951話 外伝60話 クラインはラティルとアイニの話を聞いてしまったのでしょうか?
◇脅迫はダメ◇
皇女ラティルは
心臓がドキッとしました。
クラインは、
どこからどこまで話を聞いたのか。
いつから、
あそこに立っていたのかと
考えました。
もしかして、アイニは、
わざとクラインに
話を聞かせたのではないかと
皇女ラティルは疑いました。
しかし、アイニの表情を見ると、
そうではなさそうでした。
アイニが、
とても演技が上手である可能性も
ありましたが。
ついにアイニはぎこちなく微笑むと
「クライン皇子」と呼びました。
クラインは、扉から背中を離して
アイニに近づきながら、
察してはいたけれど、
皇后は自分の妻のことが
あまり好きではないようだと
指摘しました。
アイニは、
来たのに、なぜ
そこに立っていただけなのかと
自然に話題を変えました。
クラインは、
深刻な雰囲気だったからと
不機嫌そうに答えると、
皇女ラティルを見ました。
その視線に、皇女ラティルは
心臓が激しく鼓動しました。
彼女は自分とアイニが交わした話を
思い出そうと努めましたが、
内容がぼんやりと思い浮かぶだけで、
正確なことは思い出せませんでした。
その瞬間、クラインは、
皇后は、自分に何を話すと言って
妻を脅迫したのかと、
自分が聞きたかった質問をしました。
皇女ラティルは、
唾を飲み込みました。
「脅迫?」と
アイニは微笑みながら聞き返しました。
クラインは、
皇后が自分の妻に警告すると言い、
自分に何かを話すと
脅迫していたではないかと、
機嫌の悪そうな声で答えました。
幸いクラインは、
ヒュアツィンテに関する話は
聞いていないようで、
話の後ろの部分だけ
聞いたようだったので
皇女ラティルはホッとしました。
アイニも同じことを考えたのか、
表情が変わりましたが、
彼女は安堵の表情ではなく、
皇女ラティルは運が良かったと
嘲弄するような表情に
近いものでした。
アイニはヒュアツィンテが
落馬した皇女ラティルに
駆けつけたことで、
2人を誤解したに
違いありませんでした。
なぜ、あのような顔をするのか。
自分がヒュアツィンテを
傷つけようとしているのは
事実だけれど、再び、彼と
うまくやるつもりはないのにと
皇女ラティルは考えました。
予想通り、アイニは
自分が答えてもいいのか分からない。
人の秘密を
むやみに話してはいけないからと
わざと意味深長に話しました。
クラインが「秘密?」と聞き返すと
アイニは、
皇女に聞いてみるように。
教えてくれないだろうけれどと
答えると
クラインの横を通り過ぎて
外に出ました。
皇女ラティルは
心臓がドキッとしました。
今、クラインが真実に気づいたら
何の役にも立ちませんでした。
感情が十分に熟していないのに、
真実を明らかにしたら、
ヒュアツィンテに復讐するどころか
自分とクラインの仲だけが悪くなり
結婚生活がこじれるだけでした。
しかし、扉が閉まると
クラインは眉を顰めながら、
皇后は本当に変な人だと、
むしろアイニについて
ブツブツ文句を言いました。
アイニが、わざと妙な言葉を
吐き出して行ったのに、
クラインはラティルを疑うよりは
不思議に思っている様子でした。
もしアイニが、
今のクラインの態度を見ていたら、
彼は馬鹿だと怒っていただろうと
思いました。
しかし、皇女ラティルは
クラインが怪しい会話を
聞いたにもかかわらず、
いきなり自分の肩を持つと、
自然と優しい気持ちになり、
クラインが普段より
かっこよく感じられました。
皇女ラティルは、
自分の秘密が何なのか
気にならないのかと
思わず尋ねてしまいました。
クラインは、
秘密のない人がどこにいるのか。
自分も秘密は多い。
秘密を持つのは間違いではない。
しかし、他人の秘密で
脅迫するのは間違いだと
断固として言うと、
