944話 外伝53話 アトラクシー公爵は、タッシールの仕打ちに腹を立てています。
◇顔の使い道◇
怒ったアトラクシー公爵は、
ラナムンの部屋に行って暴れました。
プレラは、
おもちゃを手に持ったまま、
ぼんやりと公爵を見つめました。
プレラは祖父が、
あのように怒る姿を見るのは、
今回が初めてでした。
プレラはラナムンに、
おじい様は病気なのかと
心配しながら尋ねました。
ラナムンは子供の頭を撫でながら
アトラクシー公爵に、
なぜ、あの狐のような奴と絡むのか。
タッシールの奴とは
決して関わらない方がいいと
忠告しました。
アトラクシー公爵は、
奴が可愛くて、気に入ったから
絡まりたかったのではない。
皆、プレラのためだと激怒すると、
プレラは「私のこと?」と言って
頭を突き出しました。
ふとアトラクシー公爵は、
心配が込み上げて来て、
子供をギュッと抱き締めました。
そして、皇配が
あのように狐みたいな奴だと、
この子が優秀になればなるほど、
後で、どれだけ逼迫するだろうかと
嘆きました。
プレラは、逼迫の意味が分からず、
ただキャッキャッと
笑ってばかりいました。
アトラクシー公爵は、
ただ喜んでいる子供を放すと
歯ぎしりしました。
そして、ラナムンに、
これは確かにタッシールが
自分たちの家門を狙って
行ったことだと主張しました。
ラナムンは、
当然そうだろうけれど、
だからといって、この状況に、
どうすることもできないと
返事をしました。
アトラクシー公爵は、
自分を慰める真似すらしない息子を
睨みつけました。
孫娘は、祖父のことが心配で
小さな首を傾げているのに
大切に育てた上の子は、
一人で孤高にコーヒーを
飲んでいるので
胸がムカムカしてきました。
しかし、孫娘の前で
ラナムンを叱るのは、教育上
良くなさそうだったので、
アトラクシー公爵は
努めて声を押さえながら、
あいつをコントロールできるのは
皇帝だけだ。
あいつがいくら頭を働かせても
皇帝が無条件に
ラナムンの味方をすれば
何の役にも立たない。
ギルゴールを見てみろ。
狂った奴が好き放題やっても、
皇帝がいつも庇っているから、
皆、黙っていると言いました。
ラナムンは、
彼は少し変わったケースだと
反論しましたが、
アトラクシー公爵は、
ラナムンも、
その特異なケースになれ。
顔をしまっておいて
どこに使うのかと非難すると、
ラナムンは、
プレラに譲ったではないかと
返事をしました。
アトラクシー公爵は
カッとなりましたが、
ラナムンにそっくりな
プレラの顔を見ると
納得するしかありませんでした。
アトラクシー公爵は、
とにかく、ラナムンは
皇帝の心を、しっかり
捕まえなければならないと
念を押しました。
◇嬉しい本音◇
公爵はプライドを守るために、
結局、莫大な金額の追加費用を
払うことにしました。
それをしなければ、
彼が招待した多くの人々の
体面が傷つくけれど、追加費用を払えば
タッシール1人だけの体面が
傷つくからでした。
タッシールも追加費用を
払わなければならない人が
アトラクシー公爵だけだという話を
あえて人々にしなかったので、
彼らは、アトラクシー公爵と
タッシールの短い争いに関して
ほとんど知らなかったし、
ウキウキしながら、
年末の祭りを待ちました。
そして、ついに年末祭りが
始まる日になりました。
侍女たちは、
ラティルの髪を撫でながら、
期待に胸を膨らませて
騒ぎ立てました。
皇配は、一週間前から
わざと全ての装飾を布で隠したので、
楽しみで仕方がない。
回廊に入ったら、
四方が全て布で覆われていたので
びっくりした。
と侍女たちが大げさに話すと
ラティルは
タッシールの行動を思い出して
笑いを爆発させ、
本当に変だったと同調しました。
タッシールは、
イベントの準備に力を入れました。
しかし、一週間前から、
準備過程も見られないよう
防ぎました。
やはりラティルも、寝て起きたら、
1階の中央階段から
ホールまで続く廊下の壁が
全て隠されていたのでも、
何度も「夢か?」と思いながら
目を擦りました。
それでも、あまりにも現実的なので
通りすがりの下男を呼び止めて聞くと
彼は満足そうな声で
皇配が指示してやったことだ。
