933話 外伝42話 皇女ラティルは、ようやく真実が見えて来ました。
なぜ、泣くのか。
いつも泣かない人が
急に泣いたら、自分は・・・
と、タッシールは普段とは違い、
慌てた表情で途方に暮れました。
彼は皇女ラティルの涙に
心から驚いた様子でした。
「お父様なの?」
皇女ラティルは
タッシールを見ることなく
落ち着いた声で尋ねました。
タッシールは困惑した様子で
眉を顰めました。
ラティルは、
タッシールがこの最中、
笑わなくて良かったと思いました。
ラティルが見たところ、
タッシールは
笑うのが習慣になっていて、
何も考えずに笑うことが
多かったからでした。
「お父様かって・・・」
しかし、タッシールが
困った表情を見せても、
皇女ラティルのように
窮地に追い込まれた人には
役に立ちませんでした。
彼女は彼の腕をつかむと
タッシールを雇った人が
タリウム皇帝なのかと聞いていると
急き立てました。
タッシールはため息をつき
「英敏な皇女殿下」とだけ
返事をしました。
後の言葉は続きませんでした。
皇女ラティルは
その言葉にさらに腹を立て、
タッシールの胸ぐらをつかんで
「皮肉を言うな!」と抗議すると
彼を自分の方へ近づけました
二人の目が合いました。
ラティルは今、皇女ラティルの目が
とても凶暴になっていると
予想しました。
人々は、ラティルが目に力を入れると
とても怖がっていたからでした。
しかし、タッシールは
皇女ラティルが涙を見せると
さらに困惑しました。
しかし、揺れていた瞳は、今は、
落ち着きを取り戻しました。
彼は「辛いですか?」と尋ねました。
皇女ラティルは、彼の胸ぐらを
放り投げるように離すと、
さっと顔を背けました。
ラティルは皇女ラティルが、
また怒るのではないかと
心配しましたが、意外にも彼女は
タッシールに
八つ当たりをしてしまったことを
謝りました。
タッシールは、ため息をつくと、
殿下が先に線を引いたから、
並んで線を引こうとしたのに、
殿下は、
自分のチョークを何度も粉々にして
捨てると、意味不明なことを
言いました。
しかし、その言葉は
皇女ラティルの耳に
もう入って来ませんでした。
皇女ラティルは両手で頭を抱え、
父親が自分を襲撃した背景を
隅々まで思い浮かべました。
旅行団は父親が用意してくれた人々で
作られていた。
もし他の人が介入していたら、
その旅行団の大多数を
襲撃者にすることは
できなかっただろう。
父親が娘のために作った旅行団に
それほど深刻な問題があることを
知らなかったのなら、
父親は愚かな君主である。
皇女ラティルは、
妙な呻き声と剣の音を聞いたけれど
自分しか聞いていなかったと
主張しました。
タッシールは、
自分も聞いたと返事をしました。
皇女ラティルは、
旅行団の中では
自分だけが聞いた。
そんなはずが、あるわけがない。
自分だけ聞いたのではなく
全員聞いても、
知らないふりをしていたんだと
指摘すると、タッシールは、
呻き声は、自分が具合が悪くて
出していただけと返事をしました。
皇女ラティルが
「黙っていて」と抗議すると
タッシールは口を手で塞ぎました。
皇女ラティルは
深くため息をつきました。
彼女は今、
父親が領主に渡すようにと言った
手紙のことを思い出していました。
領主の息子たちは、手紙の内容を見て
驚いていました。
おそらくその中には、
皇女ラティルの命を奪えと
書かれていたのだろうと考えました。
皇女ラティルは、なぜ父親が
自分の命を奪えと言ったのか、
タッシールは知らないのかと
尋ねました。
タッシールは、
正直に言うと、
皇帝が殿下の命を奪えと言ったことも
知らなかったと答えました。
皇女ラティルは、
タッシールを雇ったのは父親なのに
そんなはずがないと反論すると、
タッシールは、
雇われたのは事実だけれど、
自分への命令は殿下を調べることで
命を奪うことではなかったと
返事をしました。
ラティルは、
御者に偽装した襲撃者が
タッシールを裏切り者と
呼んでいたことを思い出しました。
彼はタッシールと自分の目的は
似ているけれど、
同じチームではないと
言っていました。
今のタッシールの話を聞けば、
御者がそのように表現したのも
納得できました。
皇女ラティルは悩んだ末、
それでは、なぜ父親は
自分を調べろと言ったのかと
質問を変えました。
タッシールは、
自分は信頼に基づいて活動する
商人だと答えました。
タッシールは
皇女ラティルを助けながらも、
やはり簡単に
口を開きませんでした。
皇女ラティルは唇を噛みました。
それを見たタッシールは
しばらく、手を上げるかのように
動かしていましたが、再び下げると
膝の上に乗せました。
それから、彼は、
信頼に反しない程度で話すけれど、
