949話 外伝58話 カルレインとの偽の未来を見ていると信じているラティルは、彼が出て来ないことを不思議に思っています。
◇皇帝夫妻との食事◇
皇女ラティルは、
ヒュアツィンテをいじめる考えに
ウキウキし、
普段より念入りに着飾って
食堂へ歩いて行きました。
彼女は、食堂の近くまで来ると
わざとクラインの手を
ギュッと握ることさえしました。
クラインは、
突然、皇女ラティルが
自分の手をつかむと、
手を繋ぎたかったなら、あらかじめ
言ってくれれば良かったのにと
からかいました。
皇女ラティルは、
いつもより優しい声で、
いつエスコートしてくれるか
待っていたと返事をしました。
クラインは、
これから自分の手を握りたければ
ただ言えばいい。
いや、言わずに握っていい
遠慮しないでと言いました。
そして、ニッコリ笑うと、
手を軽く振りながら、
自分は他の人と
恋愛したことがないので
こういうことはよく分からないと
恥ずかしそうに付け加えました。
そして、ラティルと目が合うと
どうせ、政略結婚を
することになるのだから
あえて恋愛する必要がないと
思っていた。
恋愛ができなかったのではなく、
しなかったと
急いで付け加えました。
性格が悪いという噂のせいで
恋愛できなかったのだろうと
ラティルは思いましたが、
まだクラインについて
よく知らない皇女ラティルは
そうなのだと信じました。
正確には、彼女はクラインに
興味がないので、
彼の言葉が、ただの言葉なのか、
本当の言葉なのか、
あえて区別する必要も
ありませんでした。
食堂に入ると、彼女の全神経はすぐに
ヒュアツィンテに注がれました。
しかし、皇女ラティルは
ヒュアツィンテを
ぼんやりと見つめるなどの
ミスは犯しませんでした。
彼女は笑顔で、礼儀正しく
ヒュアツィンテとアイニに
順番に挨拶すると、
アイニの向かいの席に座りました。
ヒュアツィンテの向かい側に座った
クラインは、自分の妻が、
どんなカリセン料理が好きか
まだ分からないので、
事前に頼んだ通り、
タリウムの料理が
用意されているかどうかを
確認しました。
クラインの「自分の妻」発言に
ヒュアツィンテの表情が蠢くと、
皇女ラティルは
吹き出すところでした。
一方、アイニは、
2人の仲が本当に良さそうだと
優しい声で話しました。
ヒュアツィンテとは違い、
彼女は少し安心している様子でした。
おそらく、
ヒュアツィンテが自分と離婚した後に
再会を約束した元恋人が、
そのようなことが起こる前に
他の男と結婚したためだと
皇女ラティルは思いました。
皇女ラティルは、
クライン皇子は本当に信頼できる人だと
少し無愛想に答えました。
彼女はアイニ皇后も
好きではありませんでした。
彼女の家門がヒュアツィンテに、
皇位を放棄するかアイニと結婚しろと
迫ったせいで
皇女ラティルは彼と別れることになり
アイニは、自分が愛していた男と
結婚したからでした。
宿敵とまではいなかなくても、
むやみに好きになることも
できませんでした。
ようやく料理の準備が整いました。
クラインが、しっかり要求したのか
出てきたのは
全てタリウム料理でした。
使用人たちが料理を置いて退くと、
クラインはラティルの取り皿に
タマネギと牛乳で臭みを抜いた
肉の塊を取り、
ナイフで切ってくれました。
皇女ラティルは恥ずかしそうに
クラインの腕に自分の手を置き、
下女に頼めばいいのにと言いました。
クラインは照れくさそうに
耳まで赤くしながら、
自分がしてあげたいから。
自分の父親は母親に
いつもこうしてあげていたと
返事をしました。
クラインの「自分の父」という言葉に
皇女ラティルは反射的に
ヒュアツィンテの表情を見ました。
クラインの父親は
ヒュアツィンテにとっても父親だけれど
2人の母親は違うのではないかと
思いましたが、
ヒュアツィンテが傷いたからといって
自分に何の関係があって
顔色を窺わなければならないのかと
自責しました。
その時、アイニが
爽やかに笑いながら、
自分も皇帝に
あのようにしてあげようか。
2人の仲が良い姿が
本当に素敵だと言うと、
ヒュアツィンテは何も言わずに
エビの皮を上手に剥き、
アイニの取り皿に積み上げました。
ようやくアイニは満足して
彼に用意してもらった料理を
食べました。
そうしているうちに
ヒュアツィンテと
皇女ラティルの視線が
すれ違うように合いました。
一瞬だったけれど、皇女ラティルは
完全に固まってしまいました。
ヒュアツィンテも
フォークを動かしていましたが
すべての動作が
止まってしまいました。
物理的に、
それが可能かどうかわからないけれど
皇女ラティルは、自分の心臓の音を