皇女ラティルは、思わず彼を
ギュッと抱きしめました。
クラインは、
そんなに自分のことが好きなのかと
浮かれながら威張りました。
以前なら、
本当にイライラする奴だと
思ったはずの皇女ラティルは、
今回は何も言わずに頷きました。
◇騙された◇
その出来事は、
それ以前の他のいくつかの出来事と
相まって、
ついに皇女ラティルの心に
変化をもたらしました。
彼女は、
クラインを利用して復讐するのは
止めよう。
あの馬鹿な夫に何の罪もない。
彼はヒュアツィンテの弟なだけで
ヒュアツィンテ本人ではないと
理性的に考えるようになりました。
ラティルが見たところ、
皇女ラティルは、
まだクラインを愛するほどでは
ありませんでしたが、
彼への好感度がかなり大きくなり、
このまま
夫婦として過ごしているうちに
自然に愛情が芽生えそうな
雰囲気でした。
サーナットの言う通り、
初恋のせいで、自分の人生を
めちゃくちゃにする必要はない。
幸いクラインも
いい男みたいだから、
結婚したついでに、
2人で幸せに暮らせばいい。
それだけでも、ヒュアツィンテへの
復讐になるかもしれないと
思いました。
努めて心を寛大にした
皇女ラティルは、ある日の夕方、
自分たちは、ずっとここに
住まなければならないのか。
どうせいつかは
独立しなければならないのだから
先にやってくれないかと頼みました。
クラインは、数日前の、
皇女ラティルとアイニの対立を
思い浮かべたのか、腹を立てて
ベッドから飛び起きると、
皇后のせいで、そう言うのか。
兄嫁に、ずっと
いじめられているのかと尋ねました。
実は、皇女ラティルが
ここから離れたいのは、
アイニのせいではなく
ヒュアツィンテのせいでした。
彼女は、精一杯、クラインと
仲良くしようと思ったので、
ヒュアツィンテの近くに
いたくありませんでした。
彼と出くわしたら、再び怒りが
理性を覆い隠すかもしれないし、
ここで、ずっと暮らせば、
警戒心が高まっているアイニが
また勝手に誤解して
文句をつけてくるかも
しれませんでした。
皇女ラティルは、
そうではないけれど、
ここは暮らしにくい。
ここの人たちは皆、
アイニ皇后の側の人たちだからと
クラインがヒュアツィンテやアイニに
抗議しないように、
適当に言い繕いました。
クラインは、
外に出て暮らせばいい。
明日すぐに皇帝に話すと
すぐに頷きました。
皇女ラティルは躊躇いながら
タリウムに住んではダメかと
尋ねました。
ヒュアツィンテと離れるなら
完全に離れて暮らしたいと思いました。
カリセンにいれば、
大きな行事の時には
出席せざるを得ない。
しかし、タリウムで暮らすなら、
あれこれ言い訳をして
行事を避けることができるだろうと
考えました。
自分は構わないと、
クラインは今回も快諾しました。
皇女ラティルは安心して
彼の手を引っ張りました。
今にも飛び出しそうな勢いで
ベッドのそばに立っていたクラインは
すぐに皇女ラティルの向い側に
横になり、にっこりと笑いました。
2人が向かい合って笑うと、
2人の間の雰囲気は、あっという間に
春風のように変わりました。
皇女ラティルは、
クラインが第一印象と違って
良い男だと思いましたが、
彼と顔を見合わせるのが恥ずかしくて
わざと背を向けて横になりました。
しかし、皇女ラティルの心が
薄いピンク色に染まる反面、
ラティルの心は
正反対に向かっていました。
ずっと何かおかしいと思っていた。
ラティルは息を切らして
クラインを罵りました。
目の前にあるクラインの顔は、
見る人を幸せにするほど
美しかったけれど、
ラティルは今この瞬間、
クラインの頬を
強く、つねりたくなりました。
クラインと皇女ラティルが
仲良くなる姿まで見てから、
ようやくラティルは
真実に気づいたのでした。
これはカルレインとの未来ではなく
クラインとの未来だ!
