽に振舞ってはいけないと
厳重に警告しました。
レイラが思わず頷くと、
メイドは、ゆっくりと
応接室の扉を開けました。
クロディーヌは、
大人びた態度で彼らを迎え、
レイラに挨拶をすると、頭を下げ、
レイラと目を合わせながら
彼女の名前と年齢を聞きました。
レイラは自分の名前を告げ、
年は12歳だと答えると、
クロディーヌは、
レイラがとても小さいので、
自分より若いと思ったと、
レイラが一番聞きたくない言葉を
言いました。
しかし、レイラは
じっと我慢することにしました。
ビルおじさんのためと
呪文を唱えるように考えると、
忍耐心が、
はるかに大きくなるようでした。
クロディーヌは、
自己紹介する気など全くないようで
それくらいにして背を向けました。
レイラは強張った足取りで
後に続きました。
クロディーヌは、
ピアノや歌、造花作りなど、
あれこれ遊びを勧めましたが、
レイラにできることは
何もありませんでした。
サイコロ遊びなど、
クロディーヌが提示した
他の遊びも同じでした。
テーブルいっぱいの遊び道具と
レイラの顔を交互に見た
クロディーヌは、
口元に曖昧な笑みを浮かべて
「可哀想に」と言うと、
がっかりしたため息をついて
ゆっくりと立ち上がりました。
レイラは、
無力感を覚えながら、
見慣れない道具を
じっと見つめました。
クロディーヌは、
レイラが座っている椅子の前に
近づきながら、
レイラは何も知らない子だと
諦め気味に言いました。
失望したり、イライラした様子を
示さないよう努力する声が、
さらに大きな屈辱感を与えました。
何か返事をすべきなのだろうけれど
このような状況で、
何を言えば礼儀正しいのか、
全く、見当がつきませんでした。
幸い、クロディーヌは、
レイラの返事を待たずに
振り向きました。
彼女は扉を閉める前に
ため息をつきながら、
子犬より、全然マシではなかったと
独り言を言いました。
クロディーヌが去ると、
レイラは豪華な応接室に
一人残されました。
すぐに帰りたかったけれど
ひょっとしてクロディーヌが
戻って来るかもしれないので
待つことにしました。
しかし、クロディーヌは
戻って来ることなく、
レイラをここへ連れてきた下女は、
夕方になって、ようやく姿を現し、
もう帰るようにと言いました、
頭を下げるレイラに、メイドは、
お嬢さんが、その服は、
持って行ってもいいと言ったと
告げた後、
金貨を一枚差し出しました。
レイラが
身動きが取れなくなったので、
メイドはレイラに
硬貨を手渡しすると、
持って行くように。
目上の人々がくれるものを
ありがたく受けるのも
礼儀だからと話しました。
自分の退屈しのぎに
勝手に呼びつけておきながら
気に入らないと、すぐに放り出し
犬の方がまだマシだと
酷い言葉を口にする。
レイラと大して年が変わらないのに
傲慢甚だしいけれど、
このような憎まれ役がいるからこそ
ビルおじさんやカイルの優しさが
身に沁みます。