耳で聞くことができました。
アイニ皇后も、その姿を発見したので
彼女の動きまで止まりました。
皇女ラティルは、
とりあえず目を逸らして
自分の前にある皿を見下ろしました。
それにもかかわらず、
特に大きくなった心臓の音は
止まりませんでした。
こんな姿を、
ずっと見なければならないのか。
皇女ラティルは遅ればせながら
後悔しました。
自分のこれからの人生は長くて
素晴らしいものになるはずなのに、
たかが初恋の人1人に復讐するために
あまりにも
無謀なことをしたのではないか。
体面が傷つくのも数年に過ぎないのに
その数年のために、あまりにも早く
決定を下してしまったのではないか。
むしろ、どこかに
旅行でも行っていた方が
良かったのではないかと悔やみました。
食べ物の味が今一つかと
クラインが心配そうな声で尋ねました。
皇女ラティルは首を横に振って
大丈夫だと答えると
すぐに肉の塊を口の中へ入れました。
クラインは、
うちの料理人が優れていても
他の国の食べ物を、
その国の味そのままに出すのは
難しい。
けれども心配しないように。
自分がタリウムの料理を
もっと練習させるので、
皇女ラティルの国の料理を、
そっくりそのまま
再現できるようになるはずだと
優しい声で呟くと、
ヒュアツィンテのように
エビの殻を剝いて、
皇女ラティルの前に置きました。
彼女は、
食欲がなくても
あまり食べないのは良くないと言って
無理に頷くと、
アイニ皇后が立ち上がりました。
皇女ラティルは
フォークを動かしながら
頭を上げました。
アイニ皇后は、
自分も食欲がないので
申し訳ないけれど、先に失礼すると
沈んだ声で呟いた後、
支えてくれないかと
ヒュアツィンテに頼みました。
彼は眉を顰めましたが、
立ち上がって
アイニ皇后を支えました。
2人がいなくなると、クラインは、
食欲がなくなったくらい、
大したことではないのに、
支えてもらわなければならないなんて
ありえないと鼻で笑いました。
皇女ラティルも、
その通り。 食欲がなくなったくらいで
なぜ支えてもらうのかと、
内心、同意しましたが、
表には出しませんでした。
その代わり、 いつも2人は、
あんなに仲がいいのかと
ずっと気になっていたことを
聞きました。
ヒュアツィンテは、
アイニとは仕方なく結婚したのであり
数年以内に離婚をすると
皇女ラティルに断言してから
何カ月経っただろうか。
クラインとは
醜聞を隠すために結婚したので、
一般的な国同士の結婚より、
はるかに短期間で進められましたが
それでも、あのことがあってから
まだ半年も経っていませんでした。
ところが、
ヒュアツィンテとアイニが
仲良さそうに見えるので、
ヒュアツィンテの最初の約束も
疑わしく思われました。
今さら、ヒュアツィンテと自分は
再婚できないけれど、
クラインを利用して
ヒュアツィンテを傷つけるためには、
彼が自分のことを
好きでなければならない。
そうでなければ、自分が何をしても
気にしないだろうからと
皇女ラティルは考えました。
クラインは鼻で笑うと、
奥さんと仲がいいはずがない。
普段2人が、
どれだけ喧嘩していることか。
夫婦ではなく、
敵同士のように振る舞っていると
答えました。
皇女ラティルは、
クラインはどうなのかと尋ねました。
彼は、
自分は皇女ラティルと夫婦だと
答えました。
皇女ラティルは、
そうではなくて、
クラインはアイニ皇后が嫌いなのか。
話しているのを聞くと
嫌っているように思えると言うと
クラインは、
嫌いではないけれど、
今日は少し嫌だった。
自分が皇女ラティルのことを
気遣っていたから、わざと、
あのように振舞い続けていたことが
可笑しかった。
すべての関心が、
自分に集中しなければならないと
考えているようだと答えると
嘲弄しました。
皇女ラティルは
妙な気分になりました。
たぶんアイニは、自分の前で
ヒュアツィンテと彼女が、
すでに仲の良い夫婦になったことを
見せたかったためだと
思ったからでした。
しかし、まだクラインに
自分と彼の兄が
愛し合っていた仲であることを
明らかにする時では
ありませんでした。
皇女ラティルは微笑むと
クラインの口の中に
砂糖をかけたラズベリーを入れ、
もう、このくらいにして、
自分たちは食事を続けようと
言いました。
クラインはすぐに口を開けました。
◇比較的平和な日々◇
ラティルは、どこかに
カルレインの髪の毛でも
出て来るのではないかと思い
通り過ぎる人々を1人1人、
目を凝らして見ました。
しかし、時が経っても
カルレインは現れず、
皇女ラティルはクラインと
ラブラブな新婚生活を
送るだけでした。
政略結婚のせいか、