考えてみれば不思議でした。
これまで、
偽の未来を見せて来た怪物は、
結ばれる相手と本格的に絡む部分から
常に、偽の未来を見せてくれました。
ゲスターとメラディムの時には
不親切にも、前後の状況を切り捨て、
未来を見せてくれたため、
戸惑いました。
ところが、今回、
カルレインとの未来を
見せて欲しいと言ったのに
カルレインは出てこなくて、
ずっとクラインだけを
見せてくれました。
これは怪物が、
偽の未来を見せてくれた方式と
違い過ぎました。
その上、よく考えてみると、
ラティルが偽の未来を
続けて見せてほしいと言う度に
怪物は、
この前見た未来を、続けて
見せて欲しいということですよねと
しきりに変な質問をしました。
以前はそうではなく、
すぐに見せてくれました。
ラティルは、
年末の祭りの時に、
クラインが怪物のいる監獄に
行ったという話を聞いていました。
その時、クラインは、怪物に
彼と自分との未来を見せれば
監獄から出るのを助けると
言ったのだろうか。
その他にクラインと怪物が
取引することはないから
そうに違いない。
ラティルは、
クラインと怪物の取引内容まで
察知すると、
さらに憤りを感じました。
クラインの詐欺劇に巻き込まれたまま
ずっとカルレインを探していた自分は
馬鹿だと思いました。
怪物が自分に嘘をつくと
全く仮定していなかったので、
不思議だと思いながらも、
今まで騙されてしまったのでした。
皇女ラティルがクラインと
優しい言葉をやり取りし、
手を繋いで眠りにつくと、
ラティルは、
幻想から覚めたら
クラインと怪物をしっかり叱ると
意気込みました。
ところが、ラティルが目覚める前に
事件が起きてしまいました。
眠っている皇女を
侍女が慌てて起こしました。
入れと言う前に、寝室に入って来て
起こすほどなので、
普通のことではありませんでした。
ラティルは侍女を叱ることなく
体を起こしながら
どうしたのかと尋ねました。
大騒ぎになっている。
早く行かなければと答えた侍女は
すでに皇女ラティルの上着を
持っていました。
深刻なことが起きたのは
明らかでした。
皇女ラティルは急いで服を着ると
顔も洗わずに部屋を出ました。
どうしたのだろうか。
ラティルも息巻くのを止めて
突然の急展開に驚いて
注意を払いました。
新婚夫婦のような雰囲気だったのに
急に一日の間に
どうしてしまったのかと考えました。
眠る前、
皇女ラティルとクラインの仲は
いつにも増して良く、
2人はカリセンを離れ、
タリウムで暮らすことまで
約束しました。
ところが、急になぜ、
こんなに雰囲気が
荒々しくなったのかと考えました。
侍女は、
皇帝とクライン皇子が大喧嘩をし、
皇子が馬に乗って
どこかに飛び出したと説明しました。
しかし、侍女の説明を聞いても、
皇女ラティルは
よく理解できませんでした。
ヒュアツィンテは、クラインの性格に
頭を悩ませることはあったけれど
兄弟姉妹の中では
一番仲が良い方でした。
ヒュアツィンテは、
クラインが陰険でなく率直な点を
高く買っていました。
それなのに、早朝から2人が
喧嘩をしたことを
ラティルは訝しみました。
侍女は、喧嘩したということ以外、
まともに説明できませんでした。
皇女ラティルは、
ひとまず喧嘩が起きたという
ヒュアツィンテの部屋の近くに
行きました。
アイニが嫌がるだろうけれど
クラインがヒュアツィンテと喧嘩して
去ったと聞いたので、
彼に事情を聞かなければ
なりませんでした。
ちょうどヒュアツィンテは
青白い顔で廊下に立っていました。
ラティルは彼に近づき
どうしたのかと尋ねると、
ヒュアツィンテの表情は
さらに悪くなりました。
彼はラティルに近づき、
周りの人々を退けると、
