946話 外伝55話 クラインは、ラティルが暇になったら、怪物に会いに行くと予想していましたが・・・
◇誕生日のプレゼント◇
まさに、クラインの予想が
的中しました。
年末の祭りの期間が終わるや否や
宮殿は、再び新年祭の準備で
忙しくなりました。
新年祭は年末の祭りのように
規模が大きくはなかったけれど
厳格なとりきめの下で行われるので
ある意味、準備はひどく面倒でした。
そのため、
新年祭まで忙しく過ごした後、
ラティルはすっかり疲れてしまい
ゆっくり休みながら
娯楽を楽しみたくなりました。
そして、自然と視線は
近くで待機中の
偽の未来を見せてくれる怪物に
向かいました。
しかし、
偽の未来を見せてくれる怪物の所へ
遊びに行こうとしたラティルは
もうすぐカルレインの誕生日だし、
一度、偽の未来を見始めると
夢中になってしまうので
カルレインの誕生日が過ぎた後に
ゆっくり見ることにしようと
考えを変えました。
その日の夜遅く、ラティルは
怪物ではなく
カルレインの住居へ行きました。
彼はラティルに、こんな時間に
なぜ来たのかと尋ねました。
カルレインは吸血鬼らしく
少しも眠そうでない姿で
変な図形と数学の記号が描かれた
本を読んでいました。
「それは何?」と尋ねると
ラティルは椅子に座っている
カルレインを押しのけながら
隣に座りました。
少し押し出されたカルレインは
慌てて横を見ましたが、
目が合うと
どうしようもないというように
笑いました。
彼は、
退いてくれと言ってくれれば
退いてあげたのにと言うと、
ラティルは、
嫌だ。
カルレインと一緒に座りたいからと
ラティルは
適当に言い繕いましたが、
数学の記号を見ているうちに
頭が痛くなってしまい、
すぐに立ち上がりました。
カルレインは本を閉じて立ち上がると
こんな時間に、
どうして来たのかと尋ねました。
ラティルは、
もうすぐ、カルレインの誕生日だからと
答えると、
机に置かれた卓上カレンダーを
ポンポン叩きました。
カルレインは、微かに
照れくさそうに笑うと、
いつもラティルは
誕生日の準備をしてくれると
言いました。
彼女が当然だと返事をすると、
カルレインは、
あまりにも長い間生きてきたので、
誕生日を、きちんと祝うことに
慣れていないと言いました。
ラティルは、
「さすが年寄り」と
言いそうになりましたが、
なんとか我慢しました。
カルレインの誕生日のために
やって来たのだから、
彼が嫌がる言葉は
言いたくありませんでした。
ラティルは、
慣れない方が、もっといい。
自分がカルレインを気遣う度に、
カルレインが、もっと驚いて
喜んでくれるからと言って
ニッコリ笑いました。
カルレインは、
いつの間に、ご主人様は
こんなに立派な浮気者になったのかと
ラティルをからかいました。
彼女が怒った表情を
無理やり作り出すと、
カルレインは笑いを噴き出しながら
自分の誕生日まで、
まだ数日あると言いました。
ラティルは、
分かっている。
誕生日プレゼントで
何か欲しいものがあるか
聞きに来たと言うと、
訳もなく
カルレインのネックレスを
いじりました。
彼は首が長くて美しいので
ネックレスがよく似合っていました。
その視線に気づいたカルレインは
ネックレスは必要ないと
冗談を言いながら
ラティルの手を握り、
手の甲に慎重にキスをしました。
ラティルは、
ネックレス以外に
欲しい物があるかと尋ねました。
カルレインは、
欲しいものは何もない。
全部持っているからと答えました。
ラティルは、
それでは願い事でも言ってと
催促すると、
くすぐったさに耐え切れずに
笑い出しました。
カルレインは、本当に
欲しいものがありませんでした。
人の欲には底がないというけれど、
500年以上生きていれば
物欲にも終わりが来ました。
だからといって、
真心のたっぷりこもった
手のかかるプレゼントを
忙しい皇帝にくれと言うことも
できませんでした。
それなら願い事を言うしかないけれど
彼の願いは、一様に
叶えにくいものでした。
カルレインは、
自分がご主人様の
唯一の恋人であることを願ったら
叶うかと囁くように尋ねました。
ラティルは答えられず、
後で、もし生まれ変わったらと
視線をそらして呟きました。
自分が考えても、
本当に悪い恋人らしい
台詞だということは
変わっているけれど、この願いは
本当に聞き入れられませんでした。
東大陸の予言者が詐欺師だと、
カルレインは確信していましたが
ラティルの、その返事を聞くと、
詐欺師ではないかもしれないという
気がしました。
カルレインの恋人は、
前世でも現世でも、常に様々な方法で
彼を傷つけていました。
カルレインは、
その他の願いはまだ思いつかない。
皇配になりたいと言っても
ダメだからと言いました。
ラティルは、
皇配になりたいのかと尋ねました。
カルレインは、
ただ言ってみただけだと答えると
ソファーに足を組んで座り、
真剣に悩んでいるというように
深刻な表情を浮かべました。
ラティルは、その向かいに座ると
ハラハラしながら
カルレインの返事を待ちました。
そうして10分ほど経った頃、
カルレインは
急に組んでいた足を緩めると、
偽の未来を見せる怪物は、
一緒に未来を
見せることができるのかと
意外な言葉を口にしました。
ラティルは当惑して
「一緒に?」と聞き返すと、