夜に愛を交わすことはなかったけれど
2人の昼間の日課は、
砂糖に漬けて発酵させた果物と
同じくらい甘いものでした。
クラインはラティルが
カリセンの生活に
慣れていないのではないかと思い
自分の居場所周辺の装飾を
全てタリウム式に変えさせ、
食事まで全て
タリウム式にしました。
ラティルが一人で使う書斎も
タリウムにある
ラティルの寝室のように
飾ってくれました。
話だけを聞いて飾ったので、
少し違ったけれど、
その誠意は、有難すぎるほどでした。
その部屋を初めて見た
皇女ラティルは、不思議に思いながら
あちこち部屋の内部を見回すと、
クラインは彼女に近づき、
後で自分たちの邸宅をもらって
住むことになったら、
その時は、建物全体を
タリウム方式で建ててやる。
それなら寂しくないだろうと
言いました。
皇女ラティルはクラインを誘惑して
ヒュアツィンテを
傷つける計画でした。
しかし、皇女ラティルより
もっと冷静なラティルも嫌がることを
まだ1回しか裏切られていなくて
少し初々しい皇女ラティルが
やり遂げるのは困難でした。
クラインが真摯に愛情を示す度に、
皇女ラティルは困惑しながら、
お礼を言い、
ただ頷くしかありませんでした。
ラティルは現実のクラインに
少し申し訳なく思いました。
自分もクラインが
遠い外国からここへ来て
過ごすことになった時に、
あのように、気を使わなければ
ならなかったのではないか。
当時、自分は
クラインがスパイとして
来たかもしれないと思って、
あまり優しくしてやらなかったことを
反省しました。
そして、当初の計画とは違い、
比較的平和な日々が
過ぎ去ったある日、
ついにカルレインが登場しそうな
事件が起きました。
◇白い石◇
皇女ラティルが、窓から
満開の花々を見物していると、
クラインが、突然駆けつけて来て
皇帝が面白いものをもらったと
楽しそうな声で叫びました。
皇女ラティルは、
ヒュアツィンテに会いたくなくて
自分は見たくないと
呟いてしまいましたが、
しまったと思い
心を引き締めました。
ヒュアツィンテとアイニの
仲睦まじい姿を見たくないと言って
ここに閉じこもっていても
復讐にならない。
ヒュアツィンテの前に顔を突きつけて
あいつを怒らせてこそ復讐だと
思い直し、皇女ラティルは、
クラインに行こうと返事をし、
何を見つけたのかと尋ねました。
クラインに付いて行くと、
全く同じ服装をしている
索漠とした雰囲気の
青白い人々が列をなしていました。
黒死神団の傭兵たちでした。
今、カルレインが現れるのかと
考えたラティルは、
青白い人たちをチラッと見た後
ヒュアツィンテを見ました。
彼の前には、腰くらいまでの高さの
柱状の飾り台があり、
その上に白い石が3個、
置かれていました。
ラティルは、その石を見るや否や
ザイシンが
イヤリングにして持っていた
あの石であることに気がつきました。
以前、ザイシンは、
邪悪な存在が触ると
色が黒く変わり割れてしまう石が
いくつかあり、その中の2つは
自分が持っていると言いました。
そのうちの1つは、
ラティルが触れると
壊れてしまいました。
ラティル自身の目が確かならば、
今、飾り台の上に置かれた白い石は
その大きさや感じ、色など、
あの石であることは明らかでした。
しかし、これを知らない
皇女ラティルは、
面白いものを見せてくれると
聞いたのに、石が3つあるので
不思議に思いながら、
「あれがなぜ?」と
クラインに尋ねました。
クラインは、
黒死神団の傭兵たちが
皇室で依頼した仕事を
遂行していた時に、
あれを発見したそうだ。
嘘をつくと
割れてしまう石だそうだと
答えました。
ラティルは
嘘だと叫びましたが、
しかし皇女ラティルは
それが嘘なのかどうか分からず、
何の疑いもなく頷きました。
むしろ皇女ラティルは
詐欺ではないのかと
考えたりもしました。
その時、アイニ皇后は
ラティルとクラインを見ながら
笑うと、
面白いものが3つも手に入ったので
このうちの1つは、結婚祝いに
ラトラシル皇女にあげたらどうかと
ヒュアツィンテに提案しました。
それでもいいと
ヒュアツィンテが呟くと、
アイニ皇后は、自ら石を手にして、
皇女ラティルに渡しました。
ラティルの夫がクラインだけで、
彼がライバルにやきもきすることなく
いつラティルが来るのかと
毎日、彼女を
待ち焦がれずに済めば、
彼が、どれだけ妻に献身的で
誠実な夫になれるのかを
垣間見ることができました。
クラインが、
どれだけ素晴らしい夫になれるか
ラティルが実感してくれると
嬉しいです。
はるか昔に出て来た
ザイシンの白い石。
まさか、ここで出て来るとは。
作者様の伏線回収は侮れません。