948話 外伝57話 カルレインとの偽の未来を見ているはずなのに、彼が出て来ないのでラティルは訝しがっています。
◇運命が変わるポイント◇
ラティルは、翌日も偽の未来を見に
怪物の監獄を訪れました。
彼女は、昨日の続きを
今日も見せて欲しい。
時間は、少しだけ先送りして欲しいと
頼むと、怪物は、
「昨日の続きですよね?」と
念を押しました。
ラティルは怪物に
急にどうしたのかと尋ねると
怪物は何でもないと答えました。
ラティルが騙されたことを知らずに
ずっと訪ねて来ているせいで、
怪物はハラハラしていました。
ロードが、偽の未来の対象を
すり替えたということを知らないまま
ずっと未来を見続けているので
初めて彼女を騙した時より、
恐怖心と心配は
さらに大きくなっていました。
むしろ一度で気づいてくれて
怒ってくれた方が
はるかに良かったと思いました。
クラインはクラインで、
皇帝が、
一体、誰との未来を見ているのか
知る術がないため、
彼女が、よく怪物を訪ねるという
報告を受けながらも、
安心することができませんでした。
カルレインはカルレインで、
ここ数日、険悪な表情のままでした。
ラティルは、偽の未来に
一体、いつカルレインが登場するのか、
一番気になっていたので、
怪物とクライン、カルレインにまで
気を使う暇がありませんでした。
ついに風景が変わり、
一度壊される前の、
雄大なカリセン宮殿が姿を現しました。
皇女ラティルは馬に乗っていましたが、
見物に集まった人々は、
皇女である新婦が、
馬に乗って登場することを
知らなかったのか、
不思議に思いながらも
紙吹雪を撒いていました。
ラティルと皇女ラティルは
皇后になって、この道を来たかったと
ほぼ同時に考えました。
ラティルは、
お酒を、もう少したくさん飲んだだけで
未来がこのように流れて行くなんてと
驚きました。
タッシールやゲスターや
メラディムとの未来では
運命が変わるポイントが
出て来ませんでした。
さらに、レアンが
ずっと皇太子であるのを見ると
ラティルが
その未来に入ることになったのは
レアンの選択から
大きな影響を受けたようでした。
ラティル自身の選択で
未来が変わるのを確実に見たのは
今回が初めてでした。
一方、皇女ラティルは、依然として
ヒュアツィンテに対する未練と苦痛に
打ちひしがれていました。
ヒュアツィンテは、今回の結婚を
とても反対したと聞いた。
きっと自分が、彼の弟と
結婚することになったからだろう。
自分がクラインと
結婚まですることになったので、
ヒュアツィンテも
少し気分が悪いだろうか。
傷ついたらいいのにと
皇女ラティルは考えました。
今は、ヒュアツィンテから
一方的な別れを
告げられたばかりの時なので
彼女がそう思うのも
仕方がありませんでした。
しかも、その別れは、
他の女性との結婚の知らせにより
告げられました。
今、皇女ラティルは
ヒュアツィンテに対する恨みが
募っているはずでした。
「殿下」とサーナットに呼ばれて
皇女ラティルは正気に戻り、
そちらへ顔を向けました。
いつの間にか、
強大国の皇女との結婚を喜ぶ
人々の間を通り過ぎて、
宮殿の中まで入っていました。
サーナットは先に馬から降り、
皇女ラティルのそばにいました。
彼女は1人で降りることができると
言おうとしましたが、
クライン皇子が
彼女を迎えに来る姿を見ると、
わざとサーナットの手を握って
降りました。
彼女が馬から降りると、
サーナットは、
今からでもやめることができると
囁きました。
皇女ラティルの心が少し揺れました。
しかし、遠くから自分を見ている
ヒュアツィンテを発見するや否や
彼女の心は平静を取り戻し
サーナットに、
何を言っているのか。
誰に良かれと思っているのかと
抗議しました。
しかしサーナットは、
裏切った恋人1人のために
殿下の未来を
台無しにする必要はない。
殿下には・・・と言いかけましたが
「皇女!」と呼んで
クライン皇子が近づいてきたため、
サーナットは後ろに退き、
皇女ラティルは、その後の言葉を
これ以上、
聞くことができませんでした。
クラインは
自然にサーナットを体で押し出すと
ラティルの前に立ち、
道中、大変ではなかったかと
尋ねました。
皇女ラティルは
クラインを見るや否や腹が立ち
「酔っ払い」と心の中で呟きました。
こうなった以上、体面を守りながら