怪物に偽の未来を見せてもらうのが
願いなのかと尋ねました。
カルレインは、
そんなわけがない。
それはご主人様が叶えてくれる
願い事ではないと否定しました。
それから、カルレインは
ニッコリ笑って立ち上がると、
ラティルに手を伸ばしました。
ラティルは、彼の手を取って
立ち上がりましたが、 依然として
カルレインが何を話しているのか
理解できませんでした。
彼は、行ってから説明すると
言いました。
ラティルは訳が分からないまま
カルレインと一緒に部屋を出て
監獄へ向かいました。
偽の未来を見せる怪物は、
牢屋の隅にうずくまっていましたが、
ラティルを見つけると、
急いで近づいて来ました。
かなり喜んでいる様子でした。
ロードが来るのは久しぶりだと、
とりわけ喜ぶ姿が
少し怪しかったけれど、ラティルは、
カルレインが先程話していた
願い事の方が気になったので、
その点を問い詰めませんでした。
その代わりに、「話してみて」と
カルレインを促しました。
怪物は、
これはどういうことなのかと思い
ロードと吸血鬼を交互に見ました。
今回、ロードが
随分、長い間会いに来なかったので、
物足りなさを感じていましたが
自分を訪ねて来たと思ったら、
なぜか吸血鬼と
話をすることになりました。
ところが意外にも吸血鬼は
ロードが話しかけたのに、
むしろ怪物を呼びました。
「私?」と怪物が問い返すと、
ラティルも
カルレインから視線をそらし、
怪物の方を向きました。
カルレインは、
先程、少しだけ口にした
自分がご主人様の
唯一の恋人であるという願いのことを
思い出しました。
ラティルの言葉のように、
その願いは叶えられないけれど
似たような未来を見ることは
できるのではないかと思いました。
カルレインは怪物に、
自分とご主人様が
2人だけで結ばれる未来を、
自分とご主人様に
同時に見せることができるのかと
尋ねました。
ラティルは驚き、
こういうことだったの?と
尋ねると、
カルレインは頷きました。
ラティルは、
カルレインの腕を振りながら、
それなら、カルレイン1人でも
見られるのに、なぜ、
あえて一緒に見たいと言うのか。
願い事にしては、とても虚しくないかと
尋ねました。
カルレインは、
ご主人様と一緒に見ることで
同じ思い出を持つことになるからと
淡々と答えました。
怪物は、吸血鬼の手口が気に食わず
口をへの字に曲げました。
その反面、ラティルは少し感動し
揺れる眼差しで
カルレインを見つめると、
彼を抱きしめて
両頬にキスを浴びせました。
怪物は目をギュッと閉じました。
ラティルは満足するまで、
カルレインの頬にキスをした後、
怪物を見ながら、
2人が同時に、同じ内容の偽の未来を
見ることができるかと尋ねました。
怪物は、
「ない」と答えたかったけれど、
ある。少し面倒だけれどと
答えました。
ラティルは、
「よかった。 それでは・・・」と
今すぐにでも、偽の未来を見せてくれと
言おうとしましたが、
チラッとカルレインを見て、
今見るか、それとも誕生日に見るか
尋ねました。
カルレインは、
今見ても大丈夫。ご主人様は、
一度、偽の未来を見始めれば、
数ヶ月に渡ってじっくり見るからと
答えました。
ラティルは彼の手を握ると
自分とカルレインに
同じ未来を見せるよう
怪物に要求しました。
怪物はクラインと取引したけれど
ロードが怖かったので
まだ躊躇う気持ちが残っていました。
ロードが自分を
苦しめたことはなかったけれど、
本能的な恐怖が存在しました。
しかし、自分の前で
吸血鬼とロードがいちゃいちゃすると、
怪物の気持ちは、
クラインとの約束を守る方向に
固まりました。
その上、聞いてみたところ
あの吸血鬼とクラインの名前は
似ているので、
ミスをしたと言い訳をするのも
良さそうでした。
怪物は魂胆を隠したまま、
ラティルとカルレインに向かって
両手を伸ばし、2人に
自分の手を握るようにと促しました。
◇なぜ、クラインが◇
ラティルは、片方の手でカルレイン、
もう片方の手で
怪物を捕まえていましたが
気がついた時は、どちらの手も
感じられませんでした。
ラティルは、
五感がはっきりしているけれど
体を動かすことができないという
慣れた感覚を覚えながら
周囲を見回しました。
ところが、何か変でした。
周囲がとても騒がしく、
目の前には誰かの服がありました。
お酒の香りと香水の香りと同時に
朝のさわやかな草の香りが
漂って来ました。
偽物のラティルも
同じく変だと思っているようで
この状況に当惑していました。
なぜ、自分がここに・・・と
皇女ラティルが訝しがっていた
その時、誰かが後ろで
「皇女様!」と叫びました。
その声に皇女ラティルは
無理矢理、頭を上げると
頭がズキスキし、胃が痛くなりました。
皇女ラティルは目を擦りながら
声が聞こえた方を見ようとしましたが
そのまま固まってしまいました。
周りに人が集まっていて、
どうすることもできず、
「これは一体何?」と焦りました。
その時、再び「皇女様!」と
誰かが皇女ラティルを呼びました。
サーナットの声でした。
彼は人々の間から走り出て、
ラティルを抱き起こすと
大丈夫かと尋ねました。
皇女ラティルは
サーナットの腕に支えられて
立ち上がると、
自分が横になっていた所を見て
悲鳴を上げました。
あの人、誰!