皇配は、
皇帝が眠っている間に、この作業を
うまく処理するように言ったと
答えました。
ラティルはタッシールを呼び、
ここまでする必要があるのかと
尋ねました。
彼はラティルの腰を抱き、
胸を張りながら、
誰のためにこうしたと思うかと
逆に質問しました。
ラティルは「私?」と答えました。
ラティルは、タッシールが
自分のためにしてくれたことだと
確信していましたが、
いざ口にしてみると、恥ずかしくて
すぐに口をつぐみました。
タッシールは、それを認め、
先に皇帝が見てしまうと
面白くないからと説明すると
ラティルをからかうことなく
腰を抱いている手に
そっと力を入れました。
彼の肩に頭がくっつくと、
ラティルは気分が良くなり、
この件は
放っておくことにしました。
彼女は、
分かった。それでは期待していると
返事をしました。
その後、後ろで手すりが
粉々になる音がしましたが、
2人が振り返った時は
すでに犯人が消えた後だったので、
ラティルは、
側室の中の誰が犯人なのかは
まだ分かりませんでした。
ラティルが過去を回想している間、
侍女たちは、
ついに準備を終えて退きました。
ラティルは、
鏡に映った自分の姿を見て満足し
隣に立っている侍女長を見ました。
本当に華やかだ。 気に入ったと
ラティルが言うと、侍女長は、
皇帝が皇女時代は、
きれいなドレスも、よく着ていたけれど
即位してからは、主に楽な服を着るので
自分たちが
腕を発揮する機会が少なくて
残念だと言いました。
ラティルは、侍女たちも、
もう準備しなければならないと
言いました。
侍女たちは、
大きな行事を控えているためか、
いつもより一層活発に
騒ぎ立てました。
ラティルは大きな鏡の前で
自分を映して微笑むと、
タッシールが見たら
また恥ずかしいことを言うだろうと
思いました。
侍女たちは、
皇帝が一人で笑うのを見ましたが、
見なかったふりをして
自分たち同士の話に
熱中するふりをしました。
ラティルは「先に行く」と言って
軽やかな足取りで扉に近づきました。
予想通り、
扉の前に立っていたタッシールは、
ラティルを見るや否や、
自分の胸に手を当てて
よろめきました。
彼は、
こんなことがあり得るのか。
一体、何をして来たのか。
なぜ、このタッシールの心臓を
痛めつけるのか。
眩しくて皇帝の目しか見えないと
大騒ぎしました。
周囲の近衛騎士たちは、
皇帝と皇配が
いちゃいちゃするのを見るのが
恥ずかしいのか、
あちこちに首を背けました。
やはりラティルも
恥ずかしかったけれど、
彼が自分にくっついて
称賛を浴びせるのは
嫌ではありませんでした。
ラティルは、
そんなに眩しいのかと尋ねると
タッシールは、
だから、愛に目が眩むと表現する。
こんなに眩しい恋人を
前にしているからと答えました。
ラティルは、
それでは、普段は
愛に目が眩んでいないのかと
尋ねると、タッシールは、
金色も銀色も眩しい。
普段と違う姿をしているから新鮮だ。
このタッシールの心臓は
いつも揺れている。
それで、自分の心臓の健康のために
皇帝より書類の方を
頻繁に見るようにしている。
書類を見ると、
心臓が落ち着くと言いました。
タッシールが優しい言葉を
次々と発するのを見て、
近衛騎士たちは
「さすが、皇配だ」と思いました。
あそこまでするから、
側室から皇配の座に就けるのだと
思いました。
ラティルは、
タッシールといると
笑わずにはいられないので、
もう行こうと言うと、
ニヤニヤ笑いながら
タッシールが差し出した腕の上に
手を置きました。
寝室のある階から下に降りると、
「なんてきれいなの!」と
自然と感嘆の声を上げました。
ラティルは、片手で
手すりに巻きつけられた
銀色の装飾品に触れながら
歩きました。
小さな鈴は、指先が触れるたびに、
シャンシャンと鳴りました。
タッシールが、
気に入ったかと尋ねると
ラティルは素早く頷き、
準備する様子を見せなくしたのは
全て理由があったようだと指摘すると、
タッシールは、
イベントを準備する時は目的が必要。
このタッシールの目的は、
皇帝を喜ばせることだと
返事をしました。
ラティルは、
アトラクシー公爵に
一発食らわせるのではなく?