最初はクラインが
皇女ラティルと一緒に
タリウムで暮らすので、
良い邸宅を買うための金をくれと
言って来た。
小言を言って返そうとしたけれど、
すでに皇女ラティルと話がついていると
言い張り続けたと
小さな声で説明しました。
皇女ラティルは、
たかがそんな喧嘩のせいで、
自分の夫が馬に乗って
飛び出したと言うのかと尋ねました。
ヒュアツィンテは、
そんなはずがないと答えました。
皇女ラティルは
「そうなの?」と聞き返すと、
ヒュアツィンテは、
最初、クラインは怒ったけれど
素直に帰った。
ところが30分ほど後に
またやって来て、
自分と皇女ラティルが
以前付き合っていたのかと
泣きながら聞いた来たと
説明しました。
皇女ラティルは、驚きのあまり
何も言えませんでした。
ラティルも驚きました。
現実のクラインは、
タリウムの別宮に行って来てから
そのことを知りました。
それなのに、クラインは、
ここで、どうやって
その事実を、すぐに知ったのかと
訝しみました、
皇女ラティルは、
クラインは、どうやって
それを知ったのかと尋ねました。
彼女は
アイニを疑っていませんでした。
彼女の人柄を知っていて
信じたのではなく、最近、彼女が
それについて
自分を脅迫したからでした。
彼女がクラインに
その話をしてしまったのなら、
自分を訪ねて来て
脅迫する必要はありませんでした。
ヒュアツィンテは、
自分も分からないけれど、
クラインは、
とても怒っていたので、
伝えた人は、良い意図で
知らせたわけではないようだ。
誰に聞いたのかと尋ねたけれど
クラインは返事もせずに
出て行ったと答えると
頭を抱えました。
ラティルは、この部分まで見て
幻想から覚めました。
偽の未来を見せる怪物を見ると、
ラティルは、騙されたことに
再び腹が立ちました。
しかし、こうなってみると、
その後の部分が
とても気になりました。
結局、ラティルは
翌日、何も知らないふりをして
怪物を訪ねると、
少し先送りをして、
続きから見せて欲しいと頼みました。
時間が経てば
犯人が誰なのか分かっただろうと
思いましたが、
犯人が分かるどころか、
状況は、より一層深刻に
なっていました。
皇女ラティルは
ショックを受けながら
「タリウムに戻るな。
次は足一本で終わらないだろう」
と断固たる文字で書かれた
血の付いたメモを見ていました。
皇女ラティルは
メモを握りしめながら、身を屈めて
倒れているクラインを抱きしめました。
クラインは痛みに喘いでいて
彼の足は血まみれでした。
「泣かないで」
クラインは息を切らしながら
皇女ラティルの手を取って
呟きました。
一体誰がこんなことをしたのか。
依然として、皇女ラティルは、
クラインに真実を知らせた人が
誰なのかも知らなかったし、
クラインを傷つけて
脅迫の手紙を送った人が誰なのかも
分からない状況のようでした。
しかしラティルは
「タリウムに戻るな」という
短い警告だけで、
誰がこのようなことを言ったのか
見当がつきました。
数時間後、偽の未来の幻想から
目覚めたラティルは、
鉄格子にもたれかかって
頭を抱えました。
怪物は、ハラハラして
ロードに話しかけることもできずに
その場から離れました。
ラティルは真夜中にもかかわらず
クラインを訪ねました。
偽の未来で、
ラティルとクラインは
良い雰囲気になっていましたが、
ラティルがロードである限り、
一波乱、二波乱が起きるのは
仕方がないことなのかと思いました。
今のラティルは、
クラインと怪物に騙されたことに
腹を立てているので、
そんな気になれないかもしれませんが
偽の未来を見たことで、
クラインの本来の良さが
分かったと思うので、現実の世界で、
彼に優しくしてあげて欲しいです。