最初、自分は遠くから
殿下を調査していた。
けれども、自分の見たところ、
特に変な点はなかった。
それで直接近くで見ようと思い
接近したところ、
こんなことに巻き込まれしまったと
打ち明けました。
よりによってタッシールが
自分に近づこうとした時、
父親が暗殺を指示したと言うのか。
偶然すぎるのではないかと
疑いました。
タッシールは、
もちろん偶然ではない。
自分が殿下に接近した
その他諸々の理由を
省略しただけたと説明しました。
皇女ラティルは、
「その他、諸々とは?」
と聞き返すと、タッシールは
ライバル関係だとか
そういうことだけれど、
それは今は重要ではないので、
次に進むと答えました。
皇女ラティルは、
タッシールの返事を聞きながらも
息が詰まりそうな気持ちは
解消されませんでした。
タッシールは、
ある部分は、彼も知らないと言い、
ある部分は話せないと言う。
だからといって、
今の皇女ラティルは、
タッシールの口を
強制的に開かせることも
できませんでした。
その時、タッシールは
上着のポケットから
封筒を取り出して
皇女ラティルに差し出し、
これが役に立つかと尋ねました。
皇女ラティルは、
封筒を受け取る前に、
それは、自分が持って来た
手紙であることに気づき、
驚きました。
彼女はタッシールを
ぼんやりと見つめながら、
どうして、これを持っているのかと
尋ねました。
タッシールは、
盗んだからだと堂々と答えました。
一体、いつの間に盗んだのか
皇女ラティルは当惑しました。
タッシールは、
自分も中身は見ていないので、
読みたかったら読んでみてと
勧めました。
父親も、
読みたかったら見てもいいと
言いました。
皇女ラティルは、
タッシールが自分を
騙すのではないかと思いましたが
封筒に押されていた印章は
明らかに皇帝の印章でした。
皇女ラティルは、
その見慣れた印章を手で撫でて
息を吸い込み、
封筒を素早く開けました。
しかし、
手紙の内容を読み始めると、
すぐに苦痛が押し寄せて来ました。
皇女ラティルは
力なく封筒を横に置きました。
タッシールは、
良い内容ではなかったようだと
指摘しました。
皇女ラティルは、
予想通りの内容だと答えました。
手紙には、
皇女をできるだけ
生け捕りにして捕らえ、
生け捕りにできなければ
命を奪ってもいいという
悪い内容が書かれていました。
皇女ラティルは、父親が
このようなおぞましい手紙を
自分に任せながら、
自分に逃げる余地を残したことに
一層、悔しさを覚えました。
一体、父親は
何を望んでいるのかと訝しみました。
皇女ラティルは、
自分は父といつも仲が良かった。
父は兄弟姉妹の中で
自分を一番可愛がってくれた。
それなのに、一体なぜ・・・
見当がつかないと嘆きました。
タッシールは、
殿下が正しい状況なら、
正しくない状況を理解できないのは
当然だ。それなのに、
何を理解しようとしているのかと
慰めました。
皇女ラティルは軽く微笑みました。
しかし、目元には
意図せず熱気が
再び押し寄せて来ました。
タッシールは困った様子で
その姿を見ると
ポケットに手を入れました。
しかし、ポケットに
ハンカチがなかったのか、
彼は何も取り出すことが
できませんでした。
タッシールは躊躇いながら
慎重に手を伸ばし、
皇女ラティルの涙を
自分の手で拭いました。
皇女ラティルは、膨れっ面で
その手を受け入れました。
彼女は何が変なのかさえ
考えられませんでした。
しかし、ラティルは
はっきり変だと思っていたし、
タッシールも
そのような表情をしていました。
タッシールが手を離すと、
皇女ラティルは
裾をギュッと握りしめながら
あまりにもショックで
途方に暮れている。
一体、自分は、これから
どうすればいいのか。
父親が自分の命を
奪おうとしているのなら
宮殿に帰ることもできないと
呟きました。
プルドゥ領主は、
皇帝の指示を履行できなくなると
皇女ラティルを捕まえるために
手配書まで貼りました。
それでも領主は、
近くの領地にまでしか
貼らなかったけれど、
皇帝である父は、全国に
手配書を出すこともできました。
皇女ラティルは、
宮殿に帰る途中で捕まることも
あり得るということに気づき
途方に暮れました。
タリウムの兵士たちを、決して
甘く見てはいけませんでした。
皇女ラティルは、
先程、タッシールが
自分を国境まで連れて行ってくれると
言っていたことを確認しました。
彼は「そうです」と答え、
「そうしましょうか?」と
尋ねました。
皇女ラティルは、
連れて行って欲しいと頼みました。
タッシールは、
他の国に避難するつもりなのかと
尋ねました。
皇女ラティルは、
「そうする」と答えました。
タッシールは
皇帝に説明を求めないのかと