復讐もしようと思って
ここに来たけれど、
特に愛してもいない元彼の弟と
結婚することになった状況に
彼女自身も腹が立っていました。
皇女ラティルは怒りを抑え切れず
クラインは気分が良さそうだと
皮肉を言いましたが、すぐに
あの酔っぱらいの口が軽い皇子を
誘惑しなければならないのに
なぜ文句をつけるのかと自責しました。
しかしクラインは
少しも気を悪くすることなく、
皇女と結婚することになったので
もちろん、気分がいいと
雄々しく答えました。
その真っ直ぐな答えに、
むしろ皇女ラティルは
少し申し訳なくなりました。
自分と結婚して嬉しいのかと
皇女ラティルが慌てて尋ねると、
クラインは今回も率直に
当然だと答えました。
皇女ラティルは躊躇いがちに
その理由を尋ねると、クラインは、
皆、自分の性格が狂っているから
良い女とは結婚できない、
娘を大事にする家門の人々は
自分を婿として受け入れないだろうと
悪口を言っていた。
ところが、タリウム皇女と
結婚することになったので
当然、気分がいいと答えました。
一瞬、感動した皇女ラティルは
腐った紙を食べた
ヤギのような気分になりました。
皇女ラティルは、
自分が強大国の皇女だから
良いということなのかと尋ねると
クラインは、今回も過度に率直に
「うん。それに皇女はきれいだから
悪いことはない」と答えました。
それから、クラインは、
皇女ラティルが、
露骨に表情を歪めたことも気にせず
皇女は自分に片思いをしていたので
皇女も自分と結婚して
嬉しいのではないかと尋ねました。
そうでなくても憎い元彼の弟が
このように
気の利かない言葉を吐き出して
喜ぶ姿を見せると、皇女ラティルは
さらに気分が沈みました。
◇結婚式◇
数日間の休息の後、
ついに皇女ラティルはクラインと
結婚することになりました。
結婚式当日、彼女は
眩しいほど美しく輝くドレスを着て
鏡の中の自分をのぞきこみました。
一緒に来た侍女たちは
ありとあらゆる称賛の言葉を
かけてくれましたが、
皇女ラティルの気分は
少しも晴れませんでした。
ラティルは、
自分が結婚したら、
侍女たちも数人残るだけで
皆帰らなければならないだろうと
力なく呟きました。
帰らなければならない侍女は
涙を浮かべながら、
あまり心を痛めないで欲しいと言って
皇女の手を握りました。
皇女のそばに残るのは
数人でなければいけないという
決まりはないけれど、侍女たちも、
皆、貴族の家門の子女なので、
冒険心があったり
留学する意志があるのでなければ、
他国まで来て仕事をする理由は
ありませんでした。
気分は、とても良くない。
皇女ラティルは
鏡をこれ以上見るのも嫌で
力なく背を向けました。
鏡の中の自分が、いくら華やかで
美しく着飾っていても
何の役に立つのか。
愛する人と
結婚するわけでもないのに。
廊下に出た、皇女ラティルは
制服姿のサーナットを見ると
さらに気分が沈みました。
彼女は、
何かおかしい。 彼が言ったように、
衝動的に決断を下してしまった。
皇室の体面が失われても
知らないふりをして
家に残っていた方が
良かったのではないかと思いました。
レアンが近づいて来て、
自分の妹は本当に美しいと言って
ため息をつくと、皇女ラティルは
その時になって、
ようやく無理に笑みを浮かべました。
レアンは
妹をエスコートするために
腕を上げると、
父親も是非来たいと言っていたと
悲しそうな声で言いました。
皇女ラティルは
忙しいので仕方がないと言うと、
気丈にレアンの腕に手をかけました。
妹がこんなに遠くへ嫁に行くとは
思わなかったと、レアンは、
皇女ラティルを連れて
結婚式場に続く長いカーペットの上を
歩きながら囁きました。
偏見かもしれないけれど、
ラティルはレアンの声が
微妙に安堵の色を帯びているのを
感じました。
ロードである妹が
遠い外国で過ごすことになり
安心しているのだろうか。
確かに、自分がカリセンで過ごせば、
レアンが悪辣な手を
使わなくても済むので
むしろいいだろうと思いました。
レアンを憎んでいない
この時代の皇女ラティルは、
動揺しながらも、
「自分は分かっていた。
新郎は変わったけれど」と
レアンを安心させるために
冗談まで言いました。
レアンは爆笑しました。
長いカーペットは
切れることなく広いホールにつながり