と尋ねると、タッシールは、
それは付随的なものだったと
答えました。
冗談を交わしている間に、
二人はついにパーティー会場に
到着しました。
会場に到着する前に、
音楽の音とひそひそ話す声が
聞こえて来ました。
格式高い行事である新年祭が
間近にあるため、
年末の祭りは、皇室が主催しても
皆が楽しく遊んで食べる
雰囲気でした。
ラティルは、
皇配と皇帝が到着したことを
知らせようとする近衛騎士に
やめろと手で合図をして、
静かにホールの中に入りました。
何も言わずに入ったのに、
扉の近くにいた人たちは、
すぐに2人に気づいて挨拶をしました。
ラティルは
挨拶を続ける人たちに、
大丈夫、 皆、楽にしてと
何度も手で合図をしながら、
目で側室たちを探しましたが
踊る人たちや、
集まっている人たちが多過ぎて
探すのが大変でした。
皆、どこにいるのかと
ラティルが思わずつぶやくと、
タッシールは目で2カ所を指し、
とりわけ貴族たちが囲んでいる所に
ラナムンがいて、
あそこの筋肉質で体格の良い貴族たちが
囲んでいる所にザイシンがいるだろうと
言いました。
確かに、特に人々が
多く集まっている場所が
ちょうど2ヶ所ありました。
そして、それとは逆に、人々が
丸く円を描いて避けている場所も
1ヵ所見えました。
ギルゴールは、あの中心にいるのかと
ラティルが呟くと、タッシールは、
確かに。 皆、ギルゴールを
怖がっているからと言って
笑い出しました。
ラティルは3つの方向を見回した後、
歩いているうちに
自然に会えるだろうから、
自分たちも久しぶりに
ダンスでもしようと言って
タッシールの腕を引っ張りました。
タッシールと踊りながら
あちこち移動している途中、
ラティルは通りすがりの
酔っ払った貴族たちの本音を
聞くことができました。
陛下が皇帝に成り立ての時は
心配が多かったけれど、
うまくやってくれて良かった。
最初、側室たちを入れると
聞いた時は驚いたけれど、
聞き続けているうちに、
もう驚きもしなくなった。
皇帝は聖君だ。
まだ、数年しか働いていないけれど。
皇帝は良い配偶者ではないので
側室たちは苦労をするだろう。
でも、きちんと統治さえしくれれば
問題ない。
自分には関係ない。
先帝の支持者たちが
肩を持ちにくくなる問題を
レアンが起こして
塔に閉じ込められた上に、
ラティルの子供たちも
たくさんできたので、
皆ラティルが皇帝の座にいることに
これ以上、
反発しなくなったようでした。
ラティルは満足そうに
にっこり笑うと、タッシールは
訳も分からないまま
一緒に笑いました。
◇気分が悪いクライン◇
皇帝と皇配が向かい合って
大笑いする姿は、彼らを、
とても仲よく見せていました。
偶然その場面を見た人々は、
皇帝と皇配は本当に仲が良いと
感嘆しました。
貴族たちは、皇帝と皇配が
見つめ合いながら踊っていると、
気分が良くなりました。
国民の立場から見ても、
始終、喧嘩をする皇帝夫婦より、
和やかな皇帝夫婦の方が、
はるかに良いと思いました。
しかし、クラインは
そうではありませんでした。
彼は、人々が、
ひそひそ話すのを聞きながら、
あまりにも長く握っていたせいで
湿ってしまったクッキーを
空の器の上に置きました。
皇配の話が聞こえて来れば来るほど
食欲が落ちました。
このきれいに飾られたパーティーは
一つも面白くありませんでした。
クラインは、ここの貴族たちの間で
ほとんど社交活動をしなかったため
親しいタリウム貴族がいませんでした。
気遣う子供もいなかったし、
ゲスターのように、子供の代わりに
持ち歩きたくありませんでした。
あの切り干し大根は、
一体、何をやっているのか。
一体どうして、レッサーパンダに
ドレスを着せたのか。
なぜ抱っこしているのか。
とにかく変な奴だと
ぶつぶつ文句を言っていると、
ラナムン様とクライン様を差し置いて
タッシール様だなんて・・・
陛下の見る目は・・・
と誰かが、ひそひそ話す声に
表情が固まりました。
自分がタッシールより
ハンサムだという話でしたが、
それを聞いたクラインは、
ただでさえ悪かった気分が
さらに悪くなりました。
彼は酒を少し飲んでいましたが、
我慢できなくなって立ち上がり、
密かにパーティー会場を出ました。
しかし、彼が向かったのは
彼の住まいではありませんでした。
静かに後をつけていたアクシアンは
そちらへ行ってはいけないと言って
急いで彼を捕まえました。
どれだけ、大げさな言葉でも、
言われて恥ずかしいような言葉でも
ラティル本人が嬉しければ
それで良し。
ライバルがたくさんいるのだから、
側室たちが、ラティルに
注目してもらいたいと思ったら、
とにかく、自分をアピールすることが
必要だと思います。
ゲスターは
ドレスを着せたレッサーパンダを
抱いて、注目されたかったのかも
しれませんが、
着飾った皇女と皇子には
負けてしまうかもしれません。
でも、ゲスターが
どんな素敵なドレスを作ったのか
見てみたい気がします。