探るように尋ねました。
皇女ラティルは、
説明が必要ならば、
すでにしていたはず。
けれども説明せずに事を進めた。
今、訪ねて行っても
自分に説明してくれるだろうかと
尋ねると、タッシールは、
「本当に困りますね」と答えました。
皇女ラティルは
彼が何を困っているのか
理解できませんでした。
皇女ラティルは、
自分の立場が
困るということなのかと
思いましたが、
聞く元気もありませんでした。
彼女は黙ったまま
しばらく、じっと座っていましたが
父親は、自分が逃げる道を
一つだけ作ってくれた。
これが、それなので、
逃げなければならないと
ようやく呟きました。
父親が、途中で手紙を見てもいいと
言ったのは、
それを見て逃げても
捕まえないという意味だと
皇女ラティルは考えました。
おそらく父親は、国境の向こうまで
暗殺者を送ることはないだろう。
しかし、これも推測に過ぎないので、
皇女ラティルは、国境を越えた後も
緊張したまま、
過ごさなければなりませんでした。
そうするうちに皇女ラティルは
馬車の車輪の音が変わったことに
気づきました。
窓の外を見ると、
黄金色の麦畑はすでに消えて、
緑の森が見えていました。
皇女ラティルは、馬車の速度が
少し早くなったことに
気づきました。
彼女とタッシールが話をしている間、
馬車は速度を遅らせ、
今は、再び元の速度に
戻したようでした。
皇女ラティルは、傭兵が
2人の会話を聞いたかもしれないと
思いました。
しかし、皇女ラティルは傭兵に
自分たちの話を聞いていたのかと
抗議する気も起こりませんでした。
声が聞こえたから
気になっただけなのだと思いました。
皇女ラティルは
馬車が国境付近に到達するまで
一言も口をききませんでした。
話を切り出した瞬間、
涙が出そうだったので、
そのまま沈黙しました。
しばらく走った馬車は
ついに国境付近に到着しました。
馬車は国境の検問を通過するために
速度を落としました。
彼女の他にも検問を通過するために
数人の人たちと
馬車が並んでいました。
皇女ラティルは
窓のカーテンを閉めて
人々の視線を避けました。
そして椅子の背もたれに寄りかかり
目を閉じました。
外から聞こえる音が
異様に大きく感じました。
無事に検問所を通過できるよね?
ふと思い浮かんだ不安に、
皇女ラティルは眉を顰めました。
そうするうちに強い視線を感じて
顔を向けると、タッシールが
こちらをじっと見つめていました。
皇女ラティルは、
どうしたのかと尋ねると、
タッシールは、
国境を越えたら何をするつもりなのかと
尋ねました。
皇女ラティルは、
なぜ、それをタッシールが聞くのか。
タッシールは、自分を降ろしたら
そのまま帰るのではないかと
逆に質問しました。
タッシールは、
そうですね。
その逆の方向へ行くかもしれないと
答えました。
皇女ラティルは、
自分が言った言葉に
自分が落ち込んでしまいました。
タッシールが同意すると、
さらに気分が重くなりました。
ところが、タッシールは
すぐに妙な口調で、
自分たちがどこで別れるかは
まだ分からないではないかと
言いました。
皇女ラティルは首を傾げながら
再び彼を見て、
どういうことなのかと尋ねました。
タッシールの口角が
斜めに上がりました。
タッシールは、
殿下を調査しろという
指示を受けたけれど、
その任務は解かれていないと
答えました。
皇女ラティルは、
どういうことなのかと尋ねました。
タッシールは、
「どこへ行きましょうか?」と
逆に質問しました。
皇女ラティルは、
全く予想もしていなかった
彼の質問に、魂が抜けました。
しばらくして彼女は
タッシールの質問を理解し、
ずっと自分と一緒に
行ってくれるのかと尋ねました。
タッシールは
「はい」と答えました。
「どうして?
もしかして、あなたは私を・・・」
と皇女ラティルが呟くと、
タッシールは、
殿下はお金を持っていないから
と告げました。
今回も皇女ラティルは
衝撃を受けました。
彼女は、タッシールが
自分に気があり、
置いていくことができないと
言うかもしれないと
密かに思っていました。
ところが、
お金がなさそうに見えるから
一緒に行くだなんて。
皇女である自分に
あまりにも無礼な言葉でした。
しかし、それは事実でした。
タッシールは
皇女ラティルのことが心配だし、
気にもなっているので、
彼女と行動を
共にすることに決めたのだと
思います。
けれども人間というものは、
いつ心変わりするか
分かりません。
感情という不確かなものを
理由にするのではなく、
まだ任務を解かれていないとか
皇女ラティルは
お金を持っていないという
確かな理由で
皇女ラティルと一緒に行くと
言う方が、
理にかなっているように思えました。