大きく開いた大きな扉の前に到着すると
ラティルはレアンの腕から
手を引きました。
レアンは悲しそうな目で
ラティルを見ていましたが、
目が合うと頑張れというように
微笑みました。
「憎たらしい!」
ラティルは、
その姿にいらいらしましたが、
皇女ラティルは勇気をもらって
1人でカーペットの上を歩いて
中に入りました。
クラインは、皇女ラティルが
ウェディングドレス姿で近づくと
一瞬、目を見開きましたが、
すぐに嬉しくて
耐えられないというように
明るく笑いました。
彼があまりにも露骨に
嬉しそうな表情をしていたので
司式者が何度も咳払いしながら
注意をするほどでした。
それでもクラインは
ずっと嬉しそうに笑っていたので、
これを見ていた誰かが
新郎は嬉しすぎて表情管理ができないと
言いました。
その声は大きくなかったけれど、
皇女ラティルは耳聡いので
聞こえてしまいました。
何人かの人々が、その言葉に
笑いを噴き出す声も
聞こえて来ました。
怒っていた皇女ラティルは、
このクライン皇子は
顔はヒュアツィンテより
少しマシなようだけれど
その他は、全く
ヒュアツィンテに及ばないと
クラインが笑っていることさえも
不満に思いました。
しかし、新郎の家族が座る席で
ヒュアツィンテを発見した瞬間、
凄惨だった気分が、
少しずつ晴れてきました。
ヒュアツィンテは、誰が見ても
機嫌が悪そうに思えるほど、
表情がよくありませんでした。
彼の隣に座っているアイニ皇后が
度々、ヒュアツィンテの腕を
叩きながら声をかけましたが、
彼の表情は悪くなる一方で、
少しも良くなりませんでした。
逆に、皇女ラティルの気分は
すぐに良くなり始めました。
ヒュアツィンテの目が
自分に届いたことを感じた時、
皇女ラティルは、
痛快な喜びまで覚えました。
彼女はわざとクラインと向き合うと
満面の笑みを浮かべました。
クラインは
皇女が自分に向かって笑うと、
しばらく驚きましたが。
すぐに目元が曲がるほど微笑みました。
皇女ラティルは司式者が言う通りに
素早く結婚の誓約まで済ませた後、
クラインの手を握って
ヒュアツィンテの方を横目で見ました。
ほのかな満足感が沸き起こりました。
自分が幸せになれないなら、
ヒュアツィンテも幸せになれない。
あなたの弟を捨てて、
自分が出て行く日まで
そのように苦しんでいろと
心の中で呟きました。
◇いつ登場するの?◇
結婚式の日。
クライン皇子と皇女ラティルは
それぞれベッドの端で寝ました。
2人とも
キスさえしませんでした。
皇女ラティルは、
今にも落ちそうになりながら
ベッドの隅にぶら下がり、
復讐計画だけを確認しました。
そうしている間に、
突然、皇女ラティルは眠りに落ち
目が覚めた時、クラインが
皇女ラティルの腕を振っていました。
面倒くさそうに
クラインの腕を叩いた皇女ラティルは
今日は兄陛下と一緒に
食事をする約束をしたではないかと
クラインに言われると、目を見開き、
すぐに立ち上がりました。
そして、
いつ、そんな話をしたのかと
驚いて尋ねると、クラインは渋い顔で
3、4回は、その話が出たけれど
何を考えていたのかと尋ねました。
皇女ラティルは
緊張していたと言い繕うと、
クラインはすぐに信じました。
彼はベッドから起き上がると、
躊躇いながらも、皇女ラティルの額に
軽くキスをしました。
そして耳が赤くなると、
すぐに浴室に逃げました。
ヒュアツィンテと一緒に食事?
こんなに早く、
彼を苦しめる機会が来るなんて。
皇女ラティルは喜ぶと、
自分もベッドから立ち上がりました。
一体、カルレインは
いつ登場するのかと
ラティルは、ぼんやりと考えました。
もしかして、すでに登場したけれど
出てくる暇がなくて、
遠くから見守っているだけなのかと
思いました。
カルレインとの
偽の未来のはずなのに、
彼が全く登場しないことを
変だと思いつつも、
もしかしたら、
自分の知らない所に
カルレインがいるのではないかと
思うラティル。
クラインが怪物に、
自分との未来を見せてくれと
頼んだことは、
ラティルの考えの
及ばないことなのでしょうね。
同じベッドに寝たのに
ラティルに手を出さないクライン。
彼女に近くに来るなと
言われたのかもしれませんが、
仮にそうだとしても
それを忠実に守り、
ラティルの額に軽くキスするだけで
耳まで赤くなるなんて
純情だと思います。