なぜ、クラインがここにいるの?
皇女ラティルとラティルは
同時に叫びました。
ラティルは慌てましたが、
すぐに、そうなることも
あるかもしれないと思いました。
ゲスターとの偽の未来にも
サーナットが登場し、
今もサーナットが登場しているので
カルレインとの偽の未来に
ヒュアツィンテの弟であるクラインも
登場する可能性がありました。
しかし、皇女ラティルは
依然として混乱に陥っていました。
彼女はサーナットに、
彼は誰なのかと尋ねました。
クラインの侍従と思われる人が
彼を介抱しながら、
失礼だ。そちらこそ、一体誰で、
我が殿下と
一晩中抱き合っていたのかと
聞き返しました。
サーナットが何度も
「皇女様、皇女様」と呼んでいましたが
侍従もパニック状態で
聞いていなかったようでした。
サーナットも「皇女様」と呼びながら
駆けつけて来ましたが、
「一晩中抱き合っていた」という
言葉を聞くと、
急に静かになりました。
皇女ラティルの身分を
明らかにした方が良いのか
隠した方が良いのか、
状況を判断しにくいようでした。
皇女ラティルも同じでした。
そのように2人が
どうすることもできない間に、
ついに横になっていたクラインも
ゆっくりと体を起こしました。
酔いから覚めていたクラインは
辺りを見回しながら
眉を顰めていましたが、
ラティルを発見すると、
さらに表情を歪めました。
しかし、彼は皇女ラティルほど
慌てていなくて、
彼は皇女ラティルを指差しながら
昨日、自分に愛してると言って
すがりついて来た
あの酔っ払いの騎士ではないか。
酔いは覚めたかと尋ねました。
集まっていたカリセンの宮廷人たちと
結婚式の参加者たちがざわめきながら
ラティルを見つめました。
その声を聞くや否や、皇女ラティルは
自分が酒に酔って醜態を晒したことを
少し思い出しました。
ラティルは、
この偽の未来での自分は、
現実よりも多くの酒を飲んだようだと
思いました。
皇女ラティルの記憶が蘇りましたが
何を言っているのか。
自分はそんなことをしていないと
急いで言い逃れをしました。
そうするうちに彼女は
遅ればせながら、
銀髪の男の横にいる宮廷人が、
銀髪の男のことを「我が殿下」と
呼んでいたことを思い出して
凍りつきました。
ということは、
ヒュアツィンテの弟・・・
偽の未来の中のクラインは
意地悪そうに笑うと、
「思い出したのか」と尋ねました。
ラティルは、
このままではクラインと
絡まってしまうのではないか。
一体どうやって
カルレインと恋人同士になるのかと
訝しみました。
◇今の方が好き◇
そのように、
しばらく騒動が起きて
幻想から目覚めた後、
ラティルは依然として
当惑した気持ちで
カルレインを見ながら
本当に変ではなかったかと
尋ねました。
罪を犯した怪物は
静かに後ろに下がり
牢屋の壁に張り付きました。
吸血鬼とロードが
少しでも会話をすれば、
怪物が別の人との未来を見せたことは
すぐにばれるはずでした。
ところが、意外にもカルレインは
焦点のない目で
ラティルを見たかと思ったら、
無理矢理、笑みを浮かべながら
思ったより良くなかった。
自分はやはり、
今のご主人様が好きだ。
あまりにも遅い時間なので、
これで帰る。
誕生日プレゼントは
他の物でお願いすると言いました。
ラティルはカルレインに
何を見たのかと尋ねました。
クラインだけと愛し合う
偽の未来でも、
彼と出会うきっかけは、
変わらないのですね。
現実では、
誰にも見つかることなく
逃げることができたけれど、
クラインが側室として
タリウムにやって来るのではなく
この出会いをきっかけに
皇女ラティルとクラインが
恋に落ちるためには、
2人が抱き合っている姿を
誰かに見られる必要が
あったということなのでしょう。
ゲスターとの偽の未来で、
彼の本性を
知ることができたように
クラインとの偽の未来では、
なかなか現実のラティルの前で
見せてくれない、クラインの
活躍する場面が見られると
嬉しいです。